第二話「ツワルジニ」
題名「お花畑」
最終章「移動手段切り替え編」
第二話「ツワルジニ」
軍人マオカルは守るべき国を失い、仮想世界で100年以上を生き、お花畑の化け物達と、とりわけチャケンダと接し、軍人の本分を忘れてしまったのかもしれない。
必ず勝てる手段で戦うという、基本的な考え方を忘れてしまったのかもしれない。
彼のハイブリッドハンドガンは、彼が戦場の生きた英雄であった、その証だ。
拳銃ながら、軽狙撃向け特殊目的ライフル並みの射程距離と命中精度を誇る。
熱膨張を嫌い、主たる素材はハイパーステンレスインバー鋼と炭素強化耐熱ガラスが用いられる。
双方とも高価な素材で、銃はフルオプションのライフルより高額になる。
彼が現役であった時代において、ハイブリッドハンドガンの所有は、とりわけ兵卒のステータスシンボルで、配属されたばかりの若かりしマオカルの自慢だった。
その銃は、常に彼とともにあった。
威力行使の自動化、無人化は進んでいたが、作戦の目標が人であるならば、バトルフィールドに人間は存在する。
相変わらず戦場では血が流れていた。
前線から離れ、安全なはずの作戦本部をドローンに襲撃され、熱帯雨林を蛭に噛まれながら敗走した時も、彼の銃は彼の命を守った。
泥水を被っても、ドローンの鋼のマニピュレーターに弾き飛ばされても、彼のハンドガンは文句を言わず根を上げず、正常に動作し、その銃弾はドローンの装甲を貫通した。
同等のストッピングパワーを持ちながら、アサルトライフルより振り回しやすい。
ハイブリッドハンドガンの優位性は証明されたのだ。
彼は、彼の銃を信頼し、愛した。
前線のネットワークインフラと後方の補給線を寸断されたとき、激しい対空砲火の中、ヘリボーンを強行した。その時だって、彼の銃は彼と生死を共にした。
激しい対空砲火で仲間の命が次々に消えていく絶望の中。
彼は不可思議な冷静さを得て、運命を見ていた。
仲間の無念が自身の特別な銃の命中精度を、さらに向上させるオカルトを感じる。
自分は必ず生きて地上に降り立ち、その特別な銃をもって敵を排除する。そういう運命を見た。
彼はその運命に従い愛銃の引き金を引き、絶望的状況を覆して、生きた英雄となった。
彼の銃は彼の偉業の象徴となり、味方に勇気を与え、敵を震え上がらせた。
彼の銃は彼にとって、無くてはならないものになったのだ。
マオカルは、その、自らの半身とも云うべきハイブリッドハンドガンを分解した。
そして、トリガーの部品一つ残して、ゴミ箱に放り投げてしまった。
トリガーにチェーンをつけて、手首に巻いた。
「技術屋。望み通り、お前の相手をしてやる。」
チャケンダが俺に惨敗し、なすすべもなく敗走した。
これを聞いたケチェがチャケンダの処にやってきた。
”血相を変えて”という訳ではない。
ケチェは変人だが、高い知性を有する冷静な男だ。
心中穏やかではなくても、心の乱れをそのまま顔に張り付けはしない。
ニューオンの案内でチャケンダに会うなり、挨拶抜きで、彼は始まりの化け物に問う。
「確認する。お前はニカイーに勝てるのか?」
凄腕のハッカーは青い髪をわずかに揺らして、首を横に振る。
「今は勝てない。」
ケチェは拳を唇にあてがって考える。
彼はお花畑の化け物が、楽園派の掲げる理想を武力的に勝ち取る戦力になると考え、彼らと手を組んだ。
その最古にして最強の化け物が戦力としてあてにできない。
忌々(ゆゆ)しき現実だ。なにせ、刀はもう鞘から引き抜いてしまった。
今更すっとぼけて敵の鼻先に突き付けた刀身を奇麗なまま鞘に納めるわけにはゆかぬ。
ケチェのため息。
「そうか。では、ニカイーを避けるプランを──」
「いや!!」
青髪のハッカーは強く否定した。
「ニカイーはうち滅ぼさなければならない。」
彼の唇は、断固たる決意に震えている。
ケチェは両手を組み、人差し指だけを伸ばして、祈祷でもするように前後に振った。
彼の手の動きが止まり、左拳を右の手のひらで包み、へその上に乗せる。
「理想を追う魂はえてして辛い道を選択することを尊ぶ。だが、思い出せ。文明の発達に最も貢献したのは怠惰だ。」
「そして、地球は死の惑星となった。」
保全機能の英知を渇望する青年は、反射的にそう答えていた。
ケチェはチャケンダが保全機能の英知にこだわる理由を知っている。
だから、彼が考える必要なしに、まるで反射神経が答えたように即答することは判っていた。
始まりの化け物の精神も肉体も、細胞の残らずすべてがその信念に責任感を持っている。
ケチェは用意していた反論を述べた。
「そのおかげで、人類はこの仮想世界の住人となれた。」
してやられた。
チャケンダは言葉に詰まった。
答え方次第では、言葉を正しく選んでいれば、彼が用意していた反論をひらりとかわすことが出来ただろう。
まんまと罠へ誘い出されてしまった。
”この仮想世界の住人となれたことで、保全機能の英知に触れることが出来た。”
”保全機能の英知に触れることで、チャケンダは人類の業を知り、罪深い業を緩和する方法に気付けた。”
まだ言葉にはしていないが、話はそこまで持っていかれている。
チャケンダにとってのジレンマ。
「まったく。君に言い勝つのは困難だな。」
チャケンダは嫌味なく微笑んだ。
「言い勝つ必要はない。君も、同様に私もだ。私たちは人類には理解できない英知を相手にしようというのだ。これ以上問題を難しくする必要はない。十分だ。」
ケチェはチャケンダを言い負かしたかったわけではない、冷静に、より現実的に考えてほしかっただけなのだ。
「その保全機能の中枢に至る道の真ん中に、ニカイーが立っていると言って居る。」
チャケンダは俺を倒す必要性を何としても伝えたい。
「ニカイー一味は手強いぞ。」
ケチェは俺を敵に回すリスクを何とか回避したい。
二人の思いがせめぎ合う。
「何か考えるさ。それと…彼らの中に楽園派の人間が居たはずだ。我々の仲間にできないかな?」
「小人の発想だな。」
煽るようなこれも誘い文句だ。今度は返答にやや時間を置き、言葉を選んだ。
「ああ。出来る事は全てやらなければ。それが悪童の成す事でもだ。」
皮肉屋はうーむと唸って、同盟を組んだ相手の返答に満足した。
「よく言った。そうでなくては成らぬ。我々は保全機能が示した道における悪だ。そして、後に人類によって英雄視されるだろう。迷惑なことにだ。我々は自覚している。100万年後も悪党でいい。」
彼は話術にたけた皮肉屋と思われがちだがそうではない。
明確な言葉で歪みない意志を確認したいだけなのだ。
「ニカイーの件。よくよく頼んだぞ。」
ケチェはチャンネルを切り替えて、チャケンダの元を去った。
後ろに控えていたニューオンが彼のそばに寄り添う。
「どうなさいますか?」
「そうだな…楽園派の二人をぼく達の戦力に加えても、まだ足りないね。コンスースの破壊力はとりわけ厄介だ。接点も本格的に我々を封じにかかっている。炎を操る彼も侮れない。マァクの能力は卑怯極まりなく、その側近も手ごわい。そして、最悪なのはニカイーとイェトのツーマンセルだ。正直、ぼく一人で立ち向かうのは厳しい。」
「エーテルのロボットを量産しますか?」
「そのつもりだが決め手にかける。彼らは戦い慣れしていて機転が利く。」
「手は無いと?」
「良手にこだわらなければ、無くは無い。ぼくと同レベルの覚醒者。それも各STEPで戦闘に特化した経路開通工事を行った者が居れば、あの二人を圧倒できるだろう。」
その言い回し。彼が言う覚醒者は、彼の目の前にいる自分ではないことを示している。
ニューオンは、自分とチャケンダのツーマンセルでは不足なのかと問いたかったが、その質問は腹の底に飲み込んだ。
事実、前回は論理層の戦いでチャケンダとニューオンのペアは、俺とマァクに負けている。
眼鏡女史は自分が十分ではないことが悔しかった。
彼女は断られるのを覚悟で訴える。
「では、私がその、二人目の覚醒者になりましょう。」
彼女が寄り添う男はつれなくもかぶりを振る。
「ぼくは君を戦闘兵器にするつもりはないよ。君には大事な役目がある。スーサイドボマーは、決死の覚悟で協力してくれる、別な仲間を選ぶよ。」
「大事な役目…ですか?」
「最後の戦いでぼくは死ぬかもしれない。論理層に行って、仮想世界の不死身の住人を殺す方法が分かった。そしてニカイーは論理層の化け物だ。戦略上、ぼくの死を想定するのは当然だ。」
ニューオンはチャケンダの頬をひっぱたいた。
「私を甘く見ないでください。私より先に、あなたを死なせはしません。」
何か言おうとしたチャケンダの唇をニューオンの人差し指が封じる。言わせたくないのだ。彼を失った未来の話などは。
「いいでしょう。志願者を探しに行きましょう。私にはあなたのそばを離れないという使命があります。」
彼女は自分の言い分を通す代わりに、チャケンダの策を聞き入れた。
チャケンダはそれ以上何も言わなかった。
二人はその志願者を求めて、ROM化されている化け物を訪ねて回った。
どの化け物も、俺とイェトの名を聞いた瞬間に震え上がる。
袖搦に貫かれたときの苦痛は、化け物たちの心に今も生々しく残っている。
チャケンダは志願する者は出てこないかもしれない、と、半ばあきらめ始めていた。
『いいだろう。志願しよう。』
オトギリソウが咲き乱れる、化け物の世界。お花畑。
化け物が一体ROM化されている。
姿は31のラフレシアに寄生され、脚が凍り付きひび割れた、巨大なヘラジカ。
彼女の名はシシスカンと云う。
「戦ってくれるのかい?」
チャケンダは横倒しになったヘラジカの頭蓋に右腕を差し込み、彼女の脳の一部を書き込み可能にして、会話を成立させている。
『今一度、私がどうなるのか教えろ。私はお前を超える強さを手に入れることができるのか?』
「YESだ。経路開通工事を幾度か実施し、戦闘に特化した覚醒者になってもらう。間違いなく戦闘力でぼくを上回るだろう。君には最悪にして真の化け物、ニカイーの相手をしてもらうことになる。正直、あまりいい役目ではない。」
しばしの間。二人はシシスカンの最終的な返事を待った。
『理解した。改めて、志願しよう。』
「感謝する。」
チャケンダがシシスカンを解放し、人間の姿に戻す。
ROM化は論理層側のリソースを非活性にされるため、人間の姿に戻してから解放という手順が取れない。
必ず次の順番になる。
1.ROM化された化け物
2.解放された化け物
3.人間の姿
解放された化け物の反応をセカンダリが捉えた。
俺、イェト、プライマリの三人がシシスカンの世界に急行する。
セカンダリがとらえた反応はシシスカン。チャケンダではない。
俺たちはチャケンダが何らかの目的でシシスカンをROM化から解放したのだと類推した。
いつも通りなら奴は、シシスカンの世界から既に逃げ去っている。
だが、シシスカンの世界を起点に奴の足取りを、今なら探索できるかもしれない。
俺はチャケンダ探索のため、マァクに一報を送った。
そして3人でシシスカンの世界に向かった。理由はどうあれ解放された化け物はROM化せねばならない。
チャンネルを切り替える、その瞬間。セカンダリから『シシスカンの反応が消えた』という報告を聞き、俺は歯噛みした。
反応が消えたということは、化け物を人間の姿に戻したということ。奴はまだシシスカンの世界に居る。
俺たちが現場に到着したとき、チャケンダ達は既に別な世界にチャンネルを切り替えた後だった。
ってゆーか、奴らがこの世界から消える瞬間が見えた。
ギリで間に合わなかった。
「くっそ!!」
ダメもとで袖搦を投じてみたが、やはり世界から消える寸前の、向こうが透けて見える青髪の残像なんかに、袖搦の鈎爪は引っ掛からなかった。
マァクに連絡をしたわずかな時間が命取りになった。
だが、悲観するのはまだ早い。運はまだこちら向きだ。
マァクに一報を送ったのは、あながち失態ではなかったということだ。
チャケンダ達が降り立った世界に、偶然にも、イマルスとナイアラが居たのだ。
あの二人なら、足止めをしてくれる。
だが俺とイェトはそれを知らずに、パン屋に帰ってしまった。俺は致命的なミスを重ねたのだ。
チャケンダは二人を笑顔で迎える。
「やぁ、君たちは確か…そう、イマルスさんとナイアラさんだ。」
指名手配の身であるというのに、奴めは呑気に手を振っている。
「チャ、チャケンダ!」
イマルスは一瞬恐怖にひるんだが、歯を食いしばり、雑草を握りしめて走る。
足止めをして、俺を呼ばねばならぬ。
始まりの化け物に侵食される恐怖に打ち勝って、立ち向かわなければならぬ。
マァクの側近として、強くなければならぬ。
「君たちの相手は、また今度…ね。」
チャンネルを切り替えようとするチャケンダ。
これをナイアラが投じたスズメバチの大群が襲う。
「ふふ、やはり君たちも厄介な相手だ。」
チャンネルを切り替える手続きはキャンセルされた。
ナイアラの後方支援を得て、チャケンダに近接するイマルス。
彼女が握る雑草が伸びてチャケンダを襲う。
これを止めたのはニューオンではなくシシスカン。
<※シシスカンです>
出遅れたニューオンも、チャケンダも彼女の鋭い体さばきに息をのんだ。
シシスカンは右手に握るベビーサンダーで雑草をずたずたに切り刻んだ。
彼女は工業用ロボットの修理工だった。
「研削といし取替試運転作業者という資格を知っているか?」
彼女の武器は電動工具だ。
右手にベビーサンダー、左手にバッテリードライバー。
「そのようなちゃちな工具で、私達を止められるものか!」
イマルスが凄む。
「ちゃちではないっ!私の工具は日本のHITACHI製だ!!」
高い金払って手に入れた、愛用のHITACHI製品をちゃちなどと馬鹿にされ、シシスカンの堪忍袋の緒が切れた。
「見さらせ!これが!HITACHIだっ!!」
鉛筆ほどのサイズだったドライバーのビットが野球のバットほどの大きさになり、凶悪なとげまで生えた。
「ひたち、ぱないす。」表情に乏しが、これでもナイアラは心の底から驚いている。
イマルスが「いやまて」と相棒の胸をはたいて突っ込みを入れる。
「工具の狂化。それがお前の能力か!」
「不正解だ。私はHITACHI製の電動工具を愛するが故、工具と対話し、その心を知り、工具の気持ちを具現化することができる。今、私のバッテリードライバー、ドラ右衛門は怒りに震えている。」
「電動工具に心があってたまるか!どこの超科学だ!あと、危ない名前を付けるのも止めろ!」
「日本製に因んだ、日本男子の名だ。」
「やかましいわ!!滅多なことを言う口を塞いでやるっ!!」
イマルスが飛びかかるのに合わせて、ナイアラが援護の卵をスリングショットで投じる。
二人の息はぴったり。
いつもの段取りだ。
先ずはナイアラが鷹等の早い攻撃でけん制し、その隙にイマルスが接近して敵の足を雑草で固める。
後は二人でフルボッコ。
ところが…
「舐めてもらっては困る。私の足はミドリ安全の半長靴安全靴で保護されているのだ。」
「み、みど…なんだって?」
シシスカンは足に絡みついた雑草をたやすくぶっちぎり、イマルスの拘束を破った。
「いや!安全靴関係ないだろう!貴様が馬鹿力なだけではないか!」
確かに、シシスカンは、女性にしては大柄でいい体格をしている。
「言いがかりは止せ。これは、ミドリ安全の高い品質がもたらした奇跡だ。品質が高い日本製の製品には神風が吹くのだ。ゲイシャ!ハラキリ!フジヤマ!」
「ばぁ、ばかなんな?」あのナイアラが呆れている。
「このっ!斜め上に向かって譲らぬ女め!」
イマルスはナイアラが放ったイリエワニの背中に飛び乗る。
そして、ワニがシシスカンの両腕を抑えたところを狙い、ワニの鼻先に立ち、雑草をシシスカンの肩に打ち込んだ。
雑草は彼女の腕に根をはり、その自由を奪った。
彼女の指は力を失い、電動工具がガシャンと地面に落下する。
彼女の大事なドラ右衛門が、がらがらと汚れ程度の擦り傷を身に刻みながら、大地を転がっていく。
その瞬間、シシスカンの表情がひきつり、直後憤怒の面へと変わった。
怒りにわななく両肩。
「私のドラ右衛門を傷物にしやがってーーーーぇっっ!!」
イマルスの表情も引き攣った。
「ナイアラ!攻撃の手を緩めるな!コイツ!やばい奴だ!やばい系の馬鹿だっ!」
「ら、らじゃっす」
ナイアラの指揮でシシスカンの腹にワニがかじり付く。
この攻撃は効いている筈なのだが、何たることか──
「そいやぁあっ!」
雑草の根でがんじがらめにされた腕から血しぶきを飛び散らせて、腕を強引に、力任せに動かす。
彼女は握りしめた両方の拳をワニの脳天に打ち下ろした。
ワニは脳震盪を起こしてずしんと沈む。
「やはり貴様が馬鹿力なだけではないかーっ!」
そんな突っ込みを入れつつも、根による拘束が有効だと確信したイマルスは、シシスカンの体に雑草を打ち込んでいく。
「ぬぅっ!」
シシスカンの動きが止まる。全身にみっちり根をはられて、流石の馬鹿力でも抗えないようだ。
「ナイアラ!今だ!ニカイーを呼べ!」
とたんにチャケンダが前面に出てきた。
それまでニューオンと並んで後ろから見ているだけだったのに。
俺の名を聞いたチャケンダが、後方で彼女の資質をはかることを止め、彼女を引き上げるために前衛に上がる。
始まりの化け物のプレッシャーにひるむイマルスは、後ろにジャンプし大きく距離をとってしまう。
「ナイアラ!ニカイーだ!」
彼女は震える手で雑草を構えた。
「チャケンダは私が抑える!ナイアラ!早く!!」
歯を食いしばって、チャケンダに向かって走り出す。
口下手なナイアラは、手早く要件を俺に伝えることが出来ない。
シシスカンは狂犬の様に牙を剥き、動けもしないくせに彼女を迎え撃たんとしている。
チャケンダはシシスカンの首に人差し指を差し込んだ。
「十分だ。」
シシスカンは動かなくなり、彼女の身体を拘束する雑草の根は枯れていく。
ニューオンがチャケンダに寄り添い、3人は別な世界へ逃走。
それっきり行方はわからなくなった。
イマルスは走りながら雑草を投じたのだが、近接型の彼女の短い射程では届かず。
「しまったーーーっ!」
イマルスは天を仰ぐ。
ナイアラは俺との回線を切った。
「何の用事だったのだろう?」
俺はさして気にもせず、動画の続きを見始めた。
パン屋で動画を見ている俺。
予期せずマァクからの音声通話要求。
「ナイアラの次はマァクか。」
動画を一時停止して、出る。
『ごめんなさい。』
いきなり謝られた。
何かと思えばチャケンダを逃がしたことに対しての、詫びだった。
俺たちは知らなかったのだが、イマルスとナイアラがチャケンダ達を見つけ戦闘になったらしい。
ああ、さっきのナイアラからの通信。あれのことかな?
その時、すぐに俺に報告しなかったことを、彼女は詫びているのだ。
すぐに連絡をして来なかったって、あの二人、無茶をやらかしたのではあるまいな?
俺は先ず、二人のことが心配になった。
「あの二人は無事なのか?」
『ええ。』
それを聞いてほっとした。
「なら、良いよ。次は無茶をせず、俺たちに任せてくれ。」
『分かったわ。』
「マァクの情報網は頼りにしている。」
『謝罪のついでで言い難いのだけれど、この女性に見覚えはないかしら?』
彼女はチャケンダとニューオンと共に居た、ガタイのいい女性の映像を俺に送ってきた。
イマルスの記憶から切り出したらしい。
体も性格も男勝りの豪傑のようだ。
単純そうで、俺と気が合う気がする。
状況的にチャケンダが逃がしたお花畑の化け物、つまりシシスカンの筈だ。
シシスカンが化け物の時の姿なら記憶にある。
以前に戦ってROM化したからな。
だがシシスカンが人間の時の姿まで、俺たちの記憶にあったっけかぁ?
一応、イェトさんにも聞いてみよう。
「シシスカンの筈なんだが…念のため俺とイェトの記憶に画像検索をかけてみるよ。」
人類滅亡を理想に掲げる少年コジェヌは、そのカギとなる俺について調べていた。
俺が保全機能のパシリであるという事実は一部のものしか知らないが、センシェン ガベジの新曲発表ライブに参加したおかげで、俺の情報が検索の上位に出てくる。
誰が書いたのか?Wiki辞典に記載まである。
プロフィールの愛称の欄に「馬鹿」と書いてある。
だから「馬鹿」って蔑称であって、愛称ではないよね?
少年は俺の仲間の情報も貪欲に集める。
新曲発表ライブに参加したメンバー。
イェトやコンスースの情報だ。
少年の探求心は敵であるチャケンダにも及んだ。
奴は有名人だ。始まりの化け物であり、恐怖の対象であり、そして今はケチェと同盟を結んだ時の人だ。
細かい情報までまめにチェックする。
SNSの実況系のログが目に留まった。
俺とチャケンダの戦いと並行して、そこかしこで騒ぎを起こしていた青年。
トポルコフと行動を共にしているらしい、オレンジ色のみつあみ。
少年はヒエレの記録に行き当たったのだ。
彼に関する詳しい記載はない。
彼がお花畑の化け物であること。
今はガーウィスの世界でROM化されていること。
そして、イマルスとナイアラから逃走したときの目撃情報。コジェヌはこの動画と実況ログを注意深く検討した。
「このリモコンの機能は…恐らく…」
動画でヒエレがリモコンを使っている場面を、繰り返し再生する。
「うん、間違いなさそうだ。」
少年はヒエレのリモコンの機能に気がついた。
リモコンを向けた対象を強制的に操る能力。
それさえあれば、俺を暴走させられる。
「諸君!我々のゴールはもう、その角を曲がったところにある。お花畑の化け物と云う問題は、理想的な方法で解決されるのだ。」
ジェジーが、コンスースとガーウィス二人を前に、熱弁をふるう。
うん。良いんよ。大事を成し遂げる寸前の意気上がる高揚感は理解できる。
でもね、なんでそこなん?
もっと広い所で豪快に胸の内をぶちまけたらどうなん?
俺のパン屋の入り口付近にある、二人掛けの小さなテーブル。
奥に四人掛けのテーブルが有るのに、そこなんだね。
男三人が背中を小さく丸めて、二人掛けのテーブルに寄り添っている。
額を寄せ合って、狭っ苦しい面積に無理やり収まっている。
意地になっているのか、願を掛けているのか、はたまたおじいちゃんの遺言なのか?あの席なのである。
三人を見ていたのは俺のほうなのだが、ふとジェジーが俺のほうを見たので視線があった。
見つめ合う男二人。
頬でも染めてやろうかな?きっと微妙な雰囲気になるぜ。
「なぁ、ニカイー。」
「なんだ?」
「化け物のROM化はどれくらい進んでいるんだい?」
「0%」
「え?全く進んでいないのか?」
「そういう言い方もできるな。」
「今後の見込みは?」
「さぁ。見当もつかないね。」俺は肩をすくめた。
「人の決め台詞をとるな。それは余談だが、困るじゃあないか。移動手段切り替えのスケジュールに支障が出る。」
彼はずれてもいない眼鏡をかけなおして、俺にプレッシャーをかける。
俺は軽い憂さ晴らしに、脇の下毒の補給に来ていたプライマリの頬を両手で左右に引っ張り、ため息をついた。
「ああ、俺こそ困っている。助けてくれ。あ、ガーウィス。また、あの機械を作ってくれよ。チャケンダを探すときに使った顕微鏡みたいなやつ。」
「顕微鏡みたいなやつではなく、越界物理検索器じゃ。あれを作るのに一月かかると言ったじゃろう。移動手段切り替えのスケジュールを丸々遅らせる気かね?わしは忙しいんじゃ。」
「ぐぬ。」
味方不在。
頭がいい奴らで寄ってたかって馬鹿を虐めるなよ。泣くぞコノヤロー。
コンスースがくすくすと笑っている。
「まぁ、まぁ。二人とも。ちょっとぼく達で力を合わせて、ニカイーを助けてやろうよ。」
コの字ぃぃぃー。何たる助け舟。流石俺の親友。
ジェジーは腑に落ちないところがあるのかやや眉をひそめて斜め上に視線を送り、それでも──
「そうだね。切り離し実験では世話になった。借りを返すいい機会かもしれない。」
──と、賛成してくれた。
俺はいそいそと手を動かし、ビアジョッキ3つと、ソーセージを彼らのテーブルに運んだ。
「あの。おごりです。まじ、頼んます。助けてください。」
本物のツワルジニがマァクの教会にやってきた。
彼が教会の裏に出ようとした処を、イマルスとナイアラが制止する。
二人は彼が本物だとわかっている。
二人はマァクと打ち合わせをしている男が、トポルコフが化けた偽ツワルジニだと知っている。
進化派代表に対して不当な扱いであると、口汚くわめき散らかすツワルジニ。
イマルスは無言で道を封じ、彼はあきらめるのを待つ。
彼の性格は知っている。
言い合いになったら、彼につられ、売り言葉に買い言葉で、自分も意図せず汚い言葉を言い放ってしまうだろう。
ここは神聖な教会、そして彼女はシスターの腹心だ。
「お帰りください。」の一点張りで応対する。
マァクが左の塔から降りてくる。
「何事です?」
「騒がしくして申し訳ありません。ツワルジニを語る男が押し入ろうとしたので、お帰り願っていたところです。」
この様なことをしれっと言ってのけるイマルスも、大した役者だ。
すっかり場の流れをマァクの台本の上に乗せてしまった。
「語ってなどおらぬ!私が本物だ!!」
「この様に主張して譲らぬのです。」
イマルスは首をすくめて見せた。
「それは困りましたねぇ。」
ツワルジニの声を聞きつけて、ッタイクが左の塔から降りてきた。
彼女はツワルジニが偽物に入れ替わっていたことを知らない。
自分の目で、その真相を確かめたかった。
彼女は無作法でわがままなその男を見て、本物のツワルジニで間違いないと直感した。
本物のツワルジニがッタイクの姿を見つけた。
「ッタイク!そこにいたか!今すぐ偽物を縛り上げてここに連れてこい!」
「…」
彼女はうつむいてしまった。
目の前にいるツワルジニは確かに本物だ。理は彼にある。
それを踏まえても、彼女はこう思うのだ。
この男は、本当に進化派代表として、相応しいのだろうか?
相応しいのはむしろ…。
「何をぼさっとしている!この!うすのろめが!」
「はい…」
「私の言葉が聞こえないのか!早くしろと言っている。」
「はい…」
「返事はもう聞き飽きたぞ!忠誠を行動で示せ!」
「はい…」
「分からぬ女め!貴様などクビにしてやるぞ!」
「はいっ!!」
マニュアル通りが性に合っている筈の、その美少女の気持ちは決まった。
ッタイクはウェットティッシュのプラボトルを、本物のツワルジニに向けた。
「何のつもりだ?気でも違ったのか?」
「失礼ですが、気狂いは貴方の方です。ツワルジニ様の名を語る知れ者め!」
「私は本物だ!分からぬのか!?」
「わたしごとき小人でも、人の上に立つ男の器は測れます。あなたの言動は、それに足るのでしょうか?」
彼女はその言葉を言って、わずかに残っていた最後の迷いも吹っ切った。
自分がついて行くべきは、塔の上に坐している、偽物の方だ。
トポルコフこそ、進化派の代表に相応しい。
ツワルジニは、マァクに一瞥をくれて舌打ちをする。
「お前はマァクと云う魔女の掌の上で、踊らされているのだぞ。トポルコフはマァクの操り人形だ。」
「そこにいかなる問題がありましょうや。わたしが尊敬し、お使えすべきツワルジニ様はこの塔の頂上にいらっしゃる。進化派と回帰派はよい関係を築いている。それが事実です。」
ツワルジニは使い捨てたかつての腹心トポルコフに人望で負け、恥辱と怒りで唇を震わせ、歯をガチガチと鳴らしている。
今すぐにでも、自分を偽物と陥れた小娘たちを吹き飛ばしてやりたいが、それができない。
彼の武器は女性もの下着、すなわちパンティーだ。
そんな破廉恥なものを操る姿を見せた日には、戦いに勝っても社会的に負ける。
皆の笑い者にされ、二度と表を歩けなくなる。
「うーぬ。」
どうしてやったものかと唸るツワルジニ。
そこに、偽ツワルジニが降りてきた。
中身は元進化派副代表のトポルコフ。
センシェン ガベジ誘拐の罪でお尋ね者になっている少年だ。
実は彼は話の最初から柱の陰に潜んでいて、話がどう転ぶのか、息を殺して見守っていた。
ッタイクが自分を選んだのを見て、ようやく姿を見せた。
トポルコフは小心者なのだ。
本物のツワルジニと偽ツワルジニが相対する。
「その偽物の正体はトポルコフだ!マァク!お前が血眼になって追って居る男だぞ!」
ツワルジニは兎に角何か言ってやらねば気が済まない。大声でわめき散らかした。
マァクは美しいブロンドをわずかに揺らす。
「追って’いた’です。」
その言い回しの裏の意味に気づかぬツワルジニではない。
二人は、マァクとトポルコフは取引をしたのだ。
マァクは自分より組みやすいトポルコフをビジネスのパートナーに選んだのだ。
「おのれマァク!この魔女め!!」
「マァク様への無礼は許さぬぞ。」
イマルスが雑草の葉を束ねた剣をツワルジニの喉元に突きつける。
「くっ。」
こうなっては悪態の語彙の多さに定評のある大将も形無しだ。
忌々し気にマァクと偽ツワルジニを交互に睨むが、イマルスの剣に脅されて、やむなく教会を後にした。
「ッタイク。奴を追うぞ。」
偽ツワルジニがッタイクを手招きする。
「早く。奴がチャンネルを切り替えたら、それっきり見失ってしまうぞ。」
偽ツワルジニが急かす。
それはつまり、本物を野放しにしておくと厄介だから、早期に捕らえてしまおうという意味であり、偽ツワルジニが自分は偽物であると暗に認めたってことだ。
覚悟はしていたが、今更ながら、生真面目なッタイクの背中にのっしりと罪悪感が腰を下ろす。
自分は本物のツワルジニより偽物を選んだが、本物に手を出すまではしたくない。
せめてそっとしておいてあげたい。
しかし、相手はあの性悪のツワルジニである。
後で何を仕掛けてくるかわからない。
ジェジーだって、性悪のヒイッチを野放しにして大事な実験装置を壊されてしまった。
「わかりました。」
返事をしてしまった。
もう、後には戻れない。
自分は何のために真実を偽り、悪事をなすのか。
「より大事な、正義のために。」
ッタイクは偽ツワルジニとともに、ツワルジニを追った。
ツワルジニが向かったのは、なんということはない、彼自身の世界だ。
そして彼の自室に入っていった。
それを追って、偽ツワルジニとッタイクも部屋の中に入ってきた。
ズバン!!
パンティー手裏剣で二人の首が飛ばされた。
「貴様たちが私を野放しにはしないというのは解っていた。まんまと罠にかかりおって、この間抜けが。」
パンティーを頭にかぶり、床に転がっている首のない2つの胴体を見下ろす。
「ほう、どうやらきゃつは女性ものの下着を武器に使うらしいな。」偽ツワルジニの声がする。
「なんと破廉恥なことでしょうか。」ッタイクの声がする。
二人の身体は床に倒れたままピクリとも動いてはいない。勿論、切り離された頭もだ。
声はどこから聞こえる?
廊下からだ。
偽ツワルジニとッタイクが廊下から入ってきて、床に転がっていた胴体と頭はレゴブロックに戻り、偽ツワルジニの袖の中へと帰っていった。
パンティーを被っているツワルジニを見るッタイク。
「本当に。なんと破廉恥なことでしょうか。やはりあなたが進化派の代表であってはなりません。」
このような男に、多少でも情けをかけようとした自分が愚かしい。
この男は進化派の代表として相応しくない。
こんな汚物。早期に排除してしまえ。
ウェットティッシュのプラボトルを取り出し、両手にギリギリと握りしめる。
全く、このような変態を一時でも尊敬し、その命を聞いていたとは、自分が腹立たしい。
「抗菌加工を拡大解釈し、抗パンティー加工および抗変態加工とします。」
自ら前に出る彼女に、偽ツワルジニは「お前に任せていいのか?」と問う。
彼女はきっと眉毛を釣り上げて「はい。個人的な問題を清算するために、どうか私にお任せください。」と般若を背負う勢い。
偽ツワルジニはその迫力に気おされて、「そ、そうか。」と後ろに下がった。
ツワルジニは金庫をスーッと開ける。
すると中から大量のパンティーがなだれ落ちてくる。
それを見たッタイクはさすがに立ちくらみを覚えた。
「最悪です。最早言葉が見つかりません。あなたと言う変態を表現するのに十分な言葉が、この世に存在しないのです。」
「なんとでも言うがいい。セクシーテクスタイル!乱れうち!!」
その手の動き、目で追えないほどの速さ。
「くっ!」
飛来するパンティーの軌跡を読み切り、なんとかプラボトルで防ぎきる。
しかし、
「獲ったぞ!ッタイク!!」
ツワルジニは彼女の胸より上にパンティー手裏剣を集中させて行っていたのだ。
はじめは全身均等に狙い、しゃがんで避けられぬ様に、下段への攻撃を匂わせながら上段を狙った。
ッタイクのガードは完全に上がっており、へそから下はがら空き。
パンティーを束ねて作った剣を握りしめたツワルジニの下段突き!
ッタイクは巨乳が邪魔で足元が見えないはず。それも計算のうち。
「フン」
偽ツワルジニがレゴブロックを一つ投じる。
それはッタイクの肩に当たり、その衝撃で彼女は半身になり、腹のど真ん中に向かってきた剣の切っ先はへその横をかすめていった。
巨乳が邪魔で下方が見えないのだが、腹に感じる痛みで状況は判る。
切られはしたがかすり傷の範疇、そのうちふさがるだろう。
「ツワルジニ様。助かりました。」
偽ツワルジニに礼を言うッタイクに、本物のツワルジニはいっそう腹が立つ。
「ツワルジニは!私だあああっっ!!」
「二度とあなたに遅れはとりません。」
ッタイクはウェットティッシュを束ねて刀を作った。
剣撃の応酬になるかと思われたが、ツワルジニがパンティーソードを床に突き立て、パンティー手裏剣の束を手にした。
「セクシーテクスタイル、乱れう…?」
ッタイクの姿がない。
右か!左か!
いや、上だ!!
彼が手を変えた一瞬の隙に、わずかに視線をそらした瞬間に、彼女は剣を鎖鎌に変えて天井に、ツワルジニの死角に移動した。
「イヤアアアッッ!!」
鎖鎌を剣に戻し、天井を蹴る。
彼女の斬撃が、変体紳士の右腕を肩から丸々斬りおとした。
「ぐああああっ!!」
偽ツワルジニが薄っすらと笑みを浮かべている。
気に入らない。
トポルコフが自分を笑っている。
見下している。
その怒りが、ツワルジニに最後の力を与えた。
彼は衣類をすべて脱ぎ捨て、パンティー一枚だけを履き、パンティー一枚だけを頭に被った。
その姿。ッタイクはおのが目を疑っている。全裸よりも恥ずかしいその痴態。
きっ!気持ち悪いっ!!
「この世から消えていただけないでしょうか?」
ッタイクは真顔で、丁寧口調で願い出た。
そして刀を構えてツワルジニに切りかかる。サイコロくらいの大きさに切り刻んでしまえば、この醜悪な姿を見なくてすむと、彼女は考えた。
カキン!
コキン!
刀はツワルジニの体を切り刻むどころか、跳ね返されてしまう。
「こ、これは…?」
「ふははは。驚いたか。これは変体紳士のはるか上位に位置する賢者モードである。」
「賢者…ですか?」
「そう。私は金庫の中でただ無為に時間を捨てていたわけではない。パンティーを思い、パンティーを乞い、パンティーを…」
「耳が腐るので黙っていただけますか。」
「そうか、そんなに地獄への道を急いでいるのか。分かった。もう何も言うまい。今すぐ地獄に送ってやる。」
言っていることはかっこいいが、その姿は最悪だ。
ッタイクはウェットティッシュの刀に手を添える。
「この刀の除菌効果を宇宙的遠大解釈し、除賢者性能を宿します。」
刀が白銀の光を放つ。
と、同時にッタイクが片膝をつく。
宇宙的遠大解釈は、大量の精神力を消費するのだ。
「ッタイク、大丈夫か?」偽ツワルジニが心配する。それ程の消耗っぷり。
「くっ。攻撃は後一回が限界。それで決めて見せます。」
膝を震わせながら立ち上がり、肩で息をしながら刀を構える。
「だいぶ消耗しているな。私は力が湧き上がってきて、はちきれてしまいそうだ!ふはははは!!」
自信満々。
突進する踏み足も力強く、ッタイクの顔面目がけて拳を突き出す。
翻ってッタイクはフラフラ。
震える手で、刀の切っ先をツワルジニに向けるのがやっと。
宇宙的遠大解釈は、容赦なくその生真面目な娘から精神力を奪っていく。
滲んで行く視界。
「こんな不確かなものに頼ってはだめだ。」
彼女は目をつむった。
彼女は聴力をあてにしたが、耳に入る音もわんわんとうなって、ぼやけてしまう。
「こんな不確かなものに頼ってはだめだ。」
彼女は音も意識から切り離した。
彼女に残された、確かな頼れるものは何か?
ツワルジニの拳が彼女の頬に減り込む。
「ここです!!」
頼れるものは、命の危険に抵抗する本能!!
ツワルジニの拳の位置から、彼の心臓の位置を類推することができる。
彼女は唯一の攻撃のチャンスをこのカウンターに賭けた。
心臓を貫かれ、血を吐いて床に長く伸びるツワルジニ。
ッタイクもまた気絶し。床にすとんと落ちてしまった。
「よくやった。」
偽ツワルジニは彼女をソファーに寝かせた。
そして、本物のツワルジニをトポルコフの世界に連れてゆき、レゴハウスの床下に閉じ込めた。
「これだけでは、少々不安だな。」
偽ツワルジニは袖からレゴブロックを飛ばして、本物のツワルジニをレゴブロックの棺桶に収めた。
チャケンダと手を組んだケチェは二つの理由で演説をする必要に迫られていた。
一つはチャケンダの依頼を遂行するためだ。
チャケンダはこう言った。
『彼らの中に楽園派の人間が居たはずだ。我々の仲間にできないかな?』
彼らとは俺のパン屋の仲間たちを示す。
パン屋の仲間で楽園派の人間といえば、ずばりチョリソーとオウフだ。
二人は超人気アイドルユニットで、根拠の塔以降、楽園派のイメージキャラクターになった。
変人で人間に興味がないケチェも、二人の才能は大いに気に入っていた。
俺も無論二人の大ファンで、二人の動画は何度も繰り返し見ている。
そんな特別な二人だが、戦闘においても特別に頼りになる。
チョリソーは強力な飴玉爆弾を使い、その破壊力は高さ600mの複合施設を倒壊させた。
オウフのなんでも柔らかくしてしまう能力は、黒羊と呼ばれるロボット型化け物と相対するときに極めて効果がある。
二人が抜けるというのは戦力的に言って大きな痛手だ。
更に敵に回られるとしたら頭が痛い。
チャケンダがオウフにやらせる役目は、考えるまでもなく袖搦封じだろう。
彼女の不思議な能力で、袖搦をふにゃけさせ、羽箒か何かに変えてしまうわけだ。
袖搦がなくなれば、化け物どもは俺を容易に倒せてしまうだろう。
だって俺、敵の攻撃よけないもん。
袖搦がなければ棒立ちの馬鹿だもの。
チョリソーは間違いなくコンスースにぶつけてくるだろう。
マオカルでは全くコンスースの相手にはならず、彼の大火力はチャケンダを悩ませているに違いない。
目には目を、火力には火力を。
そういう話だ。
一つ目が長くなった。
二つ目の話をしよう。
理由の二つは弁明だ。
チャケンダは俺に負けっぱなしという事実。
そもそも奴は始まりの化け物であると同時に、2番目だっけな?CHMOD作戦のでっぱな、初手の段階で俺一人に負けてROM化された化け物でもある。
根拠の塔では勝負なしだったが、切り放し実験では完全敗北。
加えて先日の敗走劇。
そんな体たらくで保全機能と対等に渡り合えるのか?と、訳知りの連中に叩かれているのだ。
負けっぱなしなのはチャケンダなのだから、そんな言い訳はあの青髪のハッカーがやればよさそうなものだが、彼は未だに誰もが恐れる始まりの化け物。
まだ表に立たせるには時期が早い。
それに、そのような負け犬と手を組むと決めたのは、他ならぬケチェだ。彼にも責任はある。
「さて、」
ケチェは背負っていたフリント・ロック式ライフルを降ろし、小刀を懐から出して、己ののどに突き立てた。
カルダは地球で彼にとどめを刺した、彼の命を奪ったナイフだ。
彼は忌際の際の一瞬に、全ての不条理が絹糸で縫い合わされる感覚を得た。
言葉では表現できない、心理を得た気がした。
それに由来して、彼はカルダの凶刃による死の苦しみを受けることで、彼はあらゆる物事の真理を抽象化してとらえることができる。
それが彼の能力だ。
フリント・ロック式ライフルはこの能力を隠すためのおとりで、実のところライフルの弾なんか一発も持ってはいない。
彼は死んでいる間に、チョリソーとオウフの心の闇を策った。
そして「自分の存在を受け入れない心」というイメージを得た。
「これは…如何なる天啓か。同じ顔を持つ美少女。アイドルとして大成。そうか。」
彼は、二人の心の闇のおおよそを理解した。
おおよそを理解できれば十分だった。
生き返ったケチェはブロードキャストポートに動画を配信する。
「──
残された2310名の人類すべてに伝えたい。
先だって、私はチャケンダと同盟を結んだ。
彼は始まりの化け物、そして、保全機能に最も近しい存在だ。
彼だけが人類には理解不能な保全機能の英知を理解している。
彼なくして、我々の革命は成し得ない。
それを、間違いなく理解してほしい。
そう、これは革命なのだ。
切り替えるべきは移動手段ではない。
保全機能が定めた未来から、我々が自らの手で切り開く未来へと切り替えるのだ。
これは保全機能に対する不義理だろうか?
答えは否だ。
むしろ彼らは我々の自発的な決断と、断固たる行動を喜ぶだろう。
それは私の勝手極まりない妄言ではない。
根拠がある。
保全機能は我々の仮想世界での生活に、決して直接干渉をしてこない。
チャケンダは私にこう言った。
『保全機能は人類に対して、最小限の干渉しかしてこない。人類の未来のほとんどの決定権は人類にある。』
なぜ”全て”ではなく”ほとんど”なのか?
それは、保全機能が我々人類の力量を低く見て、これ以上はできないと線引きをしているからだ。
保全機能は我々を見誤っているのだ。
その誤解を、革命的に正す必要がある。
さて、皆のうち何人かは、力の天秤が保全機能側に傾いていることに気付いて居る。
この仮想世界における保全機能の手足、ニカイー一味は強い。
私とチャケンダはそれを認めよう。
そして約束しよう。
この、私の演説の後、力の天秤は我々側に傾く。
いいかね?
思い出せ。
自分が地球で何者であったのかを。
仮想世界で得た、理想の姿とかけ離れてはいないか?
例えば、そう、性別だ。
新しい惑星では、きっと原始的な生活からやり直しになる。
そこに、性別の壁を乗り越える技術や機材はあるだろうか?
仮想世界にとどまるならば、性別は思いのままだ。
以上だ。
──」
ケチェの演説はそれで終了。
楽園派のチョリソーとオウフは勿論その動画を見ていた。
新しい惑星での生活が始まったら、性別が戻る。
その可能性に、激しく動揺する。
そう、二人は地球では男だったのだ。
少し、二人の昔話をしよう。
心の問題に悩む二人の可憐な青年の悲劇を。
二人は地球では、性同一性障害に悩む男子大学生だった。
チョリソーとオウフは、同じ悩みを持つ、いわば盟友であった。
中学生の頃から女言葉で、オカマとからかわれながら、肩を寄せ合って、お互いを唯一の親友として生きてきた。
二人は学生生活が苦痛だった。
早く社会人になりたいと考えて居た。
社会人になったら、可能な限り早くお金をためて、体を心に合わせる手術を受けるつもりだった。
条件のいい仕事に就くために、二人は必死に勉強をした。苦痛でしかない学生生活に耐えて、大学院まで進むつもりだった。
そんな二人の努力に運命は辛い。
二人は、彼らの夢をかなえる前に死んだ。
二人は夏季休暇を利用して、超高層ビルの建設現場のアルバイトをしていた。
そのバイトを選んだ理由は、一にも二にも時給がいいからだ。
そのビルの躯体は全自動化工法で、雨天でも工事は止まらない。
その代わり、風速が15m/sを超える場合は工事が止まる。
その日は台風が接近していた。
風速は既に20m/sを超えていたが、工事が止まることは無かった
何故なら、その工事現場は致命的に工程が遅れていたからだ。
上屋を支持するレールの強度には、まだ十分な余裕があるはずだ。
現場監督も上司の課長も、その様に高をくくった。
危なくなってから止めればいい。レールが悲鳴を上げて軋む音を聞いてからでも遅くはないはずだ。
それが甘かった。
突如35m/sの突風が襲い掛かる。
自動押上げ機は上屋を昇降中で、柱をつぎ足す作業の途中だった。上屋のレールはたまったものではない。
ボルトを打ち込みきっていないレールは悲鳴を上げる間もなくぼっきり折れた。
上屋は突風に吹き飛ばされ、多くの死者が出る大惨事となった。
その上屋に、チョリソーとオウフは居たのだ。
隣接するビルにたたきつけられて即死。
二人とも色白で線が細く、よく女の子に間違われる美男子だったのだが、両親の元に戻った亡骸は損傷がひどくて見るに堪えない状態だった。
人類滅亡後。
この仮想世界で二人は出会った。
同じ姿をしていた。
それもそのはず。彼らはお金がたまったら、性転換の手術の他に整形手術も受けようと誓い合っていた。
二人の骨格を元に、3Dモデリングツールで肉付けした姿。麗しき美少女。二人が理想とした姿。
二人が双子の兄弟のようになれる姿。
仮想世界に来て名前は変えていたが、お互いに運命を共にした親友だとすぐに分かった。
再会を喜んだ二人は恋人同士になった。
オウフがツイカウと出会うまでは。
理想の姿を手に入れた今、たとえ美男子とはいえ、元の男の姿には戻れない。
チョリソーとオウフはケチェの術中に、完全にはめられていた。




