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“闘い続ける喜び”と“奉仕し続ける喜び”(■■■■■イ・2)

―ふにゃぁ……

―うにゃっ! にゃにゃっ!!


 ドスにとっての生きる目的とは、すなわち闘争だ。

 それも政治的、経済的な意味合いにおいて用いられるようなそれらではなく、真正面から力いっぱいに拳骨をぶつけ合う方のそれである。

 もう1000年以上も過去のことになるだろうか。団長に導かれるままに故郷を跳び出したドスは、広大な宇宙の中に数多の世界が存在しているということを知った。そしてそこは、未だ見ぬ強者でひしめいているということも。

 だからこそドスは、旅を続けている。全力をぶつけるに足る実力者との出会いを求めて……



 

 

「奇妙な運命よな。こうして再び、貴様と相まみえることになろうとは」


 だだっ広い荒野にて、ドスが腕組みをしながら呟いた。“気”が籠り、引き締まった表情の中、口の端だけが歓喜でつり上がっている。


「嬉しいぞドス。よくぞ生きて、朕の前に帰ってきてくれた」


 正面に立つ男が、同じくらいに壮絶な笑みを浮かべながら応じる。上等な衣に身を包み、太陽を模した冠を頂く屈強な青年。

 大帝ゲルム。かつて死力を尽くして闘い、そして終ぞ決着をつけることが叶わなかった好敵手だ。


「今日こそは……!」

「うむ。この日を待ちわびておったぞ……!」


 2人は頷き合うと、挨拶をするように軽く拳を突き合わせた。そしてお互いの間合いの中で構える。

 ドスは左手を突き出し、反対に右手を大きく引き絞った。

 すると大帝も、握った両の拳を頭の少し上くらいの位置にまで持ち上げる。


「いざ!」

「尋常に!」


 2人が動いたのは、同時だった。

 ほとんど密着したような距離で繰り広げられる、達人たちの攻防。

 拳が、手刀が、蹴りが、肘が、指先が。次々にお互いの急所を打ち据え、抉っていく。

 “前回”と同じだ。防御と回避を完全に捨て去り、足を止めての真っ向からの愚直な殴り合い。虚実や搦め手などの技術を行使するのも良いが、やはりドスはこちらの方が分かりやすくて大好きだ。

 前回は酷い邪魔が入ったしまったが、今度はそうはいかない。心ゆくまで、決着のつく最後の瞬間まで、“これ”を続けることができる。


 何せあの忌々しい化け物はすでに……


―はて?


 拳を振るうドスの中に、ふと疑問が芽生える。

 “前回”とはいったいなんだっただろうか?

 どんな邪魔が入ったせいで、この素晴らしい好敵手との闘争が中断されたのだ?

 全体、どうしてこの男は……


「何を呆けている!?」


 ほんの一瞬にも満たない間の散漫であっても、この闘いの最中にあっては致命的に過ぎた。ドスの攻撃をかいくぐり、大帝が急接近をかけてきた。

 不味いと思う暇もなく、顔面に強烈な一撃をもらい、巨体がぐらりと揺れる。

 その拍子に、おおっ! と歓声が上がった。


 大帝よ!

 

 偉大なる大帝!


 ゲルム!


 ゲルム!


 ゲルム!


 続く四方からの、力強い掛け声。

 “気”が付くとドスは、数十万の兵たちに囲まれていた。金属鎧に、槍だの銃だのの統一感のない武装。ゲルムの兵たちだ。どうやら彼らも無事だったようだ。


―いや、待て。何かが……


「どうしたドスよ、そんなものかっ!?」 

「ぬっ……」 

「貴様の言う根性とやらは、その程度なのか!? もう終わりなのかっ!?」

「そんな訳があるか! まだまだこれからじゃっ!!」


 またもや思考の渦に飲まれそうになっていたところに喝を入れられ、ドスはようやく我に返った。

 そうだ。今のこの闘争の瞬間にあっては、一切の雑念を捨て去らねばならない。それこそが勝利への第一歩であり、同時に相手へ示す敬意にもなるのだ。


「そうだ、ドスよ! 心ゆくまでっ!」

「応っ! 殺し合おうぞっ!」


 震える脚に力を込め、ドスが再び構えをとる。そして、いつでもかかってこいとばかりに頷いた。

 大帝の方も力強く頷きを返すと、勢いよく跳躍し……









 ふぎゃーーーー!!






「ぬぉっ!?」

「なんだと!?」


 今しも衝突しようとしていた2人の漢たちの間に、なにか小さいものが飛び込んで来た。

 猫だ。穢れ1つない真っ白な毛並みの猫。血と泥にまみれたこの地にあって、まったく相応しくない存在である。


 白猫は驚愕するドスの顔面に跳びつくと、思い切り爪を立てた。すでに大帝との殴り合いによって腫れあがっていたその上に、さらに何本もの赤い直線がバリバリと引かれていく。

 

「うわっ!! な、なんじゃぁこの猫!?」

「何を遊んでいるか、ドス!」


 ほんの数瞬だけ呆気に取られていた大帝が、にわかに動き出した。肩を怒らせながら歩み寄ってくると、闖入者の首根っこを摘まみ、無理やりに引きはがそうとする。すると白猫の方も、そうはさせじと力いっぱいに顔に張り付いてきた。

 奇妙な綱引き現象によって、爪の食い込んだ頬っぺたが引き延ばされ、ドスの顔面がさらに酷い有様になっていく。


「いでででっ!」

「暴れるな!」

「も、もうちょい優しくしてくれぃ!」

「済まぬ……ええぃ、こやつめ!」

「あがーっ! 千切れる、千切れる!」

「もう少しだ、辛抱せよ!」


 しばしの情けないやりとりの後、遂に白猫とドスの分離が完了した。否、正確に言えば、ドスの顔の皮膚の何パーセントかが猫の爪と癒着したままだったが。


 しゃー! ふぎゃー!


 大帝の手の中で、白猫がジタバタと無駄なあがきをする。


「まったく、この畜生めが……!」


 そう腹立たし気に言うと、大帝は白猫を掴んだ右手を高く振り上げた。地面に叩きつけようというのだろう。それを見たドスは、血相を変えた。


「よせ! 何もそこまでせんでも」

「こやつは闘いを穢したのだ。命をもって償わせるべきだろう」

「それは分かる。分かるが……どうか容赦してやってくれんか」

「なんだと……?」


 ドスと暴れる白猫を見比べながら、大帝が眉を吊り上げる。水を差すような真似をしたこのケダモノに対して、憤懣遣る方ないといった様子だ。

 その“気”持ちは、文字通りに痛い程よく分かる。だがドスにはどうしてだか、この白猫を害するという“気”にだけはなれなかった。


「儂等の闘いに中てられちまったんじゃろうよ。殺すまでもなかろう」

「ふむ。まぁ、貴様がそう言うのであればな」


 大帝は不満気に鼻を鳴らすが、ややあってから不承不承うなずいた。そして白猫を掲げたまま、周囲の軍勢の方に視線を向ける。


「近衛! これに!」


 そう一声叫ぶと、観戦していた帝国兵の輪の中から、十数名ほどが小走りにやってきた。ひときわ豪奢な鎧に身を包んだ、精悍な顔つきのつわものらだ。大帝には大きく劣るだろうが、それでも近衛と呼ばれるだけあって、かなりの実力者たちなのだろう。


「こやつを何処かへ捨ててこい。傷はつけるなよ」

「ははっ!」


 なおも抵抗する白猫を受け取ってから恭しく礼をすると、近衛たちは一斉に駆けだした。

 それを微妙な顔つきで見送るドスと大帝は、そろってため息をつく。


「さて、興が削がれたが……如何する?」

「ふん。ここで『日を改めて』なんざ、冗談じゃねえや」

「朕とて同じ思いだ。ここで止めにしては、この昂りを抑えることができん」

「違ぇねぇ。では……」

「うむ!」


 三度、2人が構えた。

 今度こそ、邪魔をするものは何もない。こんな素晴らしい闘争を打ち切るなど、絶対にありえない。

 ああ、それこそ永遠に続けていてもいいくらいなものだ。















 アラインのメイドであるタムは、毎日を幸福に過ごしている。

 掃除、洗濯、炊事に裁縫。実験の補助に、設備の整備メンテナンス。緊急時に備えての鍛錬。

団員たちのためのタムの仕事は、とても多い。

 しかしだからこそタムは、この永遠に続く団員たちとの旅路に同道できることを、心からよろこんでいる。なぜならそれは、主である団員たちに、永遠に奉仕できるということなのだから……






 日が昇るよりもだいぶ早い時間に、タムたちのうちの何割かが覚醒する。

 団の城の一画に設えられた、タム専用の巨大な寝室。フィーアの魔法技術によって圧縮された空間の中に並んだ、数百台のベッドの上から、寝間着姿のタムたちがむくりと起き上がった。

 まずはメイド服に着替え、洗面台で身だしなみを完璧に整える。準備ができた個体から仕事へ出発だ。

 するとそのタイミングで、疲れた表情の分身体たちが寝室に入ってきた。彼女らは、夜勤をしていたタムたちだ。複数の肉体と意識を共有するこのメイドは、自分だけでローテーションを組み、24時間に亘り城を管理しているのである。


 仕事に向かうタムたちは、これから休憩に入る分身体たちと、すれ違いざまに軽くハイタッチをした。


―お疲れ様、私


―頑張ってね、私


 そんな言葉によらない言葉を交わしつつ、タムたちは入れ替わりに部屋の外へと向かう。そして廊下に出ると、すぐに各々に割り振られた持ち場へと散っていった。

 

 そんな無数に存在するタムたちのうちの1体に、食事当番をする者がいた。早足で厨房に駆け込み、朝食の準備を“再開”する。

 前菜のスープの鍋が煮立っていないのを確認してから、隣のコンロに大きなフライパンを置いて油を引き、火をかける。

 フライパンが温まるまでの間に釜の蓋を開けて、焼き上がったばかりのパンを取り出し、籠に積み上げていく。

 冷蔵庫から卵とベーコンを取り出し、頃合いを見て順にフライパンに投入。それと、まだ動物性の蛋白質を口にできないナインのために、豆をつかった代用食も用意する。


 義体サイボーグであるピャーチを除いた8人分の食事となると、大変な量だ。だが、すでに“夜勤の自分”が下ごしらえをしておいてくれているので、あとはほとんど仕上げのようなものである。

 手早く調理を完了し、食器類と一緒に運搬用のカーゴに積み込む。すると厨房の窓から、ほんのりと赤い光が差し込んできた。

 そろそろ日の出の時刻だ。昨晩しこたま酒を飲んだのでなければ、まずはドスが起床してくる頃である。全員が揃うまで朝食は始められない決まりだが、会議室で待たせる間に、せめてお茶くらいは出さなければならない。

 

「さあ、今日も完璧に勤め上げなければ!」


 そう呟きながら、自動運搬型のカーゴを従えて厨房から廊下へと足を踏み出す。


 その拍子に。



 にゃああっ!


 

 可愛らしい鳴き声を上げながら、足元に駆け寄ってくる小さな生き物がいた。

 猫だ。雪のように真っ白な猫。


 鍛え上げられた反射行動からつい蹴とばしそうになってしまうところをどうにか堪え、タムはその場にしゃがみ込んだ。すると白猫は前足を伸ばし、タムの膝をトントンと叩きだした。そして何やら、にゃーにゃーと鳴く。

 馴れ馴れしい、というよりも妙な気配の猫である。


「あらあら、可愛らしいお客さんね」


 そんな白猫をあやすように撫でてやりながら、タムは首をひねった。

 まったく見かけない猫だが、どうやって入り込んだのだろうか。この城の警備システムは、文字通りに猫の子一匹の侵入とて見逃すことはないし、夜の間に警備を行っていた分身体も、この猫を見かけた記憶はなかった。

 それらの材料だけを見れば、団長に報告すべき緊急事態だったが……しかしこうして触れてみても、別段脅威を感じることもない。おおかたセーミか、ひょっとすると新人のナインが面白がって連れ込んだのだろう。

 

 タムはそのように判断し、白猫から手を離して立ち上がった。すると猫は、慌てたようにタムのスカートに爪を引っかけてくる。


「ちょっと! 駄目ですよ、もう」


 タムはため息をつくと、かがみながら白猫を抱き上げた。猫は暴れることも無く、タムの手の中でにゃぁにゃぁと鳴き声を上げる。

 まるで何かを訴えかけているかのようだが、しかし当然ながら何を言いたいのかは分からない。フィーアやスィスならば魔法的な手段で意思疎通ができるのかもしれないが、タム程度の使い手ではそんな芸当は不可能だ。


「いい加減にしてね。私は忙しいんです」


 少しだけ強い口調で言ってやると、白猫はしょんぼりしたように耳を寝かせてしまった。なんだか可哀そうな気になってしまうが、仕方がない。何せ今のタムには、やるべきことがあるのだから。

 タムは白猫を床に降ろしてやると、もう一度だけ頭を撫でてやってから歩き出した。 


「お腹が空いているのかしら? でもごめんなさいね。これは団員の皆さまのものなんです」


 なおも寂し気に泣き続ける白猫にそう返しつつ、タムは会議室へと急ぐ。タムにとっての至上命題は、団への忠誠とそれを示すだけの行動だ。ゆえに最優先するべきは、団員への奉仕である。

 今までも、そしてこれからも。ずっとずっと、永遠に。

―ご主人様が駄目だから、別の仲間を頼るつもりかい?

―しゃー!!

―無駄だと言ったろう。今の君は無力さ

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