カリオス探偵と蒸結晶
ほぼサイドストーリー
スチム社の研究施設の一角、ヴェルギア大陸の技術基盤である蒸気機関に革命をもたらす新技術が一人の男の手によって完成されつつあった。男の名前はディモン。悪魔の異名を持つ天才科学者で研究都市オズマから派遣された研究員であった。
「ククク、常温で相転移安定、自然蒸発認められず、魔力反応性結構結構、密度倍率は嗚呼凄まじいではないかっ!」
ディモンは小躍りしそうなほどに喜んでいた。いや、実際に蒸結晶を内包する金属球から手を離し強化外骨格の関節から蒸気を噴き出しながら小躍りを始めた。
超圧縮された蒸気の塊である蒸結晶は見た目に反してとてつもない重量を持ち、人間の腕力では持ち上げられないので強化外骨格を使う必要がある。
「これならば我がギアに補助動力として載せるのもあり……あっ」
そして、そんな重量を持つ蒸結晶を突然手放せば莫大なポテンシャルエナジーがベクトル変換されることは必定。あろうことか、フラスコ類を粉砕して研究机の土台にまでめり込んだ。
「あー、またやってしま……おや?誰かそこに――――」
金属球に付けた小窓から蒸結晶がアスベストのような綿毛を巻き上げてキラキラと光を反射させるのが見えた。
「ああ、しまった……」
その後、スチム社の蒸結晶研究室はあえなく爆発した。
埃を抑えるため白く塗り固められた通路を足音一つ立てずに男が歩いてくる。カリオスはそんな歩き方をする男だった。
「ひでぇなぁ。これいくらすんのよ?」
彼はスチム社研究施設の地下にエレベーターで案内され、瓦礫の散乱した蒸結晶研究室に踏み入った。そして、そこにあった半径2m程のガスタンクのようなものを指差して言った。ガスタンクは大破しており、ガワだけが半分ほど残っているような無残な有り様だった。
カリオスの質問にディモンの助手を務めていた壮年の男、アスタルが答えた。
「4000万エリスといったところですな。蒸気の圧縮機械ですから値段が掛かるのも仕方のないものでした」
蒸結晶は魔法的な処置により多次元構造化するものであるが、その前段階として、立法結晶構造を要するために莫大な圧力を特殊な液体に加える必要がある。
「が、こうなっては使えませんなぁ」
実に残念です、と研究助手アスタルはため息をついた。
「で、何で俺っちが呼ばれたんですかい?」
南区のバーで依頼を受けた時には内容は伏せられていた。スチム社という共和国の内政にまで関与しうる大企業の内部事情に関連するためか、依頼者は結構な秘密主義者のようだ。
「はい。カリオスさんは物探しの達人であり謎の解明においても右に出る者はいないとお聞きしております」
「いやぁ、そんなに褒められちゃったら困るねぇ」
「つきましては、研究主任ディモンの行方と研究室が爆発した謎を解明していただきたく思いましてお呼びした次第です」
「天下のスチム社からのご依頼たあ、光栄ってもんだわな。任せてくだせぇ。秘密期間は如何程で?」
カリオスの探偵業は情報屋の一環として行っているものだ。
探偵業で得た情報は依頼者に購入して貰うのが前提で、購入された情報について口止めするのにも金を取る二重の料金制を採っていた。ついでに秘密の漏洩を防ぐ工作を重ねる場合には三重の料金制になる。
「蒸結晶はじきに完成する技術ですから、そんなに長くは要しません。三年でお願いします」
「了解でさあ。秘密料については後日のご相談で頼んでますんで、いいですかい?」
「分かりました」
「じゃあ、早速始めましょうか!」
カリオスは破壊された研究室を見渡して、まずはガスタンクの様子を見た。
ガワの断面が溶けている。高熱に晒されたような跡だったが、内側から融けたものか外側から融けたものかは一見して判断が難しい。
カリオスは次に壊れたガスタンクに吹き飛ばされた研究机の残骸に向かった。
研究机はほとんど壊れていたが、幾つかの破片から小さなクレーターのような窪みがあることを発見した。
「大体30cm程の球形の比重の高い物質……ご存じですかい?」
「蒸結晶を収めていた封印鉄球ですなぁ」
「なるほど。素直に考えればディモン氏はここでその封印鉄球を机に落としてしまい、ヒビが入って爆発した、ということじゃあねぇですかい?」
「おやおや、嘆かわしいですなぁ」
「ところが、その封印鉄球とやらは落ちた程度でヒビが入るようなもんじゃねぇ」
「その通りですな」
「とすりゃ、誰かが蒸気を発散させたわけだ。封印鉄球から蒸気を取り出す方法は?」
「加圧鉄球のハンドルを緩めて専用触媒から魔力を通せば蒸結晶の相転移が始まります。つまり、蒸気が吹き出します」
「じゃあ、それが起こったんでしょうな。ただ、素直に考えるとディモン博士がうっかり鉄球を取り落とし、ハンドルを回して蒸気を発散させたことになる。そんで、ディモン博士も蒸結晶も跡形もなく爆発した」
「ほほう、名推理ですな」
アスタルは人懐っこい笑みを浮かべた。対してカリオスも愛想笑いをして続けた。
「なんてことはねぇんだろ?だからあんたは俺を物探しの達人だなんて呼んだわけだ」
ニヤリと笑うアスタル。
「ご名答ですな」
「そりゃそうだ。事故でハンドルを回すなんて不自然なことそうねぇよ」
「私としては研究主任は殺されたものと考えております。そして、蒸結晶も持ち去られてしまったと」
「どうしてそのように?」
「政治的な話ですな」
つまり、立ち入った話は聞くな、ということだ。まあ、情報屋には聞くなと言っても無駄な話だが。
「……死体は見つかったんですかい?」
「いえ、それが痕跡一つなく」
それならばむしろディモン博士が蒸結晶を盗んで逃げたと考えた方がいいんじゃないのかねぇ?
と、カリオスは考えたが一先ず依頼人の予想を尊重しておくことにした。こういうちょいと品位のお高めな方々は自分の予測を肯定されるのが大好きだからな。
「へい。強盗殺人を考慮すべきということですか。そして、蒸結晶の行方はその犯人が知っている、と。この調子ならもう容疑者はそれなりに特定しているんでございましょう?」
研究机の前には壊れた強化外骨格だけが残っている。強化外骨格は隙間だらけで全身を覆う形ではなかったようだ。特に頭部は剥き出しなので、不意を突けば簡単に殺害できる。
「蒸結晶研究室のあるこの地階に入るにはエレベーターを使うルートしかないんですが、エレベーターをこの地階に止めるには魔石に記録を残す必要がありますから、容疑者の特定は4人にまで絞り込めてあります」
アスタルは懐からメモを取り出してカリオスに見せた。そこには、アスタル、ブラフマン、アーリー、ムナサカの4人の名前が書いてあった。
「では、あなたを含めこの4人からお話を聞きたいところですな」
「ええ、そう仰るでしょうとも。すでに呼んでおります。皆様お入りになってください」
アスタルがそう言うと、四人が続々と瓦礫だらけの研究室に入ってきた。他に部屋は取ってないのだろうか?
「ここでやるんすか?」
「できればこの階で済ませておきたいのです。爆発で随分と目立ちましたが、蒸結晶の存在はまだ機密事項ですからな」
「へえ。なら仕方ありませんな」
カリオスは口をへの時に曲げて、まずはブラフマンに話し掛けた。ブラフマンは背の低い痩せた男で小猿のような赤ら顔をしていた。刻まれたシワは腐り果てた根性が顔面に染み付いたもので、一見年老いて見えるが実年齢は30代後半だそうだ。
「どうもどうも。ブラフマンさんでございますね?」
「ええ、私がブラフマンです」
声も小猿のような耳障りなものかと思いきや、低い聞き取りやすい声だった。
「この研究室にはどのような用事で?」
ブラフマンは「ふん。なぜ俺が見知らぬ外部の者に……」と文句を言いながら答えた。
「俺はここの工場長を任されておってな。俺も自分の研究があるのだが、この研究施設の全てはこの俺の管理下にあり、俺はこのような地階の研究室にも赴いて管理する義務があるのだよ。それで仕方がなく週に一度はここに顔を出して口頭で報告を受けておるのだ。昨日が丁度その日だっただけで、俺は何もこの事件とは関係がない。そもそも、俺は大変に迷惑しておるのだ。蒸結晶を奪う理由がないからな」
「なるほど。えー、次はムナサカさんにお伺いしましょうか」
次にカリオスは腹が異様に太った小男に向き直った。ブラフマンが小猿ならば、この男、ムナサカは小豚だろうか。もっともそのわりには人工的に見えるほどのやたらと精悍な顔をしていた。少し口髭を生やし、二重の目はぱっちり開き、彫りは深く、鼻が高い高い。
「ほほほう、儂の番ですな。儂はムナサカと申しましてな、本部で渉外課の係長をしております。例えば、研究都市のオズマと連絡等を取っております。すなわち!ディモン博士を呼び入れたのが儂ですな」
「呼び入れた?侵入された、の間違いだろうが。オズマに文句言える会社なんてないんだからな」
吐き捨てるように横やりを入れたのはブラフマンだった。
「へえ。と、言いますと?」
もちろん、カリオスはスチム社とオズマの関係は情報としてよく知っていた。知りたいのはそれと本件との関係だ。
「蒸結晶の研究はそもそも研究都市オズマで進められていたものなのだ。それがスチム社で研究され始めたのはその研究が余りにも費用を嵩むから、オズマから押し付けられたんだよ。そこの男が、断りきれずにな」
「ははあ、そうなるとムナサカさんはディモン博士を押し付けられたという立場になるわけですな」
「そうだ。ムナサカはディモンを押し付けられて人事考課に大きな影響を受けたはずだ。そして、ディモンがいる限りムナサカの成績は下がり続けるわけだ」
ブラフマンはしたり顔で言った。
「いえいえいえいえ、それは!貴方でしょう?Mr.ブラフマン!」
「落ち着いて、落ち着いてムナサカさん。さあ、お話ください」
「ディモンがいて困るのは彼の方なんですよ!」
カリオスは首を傾けた。
「ディモンの研究が費用を嵩むというのはその通りです。そして、その費用はディモンが見積もりをだし、この研究施設に割り当てられた予算から支出されます。すなわち、ディモンが本施設の予算割り当てに介入するのです。よって!」
ムナサカはブラフマンを指差した。
「Mr.ブラフマンはディモンから一方的に予算を奪われる関係にあり、動機があります!」
「貴様、言うに事欠いて!」
「本当の話だ!」
「ちょっとちょっと、落ち着いて落ち着いて!お二人とも落ち着いてくださいよ。えー、ムナサカさんにはまだ聞いていないことがあります。あなたはどうして研究室に?」
ムナサカは荒げた息を整えて話した。
「おっと、それを言い忘れておったね。儂は週に一度ディモン博士の報告書を貰いに行っているのですよ。だから、研究室に向かったわけです」
「はあ、報告書を?お二人とも?」
「俺は口頭できちんと仕事をしているのか聞いているだけだ」とブラフマン。
「儂はオズマに送る報告書を受け取っていただけです」とムナサカ。
なるほど、よく聞くと意味合いがかなり違う。
ブラフマンは予算の使い道を調べて、ムナサカは研究都市オズマにまで報告を送るのだろう。
「へえ、なるほど。では、アーリーさんにお次をお願いします」
アーリーは警備員帽に警備員服を着ていることからすれば、職務内容は明らかだった。
「はい、当職は蒸結晶研究室及び本階の警備を担当しているアーリーと申します。私からはあまり語るようなことはないのですが、何をお話すればよいでしょうか?」
「まあ、まずは仕事の内容でしょうな。どこでどのように警備していたのか」
「はあ、それでしたら」
と、アーリーは話し始めた。
彼曰く、昨日も蒸結晶研究室前の廊下の突き当りにある警備員室からエレベーターと廊下を監視していたらしい。エレベーターの開閉は彼の手元のスイッチで行われ、内戸の隙間から搭乗者を確認し、上階からの通達と照合してから扉を開ける。扉には魔力を感知する魔導具が設置されており、危険な魔法も持ち込めないようになっている。この確認と扉の開閉が彼の主な業務で、超硬度の扉をうっかり開けてしまわない限りは危険も特にない比較的楽な仕事だった。
「っつうこたあ、あれかい?Mr.ブラフマンとムナサカさんが訪れた時間ってのもきっちり把握できてるわけかい?」
「もちろん、記録してあります」
「見せていただこう」
警備員室に入ると、中の壁は一面娯楽小説を収めた本棚で埋められていた。
「お恥ずかしい。何ぶん、見ているだけの仕事ですから時間が余って仕方がないのですよ」
「道理で本が多い」
最近ちまたで流行り始めた娯楽小説というジャンルは今まであった研究書ばっかりだった書籍市場に革命をもたらし始めている。かく言うカリオスも娯楽小説を愛読しているうちの一人だった。
「こちらです」
手渡された入室記録は手書きで読みづらいところもあったが、警備員に教えてもらいながら読み進めた。
ブラフマンとムナサカは確かに週一回の頻度でこの研究室に来ているようだ。時間はいつもブラフマンが午前で、ムナサカは午後。そして、滞在時間は平均するとブラフマンが15分、ムナサカは5分というところか。
ただ、昨日は少しだけ様子が違ったようだ。ブラフマンは倍の30分滞在している。
「ふーん、怪しいねぇ」
後はアスタルが朝早くに来てすぐに出ていっているくらいか。
研究室に戻り早速ブラフマンに滞在が長引いた理由を聞いてみた。
「確かに昨日は少し長引いたな。なんせ、蒸結晶が間もなく完成するって言うからその使い道を聞いてたんだな」
「なるほど。ちなみにディモン博士の様子はどうでしたか?」
「様子?早くオズマに帰りたいとか愚痴ってたな。他には……ああ、使い道はあんまり言いたくねぇみたいだったな。幾つかは無理やり聞き出したがよ」
「そうですかい」
一応、ムナサカにも同じことを聞いてみた。
「様子ですか。まあ、普通でしたな。儂はただの連絡係に過ぎませんからな」
「そして、ディモン博士が爆発したのはその後、ということですか」
これは妙なことになったな。
とりあえず、全員の証言が正しいとして時系列に従い情報を整理してみる。
①アスタルが朝一番に来て、すぐに帰る。
②昨日午前、ブラフマンが研究室に訪れ30分滞在して帰る。ディモンの様子はオズマに帰りたそうにしていた、と。
③昨日午後、ムナサカが研究室に訪れ5分滞在して帰る。
④研究室が爆発。ディモンが行方不明になり、蒸結晶も消える。
ははーん、なるほどね。
こいつはディモンが蒸結晶を持って逃げたとしか思えねぇな。
となると、研究室のどこから逃げたのかが問題だ。
研究室に一番詳しいのはアスタルだろう。
「アスタルさん、ちょっといいかい?」
「はあ、何でしょう」
カリオスはアスタルに話を聞きながら研究室内を捜索した。
現場検証ってやつだ。
「窓はないし、扉も一つだけですか?」
「そうですな」
アスタルは腕を組みながら頷いた。
「後は天井に通風孔があるくらいですな」
4m程の高い天井を見上げると、確かに格子網の掛かった穴がある。早速警備員室から脚立を持ってきてどこかに通り抜けられるか試してみたが、そもそも網が外れない構造になっていた。どうやらここから抜けたのではないらしい。
更に検証を続けて壊れたガスタンクの中に入ってみた。
「おや、こいつは?」
カリオスはガスタンクの中からアスタルを呼ぶと、アスタルをガスタンクの中に引っ張り込んだ。
「ほら、ここに穴があるでしょ?20cmくれぇの。こりゃなんです?」
「圧縮ガスの排気孔ですな。この機械はガスを圧縮して高温の固体に変えるものですが、圧縮を解凍する機能もありまして、その際には放出されるガスをこの排気孔から流してしまうわけです。確か、再加熱用のパイプに繋がってボイラーに続いているはずですな」
カリオスは穴に腕を突っ込んでみるが到底人間が入る隙間ではない。
「危ないですよ。スイッチが入れば色々吸い込んでしまうかもしれない」
「おや、そんな強力なんですか?」
「10kgくらいなら簡単に吸い込めますな」
「蒸結晶は?」
「ほう。蒸結晶は300kgはありますから到底無理ですな」
「随分と重いようで」
「はい。ディモンは強化外骨格で扱っておりました。なかなか常人では持ち運べないでしょうなあ」
いや、それが無くなったから困ってんでしょうが。
「そのゴーレムスーツってのは誰でも使えるんで?」
「いえ、魔力で登録されておりましてディモン以外には使えませんな」
ゴーレムスーツも使えない、と。しかし、蒸結晶がここから出せないとすれば、そのまま廊下に出たとしか考えられない。
誰がどうやって300kgもある蒸結晶をアーリーにバレずに持ち出せる?
だが、解決への糸口はこの手に掴んでいた。
カリオスはガスタンクの穴に突っ込んだ手を開いた。そこにはほんの少しだけだが赤黒い粉末が着いていた。乾燥した血液だ。
どうやらディモンが殺されたのは確からしい。
ならば、残る謎は①どうやって室内に血痕を残さずに殺したのか、②ディモンの死体をどこにやったのか、③どうやって蒸結晶を持ち出したのか、ということの三つだ。
そして、カリオスにはその見当がすでについていた。
「アスタルさん、皆さんを呼んでくだせぇ」
カリオスがずり落ちてきたバンダナを一度ほどき、結び直した。
「謎をお売りしましょう」
サイドストーリー難しい(>_<)




