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才のハタム-帝ノ森学園探偵部-  作者: 常葉スイ
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1話 探偵、来たれり

四月。新入生が入学し、在校生が進級し、それから一週間程が経った頃。

私立帝ノ森(みかどのもり)学園高等部に、突然と転入生がやって来た。


「初めまして。土居島大貴(ドイトウダイキ)です。本当はちゃんと始業式から参加する予定だったけど、手続きとかで時間かかっちゃって。変な時期の転校ですけど、よろしく」


背の高い少年――土居島大貴は、特に気負った風もなく自己紹介を済ませると、スタスタと案内された自分の席へと向かっていった。

クラス中の密やかな注目を浴びながら、軽く欠伸をしつつ窮屈そうにネクタイを弄っている。周りからの視線を感じていないのか、あるいは認識しつつ無視しているのかは傍目には分からなかったが、少なくとも初めて飛び込んだ異空間に萎縮している様子は微塵も感じさせなかった。

(うちの学校って、二年からでも転入出来たんだ)

そんな転入生の様子を、同じ二年B組に席を置く見崎陽耶(ミサキハルヤ)は、興味深く見つめていた。

ハルヤにとって、いやこのクラス中の生徒達にとって、転入生は非常に珍しい存在だった。

私立帝ノ森学園は中等部から高等部までが一体となった所謂中高一貫校であり、七割近い生徒は中等部入学時からそのままエスカレーター式に高等部へと進学する。ハルヤもその「内部生」と言われる一人である。

もちろん、高等部から編入する生徒も毎年一定数は居る。居るのだが、高校二年になって転入してくるというのは、ハルヤが知っている限りは初めてのケースだった。

(よっぽど頭が良いとか、スポーツが出来るとか?でもそれなら、普通科じゃなくて特別科に行くよね)

帝ノ森学園は学業、スポーツ、芸術とあらゆる分野で優れた生徒達を教育し、世界へ輩出していく事を教育方針の主軸としている。中学生でハーバード大学の試験に合格した秀才、日本代表選手として第一線で活躍している天才、政府の文化賞を受賞した奇才、そんな人間が特別科にはゴロゴロ転がっている。

が、普通科はその名の通り特別な才能は必要なく、それなりに勉強が出来ればどんな凡才でも入学出来る。そして転入生がやって来たのはその普通科。

(どうやって転入して来たんだろ…)

転入生に対する好奇の眼差しが落ち着いたら、声を掛けてみよう。

ハルヤはそう決意し、よしと気合いを入れて握りこぶしを作った。



ハルヤが決意してからわずか数時間後、転入生と話す機会は思っていたよりもずっと早くやって来た。

「なぁ、ちょっと聞きたいんだけど」

その日の放課後、聞き慣れない声がハルヤの頭上から降って来た。

ハルヤがふっと視線を上げると、そこには件の転入生が佇んでいた。「えっ」と声をあげハルヤが思わず立ち上がると、木製の椅子が予想外に大きな音を立てた。教室に残っているクラスメイト達の視線が一斉に二人に集まる。

「あ、はい!わ、私、ですか…?」

ハルヤは勢いよく立ち上がった事を後悔した。人目を集めてしまった事もそうだが、立ち上がる事でなおさら転入生の背の高さが実感される。遠目で見ていたよりもずっと大きい。身長155㎝のハルヤとは20cmかそれ以上違うのではないだろうか。

(怖い!どうしよう!何を聞かれるの!?怖い!!)

朝の決意を早速翻して声を震わすハルヤを余所に、転入生――ダイキは淡々と言葉を紡ぐ。

「理事長室ってどこにあるか知ってるか?そこに行け、って言われてるんだけど」

「り、理事長室?それなら、えっと、中央塔の六階に行けば…」

「チュウオウトウってこの建物?」

ダイキは人差し指で地面を指した。答える代わりに赤べこのようにハルヤは頷く。

「六階まではどうやって行くんだ?階段?」

「階段でもエレベーターでも行ける…あ、でも、理事長室は教育棟だから、五階で連絡通路渡らないと…」

尋ねられた理事長室への経路を脳内で思い出しながら、ハルヤは何とか分かりやすく伝えようと努めたが、帝ノ森学園は一学年四百人を超えるマンモス校だ。口で説明するにはあまりにも校舎が大きすぎるし、構造が複雑すぎる。地図のようなものがあればもう少し明快に答えられたかもしれないが、そんな都合の良いものをハルヤは手にしてはいなかった――実際にはタブレット型の電子生徒証を使えば簡単に表示出来るのだが、焦りと動揺でいっぱいいっぱいのハルヤには思い出せるはずもなかった。

「階段で五階まで上がって、そこから連絡通路を渡って、そこから更に上がって六階に行く。で、良いのか?」

「うん、それで…あ、でも階段も幾つかあって、理事長室には奥の階段じゃないと…」

ハルヤは意味もなく両手を動かしながら何とか自分の脳内にある地図を伝えようとするが、伝えられているか分からない不安と伝わっているか分からない不安、その双方に押しつぶされて段々と語気が弱くなっていった。

当のダイキはそのまま続きを求めるかのように、じっとハルヤを見つめている。

(あああ、見てる!見られてるよ…!)

怒っているようにも見えなくないが、何も言ってこないので単純に待っているだけかもしれない。それとも、説明能力の乏しいハルヤを見て呆れているのかもしれない。が、その心の内を推し量る余裕すらハルヤには残っていなかった。

(こ、こうなったら…)

言葉を切って一拍深呼吸をし、ハルヤは再びダイキを真っ直ぐ見上げた。両の拳をグッと握りしめ唇を一文字に結ぶその姿には日常会話の只中とは思えない程の必死さがあり、相対するダイキも驚いたかのようにわずかに目を見開いた。

そしてハルヤは意を決して口を開き、

「あの、案内するよ。…理事長室に」

結局説明する事を諦めたハルヤは、クラスメイト達の視線を一身に浴びながら、ダイキと二人教室を後にした。



階段で五階まで上がり、そこから教室等と教育棟の二つを繋ぐ連絡通路を渡り、更に階段で一階上へ。ハルヤが拙いながらに説明した道順通りに進み、二人は目指すべき理事長室前に立っていた。教室のシンプルな引き戸とは違う重厚な木造扉が、静かな威圧感を放っている。

(…場所は知ってたけど、実際来ると緊張しちゃうなぁ)

理事長室という空間にまんまと圧倒されたハルヤはゴクリと唾を飲み込み、そっと傍のダイキを窺う。相変わらず感情の読み取れない表情のままだが、心なしか先程よりも眼差しに力が込もっているように見えた。

「…ねぇ、これって、普通にノックして入って良いのかな?」

ハルヤはいつもより声をひそめ、ダイキに問いかける。なりゆきで案内係を買って出たが、ハルヤ自身理事長室に来た事はないし今後も来る予定はない。当然中の人をどうやって呼び出すのかも分からない。職員室ならノックで問題ないが理事長室はどうなのだろうか。

「ん、インターホンがあるな」

よくよく見ると確かに、扉のすぐ横には壁と同色のスイッチとガラスに保護されたカメラやスピーカーが埋め込まれていた。帝ノ森学園が歴史の長い由緒正しい学校である事は生徒であれば誰でも知識として持っているが、その学園の理事長ともなるとインターホン越しからでないと会えないらしい。

(セキュリティがちゃんとしてるんだなぁ)

緊張感を紛らわすかのようにハルヤがぼんやりと学園のセキュリティに思いを馳せている間、ダイキはすっとカメラの前に立ち迷わずにインターホンを押した。

ポーンという軽い呼び出し音がし、数秒後に「はい」という声が返って来る。穏やかな年配の女性の声だ。

「二年B組の土居島です。ご用件があるとの事でお伺いしました」

「あぁ、土居島君。待っていたわ、すぐに開けるわね」

無駄のない短いやり取りの後、木造の扉が重々しいという音を立てて一人でに開いた。年季の入った歴史ある扉かと思いきや、スイッチ一つで機能する自動開閉の扉らしい。予想外に近代的な機構に、ハルヤは再び(お金がかかってるんだなぁ)と意味もなく学園のお財布事情を想像した。

「失礼します」

丁寧にお辞儀をしつつ挨拶の言葉を述べ、ダイキは大きく一歩部屋の中に足を踏み入れた。先程からのやたらと小慣れた同級生の対応に少なからず驚きを覚えつつ、ハルヤもそれにならって歩みを進める。緊張感からまともな思考を放棄したハルヤの頭の中には、もはや「ダイキを一人残して退散する」という発想は無かった。

理事長室は二人の想像に違わず広くゆったりとした空間だった。壁には如何にも高価そうな彫刻や絵画が並び、大ぶりの花瓶にはそれに相応しく百合や薔薇といった豪勢な花が挿されている。部屋の中央にはガラス天板の机がドンと構え、それを囲うように革張りのソファが配置されている。

その奥の執務机越しに、白髪混じりの小柄な女性の姿があった。

「よく来てくれましたね、土居島君。…あら?」

女性はダイキの姿を認めると薄く目を細め、そして隣のハルヤの姿を見て驚いたように声をあげた。ここで自分が便乗して理事長室に足を踏み入れている事に気付いたハルヤは、当然の如く追い出されるものかと覚悟したが、

「二年の見崎さんね?土居島君が呼んだのかしら」

予想に反して理事長らしい女性は予期せぬ来客に喜んでいるように見えた。

「理事長室までの行き方が分からなかったので、見崎さんに訪ねたんです。結局ここまで案内してもらう事になりましたが」

「まぁ、そうだったの。何故彼女に?」

「クラスの中で一番親切そうでしたし、頼み事を断れないタイプのようだったので」

「成る程。流石は『探偵』さんね」

ダイキの返答に女性はクスクスと楽しげに笑い、背もたれの高い椅子から立ち上がった。状況にまるで追いつけていないハルヤは、(誰が頼み事を断れないタイプよ!合ってるけど!)と心中で訴えつつ、ただそれでも、最後の聞き慣れない言葉を聞き漏らす事は無かった。

(タンテイ、って言ったよね?土居島君が『探偵』…?)

ハルヤは思わず隣に佇む背の高い少年を見上げた。期待していた訳ではないが、案の定その表情からは特段何の感情も見て取る事が出来ない。唯一、『探偵』と称されて驚きもしなければ謙遜もしない、それが彼にとって普通なのだという事だけがハルヤには理解出来た。

「どうぞ、そちらに腰掛けて」

女性は革張りソファの一角を示し、自らも扉正面の一人掛けのソファに腰を下ろした。早速ソファへと歩みを進めるダイキを背を、少し遅れてハルヤも追う。

二人が腰掛けるのを待ち、女性は穏やかに口を開いた。

「さて、どこからお話しましょうか」



「まずは自己紹介からね。私はこの学園の理事長、御門千草(ミカドチグサ)です」

御門と名乗った女性は穏やかな口調で名乗り、人差し指と中指をすっと立て二人に示した。

「単刀直入に言いますね。土居島君をこの学校に呼んだ理由は、依頼したい事が二つあるから。一つはこの学園に伝わる七不思議を全て明らかにする事。一つはあなたに力を貸してくれる協力者を探す事。これが私からの依頼です」

(???七不思議に…仲間?)

困惑しきりのハルヤをよそに、ダイキは冷静に答える。

「了解です。俺がおおよそ聞いた話とも相違ないですね」

「それは何よりです。では、詳細をお話しましょう」

御門はそう言うと机の上に置かれた白い箱を開け、一台のタブレットを取り出しダイキに差し出した。サイズはB6サイズ程で、上部には御門ノ森学園の校章が刻まれている。ハルヤにはよく見覚えのある、全校生徒に配布されている電子生徒証だ。

「これはあなたの生徒証です。他のものとは違い、機能を少し追加させてもらっています。起動すると手帳型のアイコンがあると思うから、それを見てもらえる?」

生徒証を受け取ったダイキが電源ボタンを押すと画面に校章が浮かび上がり、すぐにホーム画面に切り替わった。『時間割』『成績表』『行事カレンダー』『学園地図』といった学園生活に関する名称の付けられたアイコンが幾つも並んでいる。各項目をアプリで管理している、という事らしい。

画面を二度スワイプすると、御門の言う手帳型のアイコンが一つだけポツンと置かれていた。特別に追加された機能、と言うのは間違いではないようだ。

ハルヤはダイキの持つ生徒証の画面をグッと覗き込み、書かれた名称を小さく呟いた。

「『捜査』…?」

軽くタップするとアプリが立ち上がり、『捜査』という名にふさわしいノートのような画面が表示される。ダイキはそのまま表示されるボタンを順にタップし、中身を確認していく。横から覗き込んでいたハルヤにはどういう機能が備わっているかは追いきれなかったが、時々クエスチョンマークだらけのページが挟まれていた事は視認出来た。

「その機能を使う事で、依頼事項と捜査の進捗状況が確認出来ます。七不思議は『wonder』、協力者は『talent』のページに纏まっています。と言っても今は何も分からない状況だから、全て伏せられているけれども」

御門の言うように改めてページを切り替えると、確かにほとんどの項目が???となって伏せられている。ハルヤが見た不可解なページはどうやらその箇所だったらしい。

しばらく黙々と内容を確認していたダイキだが、不意に顔をあげて御門に向き合った。

「幾つか質問しても?」

「もちろん、どうぞ」

教室でのぼんやりとした雰囲気とは一変し、真剣な表情でダイキは続ける。

「分からない箇所が伏せられているという事ですが、分かるようになったらどうなるんですか?自動で更新されるのか、もしくは俺自身で更新するんですか?」

「うん、もっともな質問ですね。…纏めて答えた方が良さそうだし、そのまま続けてもらえる?」

御門は満足そうに笑みを浮かべつつ頷き、続きを促す。

「では次に協力者のページですけど、空欄が二十六個ありますよね。これは協力者を二十六人探す、という事でしょうか?それと、七不思議と協力者探しに相関関係はありますか?捜査するにあたって優先度はありますか?期限は?捜査に対する報酬はどうなっていますか?」

矢継ぎ早に質問を重ねていくダイキに、成り行き上隣で腰掛けているハルヤは圧倒されながらその言葉に耳を傾けていた。よく口が回る事に対してもだが、突然意図もよく分からない依頼を受けても平然と、冷静に対処している事にだ。

(随分慣れてるみたいだし…もしかして、土居島君って本当に『探偵』なのかな…?)

ハルヤとは対照的に御門は笑みを崩さず、真剣な顔つきのダイキの様子をじっと見つめている。

「質問は、今の所は以上です。可能な範囲でお答え頂けますか」

「はい。では、最初の質問からね」

御門は一つコホンと咳払いをし、言葉を紡いでいく。

「伏せられている部分は回答式になっています。あなたが解明しただけでは更新はされず、クエスチョンマークのままです。解明した場合には、私に報告して下さい。その情報の正誤を判定し、こちらで更新致します」

「報告の方法は?」

「それぞれのページにメールのようなアイコンがあるから、そこから進んで下さい。報告メール、と思ってもらえれば良いのかしら。試しに一度やってみましょう」

御門はおもむろに立ち上がると、ソファの奥の執務机へと歩を進める。

「『talent』ページの報告アイコンをタップして、報告ページを開いてくれる?」

指示通りに捜査を進めると、御門の言うようにメールフォームのような画面が表示された。ハルヤはぼんやりと(…何かの問い合わせ画面みたい)という感想を抱く。

「ページを開くと『name』と『skill』という欄があるでしょう?『name』にはあなたの名前を、『skill』にはdetective…『探偵』と記入して、そのまま送信して」

『探偵』のスペルがどんなだったかとハルヤが格闘している間にダイキはさっさと入力を終え、送信ボタンを押していた。御門の机に置かれたパソコンから受信を告げるような電子音が鳴る。御門はそのままカタカタとパソコンを操作し、「よし」と声をあげて手を止めた。

「内容を更新したわ。確認してみてくれる?」

御門の言葉を受けて再び該当のページを開くと、確かに伏せられていた箇所が一部明らかになっている。ハルヤは再び画面をそっと覗き込み、その内容に驚愕した。



 D DETECTIVE 探偵

 2年B組 18番 土居島大貴

 高い観察力を持つ。対人観察に特に優れ、人の癖や嘘を見抜く事に長けている。

 20××年9月からは警察を始めとする行政機関にも協力し、

 事件を解決に導く等、多くの実績を上げている。


(け、警察に協力!?)

ハルヤは思わず隣に座るダイキを見上げた。

一種のプロフィール紹介かのような画面には証明写真風の少年の写真が貼り付けられているのだが、どこからどう見ても明らかに自身の隣に座っているダイキのものであり、ハルヤは無駄と分かっていながらも画面とダイキに視線を往復させた。

(土居島君、本当に『探偵』なんだ…)

ハルヤが関心しきっている中、当のダイキはさして驚く事もなく生徒証を操作し続けている。

「俺が入るって事は、実際に探すのは二十五人って事ですね。Dってあるって事は、全員アルファベットに関係があるんですか?」

「察しが早いですね。その通りです。アルファベットは一つのヒントとして考えて下さい」

パソコンの操作を終えた御門は二人の元に戻って来ると、またゆったりとした動作でソファに腰掛けた。

「七不思議の方も基本は一緒。私に内容を報告してもらえれば、その内容を確認しこちらで更新します」

「一つ追加でお伺いしたいのですが、正誤を判定って事は理事長は七不思議も協力者も、全て把握しているという事ですよね。それを俺が解く事に何の意味が?」

「意味はあります。でも、今はまだ言えません」

「…………」

ダイキと御門の間にしばし沈黙が流れる。ハルヤは話を理解しきっていないながらも不穏な空気を感じ、心配げに二人の様子を交互に窺った。

「…分かりました。『今はまだ』という事なら、機会を改めて伺う事にします」

先に音を上げたダイキは頭をかき、小さくため息をついた。すぐに顔を上げ、再び御門と向かい合う。

「それで、答えの続きは伺っても?」

「えぇ、次は相関関係だったかしら。もちろんあります。どちらか一方だけの走査を進めるというのはまず不可能でしょう。逆にどちらかの捜査を進めれば、自然ともう片方も進められる。そういう意味では優先順位はありませんね」

「期限は?協力者が俺と同じように学園の生徒なら、卒業してしまったらアウトですよね?」

「その通りです。なので期限は一年間、是非今年度中に解決して下さい」

「了解です。最後に、報酬の話は?」

「もちろん準備しています。まずは前払いの報酬から」

御門は一つのファイルをダイキに差し出した。中には何枚かの書類と、小さな鍵が入っている。ダイキが無造作に取り出した書類には、つらつらと文章が書き連ねられている。

「まず一つは寮の家賃の免除。こちらが招待したのだし、捜査協力という意味でも今年一年間の家賃を免除します」

御門ノ森学園は全国から才能ある生徒を集めている事もあり、学生寮は当然のごとく併設されている。特別科ではなくても破格の家賃で住めるので、ハルヤの回りでも寮生活をしている者は多い。

(普通科の生徒で家賃免除なんて、皆が聞いたら怒りそうだなぁ)

絶対に口外しないようにしようとハルヤが決心する中、二人のやり取りは進んでいく。

「次に1年間の学費の免除。こちらは流石に全額という訳にはいかないのだけれど、なるべく協力はさせてもらいます。家賃の件と併せて土居島君のご両親には説明させてもらうから、心配はしなくて大丈夫よ」

「ありがとうございます。助かります」

(家賃だけじゃなくて学費まで!?)

もう絶対に誰にも口外出来ないとハルヤは震えながら決意を新たに、そして同時に、隣に座る少年がそんな扱いを受ける程の特別な存在なのだと実感していた。

「最後に、捜査活動の拠点として部室を用意してあります。一応『探偵部』という名前で申請してあるけど、名前は好きに変えてくれて構いません。捜査に必要なものも部室に取り揃えているから、自由に使って下さい」

「これはその部室の鍵って事ですか?」

ファイルの中に入っていた小さな鍵を取り出し、ダイキは観察しながら尋ねた。持ち手の部分はアンティーク調のブロンズ装飾が施されているが先の方は凹凸の無いただの直方体で、鍵というよりUSBか電源アダプタのようだ。先端に付されたキャップを外すと、それこそUSBのように銀色に光る機体が露わになる。

「えぇ、電子ロックが掛けられるようになっているから、セキュリティの心配はいりません。鍵はそれと私の持っているスペアの二つだけだから、無くさないようにね」

一通り観察しきるとダイキはキャップを閉め、制服のポケット中にそっと仕舞い込んだ。

「これが前払いの報酬、と言うか捜査への支援って事ですよね。解決時の報酬もあるんですか?」

「まだ未定だけど、案はあります。家賃や学費の免除延長、学食の割引、進路の特別支援…あとはシンプルに報奨金の授与、とかね。その辺りの融通は利かすから、解決した時にでも要望を出してくれれば構いませんよ」

「ご配慮ありがとうございます。お言葉に甘えて、そうさせてもらいます」

話は終わった、とばかりにダイキはソファから立ち上がり、御門に深々と頭を下げた。ハルヤもそれにならうように慌てて立ち上がり、頭を下げる。

「分からない事があったらまた聞きに来ます。それとも、この端末から連絡した方が?」

「そうね、なかなか時間が取れない日もあるから、報告の一環として連絡を入れてもらえると助かります」

「了解です。そうさせてもらいます」

二人が理事長室の扉に近付くと、入った時のように重々しい音を立てて自動的に開いた。ダイキはすっと道を譲り、先に出るようハルヤを促す。(レディファーストだ…!)とハルヤが恐縮しながらも外に出て、それに続くようにダイキが足を踏み出すと、

「一つ、課題を与えますね」

御門が楽しげに言葉を紡いだ。すでに扉は閉じ始めていて、御門の声に重なっていく。

「見崎さんも招き入れて話を聞いてもらったのは、他でもありません。彼女が協力者の一人だからです」

「…何となく、そんな気はしてました。じゃなきゃこの場に同席させませんよね」

「その通りですね。是非彼女の能力を当て、私に報告して下さい」

それ以上のやり取りを阻むように、重厚な扉は無慈悲に閉じられた。ダイキはわずかに眉根を寄せ、傍に佇むハルヤを見下ろす。

御門の最後の言葉までは聞こえなかったらしく、自分を見つめるダイキの姿を少女は不思議そうに見つめ返していた。

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