24 商隊護衛(2)
幸い、ギルドは朝の一度目に鳴り響く夜明の鐘のあたりから開くらしいので、その時間を狙って二人は護衛依頼の受領を行うことにした。
勢いよく出鼻を挫かれたアリーシャは著しく落ち込んでいたが、宿の夕食を食べているうちに回復したようで、部屋に戻ればさっそく父の日記を開いて明日の朝の行動予定を立てていた。
彼女の言によれば、乗り合わせる旅についていくだけの装備さえできていないらしい。なので、朝一番にギルドに行くのも合流の時間までにどうにか準備を整えたいかららしい。
そんなアリーシャの忙しそうな様子を横目に、クレイオスは彼女に渡された羊皮紙を眺めて唸っていた。
古ぼけ、やや擦り切れたそれには多くの文字と単純な絵が描かれている。その正体は、彼女の父テンダルがかつて娘に与えた、文字を勉強するための単語表だ。
クレイオスが見ているのは、数枚に亘って存在する内の最も簡単な内容で、文字の塊は絵の名前を示す単語なのだ。まずはそれを暗記し、文字の形を覚えろという話だ。
文字を読めるくらいにしよう、という先日のアリーシャの言葉は本気だったようで、暇な時間はこうして眺めて記憶に叩きこめと言われている。無言で従うのは、彼とて街中でふと見かける文字くらいは読めるようになりたいからだ。
そんな形で外界二度目の夜は過ぎて行く。そうして備え付けの短い蝋燭が消えかけるほどの時分になってから、ようやく二人は寝付いたのだった。
翌朝、日が昇るよりも早く起き出した二人は荷物を纏めた後、朝食の準備を始めていた女亭主に部屋を引き払うことを告げ、先払いした宿泊費の残り十フォル銅貨を返金してもらう。
そのまま二日間お世話になった宿を出立し、二人はセクメラーナの雑務ギルドへと足を向けた。その道すがら、開店前のパン屋に無理を言って売れ残りのパンを買い、歩きながら朝食とする。
もさもさするパンを食んでいると、背を向けている東から眩い光が差し込んできて、ようやく夜明の鐘が鳴り響いてきた。
それに合わせて目覚めた周囲の気配は活気づき始め、店も門戸を開いてどこかから良い匂いが漂ってくる。まるで街という生き物が目覚めていくかのようなこの変貌を目にし、クレイオスとアリーシャの二人は理由の知れない感動を胸の内に湧いてきた。
こんなに大きな街が、中心から端々まで余すことなく鐘の音一つで動き出すのだから壮観だ。この空気を感じるだけでも、セルペンス山を越えて良かったとクレイオスは感慨深く思う。
のんびりと歩きながら活発になっていくこの街の雰囲気を感じていたいところだが、生憎と今朝はやるべきことが多い。もの惜しさを抱きながら、クレイオスは無言でアリーシャの後をついていく。
二人して早足で歩いていれば、やがてすぐに最初の目的地である雑務ギルドに到着した。
クレイオスはようやくこの門構えにも見慣れてきたところだが、残念ながらこのセクメラーナを今日出発してしまうので、ギルドともお別れだ。
そのことにも少しだけ名残惜しさを感じるも、一方でこの街に拘る理由もない。仮に戻ってくるのだとしても、この国の王都でもう少しこの旅の為の情報を集めてからでいいのだから。
そんな風に考えながらギルドへ入れば、まだ鐘が鳴ったばかりのせいか、中にはギルド員以外の人間は居なかった。そしてそのギルド員の中に、先日世話になった男性の姿は見られないのを把握する。
たまたま居ないのか今日は休みなのか、二人には判じることはできないが、最後にもう一度礼を言えないことにアリーシャは少しだけ残念だと思った。
だが、居ないのであれば仕方ない。非ギルド員用受付に向かい、昨日貰った二枚の羊皮紙を証拠にハバ商隊の護衛依頼を受けようとしたところで――ギィ、とギルドの入口が開く音。
それだけであれば気にも留めなかったが、続けて「おお、居た居た!」とどこか聞き覚えのある若い男の声を聞けば、二人ともつい気になってそちらに視線を向ける。
果たして、そこに居たのは赤茶けた短髪と碧眼の青年――昨晩ハバと一緒に居たディルだった。記憶にある姿と違うのは、彼が過ごしやすそうな軽装ではなく、革鎧を着込んで剣を帯び、武装しているせいだろう。
急いできたのだろうか、多少息が上がっているものの、彼が大きく深呼吸するとそれはあっという間に落ち着いた。そして二人に歩み寄り、苦笑いしながら一枚の羊皮紙を差し出してくる。
「いやぁ、間に合ってよかった。昨日はもう夕刻の鐘は鳴ってたし、これも渡せてなかったからギルドの依頼を受けられてないんじゃないか、と思ってたんだよ」
「これはなに?」
「ハバさんの商隊の護衛依頼を受けるのに必要な、なんだっけな……まあ、証明書みたいなもんだよ。ハバさんにこれもらってないと、依頼が受けられないようになってんだ」
羊皮紙の正体を問えば、思わず驚きで奇妙な声が出そうになるほどの答えが返ってきた。
ハバさんうっかりしてるよなぁ、などと苦笑いと共にぼやくディルだが、対照的にアリーシャの眉間には知らず渓谷が刻まれていく。もし持ってきてくれなければ、これから依頼を受けられなかったというのに、暢気にされてはたまらない。
酔っていたとはいえ、こういう大事なものはちゃんと管理してくれないと困る、と内心で憤慨しつつ、アリーシャは表面上笑みを浮かべ直して礼を述べた。
そしてその羊皮紙を使って手続きを行い、問題なく木片――報酬片と呼ばれているらしい――を受け取ると、そこで律儀に待っていたディルが二人に再び話しかけてくる。
「よし、それじゃ晴れて俺たちは命を預けあう仲間だな。ハバさんの採用基準は、まあ、正直認めがたいところもあるけど……気にしなくていいぜ。最悪、俺とイドゥを頼ってくれれば何とかなるからさ」
「そうさせてもらうけれど……でも、腕前に関しては、私たちの働きを見てから考えてくれたらいいわ。自信があるのはほんとだから」
どうやら人懐こい気性らしく、先日会ったばかりだというのにもう親しげにクレイオスの肩を叩いてそう言った。すると、こうも初対面から距離の近い人間を知らないクレイオスが無愛想な面立ちでつい黙るのを見て、アリーシャが代わりに答える。
ある種、不敵なその言葉に少しだけキョトンとした顔になるディルだが、すぐに破顔して「おう!」と気持ちのいい返事を寄越した。
そうして用のなくなったギルドを出た三人だが、ここでディルは別れようとせず、それどころかまだ用があると言いたげな様子で立ち止まる。そして、またしてもハバ関連であろう話題を出そうとしている――そんな気まずい顔を見せた。
「実はな、ハバさん、まだ伝え忘れてたことがあるんだよ。護衛に必要な準備物とか、飯とか、色々と……」
「……もう、依頼人がお酒飲んでるときに会いに行ったりしないわ」
「いや、その……そうした方がいいな」
案の定、必要な情報の伝達が抜けていることを知り、呆れた表情で重い息を吐くアリーシャ。流石に雇い主をフォローしきれないのか、ディルも肩を竦めて同意した。
初めての護衛依頼は不備だらけか、と思いつつも、アリーシャはすぐに気持ちを切り替えて「それで、何が必要なの?」とディルに話の先を促す。
それに合わせて、ディルは二人の前を歩きだして先導しながら話を始めた。
「まず、今回の依頼は護衛要員の補充として出されたものだから、セクメラーナからカリオンまでの片道で終わり、ってのはわかってるよな?」
「ええ。私たちもその方が都合がいいから、受けようと思ったんだし」
「うん、そりゃよかった。だから、向こうに着いたらハバさんが報酬片を渡して俺たちの繋がりは終わり。ま、仕事ぶりさえよければ、今後また依頼を出した時に顔出してくれたら優先的に雇ってくれると思うぜ。……それは置いといて、護衛についてくのに必要な物なんだがな」
と、依頼内容を確認しながら歩いていたディルが立ち止まる。ギルドから南に向かっていた三人は、気づけば店ばかりが隣り合って軒を連ねる区画へと入り込んでいた。
周囲を見回す二人に、ディルは説明を続ける。
「このあたり、商業ギルド所属の店がまとまってある『商業区』で揃えた方がいいんだ。品質が保証されてるのはもちろん、ハバさんが卸してる店や古なじみのところもあるから、俺が口利きすればちょっとはまけてくれるはずさ」
「ありがたい話だが、ずいぶん親切なんだな」
顔見知りが居たのか、声をかけてくる人々に手を振り返しながら目的地にやってきた意図を教えてくれる青年に、クレイオスが純粋な疑問をぶつける。
聞きようによっては皮肉にも取れるその言葉に、特に気を害した風でもなくディルは頭を掻きながら肩を竦めた。
「ちゃんとやるべきことやんなかったハバさんが悪いからなぁ。それに、君たち旅慣れてなさそうだったし、もしかしたら準備も危ういんじゃないかって思ってね。俺も旅を始めたばかりの頃、こうして親切にしてもらったことがあるからさ」
照れくさそうに言うディルの言葉に嘘は見られない。本当に彼が優しい人間であるのだと感じ取ったアリーシャは、表情を柔らかくして「ありがとう」と告げる。
彼女の言葉に、嬉しそうに気持ちのいい笑みを浮かべたディルは、旅に必要な物を扱う店へと二人を案内したのだった。
*
ディルが一つ二つの店ではなく、本当に商業区のあちこちの店へ案内したことでかなりの時間を食うことになったが、その分、良いと思えるものを安く買いそろえることができた。アリーシャが当初予定していた消費金額で、予定以上の代物をいくつか買えたのだからディルの恩恵は本当に嬉しいものであっただろう。
保存のきく携帯食料や救命道具の他、必要不可欠でありながら得な買い物といえば、頑丈なナイフに、新しい丈夫な荷物袋、そして今二人が身に纏っている灰色の外套などだろうか。
ナイフは柄に付いた火打石で火をつけられ、そして食料の加工もできる。緊急時の武器にもなるし、森で木の革を剥いだり目印をつけたりと用途は様々で便利だ。
新しい荷物袋は、内側に更にいくつかの袋が縫い付けられていて、中身の分別が可能になっている。必要なものを取りやすい場所に入れておくことで、困った時にすぐ行動に移せる、というディルの熱弁で買うことになった。サイズも大きすぎず、荷物袋というよりは道具袋として使うことになるだろう。
そして、灰色の外套は二人の足首ギリギリまで覆い隠し、フードも被れば全身を完全にすっぽりと覆うことができるサイズのものだ。普通に纏えば身体の前面も隠してしまうが、腕の動作を思った以上は阻害しないくらいには軽い。だというのにこれをこのまま身体にくるむことで、冷たい夜気を遮断する寝袋代わりになるのだ。
実にいい買い物をした、と嬉しげなアリーシャの姿に、クレイオスもいかにも旅人らしい装いになったことで少しだけ表情を緩めた。
そんな二人を前に、案内した甲斐があった、といい笑顔になるディルだが、ふと空を見上げて「しまった」という顔になる。
「二人とも、もう朝の鐘が鳴っちまう。買い物はもう十分だから、宿に行くぞ!」
「わ、わかったわ!」
思っていた以上に時間を使ってしまったようで、集合時間が間近に迫っていたらしい。
慌てたディルが走り出したのを合図に、アリーシャとクレイオスもそれに続けて宿へと急ぐ。
南部の商業区から北西部外縁にある宿まではかなり遠く、多くの荷物を抱えた状態でずいぶん増えた人通りをかき分けながら進む有り様では、流石に間に合わなかった。
朝の二度目の鐘が鳴り響いてから少しの間をおき、どうにか三人ともが宿の前に辿り着くも、そこにハバの姿はない。
アリーシャが焦るよりも早く、少年の声がディルを呼ぶ。
「ディル兄ちゃん、遅いよ!」
呼ばれた青年と共にクレイオスもそちらを見れば、旅装に身を包んだ、メレアスほどの年頃の少年が手を振っていた。
彼に駆け寄って、ディルが焦ったように声をかける。
「あ、アヴか! 悪い、みんなもう行っちまったのか?」
「街の外の街道で待ってる! イドゥ姉ちゃん、カンカンだよ!」
「うげぇ……い、行くぞ二人とも!」
どうやらアヴという少年は、ディルたちを迎えるために残された者だったようで、既にハバら商隊は街を出ているのだという。
だが、その事実以上に昨晩一緒にいた女性イドゥの怒りが恐ろしいらしく、快活な青年の顔が見事に一瞬で濁った。だが、そうもしていられないとディルはすぐに気持ちを切り替え、後ろのクレイオスとアリーシャに声をかけて走り出す。
それを追いかけ、少年アヴと共に西部から伸びる街道を目指して慌ただしく駆けていくが、その途中で段々アヴが三人に遅れだした。身体の完成した三人の健脚に、未熟な彼ではついていけなかったのだ。
そんなアヴに気づいたクレイオスが、少し速度を落とし、アヴの横に並ぶと、その首根っこを引っ掴んで一息に肩に担ぎあげる。
「うわっ!?」と驚く声を無視し、今度は一気に速度をあげてディルの隣へ。槍、水や革、食料などの入った荷物袋というなかなかの重量を抱え、その上負担にならないとは言い難い少年の体重を加えておきながら追いついてみせる青年に、ディルが横目でそれを見て目を剥く。
しかも、まだ加速できそうな余裕を見せているのだから、どういう身体能力だ、とディルは唖然とする。
一方、その更に横で並走していたアリーシャが、前方を指さして叫んだ。
「ねえっ、アレでしょう!?」
彼女の示す先には、六台の大型馬車が街道脇に固まっている場所があり、首を巡らせてそれを見つけたアヴが「そうだよ!」と答える。
すると、向こうもこちらを認めたようで、浅黒い肌の人物が両手を振っているのが見えた。
そのまま街を出てすぐの街道脇に到着すれば、文句を言いたげな表情のハバが皆を出迎えたのだった。
「ディル、君に彼らのフォローを頼んだのは私だがね。遅れろとは言ってないぞ?」
「すみません、ハバさん。買い物で盛り上がっちゃったもんで……」
「どっちも悪いに決まってるじゃないですか。ハバさんがきちんとしてないからアリーシャさん達も依頼を受けられないところだったのですし、ディルは時間がないのをわかっていながら時間を気にしなかったんですから」
ハバの言葉に決まり悪げにヘラヘラするディルだが、雇い主諸共イドゥにばっさりと切り捨てられて消沈した。
落ち込む男二人に、小さくため息を吐いた彼女は、アヴを下ろすクレイオスと物珍しげに商隊を見回すアリーシャを碧眼で見やり、肩で切り揃えた小豆色の髪を揺らして咳払いする。
二人の視線が集まるのを待ったイドゥはハバに「ほら」と気を取り直すよう促した。それで立ち直った浅黒い肌の男は、昨晩の酔いを感じさせない一本芯の通った立ち姿になると、柔和な笑みを浮かべて二人を歓迎する。
「さて、では三日の旅程だが、よろしく頼む。改めて自己紹介するが、カリオンの商人ハバだ。この商隊の商隊頭をしている」
「こちらこそお世話になるわ。カーマソス村の元狩人アリーシャよ」
「よろしく頼む。同じくカーマソス村の元狩人クレイオスだ」
握手の為に差し出された手を握りながら、二人も改めて自己紹介を返す。カーマソス村の名にやはり聞き覚えがないのか、少しだけ訝しげな顔をしたハバだが、すぐに気にしないことにしたようだった。
同じように、傍らにいたディルとイドゥが歩み寄ってくる。
「キトゥラ村の戦士ディルクランドだ。ディルでいいぜ、よろしくな」
「キトゥラ村の魔法師イドゥルフラです。イドゥと呼んでください」
同じように握手を交わし、同時にクレイオスとアリーシャはイドゥが護衛である意味を知った。
昨晩と変わらぬローブを纏った軽装で何故護衛なのか、と疑問を抱いていたのだが、彼女が魔法師であるなら納得がいく。
魔法神を信奉し、そして魔法神の特権たる魔法の行使を許す権能を与えられし者。言葉を諳んじるだけで、弓も矢もなく遠くのものを撃ち抜く力の持ち主であらば、武器を持たずとも護衛が務まるだろう。
そんな、テンダルやメッグの話の中でしか知らなかった神秘の使い手を前に目を輝かせるアリーシャだが、そこでハバがカラカラと笑って妙なことを言い出した。
「いやしかし、雇っておいてなんだが、今回の旅路では君たちの出番はないだろうな」
「え? どういうことだ? ハバさん」
彼の言葉に、事情を知っているのか肩を竦めるイドゥの横で、知らないディルが首を傾げる。
同じく、早速護衛が要らないと言われて困惑するクレイオスとアリーシャに、ハバはご機嫌で商隊の方を見やった。
視線の先、ハバ以外の商隊を構成する十人弱の人々の群れの中で、一人だけ異色を放つ人物がいた。
多くが簡素な旅装の中で、一人だけ白糸の装飾があしらわれた闇色の外套を羽織る小柄な女性が居るのである。
ハシバミ色の長髪の女性は、商隊の人々と和やかに話していたが、ハバの視線に気づくと相手に一礼してからこちらへとやってくる。所作の端々に、清廉さが滲み出ていた。
そんな彼女はハバの隣までやってくると、彼に尋ねる。
「ハバさん、彼らがお待ちしていた護衛の方々ですか?」
「ええ、そうです」
「では、ご挨拶をしなければいけませんね。はじめまして、私は月女神様から権能を賜わり、そのお力を広めるために旅をしております『保護司祭』ミアラと申します。この度は、ハバさんの商隊に同行させていただくことになりました」
クレイオスらに向き直った彼女は、洗練された動作で優美に一礼し、己の身の上を明かした。
月女神神官、とまでは彼女の外套に刺繍された紋様で理解できるのだが、ミアラの言う『保護司祭』が分からずにクレイオスは戸惑う。
一方で、ディルとアリーシャはわかるようで、感心したように声を漏らした。
「おお、『旅守』さまか。これなら確かに、俺たちの出る幕はないか」
「こんなところで会えるなんて、ね。私たち、運がいい――じゃなくて、月女神さまのお導きがあるのかしらね」
そう言いながら自己紹介する二人に続き、クレイオスも手短に自己紹介する。皆の態度からして彼女がよほど特別であるとわかるのだが、クレイオスにはその正体がわからなかった。
が、そんなクレイオスを、なぜかミアラ司祭はまじまじと見つめている。
いつも通り無愛想な自己紹介だったクレイオスだが、失礼を働いた覚えはない。何事か、と真正面から視線を受け止めていると、周囲の方が不審に思って声をかける。
「旅守さま? どうしました」
「いえ……なんでもありません。それより、出発の準備はしなくてもいいのですか?」
「ああ、そうだった。イドゥ、ディル、そっちの二人と、一応護衛の打ち合わせをしておくように。旅守さまは、こちらへ」
イドゥの問いかけに首を振って、クレイオスから視線を外したミアラ司祭はハバに声をかけた。
そんな彼女の言葉で状況を思い出した商人は慌てて護衛たちに指示を出すと、司祭を連れていそいそと商隊へと向かう。
またあとで訊きたいことが増えたな、と考えつつ、クレイオスはディルとイドゥの呼びかけに応え、アリーシャと一緒にようやく護衛依頼を開始した。