6話 理由と条件
土居島大貴が転入して来て四日目、木曜日の朝。
ホームルーム前の教室は登校した生徒達で賑わい、爽やかな雰囲気もありつつ朝特有の騒がしさが広がっている。
そんな中、クラスメイトでもあり協力者の一人でもある見崎陽耶は、ダイキが教室に入るのを見かけるや否や小さな紙袋を持って駆け寄って来た。
「土居島君、おはよう」
クラスメイトに関係を変に勘ぐられたくないらしいハルヤにしては珍しい、とダイキは怪訝に思ったが、当のハルヤは特に周囲の目を気にしている様子は見られない。恨みがましい性質ではないし、昨日主張した事は頭からすっかり抜けているのかもしれない。
ダイキも「おはよう」と挨拶して応えると、ハルヤは早速手にしていた紙袋を差し出した。
「はい、これ。クッキー焼いてきたから、渡しておくね」
藪から棒に差し出された清潔感のある白い紙袋を受け取り中身を見ると、赤いリボンで包装されたクッキーの袋が一つ、青いリボンで包装された袋が二つ、計三つの袋が入っていた。何かクッキーを貰うような事があっただろうか、とダイキは思わず首を捻る。
「ハルヤが作ったのか?何で?」
「昨日の夜作っておいたの。笹倉先輩にお礼しに行くんだったら、お菓子の一つでもあった方が良いでしょ」
「…三つあるけど?」
図書室で出会った華奢な体格の笹倉の姿を思い出し、まさか三つとも笹倉に渡せという訳じゃないだろうとハルヤに問うと、「そういう意味じゃないよ」という苦笑が返ってきた。
「きっと小菅君にも会うんでしょ?だから小菅君用にも作ってきたの。後の一つは他の誰かに渡しても良いし…誰も居なければ土居島君、どうぞ」
「そういう事か。ありがとう、二人に渡しておくよ」
協力者のさり気ない気遣いに礼を述べると、ハルヤは満足気に笑みを浮かべ自分の席へと戻って行った。ダイキはその姿を見送り、紙袋の中のクッキーに再度視線を移す。笹倉や小菅の事をハルヤに伝えたのは昨日、小菅が新聞部の取材で探偵部にやって来た後だ。その割にハルヤが焼いたというクッキーにはドライフルーツがトッピングされていたりチョコレートでイラストが描かれていたりと、一晩で準備したとは思えない程手が込んでいる。
ハルヤの几帳面さを微笑ましく思う反面、ダイキはふぅ、と小さく息をついて思う。
(これで二人に会わざるを得なくなった訳だな)
ポケットに入れていた電子生徒証を取り出し、慣れた手つきでいつものページを開く。理事長によって加えられたダイキの協力者を示すページには、新たに二人の情報が追加されていた。
J JUDGE 審判者
2年C組 13番 小菅準
相手の発言から嘘を付いているかどうかを見分ける事が出来る。
文字からでもその真偽を見抜く才を持ち、
精度は落ちるがタイプされたものであっても判定が可能。
L LIBRARIAN 司書
3年D組 15番 笹倉理緒
一度読んだ本の内容を決して忘れない記憶力を誇る。
特に図書室という場所でその才を如何なく発揮し、
全ての蔵書、印刷物の内容と保管場所を記憶している。
画面に表示された画像と文字の羅列を見つめ、ダイキはその二人の顔を思い浮かべた。
感情表現が薄く淡々とした印象の笹倉と、明らかな警戒心を見せていた小菅。どちらも一筋縄ではいかない人物だが、今後の事を考えるとこちらの事情を打ち明け、協力を取り付ける必要がある。
二人と交渉する際の労力を思うと気は進まない。が、ハルヤがこうしてクッキーを焼いてくれた以上会いに行かないという選択肢はなくなったのだから、せめて背中を押してもらったという事にしよう、とダイキは自身を納得させる。
(あわよくばどっちかには探偵部に入ってもらいたいんだけど…ハルヤの時に比べたら難しいだろうな)
ダイキはそう心中で独り言ち、生徒証をポケットに仕舞い込んだ。教室の窓の外に目を向け、そこからは見えない建物に思いを馳せる。
(まずは昼休み、図書室に行ってみるか…)
昼休み、購買で買ったサンドイッチで手早く昼食を済ませたダイキは昇降口で外履きに履き替え、中央塔の北側にある図書室へ向かった。
昨日ぶりに訪れた図書室は時間帯のためか打って変わって閑散としており、古めかしい外観にある意味似つかわしい静寂が広がっている。生徒の姿もほとんど見えない。
そんな中、貸し出しカウンターにぽつんと一人、まるで置物かのように笹倉理緒は座っていた。
昨日とは違って黒縁の眼鏡を掛けており、カウンターで隠れて見えないが本を読んでいるらしい。
また何かを記憶するために読んでいるんだろう、と先輩ながら関心しつつ、ダイキはなるべく物音を立てずに笹倉に近寄る。ダイキがカウンターに辿り着いた所で自身に落ちる影に気が付いたらしく、笹倉はふっと顔を上げる。目があった笹倉は、わずかに目を見開き驚いたような表情を見せた。
「こんにちは、笹倉先輩」
声を潜めてにこやかに声を掛けると、笹倉は本を閉じて眼鏡を外しながら応える。既にその表情からは驚きの色は消えていた。
「…こんにちは。土居島君、だったわね。私に何か用?」
昨日挨拶したばかりなので当然と言えば当然なのだが、笹倉に名前を覚えられていた事をダイキは意外に感じていた。本以外にはあまり興味のない人だと思っていたが、そこまで人付き合いに淡白な訳ではないらしい。
「はい、大事なお話があって」
暗にここでは話したくない、という意味を込めていたのだが、笹倉はいつものように「そう」と小さな声でそっけなく答えるだけ――ではなかった。考えるような素振りを見せた笹倉はいつもと同じような声音で、しかしいつもと違う言葉を続けた。
「カウンターで話すのは憚られるから、司書室に移動してもいいかしら」
願ってもない提案に「はい」と頷きを返すと、笹倉は椅子から立ち上がりそのままカウンターの奥にある司書室の扉を開け、ダイキを招き入れた。
「どうぞ、入って」
笹倉に続いて司書室に入ると、まず壁面に据え付けられた高い本棚が目に入った。ただ、本棚の中には本はほぼ置かれておらず、代わりに大量のノートやファイル等が収納されている。背表紙のタイトルを見る限り、図書室の新着図書や分類番号に関する資料が仕舞われているらしい。
部屋の観察に没頭するダイキを余所に、笹倉は部屋の右手側にある机へと向かう。手早くその上に散らかった書類や筆記用具を片付ける間、小さな独り言がダイキの耳に届いた。
「先生、また散らかして…」
笹倉の呟きから察するに、机の上を散らかしている部屋の主は司書の先生で間違いないらしいが、片付けを主に担当しているのは生徒である笹倉らしい。当の司書の先生には未だに会えていないが、笹倉の口ぶりや司書室を自由に使用出来ている事から、力関係的には笹倉の方が上である可能性もある。
(先輩の『司書』の才能があれば本物の司書の出る幕はない、って事かな)
笹倉に勧められるままに小ぶりな椅子の一つに腰掛けると、早速淡々とした問いがダイキに投げ掛けられた。
「それで、話って何かしら?」
ダイキもそうだが、笹倉も大概無駄のないやり取りを好む性質らしい。話が早くて助かるが面白味はないな、と半ば自省しつつダイキは前置きをする。
「幾つかあるんですけど、その前に一個ご相談が」
「…相談?」
訝しげに首を捻る笹倉に、ダイキは問い掛ける。
「笹倉先輩の事、『リオ先輩』って呼んでも良いですか」
訝しんでいた笹倉の表情が、更に眉根を寄せた状態で固まる。怒っている訳ではなさそうだが、発言の意図が理解出来ず困惑している、という事らしい。
(あんまり名前で呼ばれるタイプじゃなさそうだけど…どうかな?)
笹倉はしばらく黙り込み、見定めるかのようにダイキの顔を見つめていたが、不意に息を漏らして問う。
「…何か、理由があるのよね?」
「はい、後で説明します」
恐らく笹倉であれば理由を説明すれば納得するだろうと踏み、ダイキは力強く答える。逆に笹倉の性質から察するに曖昧な答えでは信頼を失いかねない。
ダイキの言葉に何かを感じたのか、予想通り笹倉は「そう」と小さく呟き、
「なら構わないわ。好きに呼んで」
と淡白ながらも好意的な反応を見せた。
ダイキとしては自分の要望を受け入れてもらったのだから有難い限りだが、クラスメイトの注目を集めるから止めてくれと訴えてきたハルヤとどちらが普通の反応なのだろう、と思わず考えてしまう。
(まぁ止めてくれって言われても止める気はないけど)
ハルヤに言ったら怒られるんだろうなと唇を歪めつつ、ダイキは向かいに座る笹倉――リオを改めて見据える。
「では、リオ先輩。ちょっと突拍子もない部分もあるかもしれませんが、順に話をさせて下さい」
ダイキは言葉通り、順を追って説明を述べた。
――自分が『探偵』と称される特技の持ち主である事、
――その特技を買われて学園の理事長である御門に招かれた事、
――七不思議の調査と特別な才能を持つ生徒の看取を依頼されている事、
――そしてリオがその特別な才能を持つ生徒の一人であり、自身の協力者の一人である事。
その中で協力者は名前で呼ぶようにしている事、リオと面識のあるらしいハルヤも協力者の一人である事、そしてそのハルヤからクッキーを預かっている事も話し、全てを話終えた時、リオの目の前には赤いリボンのクッキーの袋がちょこんと置かれていた。
「…概ね理解したわ。随分妙な事を依頼されているのね」
前髪をさらりと流し、リオは自身の感想を口にする。オブラートに包まないはっきりとした意見に、ダイキは思わず苦笑し問いを返す。
「やっぱり妙だって思います?」
「当然でしょう。七不思議の事も、その『特別な才能を持つ生徒』の事も、理事長が全てを把握している以上貴方が調べる意味がないわ」
ダイキは相槌を打ちながら耳を傾ける。リオが語った言葉は、丁度転入初日にダイキが御門に問うた言葉だ。その際には明確な答えは貰えなかったが、「意味はある」と御門は語っていた。
「そうですね。恐らく理事長の目的はその二つを明らかにする事ではなく、俺か俺達に知ってもらう事なんでしょう。でも理事長はそうは言わない。本当に、妙な話ですよね」
意味がある、という言葉を真剣に受け取るならば目的は解明ではなく周知だろう、というのがダイキの推測ではあったが、口にするとますます妙な話だと思い知らされる。仮にその推測が当たっていたとして、何を、何の目的で知らしめたいのか。まだ七不思議の内容を調査している段階のダイキにはその片鱗すら見えてきていない。いや、今後調査を続けていくだけで本当に見えてくるものなのか…ダイキの胸に一抹の不安がよぎる。
思考に没頭し黙ってしまったダイキとは対照的に、リオは冷静に話を切り替える。
「それで、土居島君は私に今後の協力をお願いしに来た、って事で良いのかしら」
ハッと意識を引き戻されたダイキは「はい」と力強く答えつつ、答えを重ねる。
「それもありますけどもう一つ、探偵部に入ってもらいたいんです。部員が後一人足りなくて」
それなりに突然の勧誘だったはずだが、探偵部について説明された際に思い至っていたのか、リオは特に驚く様子も見せず「そう」と視線を落とした。しばしの沈黙の末、リオはダイキに向き直り口を開く。
「最初の協力の話は構わないわ。私が出来る事なんて高が知れているけれど、出来得る範囲で協力しましょう。けれど、」
快諾の意を示したリオはしかし、否定の言葉を紡いで口を閉じた。いつもと同じ無表情ながら、眉を下げてどことなく申し訳なさそうな色を見せている。
「探偵部の話はお断りするわ。本を読む時間が無くなってしまうから」
ダイキは思わず「あぁ」と声を漏らす。リオの理由は思ったよりも単純なものであったが、それ故にひっくり返す余地がない。断られるのはダイキにとって予想の範疇だったが、活動の胡散臭さや自分に対する不信感から断られるならともかく、まさか読書を理由に断られるとは思っていなかった。
(でも確かに、リオ先輩の才能的には本が読めないのは致命的だよな)
そう簡単に意見を覆さないだろうとは思いつつ、ダイキは一応食い下がる姿勢を見せる。
「ちなみに、名前を貸すだけでもダメですか」
「活動に参加しないのに部に所属するなんて、そんな中途半端な真似はしたくないの」
成程、完璧主義なリオらしい答えではある、とダイキは納得する。先程と違って淀みなく答えてみせたという事は、恐らくこれまでにも同じ事を口にしてきたのだろう。
(そう言えば、リオ先輩は部活に入ってないってハルヤが言ってたな)
何故かそういう情報にも詳しいハルヤの言葉を思い出しつつ、ダイキは姿勢を但し礼を述べる。
「分かりました。協力してもらえるだけで十分です。ありがとうございます。これから宜しくお願いします」
ダイキが頭を下げた所で、タイミング良くチャイムが鳴り響いた。午後の授業の開始五分前を告げるチャイムを耳にし、ダイキとリオは揃って椅子から立ち上がる。
司書室を出て鍵を掛けるリオの姿を見つつ、ダイキはふと浮かんだ疑問をリオに投げかける。
「そう言えば、リオ先輩ってどんなジャンルの本が好きなんですか?」
クッキーの袋を手にしたリオは驚いたような表情でダイキを見上げ、すぐに視線を図書室の入り口へと向ける。並んで歩みを進める中、リオは「分からない」と小さく答えた。
「あまり考えた事がないの。どんなジャンルであっても本である以上、目は通すようにしているから」
ダイキも予想していた答えではあったが、何とも寂しい話ではある。詰まる所リオは楽しいから本を読んでいるのではなく、それが義務だと認識しているため本を読んでいる、という事なのだろう。
リオと本の話をしたらどうなるのか、という期待を抱いていたダイキが思わず「そうですか」と残念そうな様子を滲ませると、リオは顔をダイキから逸らして言葉を続けた。
「ミステリーはそれなりに好き、だと、思うわ」
珍しく歯切れの悪いリオの様子を窺うと、露わになっている耳がほんのりと赤くなっている。照れくさそうな色の滲むその言葉は本音でもあるのだろうが、わざわざ『探偵』のダイキに対してミステリーを選んだのは、リオなりにダイキに歩み寄ろうとした、という事なのかもしれない。
予想していなかった意外な言葉に、ダイキも思わず頬が綻ぶ。
「じゃあ、今度ミステリーの話でもしましょう」
そう声を掛けると、リオはいつものように「そうね」と小さく呟いた。その呟きはやはりどこか照れくさそうでもあり、弾んでいるようにも聞こえた。
放課後、場所は変わって探偵部の部室。ダイキは対面のソファに座る人物に声を掛ける。
「リオ先輩って、有名人なのか?」
突然声を掛けられた人物はコーヒーの注がれたカップを手にしたまま動きを止め、ダイキの顔を見つめている。探偵部に所属するハルヤ――ではなく、昨日新聞部として取材に来たばかりの小菅は訝しむように眉根を寄せていたが、諦めたように息を吐いて「…笹倉先輩の事だよな」と確認を行いダイキの問いに答える。
「それなりには有名人だな。図書室を訪れる生徒で知らない奴は居ないだろう」
「内部生だってハルヤから聞いたけど、中等部からあんな感じだったのか?」
ダイキもまた目の前に置いてあるカップを傾けつつ、小菅に問い続ける。
「ほぼあのままだ。気付いたら図書室でじっと本を読んでいるんで、入学当初は『座敷わらし』説が流れたらしいな」
「あー分かるかも。リオ先輩らしいな」
苦笑しながらダイキはハルヤから貰ったクッキーを一口齧る。どうやら青いリボンの掛かっていた男性二人分は甘さ控えめで作っているらしく、インスタントのコーヒーとの相性は悪く無い。同じくクッキーを齧りながら小菅は言葉を続ける。
「高等部に入ってからは檜波先輩という、そうだな…古臭い言葉だが学園の『マドンナ』的な先輩とよく一緒に居るらしくて、そういった意味でも有名人になったな」
「流石新聞部、情報通だな」
軽い口調で賛辞を述べつつ、ダイキは話に上がった檜波という人物に思いを巡らす。マドンナという事はまず間違いなく女生徒だろうが、リオが同学年の同性の生徒と仲良くしているという図が想像出来ない。リオと親しいのであれば、似たようなさっぱりとした性格なのだろうか。それとも全く真逆のタイプか…。
コーヒーを口に含みつつ思考に没頭していたダイキに、小菅は大きな咳払いをして「それで?」と語気を強める。
「まさか笹倉先輩の話をするために俺を呼んだ訳じゃないだろうな」
「もちろん。他に大事な話があったから呼んだんだ。リオ先輩の話はまぁ、前置きって事で」
そうして話を切り替えたダイキは、早速小菅を呼んだ理由である自分の才能や探偵部についてを語る。
概ね昼休みにリオに語った内容と同じだが、小菅に対してはそれに加えて『探偵』としての自分の経歴がどのようなものであるか、御門からの意味深な依頼に対してどのような推測をしているか、より深い内容を共有していく。
真偽を見抜く『勘』を持つ小菅に対しては、曖昧な発言も情報の出し惜しみも信頼を損ねると判断したためだが、その裏には協力せざるを得ない所まで事情に明るくなってもらう、という狙いもあった。
時折投げかけられる質問に答えつつダイキが全てを語り終えると、小菅は顎に手を当て「ふむ」と息を吐いた。
「昨日の疑問は一通り解消されたな。そこは感謝したい。しかし、依然として色々と不可解な箇所は多いな」
「どこが気になった?率直な意見が聞きたい」
今後の調査に有用な視点が貰えれば、と心中で期待しつつ問うと、小菅は「幾つかあるが、そうだな…」と前置きの言葉を述べ意外な点を挙げた。
「まず、お前の経歴というか、家庭環境が気になった」
「えっそこかよ」
思わずダイキの突っ込みの言葉が飛び出たが、小菅は動揺する事もなくあくまで冷静に答える。
「嘘じゃないのは分かるが、興味深くてな。やはり『探偵』は警察関係の血筋で育まれるものなのか」
小菅の言うように、『探偵』であるダイキは警察関係者の多い血筋の人間だ。そもそもダイキが探偵としてその能力を認められるようになったのは、刑事である親族から話を聞き、そこで得られた情報だけで事件を解決に導いた経緯があるためなのだが、ダイキ自身は好んでその話をしようとはしない。
(…やっぱり話すんじゃなかったかもな)
騒ぎ立てられるのを嫌うダイキは自身の発言を反省したが、一度口に出してしまった事をあれこれ言っても仕方がない。
「…まぁ俺の話は良いんだよ。それより理事長の話で気になった点を教えてくれ」
適当な言葉でダイキは自身の話を誤魔化し、右手をヒラヒラと振って小菅に先を促す。どこか不満そうな面持ちながらも、小菅は眼鏡のブリッジを押し上げて話を切り替えた。
「二点目は選定理由だ。特に『協力者』の方が気にかかる」
二点目として挙げられた内容に、ダイキは「へぇ」と声を漏らす。淀みのないはっきりとした物言いが、小菅の疑念の強さを表しているようだった。
「七不思議じゃなくてか。その理由は?」
「七不思議の方も気にはなるが、そっちの選定理由はある程度理解出来る。『七不思議』なのだから数は七つで確定されているし、幾つか候補があっても知名度で絞れるだろう。だが『協力者』の方は違う。ハッキリ言うが、数が多すぎる。どう多く見積もっても二十五人は必要ないだろう」
ダイキは(まぁその通りだな)と同意しつつ、小菅がつらつらと述べる言葉に耳を傾ける。
「加えて言うと、個々人の選定理由が曖昧に感じる。笹倉先輩の本に対する知識はもちろん、見崎のおまじない?だったか、どちらも素晴らしい能力だとは思うが、『探偵』に協力する事を前提にするならもう少し違う人選になるのが妥当だろう」
小菅の言葉は、これもダイキが前々から思っていた事だった。特にハルヤの『おまじない』は、現状怪我を負った際にしか出番が無い。『探偵』が怪我と無関係という訳では無いにせよ、そこまで活躍する場面は多くないだろう。
「『協力者』の真の目的は協力じゃない、って事か」
自身の推測を整理するように小さく呟く。恐らくその推測はそこまで外れてはいないはずだ、とは思うものの、ダイキにはまだ真の目的なるものは見えていなかった。
思考を一旦諦めたダイキは、そこでふと『曖昧な選定理由』とやらに小菅が自身を含んでいない事に気付き、意地悪げな笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。
「ちなみに、その理屈でいくとお前の『勘』は探偵の協力者としては打って付けだと思うんだけど」
対する小菅は、やはりその意識があったらしく、バツが悪そうに眉根を寄せた。
「否定はしないが…いやに含みのある言い方だな。理事長からの依頼に協力して欲しいというだけじゃないのか?」
話が早くて助かる、と暗に小菅の問いを肯定し、ダイキはもう一つの目的を提示する。
「正直に言うと探偵部に入って欲しい。で、なるべくこっちの方に協力して欲しい」
「…それは、」
何かを答えようとした小菅の言葉を遮り、牽制するかのようにダイキは言葉を続ける。
「あ、先に言っておくとリオ先輩には断られてるから、今の所お前以外に適任者は居ない」
ダイキはまっすぐに小菅を見据え、あえて強い言葉で断定する。今後新しい『協力者』が見つかれば小菅に拘る必要もないのだが、小菅自身に自覚があるように嘘を見抜く『勘』はダイキとしては願っても無い才能であり、右腕として協力して欲しいという思いは強い。
(俺の家庭環境に興味を持つって事は、『探偵部』の活動にも興味を示しているはずだし、少し押せば折れてくれると思うんだけど)
「…………」
黙り込んでしまった小菅の心情を推し量りつつ、ダイキは答えを待つ。
その推測はそれなりに当たっていたらしく、しばしの沈黙の後に小菅は大きくため息をついて切り出した。
「…二つ、条件を付けたい」
「条件か」
予想の範囲内で答えが返ってきた事に安堵しつつ、しかし警戒をしたままダイキは小菅に言葉を返す。
「取り敢えず聞こう。一つ目は?」
「七不思議について解明出来た際には、新聞部で記事にさせてくれ」
仰々しい小菅の口ぶりに身構えたものの、一つ目はなんて事ない、新聞部としては当然の話である。むしろ探偵部を宣伝し知名度を上げたいと思っていたダイキには好都合な条件だ。ここで断る理由がない。
「それは構わない。もちろん内容によっては公表出来ない場合もあるから、それは勘弁してくれよ」
「もちろんだ。理事長から口止めさせる事も考えられるからな。許可が下りる範囲内で構わない」
「で、二つ目は?」
スムーズに一つ目の条件に関するやり取りを済ませたダイキは、そのまま二つ目の条件に話を移す。
先程は特に変わった反応を見せなかった小菅だが、何故か二つ目の条件の話になった途端ダイキを真正面から捉えていた目線がわずかに下がっていった。
その様子からダイキは(一つ目よりは言いにくい事なのか)と心中で計っていると、小菅はやはりどこか申し訳なさそうに続けた。
「何かしら調査を行う際の諸経費は探偵部で出してくれ。金銭が絡むと部長に反対される恐れがあるのでな」
「…ふぅん」
調査の際には探偵部として、それが終わった際には新聞部として活動させて欲しい、表面上はそれだけだが、要するに小菅の都合に合わせて――主に新聞部の利益になるように――肩書きを自由に使い分けさせて欲しい、という事らしい。
昨日新聞部として探偵部の取材を受けた際に感じていた事だが、恐らく小菅は時期部長候補だ。だから部長直々に探偵部の取材を指示したのだろう、とまだ見ぬ渡良瀬という人物を想像しつつダイキは推測する。
もし本当に部長候補で、現部長にそこまで期待をかけられているのだとしたら、確かに新聞部に不利になる活動は出来ないし、なるべくなら新聞部に貢献したいはずだ。つまりこの二つの条件は小菅の誠実さの表れと言っても過言ではないのだろう。
(部費の件は理事長次第になりそうだけど…恐らく問題ないだろう)
理事長室であった御門の態度から、ある程度の要求は飲んでもらえるだろうと当たりを付け、ダイキは大きく頷く。御門相手に交渉する必要は出てくるかもしれないが、それよりもここで小菅の協力を得られない事の方がダイキにとっては痛い。
「分かった。その条件で構わない。その代わり、なるべくこっちの調査に同行してくれよ?」
「善処する。必要な際には校内SNSででも呼んでくれ」
取材時の小菅の行動に倣って右手を差し出すと、迷う事なく小菅も右手を差し出した。以前よりも固い握手を交わし、二人は早速校内SNSでの互いの連絡先を交換し始める。
「あ、そうだ。早速一つ、頼んで良いか?」
ダイキは生徒証を操作しながら問いかける。同じく生徒証を操作していた小菅は一旦手を止め、画面に向けていた視線をダイキへと移し、言葉の続きを待つ。
「これから部活の申請書を生徒会に出しに行きたい。付き合ってもらえるか?」
嫌な予感が的中したとばかりに思い切り眉を顰め、小菅――ジュンはしばらくの沈黙の後「気が進まないな…」と大きなため息をついた。