決着とその後 中編
森人の里の一画に、巨大なすり鉢状の穴があった。
直径にして、300メートルはあるだろうか。土砂を削って作られたなだらかなスロープが、ぐるりと外周に沿って下まで続いており、一番底の方では機械仕掛けの龍のような掘削機が、ごうんごうんと恐ろし気な唸り声を上げていた。その周囲には、何台もの輸送車両が群れを成しており、背中の荷台に鉱石の塊を積み上げては城へ向かって走っていく。
ピャーチの言葉を介さぬ命令に従い、忠実に働く自動機械たちだ。森人の里から立ち入りの許可が下りてからというもの、日が昇ってから沈むまで、黙々と地面を掘り返し続けているのである。
『この調子ならば、あと3時間42分11秒後には目標に到達するでしょう。想定していたよりも早かったですね』
「……森人たちが……協力してくれたから……」
ピャーチの報告に、トリーは満足げに返した。マフラーの下で、そっと笑みを作る。
「ここいらの木……全部、退かしてくれた……手間、省けた」
「いちいち1本1本丁寧に引っこ抜いてたんじゃぁ、どれだけ時間がかかったか分からんからなぁ」
「うん……森人の魔法も……なかなか……」
「まぁ終わってみれば、トントン拍子に話が進んだからのぉ!」
共通の敵を退けてしまい監視の必要がなくなったというのに、未だにタムの身体から出て行こうとしないジーグが、カラカラと笑った。
ピャーチ、トリー、ジーグの3名は、地表から露天掘りの様子をのんびりと見下ろしていた。
彼らは団からの出向してきた、いわば現場監督だ。ピャーチの超高性能な人工知性(AI)ならば、大型の掘削機だろうが100台を越える車両だろうが、すべてを城から遠隔操作できるのだが、『責任者が現場にいないのでは、先方も不安がるだろう』ということで、団員同士で交代しつつこの地に赴いているのである。
ちなみにトリーは、今日で3度目だ。監督とは言っても、ただぼけぇっと見ているだけなので、かなり暇なのだが。
「ようやく終わるのか」
3人の背後から、声がかかった。振り向くとそこには、森人の頭領であるコンフュシャスが立っていた。そしてその両脇には、同じく森人である2人の少女の姿がある。その内の1人はメアリだった。
「も、もうすぐ、お別れなのですね。寂しいです」
「……うん。……でも、仕方ない……」
「別れというんは、いつか必ず来るもんじゃ。悲しむよりも、笑顔で送り出す方がええぞ」
「そ、そうですね! ジーグ様!」
盲目の娘が愛用の大弓を握りしめながら気丈に応える。するとコンフュシャスは、いかにも不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「私としては、出来るだけ早く出て行って欲しいものだ。移動させた木々を戻したいし、機械たちのせいで動物たちが怯えているのだ。おまけに空気まで悪い。私たちの忠告を受け入れていればよいものを……」
『ご指摘については理解しております。しかし、どうにも予算や備蓄、それに時間との兼ね合いがありまして』
「その皺寄せを受ける方の身にもなれと言っているのだ。貴様らは利便性や効率を重視するあまり、大自然を軽視する。あの邪神を討伐したという理由がなければ、本来このような暴挙は許さないのだぞ」
そう言って眉根を寄せるコンフュシャスに、トリーたちは肩をすくめるばかりだ。
意外なことに里の森人らは、地面を掘り返す機械の群れに対して多少の嫌悪を抱きつつも、その仕組みについて関心を示すことはなかった。というのも、彼らはどうも、それらをきちんと理解しているようなのだ。
例えば見物に来た森人の1人などは輸送車両を指して、『動力を燃料式から充電式に変更して、汚染と騒音を抑えられないのか』と苦言を呈すし、『魔蛇型の掘削機械ならば、こんなに広範囲を掘り起こさなくてもいいだろう』などと提言もする。
科学技術などとは無縁に見える彼らだが、どうやらそれに関する知識は、この世界における人族―彼らが無能人と呼ぶ種族だ―と同等以上のものを有しているらしい。彼らが文明を放棄し、森の中に生きることを選択しているのは、社会的にそうせざるを得ないからなのだろう。
―無能人っていう人族への蔑称も、そのせいなんだろうなぁ……
トリーがそんなことを考えていると、もう1人のエルフの少女が怒りの声を上げた。
「父上ったら! そんなにキツイことを言わなくてもいいでしょうに!」
そう可愛らしくコンフュシャスを非難したのは、この森人の頭領の娘だというレインだ。見た目は子どものようだが、やはり森人であるため、年齢はこの世界の概念で100歳を越えているという。
「この方々は、私たちの里だけでなく、世界を護るために闘ってくださったんですもの。もっと謝意を示すべきです!」
「こっちこそ……感謝、感謝……」
「えへへっ」
トリーがそう答えると、少女は父親と同じような入れ墨の彫られた顔で、にぱっと笑った。
他の森人らはそうでもなかったが、このレインは、日替わりで訪れる団員たちに興味津々の様子だった。トリーとも来るたびに顔を合わせているので、よい話し相手になってくれている。
トリーがよしよしと頭を撫でてやると、ふと何かに気づいたように、レインが顔を上げる。
「そう言えば私、ナインという方にはまだお会いしていません。今まではよく父上とお話に来られていたというのに、どうして最近は……?」
「それは……」
トリーは言い淀んだ。ナインは本来、森人との交流の場に積極的に足を運ぶような立場だった。だがここ最近は、めっきりとその機会が減っている。というより、まったく城から出ようとしていない。
「ああ。アイツは、ちぃとばかし“いじけて”おるんじゃよ」
「いじける?」
「応よ。メアリのことでな」
そう言いながら、ジーグがメアリを指さす。すると仰天したメアリが、首を左右に振り始めた。周囲の意識が、すべて自分に集中しているのを感じ取ったのだろう。
「えぇ!? わ、わ、私のことで、ですか!?」
「メアリ叔母様が、いったい何を!? まさか、まさか!?」
「ち、ちが……わ、私は」
「おうおう、ちぃと落ち着けや」
「……メアリが……ナインに、何かしたわけじゃ……ない」
どうどう、ジーグとトリーが宥めるように両手を突き出す。勘違いして紅くなったメアリと、妙に興奮気味なレインが落ち着くのを待ってから、改めて説明を始めた。
「……ナインには……叶えたい、願いがあった……」
「願い?」
『今回の邪神討伐にあたり、神々から『願いを1つ叶える』という報酬が約束されていたのですよ、コンフュシャス様』
「何だそれは。大それたことを」
『我々がこの世界に到着したとき、少々いざこざがありましてね。共同戦線を張るための、ささやかな条件というやつですよ』
「なるほど。それ程のことをしなければ、神々とは人の願いを聞き入れないということなのだろうな」
コンフュシャスの皮肉気なその言葉に、ジーグが苦笑をした。彼は未だに、自分の正体を森人らに伝えていない。それをしたところで、コンフュシャスのこの態度が変わるとは思えないが。
「とにかくナインのやつは、その権利を行使して、メアリを救ってやりたいなどと思うとったのよ。どういった形でそれを望んでおったかは、分からんがな」
「……そう、だったのか」
「ナインさん……」
森人の兄妹が、そろって息を呑む。他人であるあの青年がそこまでのことを考えていたことに、驚きを隠せないのだろう。自分の為では無く、他人の為に“願おう”とする心意気。
最初にナインと出会ったとき、ノーリを庇おうとしたときもそうだったが、彼は時折そのような自己犠牲的な行動をとるようだ。
「でも、それならば問題ないのではないですか?」
しんみりした空気を払おうとするかのように、レインが少しばかり大きな声で言う。
「結局、邪神は討伐できたのでしょう? それならば願いを叶えて、めでたしめでたしではないですか」
「……ところが……そういう訳には、いかなかった……」
「え?」
「ほれ。こうしてメアリは、もう受け入れてもらっておろうがよ」
そう。
あの邪神が滅んだ直後。団の採掘作業が解禁されたのと同時に、メアリもまた里への出入りを許されていた。以前は彼女を無視し、あるいは排斥しようとしていた同胞たちも、その態度を完全にひるがえしている。
何故ならば、メアリこそが邪神を滅ぼした英雄である、と里中に認知されていたからだ。
だからナインは、もう“願う”必要がなくなってしまった。自分がメアリを救ってやるなどと考えていたものだから、格好がつかなくなって顔を出しづらいのだろう。
「そのメアリの活躍ぶりでもって、里の連中を説き伏せたんじゃろ? 頭領であるお前さんが」
ジーグがにやけながら詰め寄ると、コンフュシャスは気まずそうに眼を逸らした。
「い、いや。正確には、私ではない。『メアリが邪神を射殺した』という話を里中に言いふらしたのは、この不肖の娘なのだよ」
「不肖とは聞き捨てなりませんね! 私は、何も間違ったことはしておりません!」
「“あの女”に言い含められたのであろうが!? 近づくなと言っていたのに、なんと度し難い!」
「だってだって! “あの方”は、メアリ叔母様が一番の功労者だと仰られましたもの! 私はそれを、皆に伝えただけです!」
「メアリを戦場に駆り立てた張本人でもあるのだぞ!? 無事だったからよかったものの、もしものことがあれば、私は……」
「おうおう、ちぃと落ち着けや」
「……話が……ずれてる……」
どうどう、ジーグとトリーが宥めるように両手を突き出す。“あの方”だの“あの女”だのが誰なのかは分からないが、それでもはっきりしていることがある。
「……結局、あんたは……その話を、利用した……」
「最初から探しとったんじゃろ? メアリを受け入れる理由を」
「……」
コンフュシャスは、何も答えなかった。娘の前で偽りを口にすることはできず、さりとて不都合な真実を述べることもできないのだろう。だが、この場の誰もがその胸中を理解していた
メアリは物心つく前に、森人の里から追放された。というよりも、口減らしのために捨てられたのだそうだ。心ある何者かの助けを得て、ここまで立派に成長してこれたものの、その経緯から里への立ち入りは許されず、ずっと寂しい思いをしながら生きてきた。
実の兄であり頭領でもあるコンフュシャスも、その両方の立場からの板挟みで、さぞや苦しい思いをしてきたことだろう。
だがこの度、メアリは世界を脅かす“邪神”を見事に射貫いた。
その功績は、里の因習を打ち破るにはあまりある。ついでに多少の尾ひれをつけておけば、他の同胞たちも心象を変えるに違いない。
だからコンフュシャスは、レインの無邪気な行動を黙認し、利用したのだ。
妹を、救うために。
「し、知っていましたよ、兄さん」
「何だと?」
「兄さんは、私のこと、と、とても大切に思って、くれてました。ずっと、ずっと……」
「……」
「もちろん、レインちゃんも。そ、それに、ナインさんたちも、いっぱい助けてくれました。ほんとうに、本当に、ありが、とう」
メアリが何度も感謝の言葉を述べながら、何度も頭を下げる。自分がどれだけ多くの人の助けを借りて生きてきたのか、それを理解できない愚かな娘ではない。同胞たちの前では酷くつっけんどんになる兄ですら、自分に無限の愛情を注いでくれていたことに、とっくに気付いていたのだ。
コンフュシャスが照れたように顔を背けると、それを見た娘のレインがくすりと笑った。
ああ、この場にナインが居ないのが残念でならない。この言葉を聞いた彼の反応、さぞや見ものであろうに。
「で、で、でも。皆様の武勇を、その、横取りする形となって……」
「……それは……気にすること、ない……」
「え、え?」
「……私たちは……評判なんて、どうでもいい……」
『ええ。必要なものは、こうして手に入れることができていますから!』
永遠の旅人であるトリーたちにとって、旅先での評判などどうでもいいものだ。英雄であろうと稀代の犯罪者集団であろうと、時が来れば去り行く身。苦境にある誰かの役に立つのならば、そっちの方がよほど有益であろう。
それに、そんなものより厄介な問題が、まだ未解決のままなのだ。




