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頑張って作らないとだね

 ……み、見られてないよね? 


 慌てて振り向いてしまったので、セシリオさんは驚いてしまったかもしれない。でも、いまさら確認なんてできない。


「こ、こんにちはー」


 セシリオさんを見ているとついつい勘違いしてしまいそうになる。私はしばらく恋愛に関しては考えたくなかったはずなのに。


 頭を軽く振って雑念を飛ばす。勘違いしちゃダメだ。セシリオさんは人当たりがいい人だからそう見えてしまうだけ。


「はいはーい。ティーナお姉ちゃんいらっしゃい! って、え?」


 カイ君の声が近づいてきて、元気よく扉が開かれる。そこで見せてくれたのは天使の笑顔――だったのだけど、一瞬時間が止まったみたいに動かなくなった。そして一拍置いてから、カイ君の視線が私と私の肩越しに見える何かを行ったり来たりする。


「か、カイ君?」

「へ!? あ、ああ、ティーナお姉ちゃんいらっしゃい!」

「遅くなっちゃってごめんね」

「ううん、僕は大丈夫だよ」


 そう言ってカイ君はにっこりと微笑む。うん、癒やされるなあ。


「ささ、入って入って!」

「え、ええ」


 まるで慌てているみたいに私の手を引いて家の中へと案内する。結構強めに玄関の扉を締めてたけど、壊れないよね?


 さっきは大丈夫って言っていたけど、もしかして結構待ってたかなあ。ちょっとお風呂でゆっくりし過ぎちゃったのかも。


「やっぱり結構待たせちゃった? ごめんね」

「だ、大丈夫だよ。そ、そういえば、ティーナお姉ちゃん、さっきの男の人ってもしかして――お付き合いしてたりするの?」

「セシリオさんのこと? お付き合いはしてないよ。たまに仕事帰りに出会ったりすると、こうやって送ってくれたりするの。女性の独り歩きは危ないからって」

「そ、そうなんだ」


 セシリオさんは多分私が怪我を治療した縁で随分と親切にしてくれているだけ。多分だけど。さすがに私に気があるかもなんて自惚れてはいけないと思う。でも、さっきのやり取りはちょっとグラっときてしまった。


「そ、それよりも、今日はどんな料理を教えてくれるの? カイ君って料理が上手だから、私楽しみにしてたの」

「うん、任せて! 今日は新鮮な玉子やお野菜を使ったキッシュだよ」

「キッシュかあ、美味しそうだね」


 最後にキッシュを食べたのって何年前だろう。実家の料理長が昔たまに作ってくれてたけど、私が大きくなってからはあまり作らなくなってたなあ。


「あ、でもパイ生地とか時間かかりそう?」

「そんな事無いよ。大丈夫大丈夫」

「じゃあ、勉強させてもらっちゃおうかな」

「うん、任せておいて! あ、エプロンそこに置いてあるから」

「ありがと」


 カイ君が嬉しそうに台所へと案内してくれる。本当はエプロンくらいは持参するべきなのかもしれないけど仕事場に持っていくのも憚れるので、ついついここで借りてしまっている。


 この家にはエプロンがいっぱいあるのか、今までに何回も借りてるけど未だに一回も被りがなかったりする。結構かわいいものが多いからいつも新鮮で気持ちが新しくなるから嬉しい。


 私がエプロンを着る頃には、カイ君はもう食材の準備に入っていた。箱に入ったいくつもの食材がどんどんと並べられていく。


「うわあ、結構いっぱい食材用意したんだね」

「お店の従業員さん達にも配ろうと思って。今の季節は食材が結構痛みやすいから、集めるの大変だったよー」

「頑張ったね。そういえば予め買っておいて保冷庫とかに入れておいちゃダメなの?」


 私の実家とかだと、食材はそれなりの量を備蓄していたので、保冷庫はとても重宝していた事を思い出した。


「んー、保冷庫は冷却用の魔石が高コストだから。こういうときだけのために余分に用意するのは難しいかなあ」

「そっか。じゃあ、頑張って作らないとだね」

「うん!」


 確かに保冷庫は計画的に使わないと、いざというときに使えなくなってしまうこともある。確かに食材を冷やして保存する事はできるけど、魔石が足りなくなってしまったらただの箱になってしまう。


「食材全部は冷やせないけど、バターは冷やしておいたよ。途中、パイ生地を冷やしたりもこれでできるんだ」


 カイ君が近くの棚の中から出してきたのは、両手で持てる大きさの箱状の物体だった。多分、あれも保冷庫なのかな。よく考えてるなあ。




 ――それから、カイ君に色々と教えてもらいながらキッシュを作っていく。こうやって横で手伝いながら見ていると、やっぱりカイ君の料理技術はとてもレベルが高いように感じた。私も料理は結構好きだから、余計に実感してしまう。


「そろそろ保冷庫に入れておいたパイ生地を出そう」

「わかった。って、あれ? これどうやって開くんだろう」

「ああ、ごめん開け方教えるね」


 カイ君に小型保冷庫の開け方を教えてもらい、冷やしておいたパイ生地を取り出す。パイ生地をカイ君に手渡すと、一つ頷いて笑みを浮かべた。うまく行ってるみたいだ。


 寝かしておいた生地を棒で伸ばして折りたたむ。これを数回繰り返すと生地の表面がなめらかになっていく。それを見ているとついつい指で触りたくなってしまう。


 もっちもちの赤ちゃんの肌みたいだ。


ティーナのためだけに企画されるカイ君の料理教室ー。


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