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決着とその後 後編


 何が。

 いったい、自分の何が悪かったのだろうか。


 薄暗い会議室の中で、スィスはずっとそればかりを考えていた。

 “彼女”に対する自身の言動を詳細に振り返りながら、時折思い出したように右手のショットグラスの中身を呷る。昨晩からほぼずっと続くこの益体のない行為によって、思考は完全に濁りきり、答えのない堂々巡りに陥っている。老体の疲労はすでにピークに達しており、いつ昏倒してもおかしくない状態なのだが、意識の昂りはいつまでたっても消えない。


―完璧だった筈だ。適度な距離に、共感。タイミングを見計らった上での好意の含意……


 永い人生における女性経験の全てを動員した、全力での求愛。しかし、スィスのそれは、遂に叶うことは無かった。

 これ程に想い、焦がれ、求めた相手から袖にされ、行き場のなくなった感情がどろどろに溶け合い、膨れ上がった結果が、今の情けないこの姿である。


 まったく、ここまで酷く傷心したのは、いつ以来だろうか。

 まだ無垢な少年だった頃に、密かに恋慕していた家庭教師の娘が婚約したという知らせを聞いたときか。

 それとも学生時代にできた恋人が、実は好敵手ライバルとの間で二股をかけていたという事実が発覚したときか。

 そう言えば、1番最初に娶った妻に、子どもと家財の一切を持ち逃げされたこともあったか。あれは不死の研究に没頭するあまり、家庭を蔑ろにし過ぎたスィス自身の落ち度だったが。それにしたって、関係修復のためにもう少しでも対話の機会をもってくれてもよかったものを。


―いやはやまったく、これだから女という生き物は……


 自分の脳の中にある論理性を司る部分が、どんどん腐敗して流れ出していくのを感じ取りつつ、カツン、とグラスを円卓の上に置く。

 すると即座に、背後に控えていたメイドのタムが、ボトルを手に音も無く近寄ってきた。そして黙ったまま、空になったグラスになみなみと蒸留酒を注ぎ、また後ろへ下がる。

 今朝から。というより昨日の夜からずっと、このメイドは小言の1つも発することなく、ただ付き従ってくれていた。この従順なメイドは、よく理解しているのだ。“こんなとき”には、中途半端な言葉がけでは、心の傷は癒せないということを。


 だが今のスィスには、その気遣いさえも癇に障ってしまいそうで……


「なぁんじゃ、お前。まだやっとったか」

「……ちっ」


 不意に背後の扉が開かれ、誰かが入ってくる。確認するまでもない。この不躾な言葉遣いと品のない足音は、巨漢のドスだ。


「ええ加減にしといた方が良いぞ。今朝もまともに食っておらんかったろうに」

「……空腹ではない」

「もう昼じゃぞ。昨日の晩飯も抜いて、そんなんじゃぁ“寿命”を縮めるぞ」


 そう言ってドスは、スィスの隣の席にどっかと腰を下ろした。そして、横から中身の入ったグラスをかっさらうと、一瞬で飲み干してしまう。

 スィスは軽く眼を細めると、代りに懐から煙管を取り出した。するとまた、背後からメイドがやってきて、マッチを擦って火をつけてくれる。


「止めろと言うに!」


 ドスが声を荒げ、今度はスィスの手から火のついた煙管を取り上げた。そしてそれをタムに手渡し、言う。


「悪いが、下がってくれ。儂が面倒見るから」

「はぁ、しかし」

「いいから、任せぃ。ああそれとな、茶と粥でも持ってきてくれや。儂の分もな」

「……承りました」


 タムは一瞬だけ主人たちの顔を見比べると、一礼をして会議室から出て行った。それを呼び止めようという気にもならず、スィスは大きく息をつくと、椅子の背もたれに寄り掛かった。

 ドスが、眼を細めながら言う。

 

「酷い有様じゃな」

「ああ、まったくだ」

「自覚していながら、何故そうする? お前らしくもない」

「いかに不死とて、人であることには変わりがない。たまには、こんなことをしたくもなる」

「限度ってもんがあるわい。“死んじまう”ぞ」

「構うものか」


 確かにドスの言う通り、“現在”のスィスの肉体は高齢だ。ろくに食事をせず、加えて夜通しでアルコールを摂取し続けるなど、危険極まりない行為だろう。

 だが、それがどうしたというのだ。このアラインに所属している通りに、スィスも他の仲間たちと同様に“不死”だ。むしろこのまま衰弱死でもした方が、“次に目覚めたとき”に気分が晴れるやもしれない。


「此度は、久しぶりに充実した日々だった。大きく明確な目的をもち、それを達成するための手段を手中におさめている。まさに、“世界の声が聴こえる”というやつだった。だが、結果はどうだ?」

「……」

「笑うがいい、この滑稽な姿を」

「笑えんし、笑わんよ。お前は全力を尽くした。“貪食討伐”の功績は、あの森人エルフの娘のものになっちまったがな。それでも、お前がその目的意識をもってくれなんだら、この世界は救われんかったぞ」

「……そんなものは、どうでもいいことだ」


 悪友からの安い慰めを撥ね退けつつ、スィスは卓上に両拳を叩きつける。

 あのメアリとかいう小娘に、『“貪食”殺処分計画』の功績のすべてを横取りにされる形となった。そのこと自体はどうでもいい。この世界における現地住民からの評価など、無限に広がる宇宙の中にあっては、砂粒程度の価値すらない。

 全体、アリシアらは、スィスを始めとするアラインの協力に対して―表向きではあるが―感謝の意を表明し、きっちりと『願いを1つ叶える』旨を打診してきた。


 そこまでは、良かった。良かったのだが……


「戦闘後の除染やら、森人エルフらとの折衝やらが完了した昨日、我は“彼女”のもとを訪ねた。どうなったと思う?」 

「いや……」

「“何もなかった”のだ! 森のはずれにある“彼女”の家は、完全にもぬけの殻! 床には置手紙が1枚きりあって、『貴方にはもっと似合いの女性ひとがいる筈』だと! こんな屈辱があるか!!」


 腹の内から煮えたぎった汚泥を吐き出すように言いながら、スィスは再び拳を振り下ろした。衝撃でグラスが床へと転がり落ち、砕ける。

 

 屈辱。確かにそれもある。

 此度の計画のように、成功に絶対の自信をもっておきながら、惨憺たる結果を突き付けられてしまい、スィスのプライドは粉々だ。

 だが、それだけではない。

 スィスは、本当に。心の底から、“あの不死人の女性”を欲していた。この腕に抱きたかった。だが、それは絶対に叶わない。何故なら彼女は、ああもはっきりとスィスを拒絶したからだ。それも、面と向かってでは無く。会う必要もないということだ。

 

 その決定的な事実が何よりも恐ろしく、そして哀しくてならない。


 スィスは不死の存在だ。ゆえに大概の願いは叶えることができる。なにせスィスにとって、時間とは無限のリソースであり、つまり目的のためにどれだけ使用しても問題がないからだ。そしてそれは他の団員たちにとっても同じことであり、それ故に団員たちはそれぞれに願いを抱き、その達成のために旅を続けている。

 

 だが、今回ばかりは。

 “彼女”を娶るということだけは、絶対にできない。どれだけ時間をかけても、“あの女性”の想いは覆らない。

 それが分かってしまったから、だからスィスは自棄になるしかなかった。


「落ち着けぃ」


 スィスの腕を、横から伸びて来た大きな手が掴む。

 老人の、それも衰弱した身体でそれを振り払うこともできず、スィスはただ奥歯を噛み締めながら悪友の方を睨みつける。

 すると。

 

「実はな。儂の方も、振られちまったんじゃよ」

「……何?」


 スィスは驚き、目を見開いた。わずかながらに残っていた思考力が、即座にその言葉の本質をはじき出す。この話の流れでの、その台詞。

 

「つまり、まさか貴様も……出会ったのか?」

「応。儂の場合は、男じゃったがな。ああ、変な勘違いはするなよ。ただ純粋に、アラインに誘いたかっただけじゃ」


 『男』のあたりで胡散臭い表情になると、ドスは照れくさそうに笑った。

 永年付き合ってきた仲なので、彼に男色の趣味がないことは重々承知していたが、同時に女っ気がまったくないことも事実であったので、万が一を疑いそうになってしまう。

 ドスは咳ばらいをすると、続けて言った。


「“貪食”のやつが来る前。この世界を調べてる最中に出会ったんじゃがのぉ。儂の顔を見るなり、訳の分からんことを言いながら切りかかってきおってな。しかも町の中で」

「なんだ、それは。どんな気狂いだ」

「いや、な。実際儂も、イカレだと思うておったんじゃが、これがなかなか……」

「なんだ、苦戦でもしたのか?」

「まさか。弱すぎて、まったく相手にならんかったわい。ただ誤解が解けてみると、意外に話せる奴でな。その後も何度か会ううちに意気投合して、飲み仲間になっちまったのよ」

「それでその男も、不死であったと?」

「うむ、そうじゃ」

「なんと……」


 不死の領域への到達は、生命ある者たちにとっては禁忌であるが、同時に宿願である。その価値観は、世界の別なく等しいのだろう。だが、こうも近所で現地の不死人と出会うというのは、いささか珍しいことではなかろうか。


―まさか、彼女の……いや、考えすぎか


 よもや、“あの女性”がスィスを拒絶した理由が、その不死人の男ということもあるまい。それはさすがに話が出来すぎている。

 

「それで誘ったが、断られたと」

「応。やんわりとじゃったがな、ありゃぁ何か大きな目的があるようじゃった。この世界で為さねばならんことがあるんじゃ。それは恐らく……お前の想い人も、同じなのではないか?」

「……つまり、我を嫌ってのことではない、と?」

「応よ。そうでもなければ、わざわざ丁寧に手紙なんぞ残すかい。黙って去らずにそうしたのは、お前の想いにに対して幾ばくかでも応えようとしたからじゃ」

「……」


 腕を掴んでいた手を離し、ドスが椅子に座りなおした。そしてスィスを見つめながら、言う。 


「なぁに、儂等にはたっぷりと時間がある。もっといい女を探せばよかろう」

「彼女ほどの女性が、そう見つかるとは思えんがな」

「分かるものかよ。今回のような出会いがもう1度起こらないと、どうして言える?」


 確かに、その通りだった。宇宙は混沌としており、そして無限に広がっている。その中に浮かぶ無数の世界の中には、もっとスィスに似合いの女性が居るのかもしれない。

 仮にそれが正しいとして、出会うのがどれだけ先のことになるのかは分かったものではないが……もうそのように割り切らねば、この苦痛を乗り越えることは、それこそ永遠にできないだろう。


 その折、また会議室の扉が開いた。「お待たせいたしました」の言葉と共に、タムが配膳台を伴って入室してくる。ドスが注文しておいた、粥と茶だ。

 漂ってくるのは淡白な香りばかりだが、少しは気が治まったからだろうか。食欲がわいてきたように思える。


―久方ぶりの失恋。まずはこの傷を癒すことに、時間をかけねばならんな…… 

―さぁて。それでは振られた者同士、寂しく慰労会でもしようかのぉ

―ふん。お前に慰められるなど、我の人生における最大の汚点だな

―喧しいわ!

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