ノスフェラトゥ、あるいは殭屍
「隊長に続けー!敵を見落とすな、再生する前に終わらせろ!心臓は最後だぞ、進め進めー!」
ガーディアン達が走り抜けて行くのを尻目にサッと近くのトイレに逃げ込む。
付き合ってられるか、何だあの化け物は。灰色の巨人もそうだが、アダムとかいう男はもっとひどい。奴と対決することになれば勝てないのは勿論、逃げることすらできなくなるだろう。奴の隊から離れられるのは混戦となった今のタイミングくらいのものだ。
「こっちだ、頭を下げてついてこい」
「うっす」
「へいへい」
アインヘルとツァルカも呼び寄せる。
「これでやっとドリルを使えるぜ」
アインヘルは首をコキッ、コキッと鳴らしてプリトウェンとそのヘルメットを脱いだ。
「なあ顧問、このメット小さすぎね?」
「顧問と呼ぶな。お前の頭が大きすぎるんだ」
「ひでぇな、そんなでかくねぇだろ」
「いいや、アインは顔のパーツもいちいちデカいから誤魔化せてるけど頭デカい方やで」
「ペル兄、マジかよ。知りたくなかったぜ」
「早く立て、ほら」
左腕からアインヘルの金ぴかドリルと趣味の悪いトゲだらけの鎧を取り出して手渡す。
「顧問、サンキュー!」
「だから顧問と呼ぶな。私はそんなものになった覚えはない」
「それでこれからどうするんだよ?」
「……」
「どうしたんだよ、顧問」
「……え、あんたまさかノープラン……?そんなわけな――――」
スッと明後日の方向を見た。
「あるんかい!嘘やろ!ノープランかいな!」
「そんなに声を出すな。バレる」
「えー!?あんた、えー!?なんでそんな堂々としてられんの!?ジブン、無策でワシらを死地に追いやってるんやで?」
「べつに無策というわけじゃない」
アスクラピアに入ってからのことは、細かいところまで詰めていないだけだ。
「なんや、何かあるんかいな」
「今考えているところだ」
「やっぱなんもないやんけ!」
どうしたものか。
現在地は新館の一階連絡通路付近。ジャグラスが隠れるとしたら最上階か地下施設か。
「ジャグラスなら多分下にいるぜ。ジメジメした性格してやがるかんな」
「ほう」
ならば、地下施設に向かおう。
だが、地下施設に続く通路は旧館中央階段のみだったはずだ。あそこは今アダムが向かっている。
(八方塞がりかの?)
いや、こんなに大きな施設だ。侵入経路が一つだけなんてことはないだろう。
どこか……あるはずだ。
「頼むぜ、顧問。うんこして待ってるからよ」
うんこ?トイレか。
下水道……そう言えば、正面玄関前のレンガに大きな穴が開いていた。あれは戦闘の跡だろうが円錐を逆にした形に砕けていたということは、下側、下水道から圧力がかかったのだ。敵は下水道から来た。下水道はここの地下施設に繋がっている?
「アインヘル、トイレをぶっ壊せ」
「はあ?」
「下水道から地下に向かう」
「行けんのかよ?」
透視で下水管の行方を確認する。
「分からない……が、多分行ける」
「オッケイ、それなら任せろ」
アインヘルは頭上にドリルを構え、魔導エンジンを始動させる。
「行くぜ」
金切り音を上げて回るドリルを地面に突き入れた。
「そらそらそら!」
「あまり音を立てるな」
こうやって見るとドリルなんて完全に掘削機械だな。
「あ、ちょっと待て。そこ下水が」
ブシャッ。
「下水が噴き出るぞ」
「……顧問、先に言えよそれ」
さすがドリル。すぐ空いた。
下水道に降り立ち周囲を確認する。
「なんやそれ?目、真っ赤やでジブン。ものもらいか」
「ペル兄、ものもらいは光らねぇよ」
アスクラピアの旧館に向かう方向に歩き出す。
「顧問、ほんとに道分かってんのか?ここの地下も十分迷宮だぜ。知ってんのはドブネズミ共くらいだ」
ドブネズミとはドミニオンの地下に住むアウトサイダー達だ。貧困あるいは怨恨で地上に住むことすら出来なくなった者達。
「大丈夫だ、道は多分合っている」
「ふーん、なんでわかんだよ?」
「そりゃあ……そこに化け物がいるからな」
「はあ?」
「下がれ」
下水道の暗闇の奥にあの灰色の巨人がいた。
「見ろ、何か食ってる」
「いや見えへんけど?ここほとんど真っ暗やで?」
「あれは多分魚だな」
下水道に住む魚か。多分糞尿みたいな味だろう。けどいかに下水道に生きているとしても魚は生き物、体内で汚物を濾過する機能がある。数日間、真水で置いておけば食べれるようになるか。いや、生体濃縮でやはり無理か。魔法的な解決方法はないのだろうか。いや、そもそもこの世界なら魔力的な確率操作で食あたりにならないことも考えられる。
(お主、それはダメじゃろう……。さすがに下水道の魚はマズイのう)
「じゅるり……」
「顧問、よだれってマジかよ」
「やかましい、来るぞ」
下水道に腕を突っ込んで魚を貪っていた、巨人はいつの間にか目の無い顔でこちらを睨んでいた。
「GAHHHHHHHHHHHHHHHHHHH」
巨人はのそりとスタートダッシュの構えを取ると、バネのように跳ねて斜め上からラリアットを振り下ろす。
巨体にして俊足で怪力、だが技術はない。
巨人が前に進むと同時に自らも前に踏み出し、巨体の心臓をパイルで撃ち抜き、更にその体重を食い止める。衝撃、足が地面に陥没する。だが、足を動かすの支障はない。
続いて振り下ろされるラリアットを掴み、体幹を捻る。背負うには相手がデカ過ぎるのでパイルを打ち出した手のひらを掲げそれを支点にして巨人を持ち上げる。
喰らえっ。
相手の力を利用して頭から地面に叩き付ける。この威力なら受け身を取ろうが取るまいが関係ない。巨人の首が機能的にあり得ない方向にグキリと曲がる。そして、叩きつけた顔面を思いっきり蹴り出す。巨人は顔面を床に擦りながら吹っ飛んだ。生身ならば脳漿をぶちまけ引きちぎるべき蹴りだが、巨人の首は繋がったままだ。
巨人はうつぶせになり、起き上がろうとする。すかさず左腕の亜空間から長さ2.5mを超えるグレートソードを取り出し、背中の中央を踏みつける。
「斬首刑だ」
グレートソードを振り下ろし今度こそ巨人の首を斬り飛ばした。これは両手剣をそのまま引き伸ばしたような武器で切れ味は鈍いが重量と遠心力で叩き切る代物だ。そもそも大型の亜人種用の武器で、人間の体重では武器に振り回されてろくに使えないが神胚の特性ならば体重の問題はクリアできる。
「さすが顧問、殺ったか!?」
「アイン、それ言うたらアカンって。絶対生きとるで……ほら見てみい」
巨人はのそのそと這いつくばると首の断面から触手を伸ばしてあっさりと首を繋げた。
厄介な。こいつらは何なんだ?
(うむ、説明してやろう。ノスフェラトゥなどと呼んでおるが、我ら神は反魂者、あるいは殭屍と呼ぶ)
四つ足で迫る巨人の顎を蹴り上げて、正中線に沿ってグレートソードを走らせる。しかし、巨人は断面から触手を伸ばし元に戻る。
(魂魄のうち魂が負の側に落ちた者は世界の裏側からそれを補おうとする圧力を受ける……相補的な可能性じゃな)
今、難しい話は聞いてられないぞ。
(本来、人間に可能性などというものは存在せぬ。そんなあやふやな訳の分からんものが人間に扱えるわけがなかろう。人間にあったのは行動だけじゃ。しかしじゃな、ゼラスには穴が開いておったから人間は可能性を有するようになった。なってしまったのじゃ)
再生が終わる前に右手で巨人の頭を掴み霊脳核を砕きながら壁に叩き付ける。
(可能性は形をなし、行使されるようになった。人間は魔物と繋がり穴の向こう側を覗き始めた。可能性の裏側、何があると思う?そこにあったのは、修飾のしようがない虚無じゃった)
「はぁあああああああ!!」
(虚無に逢うては色を無くし、耳も聞こえず、目は盲い、人を喰らう獣と化す。このようにして魂は負に転じ殭屍が生まれたのじゃ)
壁にもたれかかるノスフェラトゥの首をその後ろの壁ごと切り裂き、ぐるりと頭上で剣を回し遠心力を乗せてから心臓目掛けて剣を振り下ろした。
(さて、殭屍を消滅させるには虚無を埋めてやる必要がある。すなわち魔力を与えてやることじゃな。だが、虚無を孕んだ魂は直接触れることが敵わぬ。よって魂と魄が繋がり足る『霊の緒』、心臓を通して魔力を送り込むこととなろう)
心臓に魔力か。ぐっと魔力を込める。
「GAHHHH……」
ノスフェラトゥは力無く崩れ落ち、ボフン、と呆気なく破裂した。
「やけに疲れる」
(魔力を消費したからじゃな)
死体は赤黒い染みを残すだけでそれ以外は何も残っていなかった。これも、こんなものも人の死に方か。
「お疲れさん。アダムのクソッタレは簡単にやっとったけど、ワシらの手に負えるもんやないなぁ。これからも頼むで」
「ああ、先を急ごう」
殭屍がここにいたということはこの付近に入り口があるはずだ。周りを注意深く確認すると、壁に隠し扉がある。
開け方が分からないので扉を破壊して中に入ると、長い通路がありその途中の天井に大きな穴が開いていた。
穴の縁は溶け出した後があり、超高温の爪で引き裂いたようだった。
穴を這い上がるとそこはもうすでにコンクリートの壁面をパイプが血管のように這い巡るアスクラピア地下施設の中だった。激しい戦闘の痕跡かあり、幾つかのパイプからはよく分からないどす黒い液体が漏れだしていた。
「なんでぇここ。気持ちわりぃ……」
「確かにのう。ここ、オーガンの研究所っぽいわ」
アインヘルとツァルカがおっかなびっくり周りを見渡す。
「そうか?何だかここは……」
「何だよ、顧問」
「いや、別にいい」
何だかここはネキアの闇にいたときのような懐かしさをおぼえる。
そっとパイプに手を触れてみるとじんわりと暖かく、脈動するような振動が伝わってくる。生臭い、血?
「で、顧問。どっち行くんだよ」
「あっちから微かに戦闘音がする。逆方向に行こう」
「……音?んー?ダメだ、全然聞こえねぇけどな」
少し歩くと壊れた扉があったので中を覗いた。むわっとした熱と糞尿と血を混ぜた臭気が吹き出していた。中には酷く無惨に力任せに引き裂かれた人体が大量に転がっており、老若男女関係なく生きた人間はいなかった。まだ乾ききっていない。
「ひでぇ」
「うちでもなかなか見いひんで、こんなん」
セーフルームのようだが、鋭い爪で切り裂かれている。見るに隔壁を破るのと同程度の力は必要だろうが……、
――――殭屍に爪はあったか?奴らの腕力で隔壁を破れるのか?ジョシュアにも破れなかったものを?
それにしても、酷い。
「……確か仲間を取り戻すとか何とか言ってたな」
「ちげぇよ。あいつらは家族で、俺はロン・シンレンを守るだけだ」
「これをした奴等を守るのか?」
「ちげぇって。こんなこと、あいつらはやらねぇ。やらねぇはずだ」
「私は殺すぞ。お前が守ろうとしても」
「その時は俺があんたをぶち殺す」
「ふん、返り討ちだ」
家族、という言葉は胸に重く響いた。しかし、アインヘルの言うそれは彼が思うよりもずっと軽い。軽すぎた。




