大石橋の下の英雄たち
アステア村中心部へ向かう大石橋を渡る途中で。
「ネイサン、助けて!」
「ネイサン、私を助けて!」
橋下の路地から聴こえてきたカン高いガキどもの声に足を止める。
下の様子を覗き込み耳を傾けてみると、どうも切羽詰まった事態ではないようだ。
ガキどもがゴッコ遊びをしているらしい。
祭りのあとにはよく見かける光景だな。
旅芸人一座が英雄話を唄や芝居で披露すれば、次の日の路地や空き地には、連中のようなボロ布マントに棒切れの剣、鍋の兜、蓋の盾と、全身を固めた山賊モドキが出没する。
で、日が沈む頃には、村のあちこちでヘコんだ鍋とケツを叩く音、母親の怒声とガキンチョの泣き声が聴こえるのさ。
演目は、白猫勇者か。
神の御使いである白猫に導かれ、スラム出身の『美少年』が英雄へと昇り詰めていくお話。
生贄にされる寸前のお姫様と出会い、勢いで悪の大皇帝を倒してやがて英雄になるという……どこかで聞いたような話だ。
せっかくなので、見物していく。
どうやらもう終盤に差し掛かるようで、大帝国を治めるトチ狂った老皇帝の手から、憐れなお姫様をカッコよく掻っ攫う場面。
「もちろん、私を助けるわよね?」
「いいえ、私でしょ?」
二人もいるお姫様が脅迫めいた難題を出して、英雄三人を追い詰めている。
ボロ布を纏ったデブッチョ皇帝は白い猫を抱いてオロオロ。
「はぁ? あんたがお姫様なんて笑わせるわね。ねえ、みんな知ってる? この子、パンツに穴開いているのよ?」
「ちょっ!? あ、あんたのドレスなんてそれ、お婆ちゃんの膝掛けじゃない」
「あんたのだって弟のおねしょ塗れのシーツでしょ!」
「ちゃんと踏み踏みして洗ったわよ!」
睨み合っていたお姫様たちが間合いを詰めていき……ほぼ同時にビンタが繰り出される。
結構いい音が鳴ったが、泣きもせず、ビンタの応酬が始まった。
両者、怒濤のラッシュ。
脚本、誰だ?
なかなかの修羅場じゃねえか。
英雄たちが揃って腰が引けている中、見兼ねたデブッチョ皇帝が女のガキンチョ二人の仲裁に入る。
お前が英雄でいいよ。
でも英雄の人生は多難が付き物。
あっという間に断首台に立つハメに。
姫に相応しいのはどっちかと問われている。
詰んだな。
バカ。……それが一番悪手だ。
……おデブよ、時間はな、なにも解決しちゃくれねえんだよ。
ほら、見ろ。
どっちつかずでいたせいで、両方のお姫様の矛先がお前を向く。
左右挟み撃ちのビンタを喰らって倒れてしまった。
女の問いに正解なんてねえよ。
俺の経験上、どうしたって竜の尾を踏む。
仰向けの憐れな皇帝と目が合った。
助けて?
無茶言うな。
俺は英雄でもなんでもねえ、ただの通りがかりのおっさんだぞ。
いいか? デブッチョよ。
人生の先輩であるこの俺の心のメッセージを聴け。
女の前には立つな。
女が一人なら常に死角を、背後を取れ。
女が二人以上いる場所に出会したら、逃げる必要はない。
遺書を書け。
身の危機を感じた英雄たちが生存率を上げるため方々に散ったが、手遅れだ。
お姫様二人は見事なコンビネーションでそれを封じ、路地の角へと追い詰めた。
知らなかったのか?
お姫様からは逃れられない!
常識だぞ。
にゃあおんと白い猫がひと鳴き。
絶命したフリを続けるおデブ皇帝の腹から降りて去っていく。
…………。
うん。アステア村のガキンチョどもは今日も元気だ。
スクスク育っているな。
世間は随分ときな臭くなってきたが、ここは相変わらず平和なもんだ。
じゃ、そろそろ俺も帰るとしますかね。
ウチのおっそろしいお姫様の下へ。