散る満天の宝石
starlight breaker
「さあ、早く行くぞ」とジョシュアの部屋と女性陣の部屋をノックして回る。
「40秒で支度しな」とは着いて回ったシアンの弁である。
眠気眼を引っ提げて出てきた面々の背中を押してブレークファストの会場にまで引率する。出された野菜スープやポーチドエッグ、バターを塗ったトースト等を味わう間もなく飲み込み、周りの皆を急かしまくる。
「何だよ、折角のアルテオホテルの朝食だぜ?ゆっくりと味わうのがスジってもんだろうがよ」とジョシュアが文句を言う。
「すでに予定より一時間も遅れています。ユグソールに一足早く着いて一足遅く出ていくのは様にならないでしょう」
と言うよりも、早く出ていって魔人とは関わることがないようにしたいのだった。
一通り急かした後は皆よりも早く部屋に戻り私物を畳んで鞄に詰め込む。
皆の部屋も回って忘れ物がないか確認し、散らかっていたらまとめて各人の鞄に戻しておく。さあ、これですぐに出発できるはずだ。
ちなみに、真っ先に戻ってきたマックスに人の私物を勝手に片付けるな、と頭を叩かれた。
全ての荷物をまとめ終え「よし、じゃあ支払ってくるわ」とジョシュアがホテルの受付に行ったところで、地面がぐらぐらと揺れた。
「地震?」とカルラが呟く。
博識なマックスは首を振った。
「有史以来ダンジョンに地震が起きた記録はないわ。例えドミニオンが揺れてもダンジョンの中は一切揺れていなかった、なんて記録が残ってるくらいよ」
だとすれば、この揺れは何だ。
地震じゃないなら――――。ケントはホテルの玄関を見た。
――――地響き。
ダッ、と走り出しホテルの外に出て周りを見渡し次いで遥か高い天井を見上げた。
妊婦の腹を突き破り産まれるという悪魔の子のように、割れた天井から光を失った宝石を撒き散らし上半身を覗かせて眼下のユグソールリゾートを睥睨するあまりにも巨大な上半身がそこにあった。成人男性一人分程の長さがある牙を幾本も剥き出しにして笑うように吠えた。
「グオオオオオオオオオオオオオオオ」
大声量。歪に角張った骨格から発される声は雷と汽笛を混ぜたような遠大な響きだった。
魔人が言っていたのはこれか。これなら確かに街ごと破壊した方が楽だ。全く、何てものを持ち出してくるんだ。
「ありゃあ、何ですかい!?魔物?巨人?」
「魔物で巨人なんでしょ。つまり、魔人よ」
慌てて追ってきて天井の巨人を目の当たりにしてあげたカリオスの悲鳴にマックスが答える。
「グオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
巨魔人は蝙蝠のように天井にぶら下がったと思うと手で天井を掴みぐるりと体を回転させて足から地面に着地した。ズドン、という地鳴りが響き渡り、次いで猛烈な突風が巻き起こった。
腕をあげれば10層の30-40mはある高い天井に容易に手をつけられそうな山のような肉体は異常に太い骨格と鉄筋のような筋肉に覆われて歪な形状をしており、振り乱した針のような長髪は実際に鉄針と化して街下に突き刺さった。
建造物が瓦礫と化す騒音の中に耳をつんざく悲鳴や怒号が巨人の足元から聞こえる。巨魔人が立っている辺りにも確かホテルがあったはずだ。その多くは冒険者だろうが、安全地帯で頭上から巨人が降ってくるなんて死に様は誰も予想していなかっただろう。
魔巨人は更に腕を振り回して美しかったホテルやコテージを薙ぎ倒し、地団駄を踏んでは圧砕した。その叫ぶ声には例えようのない殺意が滲み出しており、何がそこまで駆り立てるのか魔物という生命体は地獄からの使者とでもいうのか。
あんなものに近寄るべきじゃあないとケントの本能が唸る。幸い、現在地からは遠い。逃げようと思えば逃げれる距離だ。しかし。
本来ならばあんなものに構ってる時間も余裕もないので自分一人ならば無視して先に進むのだが、ジョシュアやカリオスはユグソールリゾートの人々を助けてからというだろう。善良さや仲間というものはこういう場面では面倒に過ぎる。
ホテルから出てきたジョシュアの第一声は「ケント、エッダの二人は俺について来い」、第二声は「カリオス、ゲッコー、マックスは市民の救助に当たれ」だった。
もちろん、ジョシュアはあのデカブツを倒しに行くつもりなのだろう。
「そんで、カルラは伏兵がいないか探索、その後にできれば合流しろ」
「ちょっと!なんであたしだけ一人なの!?」
「空も飛べるお前に着いていけるのがいねぇからだよ」
カルラはムゥーッと顔をしかめると急にこちらを向いた。
「……ケント!ちゃんとエッダのこと守ってよね!」
「了解した。私の体が爆発四散しようとも」
こうなっては仕方がない。仕方がないのだ。
私には人望がないから、どうせ皆は私には着いてこない。ならば、全速力で事態を収束させ全員で下に向かうのが最善。
「ひ、ひゃああああああああ」
駆け出すジョシュアの後を追い、エッダを抱き上げて走る。
見上げれば見上げるほどに巨大な魔人。身の丈20mか30mか……。
巨人が佇むのは周囲が完全に瓦礫に変えられた広場だった。
「ケント、俺があれの首をぶった切ってくる。てめぇはエッダを守れ」
「親子で同じ事を言うんだな」
「ははっ」
言い残しジョシュアが魔鋼でできた鉄腕を赤熱させて地面に叩き付け反動で弾丸のように高く跳ねた。
「グオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
巨魔人の眼前にまで一瞬にして近付くと挨拶とばかりに大段平アルムレヒトを縦に一閃走らせた。剣撃に遅れて滝のような血飛沫が巨魔人の左目から迸ったが、怒った巨魔人が反射的に津波のような剛腕でジョシュアのいた空間を振り払う。
「あ、くそ!」
直撃したジョシュアが灼光する右腕を流星のように光らせながら宝石の天井を遥か彼方に横切っていった。
「ほう……ほう。ジョシュア……」
吹っ飛んでいったぞ。
と思ったらジョシュアを殴った巨魔人のその手が急にバラバラになって四散した。ジョシュアが一瞬のうちに大段平を翻らせたのだろう。最後っ屁ってところか。もっともあの男がこれで死んでいるはずがないのだが、戦線復帰までには多少の時間が要るのは確かだろう。
巨魔人がまたも一声吠えると足元にいる私たちを怒り狂った右目を燃やして見た。
デカいだけのでくの坊ならば私が恐れる理由はない。ジョシュアが戻ってくるまでの時間稼ぎ、というわけではなく私が仕留めてやる。
「エッダ、障壁で自分を守っているんだ」
「ふぇ!?はいいいいい!」
拳を握り締めた魔巨人が腰を捻りその拳を振り下ろす。馬鹿げた驚異だ。デカい奴は強い。重い奴は強い。ふざけるなよ、こいつはでかすぎるだろう。その癖に速いなんて!!
全力で横に跳び地面を転がりながら避ける。避けれた。幸いなのは奴が片手を失っており、また、全身がでかすぎて行動の起こりが筒抜け過ぎることだ。
これなら空中にさえいなければ避けられる。そして、それは同時にアイツの頭部に近寄って首をぶったぎるのは極めて困難だということだ。
巨魔人が腕を引いた。そして、バラバラになった手を眼前に翳した。
何をする気だ?
すると、手首から溢れた血液が形をなして巨魔人の手を修復していく。そうだ、ブラッドアーツ!
両腕で連打されれば、さすがに避けきるのは難しいだろうか。
そこにエッダの詠唱が聞こえてきた。障壁魔法の詠唱だろう。
「舶来す深遠の鼓動、蠢動す閃光の円舞、拓け世の裂傷!空間!断裂!」
……おや、障壁にしては物騒な呪文だ。
「絶対障壁魔法!」
エッダが黒い球形の触媒を空に浮かべて杖を翳すと、暗黒の雷とでも言うべきものが次々と落雷しその軌跡に奇妙な空間上のヒビが入っていく。
杖を右に一振り。ローブがふわりとはためき頭がくらくらと揺れそうな濃密な魔力が渦巻く。
障壁魔法といったがあれはやばくないか?障壁魔法と言えばジョシュアが自慢げに出す岩の壁とかそういうものじゃないのか?
エッダが目を瞑った。魔法の完成も大詰めというところか。
気付いた巨魔人が視線をエッダに向けた。
「ちぃっ!」
復元した拳がエッダ目掛けて迫った。寸前に飛び出し、神胚から質量を引き出しながら拳の軌道上に身を置く。
かつてない衝撃が体を襲った。ひしゃげる、肉体が!首がちぎれそうだ。でも構わない、脳さえ残っていれば――――!!!
――――っ!
一瞬のブラックアウトの後、自身の体が地面に叩き込まれていることを知った。何とか首は繋がっているらしい。
そして、巨魔人はもう一度エッダに手を振り下ろそうとしているところだった。
「グオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
「てめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
聞こえてきたのは魔巨人の咆哮とジョシュアの怒声だ。
矢のように空を飛んできたジョシュアはそのままの勢いで巨魔人の右目に突っ込むと眼窩を抉じ開け後頭部をぶち抜いていく。人間なら致命傷だが魔人の頭部に魔石がある場合は多くない。あんなダメージでさえ致命傷にはならんだろう。真に魔人を殺害するにはただひとつ、
直後、エッダの呪文が完成し、乙女の声がユグソールリゾートに高らかに響いた。
「裂けろ血河『ディメンション・エボルト』!!!!!」
空間のヒビが開いた。狭間からは直視することが許されない世界の断裂があらゆる物理的魔法的現象をシャットアウトしながら這い出てくる。それは瞬く間に広がるとエッダの眼前にいる巨魔人にまで手を伸ばした。
巨魔人はおののきながら必死に下がろうとするが、自ら砕いた瓦礫に足を取られ行動が今一歩遅れた。巨魔人の視線が一瞬自らの足元に降りてまた戻ると断裂はすでに巨魔人に触れていた。
そして、巨魔人の体を二つに割るようにヒビが入り天井にすら届くとずるりと断裂はエッダの眼前に戻っていく。
「こほっ」とエッダが咳をした。その音が響き渡るほどにいつの間にか世界は空間断裂の秘法を前にして静まり返っていた。
咳の一瞬後、断裂した空間が揺り戻しを起こした。それは断裂に触れたあらゆる物質を破裂させた。巨魔人然り、ユグソールリゾートの宝石を散りばめたかのような美しい天井然り、袈裟斬りに爆散。胸の奥に隠れていた魔石をも巻き込み爆散した。
その日ユグソールリゾートには魔力混じりの血の雨が降ったという。
同時刻。
ユグソールリゾートから外れた10層の入口である深緑の洞窟に続々と避難者が集まってきていた。
「あんなもの、聞いてないぞ!金は出す、私を先に通せ!」
そう言った貴族らしい豪奢な服を着た肥満体の男が群衆を掻き分けて先頭に躍り出た。
「まったく!貴様らは冒険者なのだろう!?勇気をもってあれを退治してくればいいだろう!金なら出してやるというのに!」
肥満貴族がユグソールリゾートの中央にいる巨魔人を指す。
周りにいるのはほとんどが冒険者だったので反論が吹き出た。
「てめぇ、あんなクソでけぇ魔人に敵うわけがないだろ!」
「そうだ!あんなのプライマリに任せときゃいいんだよ!人間やめてねぇ俺達の出る幕じゃねぇよ!」
「で、そのプライマリがどこにいるんだよ!ダンジョンのこんな浅いところに!」
「だから逃げるんだよ!ったく何でみんな動かないんだ!……?」
疑問を声に出してその冒険者は洞窟の奥を見た。そこに問いに答える者はいた。肥満の貴族がその身をもって答えた。洞窟の奥、肥満貴族の背後から現れた魔人の手がその脂ぎった頭の上に乗ったかと思うと一息に足元まで押し潰したのだ。肥満貴族は赤い水風船のように破裂した。
「ククククク、魔力ガ低スギル。当タリハイナサソウダナ。皆殺シダ」
魔人は威嚇するように五指を上に向けてごきごきと鳴らした。
何が起こったのかわからず呆然とした冒険者たちは肥満貴族が死んだことを理解すると共にそこかしこで悲鳴をあげた。
魔人である。
浅層の未だ常人とそう変わらない経験しか持たない駆け出しの冒険者にとってそれは出会うわけがないと高を括った天災である。出会ってしまえば死を免れることはできない。不幸中の幸いと言えば精々魔人という者は元来人をいたぶる様な真似はせず可能な限りすぐに止めを差してくれるということくらいだ。
出会ってしまった避難者達が生き残る術はもはや偶然常軌を逸した強さを持つ他の冒険者と出会うことを祈る程度であった。それはダンジョンの中では稀にはあることだが、多くの場合その祈りは儚く消える。だが、今回はそうではなかった。
「――――見敵必殺、魔人誅す。ミズガルズ特攻隊長アダム、推参」
その時、炎を纏う二本の魔刀を握り白銀の鎧に身を包んだ戦士が九層の奥より走り出た。
コールマン葬儀社一同より一日遅れて出発したミズガルズのユグソールリゾート到着であった。
アダムの一歩は大きい。全身の筋肉を同時に稼働させて刹那に跳ねるその動きは獣と機械の狭間にある。
10mの範囲が全て一足一刀の間合いと心得るべきである。
肥満貴族を挽肉に変えた魔人が足音に気付き振り向いた時にはすでに眼前に憤怒、アダムが左手に持つ長大な太刀が迫っていた。
「ウッ」首を引いて魔人は何とかかわした。その先には激昂、右手に持つ同様に長大な太刀である。今度はかわせない。ズブリと首筋を横一文字に斬られてどす黒い魔人の血が噴き出した。
「コノ程度デ……!」
魔人は死なず。噴き出した血液が不自然にうねり傷口に戻っていく。
魔人の恐ろしきはその外法、ブラッドアーツにある。
本来、魔人の肉体には血が通っておらず魔石を核として物質化した魔力のみによって形作られている。しかし、魔力のみで構成された肉体は不安定であり総じて脆く散りやすい。そこで魔人は人間その他の生命体を喰らうことで得た血肉でもって魔力から独立して生きる肉の殻を作る能力を得た。これがブラッドアーツの原型であり本質である。
この魔人に流れる血は生物が有する酸素を運ぶなどの生理的な機能は最小限しか持たない一方で、邪神の恩恵により鎧となり武器となり、魔力に反応して魔人の肉体の物質化を助ける機能を担うものである。
そして、同時に元来魔力のみで生きることができる魔族が魔力を崩した際にはサブバッテリー、あるいはバックアップとなって生命を存続させる機能を果たすのである。
すなわち、血液が尽きない限り魔人への致命傷は致命的とならない。
殺すならば魔石を砕いた上で致命の一撃を加えるか、血液が流れきった上で魔力を尽きさせるかのいずれかである。
熟知しているアダムは油断なく続けて袈裟斬りに振り下ろす。魔人は咄嗟に右腕で庇い、断ち切られる腕を尻目に反撃のミドルキック。無論、魔人の蹴りは常軌を逸する威力であるが、アダムはそれを刃を立てて受ける。魔人の足が自らの力で千切れ飛んだ。
「クアアア……!」と呻く魔人。
「貴様は排水溝にはまった害獣だ。人にも足りぬ」
憤怒を振り下ろし、激昂を振り上げ残りの手足を切り飛ばしダルマとする。
「去ねよ、魔人!」
「人間ガアアアアアアア」
アダムは魔人の胴と首を同時に切断して、最後に魔石のある胸の中心を突き刺した。胸骨の奥、心臓の右に緑色に光る石が粉々に砕け瞬時に魔人の血液は魔力を失い地面に広がった。
アダムにとっては久々の魔人討伐であったが、問題ではなかった。非人間的な研鑽を積んだ技術は魔人のスペックを凌駕する。
「アダム……ミズガルズのアダム!どうしてこんなところに?」
ミズガルズの特攻隊長であるアダムの主な任務と言えば、彼らミズガルズの基準に則ったところの悪人を徹底的に皆殺しにすることであるから、ダンジョンに姿を現すことは滅多になかった。
アダムの後ろから新総長セシルを筆頭に続々とミズガルズのガーディアン達が姿を見せる。白銀の鎧が連なるその姿に壁際に退いた冒険者達は畏敬の念と何かしらダンジョンに重大な何かが迫っていることを予感していた。
ユグソールリゾートの11層に繋がる道の近くには公表されていないシェルターがある。
10層は魔物が生まれないエリアとはいえ、他層からの侵攻が全くないわけではない。そのもしもに備えて設置されたものがこのシェルターであった。外装は厚さ400mmの魔鋼が覆い近づく魔物は40mm機関砲でミンチにすることも可能である。
しかし、体長30mを超える魔人の襲撃には対応していなかった。
巨人の投擲した巨大な岩盤の欠片が偶然、運命操作に導かれてシェルターに突き刺さり400mmの魔鋼外装に穴を開ける。中には毛の長い絨毯が敷かれ壇上には白いグランドピアノ等が用意されていたがそれらは高速で撒き散らされた瓦礫に引き裂かれ富豪達の肉片と共に床に散らばった。
生存者の一人マルクス・オーグスタスが衝撃で吐き出た息を吸い直してよろよろと立ち上がり周りを見回すと、頭上の亀裂に人影を見た。
人影が手をかざし振り下ろすと連続で氷のトゲが落ちる。
「おわわああああああ」とマルクスは悲鳴をあげて逃げ惑う。久しぶりに地下に来たと思ったらこれだ!やはりダンジョンなんて来るもんじゃねぇ!と泣きながら震えていると、頭上の人影が猛烈な速度で地面に落ちた。
「どどどどどうしたってんだ?」
マルクスが抜けた腰を引きずりながら壁際に後ずさる。眼前には砂煙。中からゆっくりと人影が二つ立ち上がった。一つは成人男性程でさっき落とされた方だ。もうひとつは小さい……女の子?違う、翼と尾!ヴァリアント、冒険者だ!
と思ったところで、はて、冒険者と言うのならば成人男性の方が相応しくはないか?
「ちょっと、あんた隠れてなさいよ。そこにいたら死んじゃうから!」
喋ったのは小さい女の子のヴァリアントの方だった。語り口からするとどうやら味方のようだ。
必死で這いずって扉に向かう。やたらと質の良い絨毯は毛が長すぎて摩擦が酷く這って進むのは大変な苦労だった。
背後で大きな音がして振り返る。砂煙の中で二つの人影が重なりその衝撃で巻き起こった突風に二人の正体が露になった。
漆黒に近い黒い肌をした魔人と爬虫類の獣人らしき乙女だ。いや、あれはまるでドラゴンだ。
急接近した両者は瞬く間に拳を打ち合った。乙女の拳にクロスして突き出された魔人の腕が乙女の頬に抉り込み床が陥没する。うわ、ヤバい、乙女が負けた!と思ったが、次の瞬間乙女の尾が魔人の首に巻き付きグッと引き寄せると共に跳ね上がった乙女の両膝頭が魔人の顔面を痛烈に強打した。跳ね上がった頭を鋭い爪の生え揃った手を広げて鷲掴みにし、そのまま乙女はお返しとばかりに魔人の顔面を地面に叩き付けて二つ目のクレーターを作った。
「貴様、ニンゲン……デハナイ!」
「うるさいな。魔人に言われたくないし!」
乙女は両の翼の先端で魔人の手の甲を貫いて動きを止めるとすかさず魔人の頭を握り潰し、そのまま魔石の在る心臓まで引き裂いた。
「ったく、雑魚魔人ばっかり。何なのコレ、今ので3人目なんだけど!!!!」
三人目……!?
マルクスは非常に驚いた。共和国では奴隷剣闘士を山ほど育成し闘技場で見世物にして山ほど消費している。その中でマルクスは何人も傑物というべき剣闘士を見てきた。それらはドミニオンのプライマリ冒険者にも匹敵し特に闘技場の神であり共和国軍の将軍、英雄ガリオン・ガリアッドは百戦百勝の怪物だ。
その英雄には及ぶべくもないが、剣闘士の中でも今の魔人を三人も立て続けに処理できる者はほとんどおらず、この乙女の強さは尋常なものではないと知れた。
「そ、そこの名のある冒険者と見受けられるお嬢さん!」
「……へ?あたし?」
「そうです、そうです!」
「なによ?」
「よろしければ、地上まで私を届けていただけませんか?私はイディアック共和国で商いを営んでいるマルクス・オーグスタスも申す者でしてお礼は幾らでも払いますので、どうか何卒」
マルクスは平伏して頼み込んだ。しかし
「地上?ごめん、無理。今深層向かってるし……それに今から地上に戻るのはきっと危ないよ。まだアンダーシティに向かった方がマシかも」
「左様でございますか……では、お名前だけでも」
「あたし、カルラ。コールマン葬儀社のカルラだよ。じゃあぜひなんかあったらご贔屓にしてよね……って縁起悪いかな」
カルラは言い残すと一息に割れたシェルターを飛び越えて行ってしまった。
獣のような少女だったな、と思いマルクスは座り込んだ。
全く、ろくな目に遭わねぇぜ。ツァルカの野郎、こんなとこに呼び出しやがって次会ったらぶん殴ってやるぜ。




