ディモン博士の行方
Deus ex Machina!
「ディモン博士が見つかったってのは本当か?」
ブラフマンが尋ねた。
「見つかったとは申し上げてませんぜ。ただ見つかるとは言った」
「ってことは、今から俺たちの前にディモンを引きずり出してくれるってぇのかい?」
「引きずり出す。ええ、まあおおよそその通りですな」
そこで、カリオスは手をパンと叩いて皆の注目を集めた。
「さて、本件には二つ重要な謎があった。ディモン博士の行方と、蒸結晶の行方であります。この二つの謎を同時に解決しようとすると、ディモン博士が蒸結晶を持って逃げた、と推理できます」
「ははは、それなら俺も考えたぜ。何せ奴はオズマに帰りたいって言っていたしな」
「それが間違いだった」
「……なんだと?」
「ディモン博士は蒸結晶の作り方を知っているんだからわざわざ持ち出す必要なんてないでござんしょう?二つの謎を一度に解こうとするからいけなかったんです。では、まずディモン博士の行方から考えてみますぜ。
エレベーターには使われた痕跡がなく、この部屋から生きて出ることはできない。ところが、私はガスタンクの奥に抜け穴を発見しましてね」
「抜け穴?そんなものがあったのか」
「直径20cmですが……」
「そんなの入れねぇだろうが!」
吠えるブラフマンを制止して続けた。
「いや、入るんですよ。例えばそう、バラバラにすればね」
「バラバラァ!?」
と悲鳴をあげたのはムナサカだ。
「あんた、なんてことを!」とムナサカはブラフマンに食って掛かったが、すぐに突き飛ばされて尻餅をついた。
「ムナサカは黙ってろ!それで死体はどこにあるってんだよ!ええ?」
「ガスタンク内の蒸気の排出孔を抜けた先、加熱タービンにいらっしゃるはずですぜ。フィルターに引っ掛かってりゃカラカラに乾いてるだろうな」
「だが、バラバラにしたってんなら一体どうやってやったんだよ?ここにゃ刃物はないし、血痕も見つかってねぇんだろ?それじゃあ人はバラバラにできねぇ!」
「そう、そこですよ。ディモン博士がガスタンクの奥に捨てられたと考えるには、バラバラにした方法がよく分からない。ですがそれも、刃物が必要ないと考えれば解決します。ディモン博士をバラバラにするには素手で十分だったんです」
「な、何を言ってやがる!」
声を裏返らせながらブラフマンは続けた。
「人をバラバラにするってのに素手だと!そんな怪力の持ち主はここにはいないぜ!」
「怪力は必要ないんですなぁ。どうしてかって言うと、ディモン博士は落とせば割れる状態にあったんです。分かりますか?凍らせたんですよ。ね、ご存知でしょう?」
「うぐっ」
蒸結晶は常温の結晶体であるが、同時に一瞬にして莫大な体積の気体に相転移する超圧縮された気体である。すなわち――――
「蒸結晶による膨張冷却ですよ。聞きましたよ、蒸結晶は僅か1立方mmの結晶が10立方kmの体積にまで膨張すると。とすれば、その冷却は絶対零度に近いところまで下がります。そして、人体は凍らせれば脆くなります。例えばその辺にあるコンクリート程度で割れてしまうほどに。低温脆性っていうんですがね、ダンジョンの中で冷気を吐くイエティって魔物に遭遇しまして、人間が凍り付くのをこの目でみましたよ。そいつはちょっと小突かれただけでバラバラになっちまいました」
人体はとてつもなく複雑で、だからこそ弱い。金属でさえ零度に至れば脆くなるのに、人間ならばどれほど脆くなるのだろうか。
「だから、蒸結晶があるこの部屋ならばディモン博士をバラバラにするくらいはわけないんですぜ」
「だ、だが、誰がそんなことをするんだ!」
「もちろん、あなたですよ、Mr.ブラフマン。証拠はあなたの皮膚にあります」
ブラフマンは赤ら顔を青ざめた。
「俺が犯人だと!失礼なことを!」
「あなた、随分と顔が赤い。手袋を取っていただけますかい?そいつはもしかして霜焼けの痕じゃあありませんか?」
「何を……!」
「さあ、手袋を取ってください。自分でやらないんってんなら、仕方がねぇ。アーリーさん、出番ですぜ」
「私?」
アーリーが困り眉を披露して、アスタルを見た。アスタルが頷くのを見てアーリーはため息をついてブラフマンの首根っこを掴み「やめろ!」と騒ぐのを制止しながら手袋を奪った。
「くそぉ!手を離さんか、警備員ごときが私を誰だと思っておる!」
ブラフマンの手はものの見事に赤紫色に腫れていた。
「さあ、Mr.ブラフマン。そいつはなんですかい?」
「こ、これはだな……じ、実験でだな!」
「まあ、いくら釈明してくれも構わんが、それを信じるか信じないかは俺の仕事じゃねぇんでね」
ブラフマンはアーリーに手錠を掛けられて部屋の隅に放り捨てられた。
「では、Mr.ブラフマンが蒸結晶を奪ったということですか、カリオスさん」
アスタルが難しい顔で言った。
「だが、ブラフマンには蒸結晶を奪う理由がない。むしろ、研究所に残して研究成果の一つにする方がいいはずですが」
「その通りなんです。Mr.ブラフマンにはディモン博士を殺す理由はあっても蒸結晶を奪う理由がない。そして、蒸結晶を持ち出す方法もない」
「どういうことですか?」
「簡単な話です。蒸結晶を盗んだのはMr.ブラフマンではない」
「なんですって!」
「そう、その犯人はあなただ」
ビシッとカリオスはムナサカを指差した。
「へ?なんでしょう?」
ムナサカは太った腹を揺らしながらとぼけた顔を見せた。
「蒸結晶ってのは、聞いた話じゃポケットに入れるには大きすぎるそうじゃねぇですか。直径30cm程ですって?その上、馬鹿みたいに重いときた。そんなもの、どこに隠せますかぁ?」
「隠すところ?そんなものありませんが」
「そこだよ」
カリオスはまたも真っ直ぐにムナサカを指差した。
ムナサカは後ろを振り向いて背後に何もないことを確認して首をかしげてみせた。
「ははは、カリオスさん、あなたは何を言ってるんだね?どこにも隠すところなんて」
「白々しい――――」
瞬く間にムナサカに近付いたカリオスはいつの間にか取り出していたナイフでもってムナサカの腹部に刃を突き立て、次の瞬間に上方に引き裂いた。
「――――ぜ!」
「な、なんですと!??」
驚愕に目を見開く一同の注目の中、切り裂かれたムナサカの服から垣間見えたのは血飛沫ではなく、ネジと鉄片だった。
「あんたの腹の中は、真っ黒ってぇよりは鉄灰色だねぇ、サイボーグ野郎!おおよそ、オーガン社にでも雇われたんでござんしょう?」
「くっ、バレたのなら仕方がありません!押し通らせていただきましょうか」
そう叫ぶとムナサカはエレベーターに向かって振り返ると脇目も振らずに走り出した。
「おっと、探偵が犯人を逃がすわきゃねぇでしょ!」
瞬時に反応したカリオスは刃先に重心が片寄った専用の投げナイフを振りかぶり、ムナサカの脚目掛けて投擲した。
「はは、そんなものが効きますか!」チラッと後ろを見たムナサカが言い返した。
事実、ムナサカの脚に当たったナイフはそのまま金属の擦り合う不快な音を立てて床に落ちた。蒸結晶を運ぶ為に脚まで金属に改造していたらしい。
が、そんなことはお見通しだ。
「よく見てみなせぇ」
「ん?」
カリオスの投げナイフには常に爆発性の触媒を付けてある。そもそも魔物相手では投げナイフ程度では牽制にもならないからだ。
「なっ」とムナサカが呻いたところで爆発。もっとも、煙が晴れたところでムナサカは無傷で立っていた。しかし、立ち止まっただけで十分。カリオスは一陣の風のように素早く動いてムナサカの背後に回って背中を蹴り飛ばした。
そして、這いつくばるムナサカに言った。
「これでも冒険者をやっておりましてね。ビジネスマンにゃ負けねぇぜ」
「ふふふ、どうやらそのようですね。だが!」突如、ムナサカがスーツを破き上半身を露出させた。
「ビジネスマンと同じにしてもらっては困る!」
ムナサカの肥満に見えた腹部が縦に開き、更に横に四つに別れ、背骨を残して八つの副腕を生やした蜘蛛のような異形の姿になった。
「な、クリティカルブレイクだとぉ!?」
それは大量の魔力を背景にした禁忌の人体改造である。ただのビジネスマンが持ち合わせられるような魔力では、なることができないはずであった。
「そうです。生半可な冒険者なんてお呼びじゃあないんですよ!!」
ムナサカの口がカパッと開いたかと思うと、その中から放射口が現れて火を噴き出した。
咄嗟に後ろに下がってやり過ごし、もう一度近付こうとするとムナサカは副腕を振り回し両腕からも鉤爪を生やして対応した。
カリオスの武器が生身の肉体とナイフであるのに対し、ムナサカは今や全身凶器。
「こいつは困りましたな……」
待ち構えるように小刻みに揺れる副腕を見てカリオスも近付くのを躊躇せざるを得なかった。
「くくく、アディオスですな、カリオス殿」
「くそ、まだ蒸結晶の場所を聞き出してねぇってのに!」
ムナサカは八つの副腕を天井に突き刺して器用に動きながらエレベーターに向かった。
その時――――チーン――――エレベーターが開いた。
「ほう、よいタイミングで……」とムナサカが笑った瞬間、肩口から股下までを鋭い切っ先が通り抜けた。
「あへっ?」
ムナサカは両脇に分断されて天井から床に墜落した。
撒き散らされた内臓と部品を踏みしめて、エレベーターの奥からそれが言った。
「ずいぶん探しましたよ、カリオス」
「あんたぁ……」
カリオスが息を呑んで言った。
「……ケントじゃねぇですかい!こんなところで何をしてるんです!?」
そこにいたのは右手に刀を携えたケントだった。
「あなたを探しに来たんですよ。タロス社にも伝がありましてここに入れてもらったんですが……これ、上から戦っているのが見えたので斬ったのですが、問題ありましたか?」
ケントがムナサカの首を持ち上げた。苦しげな呼吸音が漏れていた。さすが、ヴァリアントの生命力は尋常ではない。
「あー、どうですかねぇ。コイツにゃ聞きたいことがあったんですが」
息も絶え絶えなムナサカを見下ろす。断面から肺が片方だけぶら下がっていて、絶命するのは間近と思えた。
「この様子じゃ難しそうですな」
「そうか……。すまないことをした」
ケントは一つ思案気な顔を見せると「少し借りるぞ」と言ってムナサカの顔面を両手で挟み込んで視線を合わせた。
「まだ生きているようだな。辛いだろう?楽にしてあげてもいいんだがカリオスの欲しい情報と交換しませんか?」
ムナサカは、果たして丸々とした頭に備わった口を開いた。
「くはは、あなた、頭がおかしいようだ。苦痛を感じる回路は自動的に切れましたが、今から死ぬ私がどうして情報を与えてやらなくちゃならんのです?」
「そうでしたか。では、あなたに家族はいますか?情報を教えていただけないのであれば、あなたの家族を見つけ出して殺します。これでどうです?」
「ふ、ふふふ。それは私が、皆が思う人物であればこそ可能な脅しですな。さて、私は誰でしょうな」
奇妙な台詞だった。ケントは目の前の生首の両断された胴体を見た。腕時計をしている。銀色のビジネスシーンでも違和感がない高級品のようだった。つまり、それなりの地位があると思えるものだった。その様な人物が自らを誰でしょうな、だと。
「ほう。参ったな。カリオス、聞きましたか?」
「おう、赤目の旦那」
カリオスは首を振った。
「俺はムナサカって野郎だと思ってたんだが、違うんですかねぇ。なあ、ムナサカさん」
「ムナサカは私ですよ、そしてもうすぐいなくなる。でも、安心してください。蒸結晶はじきに見つかるでしょう。さようなら」
ムナサカは目を瞑った。そして、二度と目を開くことはなかった。
カリオスはそれを見届けてからケントに尋ねた。
「まあ、仕方ありませんわな。それで、こんな地の底まで何の用ですかい?」
「頼みがあって。ここより少し深い地の奥底まで来てくれませんか?」
つまりはダンジョンのことだ。
「社長の頼みかい?」
「私自身の頼みでもある」
カリオスはにやっと笑った。
「そんなら頼まれねぇわけにはいかんでしょう」
Deus ex Nemesis




