運び屋ゲッコーとムーンライト
Deus ex ... what?
蒸気自動車の屋根の上でゲッコーは落日したばかりの空を眺めながら、蒸気機関の振動を感じていた。その鼻の上を黒煙が掠めた。
「ごほっ」
風に乗って流れてきた煤混じりの蒸気が口に入り盛大に咳き込む。コーヒー並みの苦い味だ。
「そんなとこにいるからだよー」と、声をかけたのは荷台に寝転んでいたアーシェ。ツンと立った猫耳がゲッコーの方を向いている。
というわけで、現在、ゲッコーはゴードンら運び屋三人組の蒸気自動車に同乗していた。
煤まみれになったゲッコーは咳き込みながらいそいそと屋根から降りてアーシェの隣に座った。視線の先には小さな木箱がある。今回の依頼の品だ。
「何なんすかね、今回の荷物」
アーシェの隣には膝くらいの高さの木箱。多少の衝撃では壊れそうにない。
「あー、ダメだよー。そーゆーの詮索すると早死にするってゴードンが言ってたから」
「でも、ゴードンさんが僕を連れて行くくらいなんすよ?気になるなー」
普段はカリオスと誰にでも配達する運び屋を営んでいるゲッコーだったが、今回は珍しくドミニオンの外に出ていた。
「……本当だ!なんでゲッコー君が乗ってるの?」
「え、いつもと違うって気付いてなかったんすか!?」
「乗ってることは知ってたよ!」
「あはは、そりゃ見れば分かりますもんね。ともあれ、今回の依頼はどうにもきな臭いことになりそうっすね」
「……どうしたの、ゲッコー君。今日はやけにそれっぽいこと言うじゃん?」
いつもは私と同じくらいアホなのに、とアーシェは続けた。それにゲッコーはふふんと鼻高々に答えた。
「ここ数年カリオス先輩を見習ってきたからですかね、最近僕も頭がよくなってきた気がします!」
「ほんとー?すごーい!わたしもカリオス先輩に着いていこうかなー」
「ダメっすよ!カリオス先輩は僕の先輩っすから!」
「しょうがないなぁ、カリオス先輩はゲッコー君に譲ろう」
「やったっす!あざっす、アーシェさん!」
「褒めろ褒めろ。あれ、なんかスピード落ちてきてない?」
「落ちてるっすね」
「どうしたんだろ。蒸気の臭いも変わってないからまだ石炭はいっぱいあるはずだよね。ちょっと聞いてくるね」
走行中の蒸気自動車の側面に着いてある手すりを軽々と渡って狭い運転席に回る。こうして見ると猫耳はあるものの猫なのか猿なのか分からない。
「ねぇ、エディ、どうかした?」
アーシェは助手席に座る包帯まみれで顔も分からないエディに抱き付いて尋ねた。
「分からん。何もはねた様には思わなかったが。どうだ、ゴードン?」
「この感触は何かタイヤに絡まってる気がするね」
「オッケー分かった!」とアーシェは車を停めるようゴードンに言って、タイヤを見に降りた。
「あー、確かに何か着いてるねー」
タイヤを覗き込んだアーシェはそれに付着している「何か」に手を伸ばした。もうすっかり空は黒く塗り替えられており、明かりがないと車の下なんてとても見えない。
指に付着した「何か」は粘りがあり、糸を引いた。
「気持ち悪ーい。ねえ、ゴードン降りてきて!」
アーシェが嫌な予感をしながらそれを匂ってみると、腐乱臭がした。そして、ゆっくりと車の下を覗き込む。
「か……は……」
影の中から呻き声が聞こえる。
だが、アーシェの目は夜目が利く。段々と見えてきたのは、反射する光の点。アーシェにはすぐにそれが眼球であることに気付いた。誰かが車の下にいる。いや、誰かと言うよりは何か、だ。この状態で生きているものなんて、ない。
同時に蒸気自動車が動きだし始め、眼前でプチりと眼球が潰れた。
「わお」と息を漏らしたアーシェにエディが「早く乗れ」と呼び掛けた。
「周りを見てみな。妙なものに目を付けられたらしい」とエディ。
振り向く。目を凝らすと森の中、草葉の奥にゆらゆらと揺れる人影が無数に見える。
風に揺れた葉の間から月光が差し込んだ。
「アンデッド!?」
足元を見ると自動車の下から伸びた一部の肉が削げた手が足首を握っている。
アーシェはその手を蹴り飛ばして、荷台に飛び乗った。
「ゴードン、乗ったよ!」と荷台と運転席を繋ぐ伝声管に叫ぶと、蒸気自動車がもうもうと煙突から黒煙を吐き出した。
「ちゃんと荷物を見ておくんだぞ!」とゴードンが返し、蒸気自動車が加速を始めた。
ゴトン、ゴトン、と荷台が揺れ、車輪からはキイー、キイーと耳障りだが、どこか眠くなる音が聞こえる。そして、その背後から数多のゾンビが下手くそな走り方で追ってきていた。
たまらずアーシェは「ちょっと、もうちょっと加速できないの?」とゴードンに文句を言うが、「これで精一杯!」と言い返された。
「車輪に何かが挟まっててスピードが出ないんだ!」
「あー、あれかぁー」
タイヤに巻き込まれていたゾンビ……地面から生えたのか知らないが、あれのせいだろう。ちゃんと引っ張り出しておけばよかったとアーシェは後悔したが、気持ち悪かったので反省はしない。
でも、このままでは追い付かれるのは明らかだった。
「ってか、ゾンビ速いよねー」
「時速……25kmくらい?めっちゃ速いっすね」
ゲッコーは速度に関しては目敏いので、当たっている自信がある。その観察眼で見ていると太ももが破裂して転がり出すアンデッドが幾人か見えた。アンデッドは言わば劣化した人体、そんな人体を無理に動かせば相応の代償がある。
「ダメっすね、このままじゃ追い付かれそうなんでちょっと行ってきます!」
「どうぞー、逃げ遅れないでね!」
「りょーかいっす!」
即座にゲッコーは荷台から跳び出した。耳元で風を切る音が聞こえる。相対速度50km近い勢いで直近にいたゾンビの胴体に着地。まともな人間よりはかなり柔らかい。スケボーのように倒れたゾンビで地面をスライドし、次のゾンビに近付いてその頭を蹴り飛ばす。ゾンビの肉は柔らかいせいか、すぐに千切れる。勢いのまま宙で二回転半のダブルアクセル、頭を失ったゾンビの胴体を後ろ回し蹴りで飛ばして後続を巻き添えに転がしてやる。
転がった一体にまた他のゾンビがつんのめって雪崩式にゾンビが転がっていく。
「ナーイス!」
「朝飯前っすよ」
ひとまず足止めに成功したゲッコーはすぐに蒸気自動車に戻った。野うさぎの亜人である彼は短距離なら時速80kmは軽く出せる。スリーステップで荷台に着地した。
「これでしばらく時間……あ」
ガン。ギギギギ。何か致命的な音が足元からして、自動車が止まった。
「すまない!」伝声管からゴードンの声。
「ゲッコー君!積み荷を持って集まってくれ!」
「わあー、了解っす!」
どうやら、蒸気自動車の命が潰えてしまったらしい。ここからは二本の脚で行かなければならないようだ。
積み荷である頑丈そうな箱を持って蒸気自動車の前に集まった。
「見ての通り、自動車が壊れてしまった。走るよ!」
「どこに?」とアーシェが尋ねた。
「えっとこの辺りなら……」
「ゴードンさん、確か20km程先に円字教会の駐屯所があったはずっす!」
教会軍の一部が有する聖なる力はアンデッド等の魔物には特によく効く。パンデミック状態でも彼らがいれば鎮圧は可能だが。
「20kmか……」
辺りは前も後ろもゾンビの群れになっていた。この海のようなゾンビ達を突っ切って行くのは戦闘に自信のないゲッコーにとっては自殺行為だった。
「エディ一人なら何とかなるかもしれないが」
「私はゴードン……達が来ないなら行くつもりはないぞ」
「そう言うと思ったよ。よし、アーシェ!」
「うん!」
呼ばれたアーシェは頷くと近くの木を駆け登った。
「南西方向にお屋敷が見える!」
「よく見つけた、急げ!」
アーシェの指差した方向にゴードンが脇目も振らず走り出した。
続いてゲッコーがゴードンを追い、最後にエディが殿を務める。アーシェは木を駆け降りてゲッコーの横に着いた。
「すまないな、ゲッコー君。しかし、君を呼んでおいて本当によかった。君なら荷物を任せられる」
「参ったっすね。やっぱりこれもゴードンさんの予想通りなんすよね?」
困り顔で首を振った。
「ゾンビが出てくるのは予想外さ。けど、何かあるだろうとは思ってたよ。何せ、依頼主が帝国北部の亜人ゲリラだったからね」
「カリオス兄貴が言ってました!亜人ゲリラは帝国と対立してるって!」
帝国領内のゲリラなんだから、帝国と対立しているのは当然なのだが、ゴードンは特に指摘せずに曖昧に頷いた。
ゾンビは結構な俊足であったが、ゴードン等冒険者は常人よりも遥かに速い。難なくアーシェが見つけたお屋敷、貴族が別荘にでも使っていそうな巨大な洋館にたどり着いた。
「扉、開いてる!」
一足早く着いたアーシェが洋館の玄関を開けて、後に続く皆がそのまま駆け込んだ。
すぐさまアーシェは扉を閉めて頑丈そうな太い閂を下ろした。
直後、ドン、と扉に何かがぶつかった。そして、ガリガリと爪で引っ掻く音がする。が、扉は揺れもしなかった。どうやらゾンビ達の力ではこの玄関を壊せないらしい。
少し、妙に思うほどの頑丈さだったが、郊外の邸宅なら魔獣対策に上等なセキュリティを施しているのはありうるところだ。
一息ついて屋内を見回すと、なるほど、安くはなさそうな調度品が並んでおり、壁のスイッチを押すと魔石灯の明かりが降り注いだ。
「ふむ」
ゲッコーが明かりが点けたのを見てゴードンが思案げに頷いた。
「誰かいらっしゃいますか?」
返答はない。
「おかしいね。山奥の一軒家、鍵が開いていて、高そうな品もそのままなのに盗まれても荒れてもいない」
ゴードンは壁に掛けられた絵に近付いた。
「黴も生えていない。換気されている証拠だ……埃だって……実におかしい」
「どういうことだ」
「ここは寸前まで人がいた気配があるってことさ、エディ」
空気を嗅いでいたアーシェがそれに大きく頷いた。
「うん、誰かいるよ!音もする!来るよ!」
気付いたエディが玄関ホールの左右の壁に並べられた階段を見上げた。階上からゾンビの真っ赤に充血した目が睨んでいた。
「なんだい。ここにもいるのか」
「エディ、上は任せた」
「了解」
飛び上がったエディは一足で二階に着地すると、くるりと優雅に回った。もしスカートを履いていればふわりと裾が舞い長くしなやかな脚が見られたことだろう。そして、それだけでゾンビへの対処は終わっていた。
引き抜いた長めのナイフが二本。投げられてゾンビの首筋を信じがたい威力で両断していた。ゾンビの頭がごとりと落ちた。断面から血は流れていない。アンデッドとなった体は鼓動しないので出血もしないのだ。
エディは切り落とした首に近付いて拾い上げた。すると、首は首だけで顎をガチンガチンと鳴らしてその手に噛み付こうとした。生命力というべきか、不死力というべきか。
首をくるくると回してよく観察すると肌や眼球の乾燥具合から恐らくゾンビになって数時間しか経っていないことがわかった。
「これ、さっきゾンビになったばっかりみたいだね」
声を掛けて階上から首を投げ落とし、それをゴードンがキャッチした。
「みたいだね」
ゴードンが頷く。
となると、ここの住人か、そうでないかは分からないが、彼らがゾンビと化したのは運び屋一同がここにたどり着く前ということになる。だとすれば、このゾンビ騒ぎは依頼とは関係がない?
単なる不運?いや、そう断じるのは早きに過ぎる。
「どうせ外は生きた死体の山だ。少しこの屋敷を探検してみようか」
屋敷は思いの外広かった。
通路が果てが見えないほどに続きフカフカのカーペットが脚を取り幾分かの体力を浪費する。
「流石に長すぎない?」
アーシェが疲れ果てた声を上げた。猫の亜人である彼女は瞬発力に優れる反面体力には自信がない。
「少しおかしいとは思うけどね」
「まるで通路が延びているような感覚がある」
確かにおかしいと言うゴードンにエディが頷いた。
「気のせいかもしれないんすけど……」
ゲッコーが嫌そうな顔で続けた。
「足元が動いているっていうか、ドクッ、ドクッ、みたいな感じがあるんすけど」
「……脈動している?」
首をかしげるゴードン。ゴードンもエディもアーシェすらもそこまでの感覚は覚えていなかった。だが、単純に気味の悪さを感じていた。
「そう言えば、最近流行ってる娯楽小説って知ってるかい?研究書や詩歌とは違う読み物なんだけどね」
何かを思い付いたのか一転朗らかにゴードンが言った。
「あ!知ってるっす!カリオスの兄貴がよく読んでるっすよ」
「へえ、カリオスさんはおしゃれな人のようだね。それで、その娯楽小説の一つにお化け屋敷の話があってね、どんな内容かというと、二人の冒険者が夜中の森で歩いているんだが、獲物が一つも取れず途方にくれているんだよ。腹も空いてきたころ、ふと顔をあげると一つの屋敷が目の前にある。屋敷には山猫亭という看板が出ていて、どうやら料理店らしい」
「もしかして、あんたがしてるの怖い話じゃないだろうね?」
気分よくゴードンが話していたところにエディが口を挟んだ。
「あれだよ?この先も続けようとしたら私、怒るかもしれないからな?」
「あっはっは、じゃあ仕方ないね。あ、扉があった。入ってみようか」
長く続く通路の壁にふと見ると扉が一つ付いていた。
断る理由もない。皆の承諾を得てゴードンが扉を開いた。
扉の奥には深い闇と螺旋階段。そして、人影がゆっくりと消えていくのが見えた。
「見えたかい?今のはゾンビかな」
「そうっすね。多分ゾンビに見えましたけど」
「入ってみようか?」
「まあ、ここまで来たわけっすからね」
「そうだね。異存はない?」
なし、と声が揃った。
ゴードンを先頭にして螺旋階段を降りていく。窓はないが魔石灯の青い光がうっすらと階段を照らしている。
先に見えたゾンビの姿は見えない。
「っていうかまた長いんだけどー」
アーシェの呟きが反響した。
「もうすぐみたいっすよ」
反響から推測したゲッコーが答えた。彼の兎耳はよく音を聞き分けて反響測位もすることができた。
その言葉通り、すぐに視界は開けた。螺旋階段の壁がなくなり、高い位置から階下の広間を見渡せた。
ゾンビが列を成して広間の奥に向かっていた。半ば腐った手足をぶら下げてゆらゆらと揺れながら歩く死者の列。20や30じゃきかない数。こんなにもゾンビが屋敷の中にいたとは思えないほどだった。
「悪い夢でも見てる気分じゃないか」
エディの感想に頷く。
しかし、ゴードンは悪い予感を覚えながらも好奇心に任せて広間の奥に何があるのかを確認することにした。
ゾンビの列が広間の奥の真っ赤な扉に吸い込まれていくのを見届けた後、音をたてないようにそろりと広間に降り立って、扉の取っ手に手を掛けた。
奥から家鳴りのような異音が何度も聞こえてくることに気付いた。
そして、扉はほとんど力を込めていないにも関わらず簡単に開いた。奥を覗き込む。
「うわあ、なんだこりゃ……」
ゴードンが見た光景を見えたままに表現すると、家がゾンビを喰っている、だった。
奥の部屋の向かいの壁はやけに粗末で割れた木材が鋭く並んだ歯のように並び、更に生きているかのようにガシガシと木材を噛み合わせている。ゴードンが見たのはその木材の間にゾンビの最後の一人が入り込み、頭蓋骨や胴体等を押し潰し磨り潰されていく様だった。
「なんだこりゃ……」
ゴードンはもう一度呟いた。
魔物?魔物なのだろうか?
「私、聞いたことがあるよ」
エディだった。いつになく慎重な声色。
「ダンジョンワームっていうダンジョンを作る魔物がいるらしいって。小さな芋虫みたいな魔物なんだけど、ダンジョンに落ちている死体やゴミを食べて壁を修復したり、広げたりするらしい。なあ、分かるでしょ。ここの雰囲気ってダンジョンの下層と似てる」
屋敷の中であるにも関わらず、そこはダンジョンだった。
「多分、あの壁がその芋虫みたいな魔物なんだろうけど、きっと異常進化したんじゃないか」
「うーん。じゃあ、ここはもう放っておいた方がいいかな」
好奇心は猫をも殺す。ゴードンのモットーである。
「放っておけるならそうするんだけどねぇ」
エディの視線がゾンビを食らった壁に釘付けになっていた。ゴードンらがその視線の先を辿る。
引き裂かれたような壁面の間に揺蕩う暗闇の中心に巨大な二つの目が縦に並んでいた。
アーシェが驚いて「にゃん!」と妙な悲鳴を上げたのに反応したのか、壁が更に大きく裂けて部屋を飲み込むほどに巨大になり、四人の眼前に漆黒が広がる。
ゴードンは仰天したが四人の中で最も早く的確な叫びもとい命令を出した。
「……逃げろ!」
脱兎のごとく四人は駆け出した。
背後で広がった裂け目は瞬く間に部屋を飲み込むと扉から噴き出すように広間も侵食していった。
「これほんとにダンジョンワーム!?」
「知らない!」
叫んだエディの声が少し震えている。
「このままじゃ追い付かれるっすよ!」
螺旋階段を必死で登りまくる四人。降りる際には長く感じた階段も駆け上がれば瞬く間であり、上の扉を転がるようにして抜け出た。
後は、果てしない通路を駆け抜けるだけ……だが、戦闘達者なエディと走りには自信のあるゲッコーの二人は何とかなりそうだったが、ゴードンは少し遅れており、アーシェもじきに体力が尽きそうな気配があった。
逃げると見捨てることになる。エディはすでに振り返りナイフを引き抜いていた。ゲッコーもやむなく立ち止まりカンカンと鉄芯入りの靴で踵を打ち合わせた。
戦うならばこのタイミングしかなかった。
「すまない、戦います!」
追い付いたゴードンが戦闘の指示を出した。問題は――――どうやって闇と戦うんだ?
ゲッコーもアーシェもエディすらも分からずに待ち受けるのみだったが、ゴードンは瞬時の判断で跳び上がり天井から吊り下げられた魔石灯に手を伸ばした。
光を放つ魔石を剥ぎ取って直接握り締めた。魔石灯は元来使用者の込めた魔力を断続的に消費して経済的に発光するものであるが、直接魔力を送り込むことにより発光触媒として閃光魔法に使うこともできる。
だから、
「光よ!目を焼く稲妻、爆発する呼吸、星を渡る光子の軌跡!ええい!この、光れ輝け魔物の石よ、生前の灯火により煌々と照らせ!ルーナ・エクスプロア!」
うろ覚えの呪文だが!
魔石はオーダーの通り強烈な光を発して襲い来る暗闇を照らし上げた。
だが、闇は光に照らされてなお黒光りする甲皮で暗黒を保った。
「見たかい!?」
「眩しくって分かんなかった!」
「もう!闇の中に黒い殻が見えたから、きちんと実体はあるってことさ!」
「つまりどういことなの!?」
「つまり、あれは殴れる!」
「なるほど!ゴードンあったまいい!」
「ダメだ、待ちな――――」
反転したアーシェはゴードンが制止する間もなく闇の中に飛び掛かる。指先から伸びた鋭利な爪が圧縮空気の触媒と反応してカマイタチを生じさせる。
「とりあえず、エア・スラッシュ!……あうっ」
闇に向けて適当に放たれたカマイタチは案の定空を切り、無防備になったアーシェは闇の中から現れた巨大な鞭のようなもので叩き落とされた。
「痛ったぁ、無理じゃん!全然見えないじゃん!」
床を転がったアーシェが文句を言う。
眼前で広がる闇はゴードンらの前で停止して、こちらを窺うかのようにゆっくりと波打っていた。それは闇と言うよりは黒い霧のようにも見える。実体を感じさせるほどに濃い霧だ。
埒が明かないのでアーシェに次いでエディがナイフを投げてみた。闇の奥で何かに当たったのかキン、という甲高い音が響く。
「ダメだね。さっきみたいな強烈な光がないと的が見えない。魔石灯の灯りくらいじゃ焼け石に水だ」とエディが嘆いた。
ジリジリと闇がにじり寄ってくる。
「ふう、こいつはやりたくなかったんだけどね」
「何するつもり?」
額に汗をかくゴードンにエディが尋ねた。
「割りと死ぬかもしれないけどごめんね!」
ゴードンが取り出したのは一つの魔石である。黒虹石とも呼ばれるそれは燃える水を吐き出すファイアゴゥレムのものであり、触媒として使用することでガソリンを精製することができる。
「この家、燃やしちまおう!」
即断即決。珍しく口角を吊り上げて狂暴な笑みを見せたゴードンは慌てるアーシェ達を尻目に黒虹石に魔力を叩き込みそれを数メートル先の地面に叩き付けた。鼻を刺激する臭いが弾け、その中に床板の一部を投げ込むと独りでに火が着き、猛烈な勢いで床から壁に火炎が這い上がっていく。
その中から真っ赤な明かりに照らされて漆黒の甲殻を背負い異様に長い足をした五股のムカデのような魔虫が姿を現した。
天井に頭を着かんばかりに伸び上がった姿は巣を焼かれたことに対する深い怒りを表現しているようだった。
二頭三尾のグロテスクなその姿にゴードンはわずかにたじろいだものの、すぐに「今だ!」と叫んだ。
応じたのはアーシェとエディ。今度は見える。的は外さないし、攻撃もかわせる。
二人は高熱の火の中を加速しながら走り抜ける。頭上からは異様に長い数百本の脚が狂ったような襲い来て床板を穴だらけの木片に変えていくのをすら、いとも簡単に潜り抜けて瞬時にムカデの腹の下に潜り込んだ。確かにムカデの背は堅かったが、腹はどうか。クロスを描くように飛び上がりながら風を纏うアーシェの爪。鋭くきらめくエディのナイフ。二つの刃がムカデの二つの頭を斬り飛ばした。
「ナイスだ!火が回る前に早く逃げよう!」
頭部を失ったムカデが力無くゆっくりと地面に体を打ち付けるのを背後に四人が駆け出す。
しかし、何かが妙だった。
一向に背後に置いてきたはずの火炎の熱、光が遠退かない。
振り向いた。闇と火炎が不可思議なことに渾然一体となって追ってきていた。黒と赤が交互にぐるぐると回りながら。よく見るとその中に頭部を失った無頭三尾のムカデが走っていた。なくなった頭部からは代わりに闇が吹き出していた。
疲労困憊のアーシェは今にも追い付かれそうになっていた。
「むう……エディ、ゲッコー君の荷物を持て!」
「わかった」
「ゲッコー君、アーシェを背負って走ってくれ」
「了解っす!」
「僕は少し時間を稼ぐ、ちょっと勿体ないけどね……」
ゴードンは腰の両側から二つの触媒を取り出した。一つはキラーアントから分泌される毒とサハギンが時折用いる毒の混合物、もう一方がオークの特に脂肪の多い肝臓である。
その二つの間で魔力を循環させ、大量の魔力を振り絞ると二つの触媒は一瞬にして無色透明の水球と化す。ゴードンはこれを風魔法で守りながら撃ち出すと同時に地面に伏せた。
風に覆われた水球が暴走するムカデに衝突し大きな衝撃が水球の表面に浸透した。――――瞬間に爆雷。
それは現代で言えばニトログリセリンに近い性質を持つものだった。瞬時に反応を起こして体積を莫大に広げ、邪魔するものを吹き飛ばした。すなわち、ムカデの全身を粉々に吹き飛ばし、その余波で火すらも吹き消したのである。
「……やった!」
爆風に煽られて転がった挙げ句に立ち上がったゴードンが雄叫びをあげた。
しかし。
吹き飛んだ床板のその下からまた闇が溢れてきた。溢れて、次には間欠泉のように天井高く噴き上がる。
「嘘だろう……」
唖然とするゴードン。見下ろしてきたのは二体目のムカデだった。傲然と見せつけるかのようにその頭部に闇を纏っていなかった。
「きゃあああ」
次に聞こえたのは後ろから聞こえるアーシェの悲鳴。振り向くと、ついに見えた玄関ホールの真ん中、アーシェ達の目の前に砕けた床と三体目のムカデが立ち塞がっていた。
あはは、八方塞がり。もう笑うしかねぇとゴードンは口許に笑みを浮かべた。だが、口から出てきたのは逆に「戻れ!」というオーダーで、手はすぐに次の触媒を探していた。
火種は尽きた。爆薬もない。凍らせようとも目標が視認できなければ無茶だ。もう一か八か突っ込んで適当に剣を振り回すか?
三人が雨のように振り下ろされるムカデの脚を回避しながら戻ってきた。
「前門のムカデ、後門のムカデ。さあ、どうすんの?」
エディが尋ねる。そう言われてもゴードンは答えを持ち合わせていなかった。だから、こう答えた。
「とりあえず、祈ってみようか?」
「誰に?」
「どうせなら、うんと悪い神かな。文句言っても当然の奴じゃないと罪悪感が酷くてさ」
その機会が例えなかったとしても反撃の機会を待つ。すると、天井からか木材がひしゃげる音がした。
そして、突然ゲッコーの眼前が爆発。驚く一同が目を丸くして注視する中天井に空いた大きな穴からゆっくりと月明かりが差し込み、爆心地に真っ黒い球体が落ちているのが目に入った。
その物体をゲッコーは知っていた。だから、呼んだ。
「――――ケントさん!?」
声に応じたのか球体は螺旋状に紐解け、内部から左目を赤く光らせた男が立ち上がる。そして、首をコキコキと鳴らして言った。
「どうやら、危機のようじゃないか?」
「まさにその通りっす!」
「任せておけ」
そう言うと、ケントは左手から伸びた球体の繊維を飛ばすと瞬時にムカデを絡め取り、闇の中から引きずり出した。ケントの全眼に掛かれば火炎程度で対抗できる闇など昼間と変わらない。ズザザァ、と床に引き摺って近寄せると今度はケントの右手が馬鹿みたいに巨大な鉈に変化して、まな板の上で鯛の頭を落とすが如くムカデをたちまちの内にぶつ切りにしてしまった。
闇が腐蝕させる等の化学的な性質を持たないと判断したケントはすぐさま振り返りもう一体のムカデに向かって突き進んだ。いつの間にやら左腕から垂れ流していた繊維は無くなっており、代わりに太刀が一本握られている。見るからにナマクラに見える太刀であったが妙に頑丈そうにも見える。
ケントは闇を気にせずに飛び込まれて驚いたらしいムカデの懐に飛び込むと、瞬時にナマクラを閃かせた。
ゴシャア!それは到底刃が響かせる音ではない。切断できない甲殻を無理やり叩き、甲殻の下の肉を潰した音だった。
たまらず退いたムカデだったが、ケントに容赦という言葉はない。一度始めれば殺すか殺し尽くすかのどちらかだけである。
退いたムカデと同じ速度で追い、振り下ろした太刀を斬り上げてムカデの腹から斬り飛ばす。ダンジョンワームに発声器官があるのかどうかは知らないが、それは口から「キシャアアアア」という音を漏らして火事で燃え上がる屋敷の中に必死で逃げようとする。
だが、逃がさない。神胚の再生力を持ってすれば火炎など意に介する理由がない。故に逃げて後ろを見せるならば、尾から頭まで切り落とすだけだった。
事が済んで戻ってきたケントの姿に呆れ返ったエディが言った。
「ゴードン……アレが神ならこの世は地獄ね」
「……助かったんだから文句言っちゃあダメだよ。そもそもあれは僕たちが森の中で拾い上げたも同然なんだからね。はあ、それでケント君はどうしてここに?」
太刀から緑色の液体を拭ったケントが答えた。
「ああ、そうだった。見えたらすでに危なそうな状況だったからな……。ゲッコー、ダンジョンに行くからサポートを頼むぞ。すぐに行くからな」
「ダンジョンっすか?まあいいっすけど、どこまでっすか?」
「深層」
「うへええええ!!」
次回からダンジョン行の予定です。




