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現実の世界(団員たちの目覚め)


 早朝。6時から10分前といった頃。

 ぬるま湯から浮かび上がるように、ナインはゆっくりと覚醒する。うっすらと眼を開くと、見慣れた染み1つない白い天井に、窓から差し込む温かい陽光。ああ、今日も充実した1日が始まる。

 毛布を撥ね退け、両腕、両足に軽く力を込め伸びをする。


「ああ、いい気分だ」


 目覚めた直後だというのに、とても頭の中がクリアに感じられる。昨日もドスやトリーらにみっちりしごかれ、へとへとになっていたというのに、まるでその疲労が残っていない。

 硬すぎず柔らかすぎないベッドから上半身を起こし、尻を支点にして90度回転。ベッドの脇に足を下ろし、自室を見回す。

 天井と同じ白い壁。簡素ながらも清潔感のある自室だ。脱ぎ散らかした衣服も、疲れてかたずけ忘れた私物などもない。寝る前と同じ、完璧な状態だった。

 ナインは勢いよくベッドから立ち上がった。そして壁面収納型のタンスから、いつものシャツにスーツを取り出し、素早く着替えていく。もうすっかり慣れ親しんだ、上等な手触り。

 そこで、ふと違和感を覚える。なんだか懐が寂しい気がする。


「おっと!」


 即座に思い出し、すぐそばの机を見る。そこにあるのは、愛用の熱線拳銃レーザー・ガンだ。


「よぉ、相棒」


 そっと呟きながら手を伸ばす。すり減ったグリップを掴むと、酷くしっくりとくる。

 最近は隠密技術や近接格闘術の訓練ばかりで、ろくにメンテもしてやれていなかった。どんな技術もそうだが、使わなければどんどん錆び付いていってしまう。ピャーチに頼んで、今日は久しぶりに射撃場を開けて貰うとしよう。

 かつての想い人の遺品を大事に懐に仕舞いながら、ナインはちらりとそう思った。





 支度を終えて部屋を出ると、ナインは会議室へ向かった。朝食をとるためだ。それに“昨晩のこと”について、ノーリはもとよりアライン全体と、情報を共有しておかねばならない。

 廊下を早足で歩いていると、先を行く2人の団員らの後ろ姿が見えた。見慣れたとんがり帽子が2つ。桃色と、雪のように真っ白な癖毛が2つ。足を踏み出すたびに、まったく同じタイミングで左右に揺れている。


「よぉノーリ。それにチィも」

「……あらナイン、おはようございます」


 ナインが声をかけると、ノーリは立ち止まって振り返り、そっけなく会釈を返してきた。しかしチィは、こちらを一瞥してからぷいっとそっぽを向いてしまう。いつものことなので、いちいち気にはしない。


「お前らも会議室に?」

「ええ」

「じゃ、一緒に行くか」

「そうですね」


 すると、ノーリとチィがすっと離れた。2人の間に、ちょうどナインが入れるような空間ができる。

 

―ん?


 不思議に思ったが追及することはせず、素直に進み出る。そしてナインを真ん中にして、3人は再び歩き出した。

 周囲を奇妙な沈黙が包む。


「あの」

「っ……なんだ?」


 出し抜けに、ノーリが声をかけてきた。何故だか緊張しながら顔だけを横に向けると、ノーリがとんがり帽子の鍔を指で摘まみながら、横目でこちらを見つめていた。


「ナインって名前。もしも嫌だったら、変えてもいいんですよ?」


 その一言ですべてを察し、ナインは反対側のチィを睨みつけた。するとチィもまた、ノーリと同じような仕草で帽子の鍔をいじりながら目を反らす。


「いや……お前は、ノーリの夢の中を覗き見たんだし……」

「ったくお前ってやつはよぉ」

「だってさぁ、それは不公平だろ?」


 どうやらこの守護女神様は、ナインの過去をノーリに教えてしまったらしい。果たしてどの程度まで伝わってしまったのか。まったく堪ったものではなかった。

 しかしナインとて、ノーリが心の内に抱えているものをある程度は認識してしまったのだ。ナインばかりが秘密を保ち続けるというのは、チィの言う通りにフェアではないだろう。


―そう言えばコイツ、俺がノーリの夢に入ろうって言ったときに、嫌そうな顔してたよな


 考えてみると、あのときのチィの反応は、ナインがノーリのトラウマとも言うべき部分を知ってしまうことへの危惧を覚えていたからかもしれない。それも今となっては、どうでもいいことだが。

 ナインは努めて冷静を装いながら答えた。


「別に、ナインのままでいいよ」

「さ、さいですか。それなら、あともう1つ」

「なんだよ、まだあるのか?」

「差し支えなければでよいのですがね。あの黒髪の女性は……」


 ナインがあからさまに顔を歪めると、ノーリは躊躇う様に口ごもった。

 黒髪の女性。それは、夢の中で“夢幻むげん”が化けた0号のことを指しているのだろう。どうやら守護女神様は、かなり深いところまで教えてしまったらしい。あるいはこの団長様の方が、根掘り葉掘り聞いたのか。

 しばしの間、ノーリが逡巡する。しかし、やがて決心したように顔を上げて問うてきた。


「彼女は、貴方のお姉さんですか?」


 その折、3人は会議室に到着した。ナインは沈黙したまま大きな両開きの扉の取っ手に手をかけ……そしてそのまま動きを止める。

 

「違うよ」


 辛うじてそれだけを答え、ナインは扉を開け放った。

 








「4号だと?」

「ほぉ、またぞろ懲りずにちょっかい出してきよったか」

「道理で今朝は、寝覚めが良かったのねぇ」

「おいおいアンタら、なんだよその薄いリアクションは」


 朝食がてら、団員たちへの“夢幻むげん”との遭遇の報告。しかしお歴々は、何処か他人事だった。


「夢の中に閉じ込められるところだったんだぜ、危うく」

「そうは言うがな。こうして全員が無事ではないか」


 のんびりと食後の紅茶を愉しみながら、スィスが言う。前の世界で酷い失恋をしてしまい、最近はかなり荒んでいたのだが、今朝はまるで別人のように落ち着いている。なんと言えばよいのか、清々しい表情だった。


「そもそもだな。その同位体4号というナンバリングも、ノーリやチィが勝手にしたことだ。我らはまったく認知しておらん」

「そんな馬鹿な。“夢幻むげん”は確かに、お前らのことも夢の中の虜にしたと言ってたぞ」

「ああ。そういえば今朝はぁ、何だかすっごく良い夢を見た気がするわぁ」

「おお、お前もかフィーアよ。実は儂もじゃ」


 ドスが軽い調子で頷く。すると他の面々も、口々にそう言えばそうだと相槌を打った。朝食の後片づけに勤しんでいるタムまでもが、にこやかに頷く。彼女もまた、とてもすっきりとしたいい笑顔をしていた。


「私とトリーは、まったく同じ夢を見たようなんですわ! 2人一緒に冒険をしたんですの!」

「すっごく……楽しかった……あんまり覚えてないけど……」

「ええ! ずっとずっと、夢の中にいたいくらいでしたわ!」


 セーミとトリーが顔を見合わせながら、仲良く頷き合う。


「そう、それだよ。“夢幻むげん”の奴は、その人間が望むような都合のいい夢を見せるんだ。そのせいでお前らは、夢の世界に幽閉……」

「生憎と、我は夢の内容を覚えていない」


 ナインの言葉を遮るように、スィスが言った。


「他の者はどうだ? 今朝見た夢の内容を、つぶさに思い出せる者は?」


 ナインを筆頭に、ノーリ、チィの3人が挙手する。トリーとセーミは、少し考えてから手を引っ込めてしまった。どうやら頭の中に残っているのは、愉しかった、あるいは幸福だったという実感だけなのだろう。


「貴様が来る前にも、何度かその“夢幻むげん”とやらの襲撃を受けたらしいがな。今回と同じく、我らは一度として実害を受けたことがない」 

「だが事実として、俺やノーリたちはまったく同じ夢を見ている。それにどうやら、セーミとトリーもそうだったようじゃないか。これは無視できないだろ」

「ではピャーチよ。睡眠時の我らに、何か異常はあったか?」


 すると、会議の間中ずっと静かに耳を傾けているばかりだったピャーチが、機械仕掛けの身体を軋ませながら立ち上がる。

 ピャーチは人工知性なので、夢を見るということがない。というよりも、城の機能の管理という重大な役割があるので、休む暇がないのだ。今一つ会話に入ることができなかったのだろう。


『皆様のバイタルは、僕の方でもモニターしておりました』


 そう言って指先で宙をつつく。すると円卓の中心に、1時間ほど前の団員たちの姿が立体映像として投影される。そのまわりには、心拍数や体温、呼吸に脳波と、様々な数値までもが付加されていた。


『レム睡眠時に大脳皮質の活発な活動が認められましたが、特に異常数値ではありません』

「この通りだ。“夢幻むげん”とやらの存在自体を疑うつもりはないが、その危険度判定については大いに疑問がある。所詮は夢の中の出来事で、現実を生きる我らに影響はない」

「あぁ、そうっスか」


 医学的な知識など、戦場医療程度しかもち合わせていないないので、こんな大量のデータを見せつけられたところで何も分かったものではない。だがとにかく、団員が“夢幻むげん”の術中に陥っている最中、肉体的には問題はなかったのだろう。


「つーかお前、俺たちのこと見張ってたのかよ」

『当然です。皆様の安全を保つためには必須の行為ですから』

「プライバシーが無ぇなぁ」

「そもそもこの城の全体に亘って、精神攻撃に対する防御術が施されているのだ。そう易々と、制御されることはなどあるものか」


 もう充分だとばかりに、スィスが鼻を鳴らす。


「第一に、だ。話を聞くに、貴様は意志力で夢の世界から帰還できたのだろう?」

「ああ、まあな」

「ならば我らとて、“そう”であろうよ」


 スィスが強引に締めくくり、報告会兼朝食会はお開きになった。団員たちは、まるで幸福な夢の余韻に浸る様に、上機嫌な様子で会議室から去っていく。

 それを見送りながら、ナインは呆れたように呟いた。


「どうなってんだよ、いったい」

「“夢幻むげん”については、皆がこんな認識なんですよ。あくまでも夢の中のことだからって、まともに取り合ってくれないんです」

「アイツが来るたびに、チィが頑張ってるってのに」


 ナインが眉根を寄せていると、ナインを挟んで両隣に座っていたノーリとチィが、揃ってため息をついた。


「仮にも同位体だろ? あの“貪食どんしょく”と同レベルの化け物ってことじゃないのか」

「そう思ってるのは、私たちだけなんです。目覚めてしまえば、ああして夢の中での出来事を忘れてしまうから、操作されているという実感がわかない。ある意味、“夢幻むげん”の恐ろしいところでもあります」

「危機感すら抱けないってことか。厄介な手合いだな、まったく」

「でもスィスたちの言うことも、もっともなんです。夢はあくまでも、夢に過ぎません」

「うん。現実の世界で生きているチィたちが、それに引きずられる訳にはいかないんだ」


 あるいはだからこそ、あの“夢幻むげん”という化け物は、夢という不確かな世界からの脱却を望んだのかもしれない。夢の中では無敵に近い力をもっていても、それが現実に影響を及ぼすことはない。精々が、今朝のように寝覚めの気分が良くなるか、あるいは逆に悪くなるかくらいだ。

 そう考えてみると、奴のことが少し憐れにも思えてくる。


「ま、仕方ねぇ。なるようになるさ」


 懐を軽く叩く。そこには、夢の世界から脱出する一助となった熱線拳銃レーザー・ガンの、しっかりとした感触がある。

 これがある限り、きっとナインはまた夢から覚めることができるだろう。


 話を終え、ナインも席を立とうとする。するとチィが、横から腕を掴んできた。

 そちらを向くと、真っ白な肌を少しだけ朱に染めた顔が目に飛び込んでくる。


「おい、ナイン」


 チィが、唇をつんと尖らせながら囁く。


「なんだよ」

「ん……今回のお前は、まぁそこそこ活躍したから……」

「あぁ?」

「その、なんだ。認めてやるよ」


 それだけ言うと、チィは席を立った。そして、きょとんとしているノーリの手を引き、会議室を跳び出して行ってしまう。

 

「何だってんだよ、いったい。どういう風の吹き回しだ?」


 思わず、自分の頬をつねってみる。

 はっきりとした、ヒリつく痛み。

 間違いなく、ここは現実だった。


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