霊脳記憶装置
ようこそ
ぎゅるるる、と腹が盛大に鳴った。
腹鳴を恥ずかしがる人もいるが私はむしろ鳴りたければ鳴れ、といったようにそこに恥ずかしさを感じる理由がよく分からない。
「お腹すいたのー?じゃあ、これあげる」
アーシェがその音を聞き、私の手に干し肉を乗せる。
あまり美味しそうでもなかったが、気遣いが嬉しい。そういえば、昨日から何も飯を食べていない。
「アイガトウ」
感謝の言葉は先程シアンに教えてもらったので使いこなせている。
「うん、気にしないでー」
干し肉は最初ゴムのような味がしたが、噛んでいると段々と甘味が出てきた。空腹には美味しかった。
……昨日か。なあ、シアン。
(なんじゃ?)
昨日のことなんだが、右手と左腕が人間離れした。
説明してくれないか。
右手が硬質化し、左腕の怪我がすぐ治った。
(ふむ、ようやっと餞別に気付いたか。どうりで目覚めたら犬の死体が散乱しとるわけじゃ。
……実はの、お主の怪我は治したわけではない。そもそも、ネキアに人を治すなどという芸当はできん。血管を繋いで機能を代替することなら可能じゃがな。ネキアがお主にしたのは、自身の肉を体内から、にょきにょきと生やして傷を埋めることじゃ)
はぁ……?
(つまりじゃなあ、死にそうなお主の自然治癒を待っておったら時間がかかるので、ネキアがお主の口に自分の肉を突っ込んで食わせて、体内から傷を塞いだのじゃ!)
口から食わせた?ネキアの肉を食ったっていうのか?
(気味が悪いとは思うが文句はネキアに言え。ネキアのやったことは我には関係ないからのう)
いや、なんだ。ただ、ぜひ味わって食べたかったと思ってね。
私は生肉が大好きなんだ。
(む?……ああ、お主はそういうアレじゃったな。心配して損したぞ。人の肉を食わせたのか!などと言う者もおってな)
まあ、今のところは便利だったからなんの問題もない。
もしかして、この先何か不都合があるのか?食った肉に体を乗っ取られたり。
(いや、まあうん。寿命が延びたり、怪我が治りやすくなったり他にも特典がいっぱいあるぞ!)
おお、そりゃ素晴らしい。
(ふふん、これこそ我からの最大限の加護といえるじゃろう!)
さっきネキアとは関係ないって言ってなかったか?
(それはそれ、これはこれというやつじゃ)
ところで、乗っ取られたりするのか?
(まあ、それは……おや、何か起こったみたいじゃぞ)
甲高いブレーキ音をあげて車が急に止まる。
そして、運転席辺りから低いがよく通る声が聞こえてきた。
「……君、危……じゃないか!!」
何かトラブルだろうか。
「誰かが道で倒れてるみたいだね」
アーシェが横から顔を突き出して言った。
(さっきのはゴードンの声じゃな。不穏な気配じゃが見に行ってみるか)
シアンが立ち上がったので私も立ち上がる。
「あ、シアンちゃん、出て行くと危ないよ。外から臭いがする。この臭いは多分盗賊かな。ゴードンとエディったら轢いちゃえばいいのにすぐ騙されるんだから!」
「む、そうか。では我はここで待っておる!」
シアンが座り、アーシェが荷台を降りて前方にまわる。
ふむ、よく分からないが私も座った。
(盗賊が来るらしいから待っていろとのことだ)
ほう、盗賊。女の子が降りていったのに私はここにいていいものだろうか。
(お主は言葉も分からないのじゃから邪魔になるじゃろう)
分かった。待っている。
三角座りで神妙に待つことにした。とても頼りない気分だ。
留学していた時もよく何が何だか分からない間に周囲で物事が進んでいくことがあった。よく似た気分だ。
寂寥感をもて余していたら、道沿いの森から下卑た笑いを浮かべた薄汚い男が姿勢を低くして荷台に近付いてきた。どうやら私に気付いていないらしい。
後ろにもまだ数人いるようだ。
どいつもこいつもよく知っている表情を浮かべていた。八百組のやつらを尾行していた時に奴らがしていた顔。ゴロツキの顔だ。
世界を渡っても人間がいる限り同じような奴らはいるということか。
状況から見て、前方で一人が倒れていて、それを確認しに行ったところで仲間が荷物を盗む、といった古典的手段だな。
念のため三角座りからヤンキー座りに姿勢を変えておく。こっちの方がいざというときに動きやすい。
眺めていると、窃盗犯が荷台に上がったところで、ふと目があった。
「……!」
目を見開いた男が腰に差した剣を抜いた。
「荷台にもいやがったのか。騒いだらただじゃおかねぇぞ」
囁き声で何かいっている。どうやら脅しているらしい。窃盗犯から強盗犯に格上げだな。
言葉の意味が分からないので「剣なんて初めて見た」、などという場違いな感想しか浮かばない。
刃がボロボロの錆び錆びでとても痛そうだ。切られたら二度と綺麗な肌には戻らないだろう。
さて、どうしようか。私は手を挙げてゆっくりと首を振った。
「ん、女もいるのか。へへ、結構かわいいじゃねぇか。こっちへ来な」
男が次にシアンを見つけると、好色そうな表情で冷めた目をしたシアンに手を伸ばした。
――――っ!!
「――――ぁぐぇ」
気付くと、俺はその男の顔面を右手で掴んで荷台を飛び出し、そのまま男の頭を地面に叩きつけて衝動のままに握り砕いた。
割れた柘榴から跳ねた血が顔を汚したので、その血を右手で拭くとますます顔が汚れた。
唐突に理性の鎖が千切れ、感情の奔流が精神を襲い、この身を突き破ったのを感じた。
情緒が安定しない。こんなこと初めてだった。
頭の中のどこか冷静な部分が考える。
別にシアンを妻と娘の代わりだとか、そんなことじゃない、とは思う。
だが、別の部分がこの感情に理由をつける。
――――俺の目の前でその面影ある子に貴様らのようなカスが手を触れていいわけがあるか。
無論これは、俺の感情の問題だ。更にはお前らの顔が八百組を思い出す、なんて八つ当たりでしかない思いもある。貴様らとは何の関係もない。だが、止められない、俺も、貴様らも。貴様らは死ぬ。何の意味もなく雑草のように。
顔を握り潰された男が持っていたボロボロの剣を握り、左の男の首筋に叩き込む。翻って右の男を構えた剣ごと叩き割る。
「な、んだてめぇ!」
喋る必要はないだろう。どうせ俺は言葉が分からないし、伝わらない。
無言で突進し、突き出された相手の剣を左目が正確に捉え、それに従って右手で剣を払い左手に持ったボロの剣で相手の腹に突き刺す。血が剣を伝い俺の手を濡らす。刀身が粗悪なノコギリのようになっていて抜きづらかったので、そのままにして相手の剣を奪う。
「な、なんだよコイツ!!逃げろ、おい、やめ……」
何か言っているが、生憎俺には分からない。気にせず剣を叩き込む、血飛沫が上がる。
「や、やめ、助けてくれええええ」
最後に残った男が命乞いのように手を突き出すが、残念だったな。俺には言葉が通じない。
躊躇なく左腕の怪力で剣を振り下ろした。
血だまりをいくつか作り上げた私はひとまず満足し、腹にボロボロの剣が刺さった男から鞘を外した。
この剣は貰っておこう。
そこにアーシェたちが戻ってきた。
「え、なにこれ……」
惨状を見てアーシェが驚きの表情を浮かべている。
金髪に精悍な顔をした美丈夫と顔を包帯とマスクで隠した長身の男性?もアーシェの後ろから同様の表情をしていた。
二人はアーシェが口にしていたゴードンとエディだろう。
「えっと、これはどうなっているのかな?」
美丈夫が私に声をかけた。
シアン、頼む。
(うむ、適当に説得してやろう)
シアンがぴょこりと荷台から顔をだした。
「ゴードン、エディよ。其奴は我とそなたらの荷を守っておったのじゃ。そこな倒れておるのは愚かな人拐いの盗賊でな、愚かにも我を連れ去ろうとした。よって、我を溺愛する愚兄が成敗したのだ」
三人がじっと私を見る。
「そなたら、異論はあるか」
ゴードンが少し迷ったように眉をひそめて言った。
「あー、じゃあできれば生きて捕まえて欲しかったね。死体じゃ報酬が減るんだよ。……それにしても、君のお兄さんはなかなか強いんだね」
「ふん、偶々じゃよ」
「それにしても、さ。さあ、乗りたまえ。もうすぐに着くよ」
シアンが首肯する。
(お主、さっさと乗るがよい)
わかった。
言葉少なに荷台に戻ることにした。
運転席に戻ったゴードンとエディが小声で相談する。
「ねぇ、ゴードン。またヤバいもの拾ったんじゃないか?」
「どうだろうね……。見捨てるわけにもいかなかったけど、ね……」
「ケントとかいった男は、多分かなり危ない男よ。何か危うい雰囲気がするわ」
「そうだね……」
仕方ない、と思いながらもゴードンはまたため息をつくのだった。
それからは特に会話もなく、一時間ほどで街に着いた。
城壁らしき壁の門をくぐると、そこは街だった。
暖系色の石畳に様々な人が歩いている。
すごい……陳腐な感想しか出てこないのがもどかしい。
その多種多様ぶりは肌の色から顔の形、なんてものではなく、異様なほど大きな背丈を持つものや、全身毛むくじゃらな者、尻尾に獣耳、髪の色も赤青黄色と色とりどりだ。
中には片手が金属でできている者や昆虫のような知性があるのか疑うものまでいる。
ここはいったい……?
(冒険者自治領、だそうじゃ)
ドミニオン?
「アーシェ、ついでだからケントさんを案内して来たらどうだい?僕たちはこの荷物を届けてくるから。それでいいかい、シアンさん?」
ゴードンがアーシェとシアンに語りかける。
ゴードンはなかなかの美声で意味がわからなくても声色だけで人を落ち着かせる魅力がある。
「うむ、助かる」
(アーシェが案内してくれるらしいぞ)
それは助かる!ほんとにいい人たちでよかった!
「あと、これを持っていくといい。ケントさんが倒したワイルドドッグの魔石の対価だ。半分は運賃として貰っておいたよ」
「全部集めるの大変だったわ」
ゴードンが微笑みながら紙幣をくれて、エディが疲れたような声をあげた。
「アリガトウ」
「ふふ、じゃあアーシェ、日暮れには宿屋に戻ってくるんだよ」
「はーい、じゃあ行こっか!まずは霊脳着けるんだよね!」
「うむ、まずは兄に喋れるようになってもらわないと我も面倒でかなわんからな!」
ゴードンが巨大な車のアクセルを踏むと煙突から黒煙が吹き出し、ゴンゴンと音をたてて走り去っていった。
様々な人と亜人が溢れる大通りをすり抜けていく。
エルフやドワーフのようなファンタジーで見たことがある種族から、昆虫、オクトパス、エイリアンのような宇宙人めいた種族、普通の市民のようなたたずまいをした者からものものしい装備で固められた者もいる。
ことここに至ってはじめて、異世界に来た、地球とはまるで違う場所にいる、と感慨深いため息が出てきた。
いくら見ていても飽きることがなさそうだ。
ここは熱気に満ちあふれていて、それが心を浮き立たせてくる。発展途上国の市場といった風情だろうか。
「着いたよー、ここが霊脳手術をしてくれるアスクラピア大病院!!ドミニオンで一番大きくて腕のいい医者がたくさんいるとこだよ!」
アーシェがどや顔で灰色で大きなL字型の建物を指差した。12,3階はある高い建物だ。
「じゃあケント、パパっとやってきちゃおう!ありふれた手術だし20分もあれば終わると思う!痛くないよー、痛くないよー」
楽しげなアーシェに押されて中に入っていく。何となく見た目が監獄かあるいは精神病院に近いように思えるのだが、なんだか人体実験でもされそうだ。
(言うたじゃろ、お主の脳味噌に石ころをぶちこむ手術をするのだ)
ええ!?聞いてないぞ、そんな話!
(アーシェの額にある石を見たじゃろう?あれを埋め込むそうじゃ)
アクセサリーだろう!?何の意味があるんだ!?
(あれをつけたらこちらの共通語を喋れるようになるそうじゃ。下界の文化とは実に面白いな!)
本当なのか?シアンは面白そうだからやれって言ってるんわけじゃないだろうな!?
「あれー、ケントどうしたのー?」
(ほれ、アーシェがいい歳して怖いのー、って馬鹿にしておるぞ。ここはドミニオンで一番腕のよい病院だそうじゃ。安心して逝ってこい)
くっ、本当に安全なんだろうな。
……どうせ、喋れないと困るんだ。やるしかないか。
私は意を決して病院に入っていった。金は全てアーシェに預け、手続きも全て彼女に任せることになってしまった。
「アア、少し、ムズカシイが、何言うわれてるかリカイ可能だ」
「ふふ、どう?すごいでしょー!」
「完全にコウテイだ。実際すごい」
アーシェの言っていることが少し集中するだけで理解できる。集中というか、思い出す感じだろうか。
「もう一度、アーシェ、ありがとう、よろしくタノむ」
「うん、こちらこそだね!ようこそ、ドミニオンへ!」
輝かんばかりの笑顔でアーシェが答えた。
ケントは三角座りが好き