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悪鬼異行 異界復讐譚  作者: ジベタリアン
ダンジョン都市ドミニオン
43/56

ミコトハント

ヒーローは遅れて来るもんさ

「――――白兵戦車ニーエ・パンツァー、てめぇを食い潰す」


無悸循環システムを起動させたジョシュアは口元から火炎混じりの紅い吐息を漏らした。


「よく死んでねぇなあ、ケント。ボロボロじゃあねぇか」


熱に溶けた神胚を巧みに動かして距離を取ったケントは眉を寄せながら答えた。


「カハッ……社長が遅いからだ」

「一人で突っ込んで死に急ぐバカがいるからだろ」


ジョシュアはまだ四肢が半ばまでしか生え揃っていないケントを掴んで壁際に放り投げた。うっかり形成したての内臓が撒き散らされそうになる。


「そこでゆっくり見てるんだな」

「ジョシュア殿、あれが」


アダムが憤怒レイジ激昂ヒューリーを構える。その視線の先ではリンメイの顔をしたミコトがジョシュアのドラゴン・ブレスに貫かれた氷剣を復元しながら起き上がるところだった。


「……おい、あれリンメイって子じゃねぇのか?」


ジョシュアがケントを振り返りながら言った。どことなく苛立っている雰囲気がある。


「確認せずに撃ったのか……そうだが中身はミコトとかいうよく知らん敵だ。殺すしかない」

「……そうかい。まあ、なるだけ殺さずにやってみるか」


ケントは「敵」について嘘を吐く人間ではない。ジョシュアはその程度にはケントを信頼していた。


ジョシュアは大段平アルムレヒトを担ぐとその刀身に自らの血を這わせた。魔人と同様、赤熱化する竜の血だ。


「……」


ミコトは無言で表情も変えずに淡々と両手に氷の剣を構えた。


「おいおい、知らねぇのか?氷は熱に弱いんだぜ」

「……」

「無口だな」


まずは様子見。ジョシュアは踏み込んでミコトの剣を狙ってアルムレヒトを振るった。刃同士が当たる。「お?」意外だが予想通りに刃は熱に溶断された。


次の瞬間、黒い水の撒き散らされた床からジョシュアに向けて彼の身の丈ほどの巨大な氷柱が突き出して押し飛ばした。


ジョシュアは巨体に似合わず軽々と宙返りして受け身を取った。その顔には困惑が表れている。


「黒い水か……アダムさんよ、見た目は違うがこいつ、多分例の奴だ」

「地下でセーフルームを壊したという奴か、合点がいった」


消えたと見紛うほどの速度で急加速し踏み込んだアダムがミコトの背後から胴体を袈裟斬りに両断する。続いて一回転しての逆袈裟斬り。


しかし、それは蜃気楼。


空気中の液体をかき集めた鏡像だった。


「消えた?」


アダムは呟くと同時に気配を研ぎ澄ませた。


「そこ!」


振り向いて切り払う。しかし、それもまた蜃気楼だった。


アダムの感覚にも、ジョシュアの赤外線を探知するバイザーにも現れる無数の蜃気楼。そのどれもがまるで本物のように動き、氷の刃を振りかざす。


ミコトの暗い双眸が睨んでいた。


私の怒りが見えるか?私の恐怖が、私の虚無が。

幾100年の永きに渡り数多の肉を吸収し一粒しかないこの命と人格を混合し混雑し混濁した私が見えるか。


無数の蜃気楼は様々に形を変え、あるいは獣のように、鳥のように、魚のように、あるいは人のように、そしてその多くは怪物としか言えない異形の姿を象った。


この全てが私と混ざり、奪い、成り代わったのだ。私は自己同一性を失い、それぞれの私に同化して混沌を漂い続けた。動くことも意識できず、意識すら意識できないモノクロな混沌の中で、竹の葉に載る降雪のように僅かな時間ずつ繋がりそして分裂する意識の間に自らを想った。


私の体、私の心、散り散りになった無数の私の混沌にミコトを見つけたかった。


その果てに、見つけた。


リンメイという記号が付されたその肉は本来ネオテニーであるキメラとしては過度に成長していたが、少しだけ元の私の体に近かった。

それを見て微かに私の心が引き寄せられるのを感じた。


その時、私の中に何か凄まじい悪意が侵入してきた。悪意は私の欠片を掻き集めて結合し瞬く間に私の心を復元するとリンメイの霊脳に私を押し込めた。


私は淡白に形と心を取り戻した。複製されたと言ってもいい。

けれど、私はまだ混沌と繋がっていて、どちらでも同じことだった。


「うざってえ!」


ジョシュアはアルムレヒトを一振りして蜃気楼の両眼を切り捨てた。


「嫌な眼をしてやがるが、てめぇがどんだけ悲運な人生だったとか、何を考えてんのかとか、そんなことはどうだっていい。そいつはてめぇの理由でしかねぇ」


ジョシュアの背中から突き出た8本の吸排気筒が外気を直接肺に送り込む。竜の肺腑が滑らかに酸素と二酸化炭素のガス交換を行い、間断ない血液循環で全身にエネルギーが溢れかえる。


「俺の理由を聞け。邪魔をするな。俺の社員にも手を出すな。……それからこいつは個人的な理由なんだが、俺は洗脳ってのが大嫌いだ!」


右手に伸ばされたアルムレヒトが煌々と赤くどす黒い光を帯びる。竜骨を練り上げて精製した謹製の魔鋼、ジョシュアの右腕と『竜の右腕ドラゴン・アルムレヒト』が赤光の紋様で繋がり、元の形、ジョシュアの人間としては規格外に大柄な肉体に比しても巨大な竜の腕になった。


そして、絶叫。必勝の言葉を、食物連鎖を踏みつける存在へと返り咲く変革の言葉を。


「クリティカルゥゥゥゥ・ブッレイクウウウ!!!!」


ジョシュアのバイザーが変形して短い角となり、骨格が竜のそれに相応しいようにメキメキと太く長く硬く再生と破壊を繰り返す。尾てい骨が背骨から飛び出して鞭のようにしなる尾と化した。


「――――グオオオオオオオオオオオオ」


喉から咆哮が放たれた。空気がビリビリと震える。ドラゴン以外の全生命体に無条件に畏怖を生ぜしめる絶対者の咆哮だった。


「取ッ捕マエテオ仕置キダゼ、オ嬢チャン」


尻尾で地面を打ち爆速で踏み込んだジョシュアが雷のような拳を振り下ろす。

瞬時に反応したミコトは氷の壁を次々と生み出して盾にするが、それを上回る速度でジョシュアの拳が、連打が回転数を上げていく。


しかし、砕ききる寸前に拳が急速に失速し始めた。

ジョシュアの拳は凍り始めていた。


ドラゴンの肉体は火を喰らい、それを己がエネルギーとして駆動させる。熱ければ熱いほどに強く速くなり全身異形化した状態であれば際限なくエネルギーを喰らうことができる。だが、逆に人より竜に近くなったジョシュアは凍えれば途端に動きが鈍くなる。


「竜の力は大変でしょう?分かります、私の中にも竜がいますから」

「ヘッ、ナラ分カラネェカ?竜ヲ止メルニャ温スギル!」


ジョシュアの血を媒介に業火の魔法が顕現する。体内で燃え上がり強引に、埒外に、脳を沸かすような熱を生じさせた。その熱がジョシュアの腕を封じる氷を溶かす。


「マダマダァ!!」


回転数がまた上がり始めジョシュアの全身が見る間に発火し、景色がゆらゆらと揺らいで赤い光が崩壊した魔力炉を照らし出す。対抗して氷壁を生み出すミコトが苦しげな表情を浮かべる。


魔法は媒介に含まれる可能性を魔力で強引に実現させる技術だ。その中で重要となるのは、可能性の多募(基盤 potentiality)、イメージする実現過程の正確さ(処理 process)、魔力量(power)の3つである。


魔法に必要となる『魔力量』は『基盤』と『処理』の関係によって定まる。『処理』は魔力を注入する際に可能性が具現化する過程をどれだけ克明にイメージできるか、という問題であるが、『処理』が不足していても大量の魔力があれば強引に魔法は実現できる。


そこでまず問題となるのが『基盤』である。これは例えば火薬である。火薬は衝撃や熱により発火爆発する。よって、発火爆発が媒介に含まれる可能性、『基盤』となる。

では、ミコトの氷結魔法は一体何の可能性から生み出されているのか。ミコトの操る黒い水は何なのか。


黒い水は、魔物である。


魔物の構成物質は地上のあらゆる生命体と同様に蛋白質、脂肪、ミネラルや水から成るが、学者はその本質を混沌と分析しており、それこそが魔物とその他の生命体を区別する分水嶺だった。

すなわち、魔物を媒介として莫大な魔力で魔法を発動させると、混沌を起因とする通常では考えられないような現象を生じさせることができる。だが、その代わりに魔物を媒介とする魔法は混沌を経由するため『処理』の過程を常人がイメージすることはほとんど不可能である。それにも関わらず混沌を『処理』できる者にこそ、魔法使いの素質が認められるのだ。


しかし、ミコトは魔法使いの素質のないリンメイの脳に潤沢な魔力で混沌の処理をトレースさせていた。


だが、現実には存在せず、虚数ですらない、常人の理解を拒む『処理』の計算式は、霊脳に住むミコトには知覚できないリンメイの生体脳に重い負担を課していた。


結果、反射が遅れた。ジョシュアの長く太い尻尾がミコトの首に絡みつき絞り上げた。


「サア、捕マエタゼ?」


鋭い牙と細長い爬虫類のような舌で発声しづらそうにジョシュアが言った。


「――――そうですね」


ミコトは瞬時に氷剣を伸ばし、尾を斬り飛ばして自由になると、反転して駆けだした。


「痛ッテ!逃ゲルノカ!」

「時間稼ぎは終わったから。ジョシュアさんもケントさんも、ごめんなさい」


振り返ったミコトの顔は笑顔で、それは永らく浮かべていなかったリンメイの笑顔にも見えた。そのせいでジョシュアは追い掛けるのを躊躇してしまった。


だが、彼は躊躇しない。


アダムは憤怒レイジでジョシュアが撒き散らした炎を巻き取って刃に纏わせて、それを激昂フューリーで擦るようにして打ち出した。


憤怒と激昂は二刀一対の魔剣である。

憤怒は熱を纏い敵を溶断する。激昂は熱を放ち敵を焼き尽くす。

もし、この二本を完全に扱う者がいれば視界に映る全てを炎獄に堕とすことができると言われるほどの業物である。


二本足で逃げるミコトを撃ち落とすくらい造作もない。

もっとも、今回はそれが失敗に終わった。

炎を打ち出した瞬間黒い水がミコトを覆い、火が水を包むとそこにはもはや誰もいなくなっていたのだ。




「逃がしたか。それではジョシュアさん。詳しく教えていただけるな」

「グアアアア……――――」


ジョシュアは低く呻いた。


「そうだな……知りたきゃあんたの総長さんに聞きな」

「総長にか……後にしよう。今はそれよりあの女が『時間稼ぎ』と言っていたのが気になる」

「嫌な予感がしやがる」

「首ぃ」


壁際からケントの変な声が聞こえてジョシュアは振り返った。


「何だって?うわ何だ!?」


ケントは首を震わせて痙攣していた。


「ななな何でもない。クビィ、サワジマのクービィ」

「どうしたどうした、様子がおかしいぞ。ケント従業員」

「もしや洗脳か!?」

「ああ、違うんだ。待て待て」


アダムが太刀を抜いて威嚇するのをジョシュアはどうどうとおさめた。


「時々子供みてぇに首欲しがるんだよ、こいつ。社員サービスで首の扱いは自由に認めてやってんだがな」

「社長、サワジマの首ィ寄越せ」

「へいへい」


ジョシュアはミコトの以前の肉体であった大量の臓器を「気持ち悪い」と愚痴りながらも掻き分けてサワジマの頭を拾った。




ケントは額の霊脳核にサワジマの頭をあてがった。


20秒程もそうしただろうか。

それから何も言わずに頭を握り潰した。そして、やっと


「クソがあああああああ!!」


絶叫した。


砕けたサワジマの頭からはサラサラと金属粉が流れ出していて、琥珀色の生命維持漿液ソーマや生体脳は見当たらなかった。あるのは、金属粉、すなわち霊脳の残骸だけだった。


故に、脳が崩れている以上サルベージは不可能。また一つ手掛かりが消滅したのだ。


「脳が入ってねぇな。代わりに変な魔石が入ってるが、ただのオートマタだな」


ジョシュアがサワジマの残骸を拾った。中を覗いてみると玉虫色の魔石が見える。そう言えば、以前遭遇した王種魔人の装甲と似た色だ。もっとも、オートマタに魔石が入っていることは珍しくない。


しかし、ジョシュアはサワジマが動いている姿を見ていなかったので、それがどういうことか分かっていなかった。

生体脳を経由しない霊脳のみによる人格の形成。それは人造人間だ。


人を傷付け、殺し、嬲り、堕とし、操り、そして今、人を作った。

……加納敬志、何をするつもりだ。




「アダム隊長!」


その時、魔力炉の入り口に走り込んで来たのはセシルの下に就くガーディアンだった。


「どうした?」


彼は息を切らしながらも蒼白な顔で危急の事態を告げた。


「我らの悪の砦(ジェイル)が……崩されました」

ジョシュアのバイザー


形状:縦には前頭部から鼻までを覆い、横は耳までを覆うため感覚器の大半をカバーしている。前頭部が斜め上方に突出しており、そこからなだらかに骨格にフィットしている形状は短い角のように見える。凹凸はなく角張っている。


材質:ジョシュアの右腕と同様に竜骨から精製された魔鋼が素材となっている。


機能:バイザー自体が霊脳核と直結して目、耳、鼻の機能を代行している。つまり、バイザーは巨大な網膜であり、鼓膜であり、嗅粘膜でもある。過大な刺激に対しては霊脳内の処理で一時的に機能を遮断してオーバーフローを防ぐが、僅かに無防備になる。視覚は赤外線を感知できるので体温も視覚化でき、また、僅かながらX線も見えるので壁一枚程度なら透視も可能。

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