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神火のクレイオス  作者: 宮川和輝
第1部 悪鬼跳梁血戦
23/64

23 商隊護衛(1)

 二人が無事セクメラーナに到着した頃、空は茜色になりそうな程度で、まだ夕刻の鐘は鳴っていない様子だった。その為、二人は宿の夕食には間に合うだろうと判断し、雑務ギルドへ直行する。

 相変わらず人の多いセクメラーナ中央の広場に到着し、ギルドの建物へ入れば、今朝見たようにさっぱりした内装が二人を出迎えた。

 ロビーは多少人数が入ってもいいようにそこそこの広さがあるものの、入り浸る必要のない施設であるので椅子やテーブルなどは置いていない。設置されている物は、居心地がいいとは言えない壁際にある二台のベンチだけだ。

 そして入ってすぐ正面に見える受付は三種類に仕切られており、依頼者用、ギルド員用、非ギルド員用と分かれている。この左端の依頼者用の受付の脇には建物奥へとつながる通路があり、アリーシャがクレイオスに教えたところによれば依頼者を通すための部屋などがあるんだとか。

 一方で左右の壁には、ギルド員用の依頼書が張り出されている掲示板と非ギルド員用のソレが、それぞれ一面に貼られている。今も旅装の旅人であったり軽装な町人であったりが左右に分かれてそれらを眺めているが、時間も時間ゆえに人は少ない。

 その間を通り抜けて非ギルド員用受付へとクレイオスを伴ったアリーシャが向かえば、朝に二人を対応した雑務ギルドの男性がこちらの姿を認めて驚いた顔をしている。

 そんな彼に、アリーシャはなんでもないように「はいこれ」と合体させた二つの木片、その他借りていた資料を受付のカウンターに載せて見せた。

 依頼の完了を意味する行為と物品に唖然とする男。ポカンとした様子でカウンターの上とアリーシャの顔の間で視線を往復させるその反応に、よもや何か間違ったのではないか、と彼女は眉根を寄せて不安げにしながら問いかけた。


「あの……今朝受けた依頼、解決してきたのだけど」

「嘘ッ――じゃない、んだな」


 彼女の言葉に、思わず根拠なく否定しかけたギルド員だが、自身に授けられた権能フィデスが囁く真実に勢いを失して息を吐く。そして己を落ち着かせる間をとりながら、二人をじろじろと見て解決の早さを疑問にして投げかけた。


「早すぎないか……?」

「依頼を受けてすぐに村に行ったら、ちょうど狼の襲撃があったのよ。そのまま狩れそうだったから、さっさと終わらせることができただけ。それで村長さんも、納得してくれたからね」


 怪我一つない二人の姿に疑念を抱いたのだろうが、即座にアリーシャが誇らしげに返したこの言葉も真実とわかると、今度は天を仰いで「とんでもねえな……」と呟いた。

 数瞬、そうして天井を眺めていた彼だが、気持ちを入れ替えるように大きく息を吐いて立ち上がると、アリーシャの出した木の板と資料をまとめて手に取ってくるりと背中を向ける。


「ちょっと待ってな。報酬と資料を持ってくるから」

「……資料?」


 男性のコロコロと変わる態度を奇妙に思っていたアリーシャだが、この男性の言葉に引っかかりを覚えて首を傾げた。思わず反復するも、その時にはもう彼は受付の背後にあった扉を開け、背後の部屋に消えている。

 はて、なにか資料を要求しただろうか、と今朝のやり取りを思い出すも、そういった記憶はさっぱりなかった。

 同じく何のことだと困惑の気配を見せるクレイオスと視線を合わせて首を傾げていれば、さほど待つこともなく男性が小袋と数枚の羊皮紙を持って戻ってくる。

 まずは、と小袋の方がカウンターに置かれると、その中から貨幣の重なる音が小さく鳴った。


「今回の依頼の報酬、フォル銅貨二十五枚だ。確認してくれ」


 ギルド員の言葉に促され、アリーシャは羊皮紙の存在を気にしながら小袋の中のフォル銅貨を一枚一枚数え、無事二十五枚あることを確認すると「うん、大丈夫」と男性に頷きを返して中身を自分の袋に突っ込む。

 それを見届けると、続けてギルド員の男性は持ってきていた羊皮紙を広げてアリーシャに見せた。


「こいつが依頼受諾に関する契約書、こっちがギルドの発行する身分証明、これが依頼者の泊まっている宿を記したメモで、今から行って身分証明の紙と合わせて見せれば話は通じるはずだ」

「ちょ、ちょっと待って。なに、これ?」

「ん? あぁ、お前さんらが受けたがってた、商隊護衛の依頼の資料だよ」


 突然文書を見せられ、目を白黒させるアリーシャに対し、指をさしながらそれぞれの紙がどういうものかいきなり教えだすギルド員。話が途切れた瞬間に思わずなんのつもりかとアリーシャが口を挟むと、男はなんでもないかのように驚くべきことを口走った。

 今朝、受けること自体をバッサリ断られたはずの依頼。それをさっぱり忘れたかのようにあっさりと引っぱり出してきた彼に、困惑するアリーシャの代わりにクレイオスが口を挟む。


「俺たちには受ける資格がないんじゃなかったのか」

「いや……半日もせずに獣の群れをどうにかできるんなら腕っぷしは問題ない。で、信用が置けるかどうかについては、ギルドの方から保証してやるから、依頼を受ける資格については合格してるよ」


 二人が全く同時に抱いた疑問に、ギルド員の男性は右手でがりがりと頭を掻きながらさも問題ないかのように答えを返した。

 突拍子もなく飛び出した都合のいい話。今朝がた、己の甘い見通しを突き付けられたばかりなだけに、アリーシャは知らず不安を覚え、思わず真意を問うように疑問を投げかける。


「……たったひとつ、依頼をこなしただけなのに?」

「まあ、実績の話をすると、問題がないとは言えないんだが……」


 と、彼女の疑問にきまり悪げにしつつ、男性は、それでも、と笑みを浮かべる。


「俺が権能フィデスを授かってから人とたくさん接してきた中で、わかりやすい嘘を吐く奴もいれば、微妙に誇張する奴もいたし、巧妙に丸め込もうとする奴もいた。そんな中で、お前さんら口に出すこと全部が『真実』でな。経験上、そういう奴は『信用できる』ってわかるのさ。だから、俺の判断で許可することにしたよ」


 どこか気恥ずかしげにしながら答えた彼に、そんな風に思われていたのか、と顔を見合わせる二人。

 嘘を暴く――否、嘘という“悪意”を察知する権能フィデスを担う男性にとって、その気配を一切感じさせなかったというその一点が何よりも信用に値したのだろう。

 その感覚を持たない二人が、彼の価値観を把握することはできないだろうが、彼の信頼を受け取ることはできる。

 故に、数瞬の戸惑いの後に素直に笑みを浮かべて「ありがとう」と告げるアリーシャと、それに続けて軽く頭を下げるクレイオス。

 そんな二人を嬉しげに見る男性だったが、気を改めるように咳払いすると話を付け加えた。


「とはいえ、だ。契約書にサインすれば、それで商隊護衛の話が始まるわけじゃない。こういう人選をギルド(うち)に丸投げする商隊頭しょうたいがしらも居るが、今回の依頼者は自分の目でも見て判断すると言ってるからな。俺たちの仕事はある程度受けようとする奴の数を絞るだけで、実際に護衛までこぎつけられるかはお前さんら次第だ」

「うん、そのあたりは知ってるわ。依頼人に依頼を受けるのを認められたら、改めてここに来ればいいのよね?」

「ああ。その時に渡すものを渡すさ。……ま、頑張れよ」


 最後にそう付け加えると、ギルド員は小さく肩を竦めて契約書以外の二枚の羊皮紙を押し付け、二人を追い払うような仕草で手を振る。

 初めての都市で触れ合った人間からの気持ちのいいその激励に、アリーシャは思わず満面の笑みを浮かべた。その隣でクレイオスも薄く笑い、表情に柔らかさがようやく混じる。

 そして嬉しい気持ちで胸をいっぱいにしたアリーシャは「すぐに戻ってくるから、準備して待ってて!」と跳ねるような口調で言い置くと、クレイオスの腕をとって軽やかな足取りでギルドを出て行った。







 当然ながら、二人がギルドを出て真っ先に向かったのは依頼人が宿泊しているという宿だ。

 夕刻の鐘が鳴り響く中、羊皮紙に書かれていたメモを頼りに道行く人や店じまいを始めている店主に宿の場所を尋ね歩き、そうして辺りが暗くなった頃、ようやくそれらしい宿屋の前に到着した。

 セクメラーナ北西部、領主館とは一つ通りを挟んで西にある、『白鳥の羽休め亭』よりもずっと立派でずっと大きな宿だ。

 土地勘のなさゆえに思いのほか手間取ったが、それでも夜の鐘は鳴っていない。

 アリーシャは早々に中に入り、出迎えてくれた老齢の亭主に依頼人を訪ねて雑務ギルドからやってきたことを告げると、その依頼人――商人『ハバ』は現在、隣の酒場で飲んでいることを教えてくれた。


「さっき行ったばかりだからまだそんなに酔っぱらってないだろうし、大丈夫だろうさ。浅黒い肌で身なりのいいのがハバさんだよ」

「わかったわ、ありがとう」


 しわがれた声で依頼人の居場所を教えてくれた亭主に礼を言い、返してもらった羊皮紙片手に二人は再び外に出る。

 宿屋の右手側には騒がしくも楽しそうな声が窓から盛大に漏れている建物があり、ムッとするほど鼻に衝く酒精から目的地だとすぐにわかった。

 建付けの悪そうな扉の、すぐ隣に打ち付けられた看板には、大きな杯に並々と注がれたエールらしい液体が描かれており、セクメラーナに来る途中に通ったベスチャ村で見たものと同じであるとクレイオスは思い出す。

 この絵がある建物は酒場か、と字の読めない自分でもすぐにわかる配慮に感心しつつ、クレイオスはアリーシャに続いて中へと入り込んだ。

 まず目に入ったのは、外観通りの広い空間に、調和など微塵も考えずに適当に配置されたテーブルとそれを囲う椅子の数々。そこにどっかと座り込んで、木の杯片手に笑ったり怒ったりしている大勢の人々だ。

 誰も彼もが楽しそうに騒いでいるため、鋭敏な二人の聴覚は早々に機能を放棄して耳鳴りを起こしている。

 おまけに匂いの強い料理ばかりを酒のつまみにしているものだから、狩人の鼻まで異常を訴え始めた。

 なんて恐ろしい所だ、と無表情のまま戦々恐々とするクレイオス。その腕を引っ張って、鼻をつまんだままアリーシャが酒場の中を歩きだす。

 迷いないその足取りから、目的の人物を見つけたのだろうが、いかんせんアリーシャもまた酒場に来るのは初めてだ。人と物でごちゃごちゃした間をどうにか見つけてすり抜けていかなければならず、右へ左へと忙しく歩き回る。

 幸い、酒を楽しんでいる人々の注意をひくことはあまりなかったが、それでも幾人かはクレイオスの背中の白銀を注視しているのを彼自身感じ取っていた。

 手を出して来たらどうしようか、と考えていると、腕をひいていたアリーシャが立ち止まる。クレイオスが目の前に意識を戻すと、若い男女二人と中年の男が一緒に杯を傾けているテーブルがあるようだった。

 その中年の男の肌は、クレイオスがこの街中で数名しか見ていない程度には珍しいほど浅黒く、それを肌触りのよさそうな繊維の衣服で覆っていた。中肉中背の、しかし食うものに困っていない気配を漂わせている。

 どこかメッグと似た気配を持つところを見るに、彼が商隊を率いる商人、つまり依頼人その人なのだろうか。

 黙るクレイオスを差し置いて、アリーシャが浅黒い肌の男の肩を叩いて注意をひく。


「うん?」

「楽しんでるところごめんなさい。あなたがハバさん、でいい?」

「いかにも、私がハバだが……」


 振り返ったところで問いかければ、こちらに気付いた男女二人と共に、訝しげな表情をしながら浅黒い肌の男はハバだと認めた。目的の人物が見つかったことにほっとしつつ、アリーシャは羊皮紙を差し出して要件を告げた。


「私たち、あなたが雑務ギルドに出した依頼を受けに来たの」

「君たちがぁ……?」


 酔っているのか、アリーシャの言葉に据わった目をしながら疑るように呟いたハバだが、羊皮紙をひったくって内容に目を走らせると、「ほう」と驚いたように呟いてアリーシャを再び見上げる。


「この紙を持ってきた、ということは本当に私の依頼を受けに来たようだな」

「ええ。私はアリーシャ。カリオンまでの旅路の護衛、やらせてくれない?」

「ダメだな」


 彼女がギルドの寄越した人間であると信じた彼に、アリーシャはにこやかに話しかける。

 が、しかし、一考の間すらなく、即答でハバに首を横に振られ、その表情のまま彼女が硬直する。

 そんな彼女をじろじろと眺め、ハバは鼻を鳴らして不満げにぼやき出した。


「若すぎるし、傷ひとつない上に筋肉があるとは思えないその手足じゃ、とても頼りになるとは思えん。場数を踏んでいるようにも見えないし、まったく――私は腕の立つ者を寄越してくれと言ったのに、どうして君のような子どもが来るのだか……」


 的外れかつ自分勝手な所感を口にしていくハバに、思わずアリーシャが頬をひくつかせる。宿屋の亭主の言葉とは裏腹に、ハバはかなり酔っているようで、据わった目つきのまま愚痴まで零し始めた。


「こっちは遊びで商売やってるわけじゃないんだ。本来ならギルドなんぞに頼らず、いつもの護衛の面々でとっくにここを発ってるはずだったんだ。なのに、急に二人も熱を出して倒れられたから、仕方なく依頼したっていうのに……」

「いや、ホント悪いと思ってるんだよ、ハバさん。あのバカ二人にはもっとキツく言っておくし、な?」


 どうやら予定外の護衛依頼だったようで、ハバの機嫌はすこぶる悪い。

 同席している青年――露出している腕を見るにそれなりに鍛えられているようで、おそらく彼が護衛の一人なのだろう――が苦笑いを浮かべて諫めようとするが、ハバは鼻を鳴らすだけ。それなりの仲の良さが窺える青年も、酔っ払いの商人には困った表情を浮かべるだけのようだ。

 そこで彼はアリーシャの方に視線を戻し、何かを言おうとして――そこでようやく、彼女の背後に立っていたクレイオスに気付いて仰天したように目を見開いた。


「うわっ、いつの間に居たんだアンタ!?」

「なんだディル、いきなり大きな声を――うおっ!?」


 青年ディルの声に驚いて、彼の視線を辿ったハバも同じく椅子をガタガタと揺らして驚く。見れば、残る一人の女性も驚いたように口元に手を当てていた。

 気づいていなかったのか、と呆れた表情のアリーシャだが、一方でクレイオスはこうも驚く理由になんとなく察しがついていた。

 周囲の喧騒と嗅覚に突き刺さる匂いに参っていたクレイオスは、それらからどうにか逃れんと息をつめて気配を殺していたのだ。狩人の潜伏は獣すら欺くときもある故に、獣ほどの察知力のない彼らは視界に入っていても気づかなかったのだろう。

 酒場の空気に慣れてきたのでクレイオスも小さくため息を吐きつつ、口を出す。


「アリーの連れだ。一緒に護衛を受けるつもりで来た、クレイオスだ」

「あ、ああ。連れか……驚かさないでくれよ」

「そんなつもりはなかったんだが……いや、それより、俺も居る。それでもだめなのか?」


 ディルに軽く目礼しつつ、ハバに問いかける。先ほどのハバは、アリーシャだけが護衛すると思い込んで拒否したようだ、とこの反応からわかったので、クレイオスも居るとわかっている今ならどうなのか。

 驚きから立ち直ったハバも、じろじろとクレイオスの姿を睨み付け、次いでアリーシャの手先や弓を眺めて唸る。

 驚いたせいで酔いから醒めたらしく、さっきまで据わっていた目も多少理性的になっていた。

 これならどうか、と先ほどの怒りを呑み込んでアリーシャが見つめると、ハバがようやく口を開く。


「いや、やっぱりダ――」


 重い息と共に首を横に振ろうとした彼はしかし、次の瞬間ピタリと動きを止めた。そして一点を凝視し、ポカンと口を開けている。

 いきなり様子が変わったことに不安を感じたのか、同席しているローブを纏った女性が「大丈夫ですか?」と問いかけた。が、しかし、それを無視してハバは見つめ続けている。

 視線の先にあるのはクレイオスの顔――のすぐ横。何を見ているのか、という疑問は口を重く開いたハバの言葉で氷解した。


「そ、その、その槍は……?」

「これか?」

「そう、それだ! ど、どこで手に入れたんだ?」


 槍――クレイオスの背負う白銀の槍を指さし、ハバは震える声で問う。

 彼の劇的な変化と強い興味を抱いた姿に、クレイオスは数瞬黙り、アリーシャと視線を交わした。

 よもや、神託を果たすための神槍と答えるわけにもいかない。普通は信じないし、クレイオスとて、アリーシャだから真実を告げたのだ。おいそれと喧伝するつもりもない。

 それをわかっているアリーシャも困り顔になりながら、フォローを入れる。


「私たちの、故郷に伝わる槍――ね、うん」

「こ、故郷はどこなんだ?」

「セルペンス山を越えた向こうにある、カーマソス村だ」

「セルペンス山……」


 食いつくように問いかけてくるハバに、思わず本当のことを言ってしまうと、彼はどこか考え込むように呟いて黙り込む。

 どうしたものか、とクレイオスとアリーシャが顔を見合わせていると、しばらくしてからハバは意を決したように口を開いた。


「……よし、いいだろう。君たちに、護衛依頼を頼みたい」

「急にどうしたんだ、ハバさん」


 先ほどまでの姿勢から一転、承諾の言葉を発したハバに、ディルが心配げに声をかける。

 そんな彼を横目でチラと見やってから、ハバは仏頂面で理由を話し始める。


「私がかつて鉱人族ドヴェルグの師匠のもとで学んでいたことは話したな? その時、彼ら鉱人族ドヴェルグの生み出す武器、防具、美術品を数多く見てきたおかげで、審美眼には多少自信がある。その上で言うが、その槍、とんでもないものだな」

「…………」


 クレイオスを見つめ、断定するように言うハバに、どうとも返せず彼は黙り込む。

 神の槍。価値で言えばすさまじいものになるのは当然であるし、施された装飾は物の美をよく知らぬクレイオスでも感嘆の息が零れるほどの代物だ。

 否定することもできず、かといって真実を話すわけにもいかず、とりあえず頷いて見せたクレイオスに満足げに笑みを浮かべたハバは、言葉を続ける。


「それで、まあ、なんだ。それほどの武器を持ってるならきっと強いはずだろう。だから頼むことにした」

「……ハバさん、そう言えば、以前に人が良い武器を揮って戦う姿を見るのが好きだ、とか仰ってましたよね?」


 どこか歯切れ悪く理由を告げたハバ。だが、そこへローブ姿の女性がどこか咎めるような目をして問いかけた。

 そんな彼女の言葉に、ハバがビクリと肩を揺らす。まるでなにかやましいことがあるかのような反応に、女性はさらに畳みかける。


「もしかして、あの槍で戦う姿、見たいだけなんじゃないんですか?」

「そ、そ、そんなわけないだろうイドゥ! 命を預ける上に報酬も支払わなければならないんだ! そんなくだらない理由で雇うわけ」

「ディルと私を雇った理由、この間酔った勢いでしゃべったの、覚えてます?」

「…………よし! アリーシャとクレイオス、だったかな? ギルドで申請してくるといい! そうと決まればいつまでもここに逗留するわけにもいかないな、ただでさえ予定が狂ってるんだ、明日の二度目の朝の鐘に出発しよう! それまでに私の泊まっている宿に来ておいてくれよ!」

「ちょっと、ハバさん!」

「ウソだろハバさん!?」


 女性イドゥの、恐らく真理を突いたらしい追及に目を泳がせたハバは、何が起きているのかわからずに立ち尽くす二人へと一気にまくしたてると、その背中を押して酒場を出るように促した。

 語るに落ちた。自分たちのまさかの採用理由に、一緒に飲んでいた護衛二人が悲鳴のような声を上げてハバに詰め寄るが、その時にはもう採用が決定した狩人二人は酒場にいない。馬鹿馬鹿しくなった二人はさっさと酒場を出て行っていた。




 理由はともあれ、無事に護衛依頼を受けることができるようになり。

 気持ちを切り替えたアリーシャが意気揚々と雑務ギルドに向かえば――「夕刻の鐘で受付を終了する」という文言が刻まれた板切れと、それが引っかかるギルドの扉を前に、二人して立ち尽くすことになるのだった。

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