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悪鬼異行 異界復讐譚  作者: ジベタリアン
ダンジョン都市ドミニオン
37/56

アスクラピア一階連絡通路

アスクラピア正面玄関前広場。ジリジリと日が照りつけている。


広場の隅ではバラバラになった死体がシートの上に積み重ねられていた。

その上にまたガーディアン達が未だ血の滴る欠損した人体を引きずり放り投げていく。


その隣では住民達が一人のガーディアンを囲み、泣き叫んでいた。


「あんたらのせいじゃないか!あんたらが、くそ!なんでこんな……」


口角から泡を飛ばし、住民達が詰め寄る。


「そもそも白犬がマフィアに仕掛けたんだろ!あんた達がいたからアスクラピアも襲われたんだ。……なんなんだよ、偉そうにしてるくせに大事なときに守れねぇんじゃ……!何とか言ってみろよ!」


ガーディアンはなすがままだったが、襟首を掴む手を握り、問い返した。


「――――ならば、貴様が握るか?」

「え」


ガーディアンは長大な太刀を抜き住民の手に置いた。

その太刀の鋭さ、醸し出す濃厚な殺意に手渡された住民が腰を抜かす。


「嘆くならば斬れ。悲しむならば斬れよ。怒りでもいい。斬ってしまえよ。ほら」


ガーディアンが持たせた太刀の刃を自らの首筋に当てる。


「貴様が悪だと思うならば引けばいい」


だが、ガーディアンの手は彼が持つもう一本の太刀に掛けられていた。引くならば、それより速く相手の首を断つ。


「どうした。なぜ引かない?俺たちを悪だと思わないのか」

「ち、違う!俺はただ、言わねぇと……」

「誰が死んだかは知らん。それが貴様にとってどのような人物だったのかも知らん。だが、言うだけで何になる。斬れ、斬らねば変わらん」


ガーディアンは周囲を見渡し、住民一人一人の顔を覚えるようにじっくりと眺めた。


「貴様らもそうだ」


渡した太刀を腰を抜かした男から取り返す。


「剣を握る気になったらミズガルズに来ればいい。そのための組織だ」


ガーディアンはそう言い残し、対策本部に戻っていった。


「アダム……。すまないな、本来は俺の役目なのだが」

「気にするな。俺は上に立つ器じゃない、お前がトップだ。トップに頭を下げさせるわけにはいかない」


セシルも頷いた。


「先陣は俺が切るぞ」

「ああ、前線は頼んだ」


アダムはセシルの背中を見た。

意外な程に厚く、よく見れば俺と遜色ないほどに力強い。それも当然かもしれない。この男の両肩にはミズガルズの命が載っている。それは俺が振るう二刀一対の太刀よりも遥かに重いのだろう。




それらを背景にジョシュアはノスフェラトゥを模した人形を示しながら説明を繰り返した。


「まずは霊脳核だ」


ジョシュアが大段平アルムレヒトを軽く振り下ろして人形の額にめり込ませる。


「霊脳核が脳に指令を出している限りノスフェラトゥはどうやっても止まらねぇ。次に首を切断する」


額から引き抜くとすぐに水平に振って首を斬り飛ばした。


「これは最後のステップの為の時間稼ぎと言ってもいい。で、最後は心臓に魔力を送り込む」


そして、ズブッと大段平を差し込んで持ち上げる。


「最後が一番肝心だ。魔力を充填してやらないとノスフェラトゥは人間の体に戻らない。まあ戻ったときには死んでるんだけどな」


ミズガルズのガーディアン達に振り向く。


「手強い相手だ。頑強、怪力、再生。だが殺し方は今教えた通りだ」


ガーディアン達は顔を見合わせて、尋ねた。


「ジョシュアさんはどこで奴らの殺し方を知ったんですか?」

「それ聞くか?……帝国の軍部でな。まあこれで講義は終わりだ。一々教えるのも面倒だから他のやつらは任せたぜ」


ノスフェラトゥの殺し方講義を終えてアスクラピア正面玄関前の広場から離れ、座り込んでいたカルラの隣に腰を下ろした。


「……」

「なに?」


何も話しかけずにいたら、カルラがこちらを見ずに声をかけてきた。


「何でもねぇ」

「……助けられなかったね」


アスクラピアの地下で大量のノスフェラトゥに囲まれた後の話だ。ノスフェラトゥだけならば慣れればジョシュアとカルラの敵ではなかった。しかし、その後に表れた敵が状況を覆した。

セーフルームに逃げ込んでいた人達は瞬く間に惨殺され、守る者がいなくなったジョシュアとカルラは躊躇わずにアスクラピアからの脱出を果たした。


「そういうときもある」

「ねぇジョシュア。私ちょっと責任感じてるかも」


――――こんな時、バイザーは便利だ。表情を隠せる。


「反省でもしてみるか?」

「もう十分した。きっとどうにもならなかった」

「だろうな。じゃあ、気にするな」


カルラの表情は暗いままだ。


「気にするなってさ、言われても。そういうものじゃなくない?」


ジョシュアはバイザーの奥で似つかわしくない微笑みを浮かべた。

以前は周りの人間がどうなろうと気にすることがなかった。今はカルロスやゲッコーのことまで気にし、関係のない人のことで悔やんでいる。


「……」

「何よ?」

「いいや、それでいいんだ。次は元気出せよ」

「バカ」


カルラは少しだけ笑った。


「あ、ジョシュア後ろ」

「あん?」


後ろを見ると、遠くから手を振りながら走ってくる猫耳の少女が見えた。


「ありゃあ、アーシェちゃんか。どうした?」

「えっとねー。……ふう、疲れた。あの、ケント君から伝言です!」

「伝言?アイツが?よし、聞かせてみろ」




マイクはミズガルズ三番隊の隊長を務めている。性格は誠実かつ実直だが言動は軽薄と評価されている。

だが、彼自身はその対人関係における軽薄さ故にとてつもない堅物であるリンダと釣り合いが取れている、と考えていた。


「そう気張るな。動きが固くなる」


ミズガルズ参謀、セシルがマイクに声をかけた。

霧雨が太陽光を淡くするので、アスクラピアの陰の中は夜の始まりのように暗い。

その中でマイクは一人、口を引き締めて型稽古をしていた。


「……すまない、まだ始められない。アスクラピアの構造が明らかになっていない」


マイクは未だ無言だった。


「予定では開始時間は3時間後だ。ギルドから地図を借り受けてから作戦を詰める。休んで調子を整えておくように」


そこでセシルは少し口をつぐんだ。それから続けた。


「リンダはきっと無事だ。芯のある人だった。お前が信じてやらなくてどうする」


また一度マイクが剣を素振りした。それから、剣を担ぐとやっと喋った。


「……信じることと心配することは違うでしょ。俺だって信じちゃいますよ。けど心配だ」


セシルは「そうか」と呟いて、アスクラピアの正面に位置取った対策本部に戻った。




アスクラピア正面玄関。着いてみればすでにミズガルズの包囲網が完成しており、蟻一匹侵入する隙間もなさそうだ。

正面玄関の前には石畳を割って下水道に続く巨大な穴が開いているのも見える。しかし、そこも周囲をミズガルズが囲んでおり侵入は難しそうだ。

アインヘル達を連れていなければミズガルズに合流する目もあるのだが。


(3時間後だそうじゃぞ)


了解、こちらも丁度いい相手を見つけた。


手持ち無沙汰に一人で歩いていたガーディアンを路地裏に引きずり込む。壁越しに透視して誰もこのガーディアンを注目していないことは確認済みだ。


「……ッ!!」


鎧の襟首を掴み強引に後ろに引き抜く。相手は首もとが締まり声を出せない。人を気絶にさせるには幾つか方法がある。ただし無手で気絶させる方法は極めて限られる。

脳震盪、迷走神経反射、酸素欠乏。


脳震盪は兜が邪魔で難しい。

なので、迷走神経反射を狙い、念のため酸素欠乏も狙っていく。外部刺激により誘発できる迷走神経反射は頚部圧迫によるものと心臓に対する衝撃によるものがある。ガーディアンはもれなく白い鎧を纏っているので心臓は守られている。首にも斬撃や刺突を防ぐためのプレートが仕込まれている。だが、首の方には関節ゆえの隙間があった。


ガーディアンを壁に押し付けると同時に触手状にした指を首の隙間に捩じ込み、喉仏の横辺りを強く締め付ける。ガーディアンは僅か三秒で意識を手放した。

だが、失神は早い人なら5秒くらいで起きてしまう。すぐに懐から昏睡薬を取り出して相手の口に含ませた。この昏睡薬を用いれば約6時間意識を奪うことができる。

作戦が終わるまでには十分な時間だ。




三時間が経過し、セシルは対策本部から号令を出した。

銀色のマントをはためかせアスクラピアの正面玄関を指差した。


「諸君、時間だ。第一部隊正面から突撃。奴らに相応の分というものを教えてやれ」


号令と同時に第一部隊隊長、アダムが二振りの大太刀を抜き放つ。両刀は『憤怒レージ』『激昂ヒューリー』と銘打たれた稀代の魔剣であるが、二刀一対として打ち出されながらも常人が片手で振るうには長過ぎて重過ぎた。

その為に『憤怒』と『激昂』は使い手がいないままに飾られていた。アダムの手に渡るその時まで。


彼は片手一振りの剣風でもって正面玄関のガラス戸を打ち払った。


「――――俺が先鋒を切る。後はいつも通り」

「いや、いつも通りじゃわかんねぇよ」


呟いたのはジョシュアだった。ジョシュアはアドバイザーとして一番隊に随行する。カルラも同様だった。


「そうか。俺が先を行く。他は着いてくる。分かったか?」

「ああ、分かった。あんたが隊長やってるからあんたらは頭がおかしいんだな」

「……いかにも。前進する」


アダムが駆け出し、それを追って20人のガーディアンが付き従う。

アスクラピアの廊下には無数の隔壁が降りており、魔物ですらも道を塞がれる。


アダムが両刀を頭上に振り上げると、火炎が渦巻く。鋭い吐息と共にその火炎を叩き付けると隔壁が赤熱し、人が通れる程に裂けた。


「次は任せろ!」


ジョシュアは裂け目を潜り抜けると、15m先に降りている次の隔壁に大段平『アルムレヒト』で突きを放つ。アルムレヒトは大きくたわみ、


「ちっ、マジかっ」


隔壁に弾かれた。厚さ10cm、魔力によりコーティングが施された金属の壁。

次の瞬間『激昂』が下から上に隔壁を切り裂く。

ジョシュアは一歩下がって「おう……」と呟いたが、アダムは反応せずに「戦闘準備」と隊員に告げた。


隔壁の裂け目を灰色の指が掴み大きく広げた。その向こうからのっぺりとした灰色の頭部が姿を現す。


「あれが……ノスフェラトゥ?」


隊員の一人がおののきと共に声を漏らした。


アダムは横目で隊員の様子を確認すると、体幹をバネのように跳ねさせて赤く輝く『激昂』で下弦を描きノスフェラトゥの股から刃を通し、それはぬるりと頭頂まで切り裂いた。ぐちゃりと内臓をばら蒔きながらノスフェラトゥが崩れ落ちる。

アダムはまた隊員に向き直り、当然のように、そして静かに叱咤した。


「退くな、恐れるな。貴様達が斬って斬れぬ相手ではない」


その背後で、ノスフェラトゥが溢れた内臓を戻しながら立ち上がる。


「GAHHHHHHHHHHHHHHHHHHH」


ノスフェラトゥがアダムに腕を伸ばした瞬間、破裂した。


えっ、とカルラはジョシュアに目を向けた。アダムが何かをしたようには見えなかったからだ。

ジョシュアはカルラの髪を撫でながら答えた。


「最初に頭頂部まで斬ったときに霊脳核を破壊して、振り返りながら首と心臓を叩き斬った」

「見えなかった」

「まあ、そんなもんだ」

「……ジョシュアより強い?」


カルラが首を傾げながらジョシュアを見上げた。


「負けはしねぇよ」

「ん、それならいい」

「よし、まだまだ出てくるから気を付けろよ」

「うん」


隔壁の隙間から見えるノスフェラトゥは山のようにいた。廊下を埋め尽くし、白い壁面は灰色に埋め尽くされている。


「あんたらこのまま突っ切る気か?あんたはともかく部下は死ぬぜ?」


アダムの返答は簡潔で迷いがなかった。


「我らは一塊の鋼だ。悪意に鍛えられ復讐心で研がれた一振りの剣だ。――――すでに、振るわれた」


アダムは地を蹴って隔壁の向こうに飛び込んだ。両手には『憤怒』と『激昂』。向かう先には無数の悪。彼の道に一切の敵はなし。




迫る灰色の拳を軽く避け、胴体にするりと『激昂』の刃を差し込み削ぐように引き抜くと、臓府の向こうからどす黒い血液が溢れだす。刃の勢いに任せ、背後の敵に向けて太刀を振るう。剣先が一閃し巨人の気道食道大動脈を切り裂いた。支えを失い首がゆっくりと後傾して、巨人が膝を折る。それを蹴り飛ばした反動で唸りをあげる別の敵の手から逃れ、体を捻り近付いた巨人の両肩を断ち落とす。


始末まで着ける必要はない。動きが鈍くなる程度のダメージを与えれば、後続の剣が止めを刺していく。俺がするべきはただ斬る、斬る、斬る。

舞うように、踊るように四肢を跳ねさせる。脚を伸ばしやすいように低く構え、片手と片足で渾身の斬撃を放ち、もう片方の腕と脚で全力の一撃をぶつける。人は足一つ地面に着いていれば体を支えることができ、手一つで剣を握ることができる。肉体の部分部分はそれぞれが独立した生き物かのように動きながらもインパクトの瞬間には一体となって力を確かに刃に伝える。


数多の巨人の間を斬りつけながら進む。この身を突き壊さんとする敵の強大な拳に刃を合わせる。剣は敵の前腕を縦に割いて小指側の半分を斬り飛ばす。しかし、巨人は痛みを感じない。意も介さずに親指側半分になった細い拳が近付く。だが、動じない。それを背面宙返りで体を反らしながら避ける。そして、その最中、空中で両手の『憤怒』と『激昂』を交差するように振り上げ、相手の右肩から左腰、左肩から右腰を斬り四つの肉片に変える。

まだ地上には降りない。周囲から伸びて来る手に空中で剣先を引っ掛けて自身の軌道を変えて近付き、顔面を蹴り付けてまた飛ぶ。足裏が相手の顔から離れる瞬間に敵の霊脳核を砕き、違う敵へと宙を渡る。近付くと同時に霊脳核へ攻撃を加え、踏みつけて跳ねる。次の敵に向かう。次の霊脳核を砕き、次の巨人を蹴り飛ばす。上からなら霊脳核がよく見える。


空中で踊るように暴れるは一人の修羅、血に餓え、破裂しそうな怒りを両刀にこごらせて斬る鬼。

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