表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪鬼異行 異界復讐譚  作者: ジベタリアン
ダンジョン都市ドミニオン
34/56

南区車両専用地下道

地下の星空

「うん、すごくええよぉ~たまらんわぁ~」


パシャ、パシャ。絶え間なくシャッター音が響く。


「その角度最高!視線ちょっと左下に向けて!」


パシャ、パシャ。


「いや、ほんまええわ。いっそうちの専属にならん?」

「それも悪くは……いや、遠慮する」


社長室の西側はスタジオになっていた。そこでシアンは赤を基調としたロココ調のドレスに身を包み、パニエによってスカートを大きく膨らませ、日傘を傾かせて微笑んでいた。微笑む先はレイチェルの持つ写真機カメラだった。カメラは5年ほど前に科学工業色の強いスチム社が売り出したレンズの付いた木製の箱で、写像を残すことができる。ゼラスの科学レベルからすれば極めて画期的な発明品だった。

巷では魂を抜き取ると言われていたが、レイチェルはそのような噂を信じない科学的なマインドを持っていた。


一方、シアンはレイチェルが余りにも褒めそやすものなので、気分が良くなりはじめていた。


(で、どうかな。上手くいきそうかい?)


うむ、素晴らしい作品ができそうな気がするぞ。


(そうかい。いや、そっちじゃなくて)


ああそうじゃった。大丈夫じゃ、レイチェルは確約してくれた。


顎を上げて少し見下ろすようにカメラに目を向ける。


「ああ、凄くエキゾチックや、見たことない!あなたって最高!女神、女神というより他にないやん!こんな気持ち、どうしてかしら?」

「フハハ、そんなに褒めるでない」


事実として我は神の末席に身を連ねているからな。

しかし、そもそもこの外見はケントの妻と娘に似せておる。とんでもない美人を嫁にしたものだな、お主。


(……ああ、彼女は誰よりも綺麗だった。特に私にとっては。傲慢で、悪辣で……いや、何でもない)


お主の家族の話、そのうち聞かせて欲しいのう。


(記憶を見ればいいじゃないか)


お主の口から聞くことに意味があるのじゃ。


(ふーん、そういうものかい?)


そういうものじゃ。


「あはーん……うっ。……撮れた、撮れたで、神の一枚や……!シアンちゃん、あなたってこうどうしてかしら?ああ、後光が差しとる」

「ほう、できたか。どうじゃ、作品はいつ頃できるかの?」


レイチェルは顔を赤らめて荒れた息遣いを整えながら答えた。


「ん……はぁ。そうやね、現像だけやったら3日くらいやけどなぁ……なぁ、写真集作らん?」

「写真集とな?」


おい、ケントよ。聞いたか?


(聞いてるよ)


我の写真集……どうじゃ?


(是非とも出すべきだ。迷う理由がない)


そうじゃろ!そうじゃろ!?


「うむ、作ってもよいぞ」

「よし!ついでに売ってもええかな?」

「子細かまわぬ」


その後売り上げの分配について詰めて、それから本題に入った。


「ハルセンはんに会いたいっちゅう話やったな。なんや、女をおもちゃにしとる腐れ外道があたしの香水使うとるとかで」


レイチェルはロリータ風のミニスカをふわりとはためかせてから、「ええよ」と言った。


「ただし、手を出すんやったらうちの外でやってな」

「よかろう」




「レイチェルさん、今回も素晴らしい香りだったよ」


それから二時間後にやってきたハルセンはビルに入ってから更に20分経ったところでビルから出てきた。レイチェルの臀部を撫で回しながらだった。


「ところで、今度食事でもいかがかな?マキリスの高官も来るのだが」

「……ええ、もちろん行かせてもらいます。予定はまた後で連絡してください。ほな」

「ふふ、また連絡するよ。じゃあ」


ハルセンはビルから出ると待たせていた馬車に向かった。会社から支給された専用の馬車である。それは会社に対する貢献の証だった。それに向かいながら彼は厭らしい笑みを浮かべていた。


女は権威にかしづくものだ。マキリスの高官と聞けば誰でも会いたがる。ハルセンはその性質はもはや女のDNAに刻まれたものだと考えていた。レイチェルはなかなか首を縦に振らなかったが、少し支援を削ることを仄めかしたらすぐに頷いた。


ハルセンはレイチェルの姿態を思い浮かべた。白い肌、大きな黒い瞳、鼻と顎は小さく整っており、細い手足と低い身長と合わせるとあどけない少女のようにしか見えない。しかし、彼女の紅を引いた赤い唇は弧を描き、熟した色気と百戦錬磨の女商主として気の強さを醸している。彼女の反抗を叩き潰して無理矢理に獣欲を遂げたい。


レイチェルとの食事会。マキリスの高官が来るのは事実だった。しかし、高官はすでにこちら側の人間であり、数回に渡りパーティーを開いた仲であった。食事会が待ち遠しい。


馬車を開き、席に座る。座席はヴェルギア大陸北部の山間に棲む魔獣の体毛を使用した最高級の綿を蜘蛛の糸から編んだ生地に詰めて縫製しており、座り心地は色魔の太腿に匹敵する。


「ついでだ、工場に向かえ」


ハルセンは普段通りに命令する。

御者も会社から馬車と共に賜った優秀な奴隷であった。戦闘用の人体改造が施されており、首から下は骨格、筋肉から内臓まで全て魔鋼義体に置換されている。その戦闘力は人間が生存の為に必要な機能を幾つか排出し外部化することで、そこらのヴァリアントより数段上の性能を誇っている。それにも関わらず、教育と洗脳的オーブの活用により犬のように従順。

その御者が命令を聞いても動かない。


「おい、どうした?工場に向かえ」

「……工場ね?大当たりのようだな」

「はあ?」


御者が振り向く。そこには赤黒い仮面を着けた大柄な男が座っていた。髪も髭も半ば伸び放題だが、ベタついてはおらずそこまで不潔な印象は受けない。知らない男だった。


「……はへ、な、なんだ貴様?御者は……」

「そうそう、工場までの道程が分からないんだ。御者に道案内してもらわないとなぁ」


男は足元から何かを取り出した。……赤子?


「御者を残しておいて良かったよ。さあ、彼に案内するように言ってくれ。私が彼の代わりに運転しよう」

「ひいっ」


男が取り出したのは御者であった。あるいは御者の残骸と言うべきか。髪を掴まれた御者には両腕も下半身も無かった。上半分だけの胴体と頭部。サイズとしては赤子だが、それは見るもおぞましいものだった。剥き出しになった用途不明の管がぶら下がり、琥珀色の液体を流している。顔面は幾度も殴られたのか、頬が欠損し、片目も失われている。だが、よく見ると血や脳漿は一筋も流れていない。死なないように丁寧に破壊されているのだ。御者が無感情に残った眼球で私を見る。その向こうには同じく無感情に思える笑顔を湛えた男の顔。語らずとも分かる。これは脅迫だ。お前もこうされたいのか。


……馬鹿な!?こんな、白昼堂々にオーガン社に歯向かうなど!?理解ができない!!


しかし、ハルセンの舌はひきつり、勝手に動いていた。


「……工場へ、案内しろ」

「りようかいしました」


御者が無機質な声で答える。


「それでよろしい。さあ案内を」

「こうじょうへ、あんないします」

「あっと、ハルセンさん、ちゃんと座るんだ。逃げ出そうなんて思わないように。素振りを見せただけで御者くんと同じ姿にしてやる」


ハルセンが浮かせていた腰を下ろす。男は前を向いていた。こちらを見ていなかった。……そうじゃないのか?

ハルセンは顔を蒼白にし、だらしない腹までこじんまりと小さくして馬車に座り、彼の御者が案内する通りに男が馬車を操るのを見ていた。


ふと、馬車が前傾し視界が暗くなる。太陽光が途切れて代わりに赤い魔光灯が天井から降り注ぎ始めた。そこかしこでキラキラと宝石のような煌めきが魔光を反射して、さながら星空に浮いているようだった。

馬車が通りを曲がり地下道に入ったのだ。


ドミニオン南区の地下には縦横無尽に走る地下迷宮がある。そもそもはダンジョンから這い出た魔物と接敵せずにグランドホールに近付くために掘られた地下壕とされているが、現在では丁寧に舗装され車両専用の通路となっている他、大陸横断鉄道の駅もこの地下道に設置されてある。


「まだ遠いのか?」


男が御者に尋ねるが御者はなにも答えない。そのように教育されているのだ。仕方なくハルセンが答える。


「馬車ならば二時間程かかる。蒸気車両なら30分もかからんが」

「そうですか」

「……じ、蒸気車両ならオーガン社の地下に停めてあるぞ。社員ならば誰でも貸し出せる」

「……いいでしょう。蒸気車両を借りてきてください。ただし、バラせば惨たらしく殺す」


ハルセンが唾を飲み込む。この男ならば宣言通り惨たらしくやるのだろう。視界の隅に見える御者の姿が恐怖を誘った。


「シアン、監視を」


すると、男の足元から影が分離した。


「な、なんだ!?」

「気にするな。ただそいつがお前を監視しているだけだ。精々妙な気は起こすなよ」


馬車がオーガン社の地下に停まる。窓口に車両の貸し出しを申請し、工場の様子を見に行く旨申請書に記載して蒸気車両の鍵を受け取った。ハルセンは何とか窓口の受付嬢に状況を伝えたかったが、それはできなかった。まっすぐに馬車に戻る。


男に「鍵を」と言われて、鍵を渡す。男は御者を掴むと馬車を降りて蒸気車両を運転してきた。ハルセンも大人しく蒸気車両に乗り込む。

男が蒸気車両のボイラーを圧縮する。ボッ、ボッ、ボッと高速で車両後方の煙突が黒煙をあげる。黒煙は宙に上がり地下道の天井に当たると風穴の中に吸い込まれて消えていった。この風穴により、不思議と地下道には排気ガスが滞留しなかった。調査によるとこれらの風穴はいずれもダンジョンに繋がっているらしい。


セレブロマータ製造工場、通称マネキン工場もこの地下道深くに在った。地下道の奥は通路が複雑に絡み合っており、道順を知るものでなければ到底たどり着くことはできない。

御者は頭部と胸部しか残っていないのに淀みなくその道順を案内していった。


「とうちゃくです」


目の前に地下道を塞ぐ巨大な木製の扉が現れる。扉は蒸気車両の到着と共にギシギシと軋みを鳴らし開いていく。扉をくぐるとまた扉が閉まっていく。オーガン社の蒸気車両に反応して、自動で開閉する扉なのだ。

一行は工場内に入り蒸気車両を停車場に駐車した。


「御者くん、ご苦労。ハルセンさん、じゃあ降りようか」


男は御者を置いていくつもりのようだ。御者の生死は気になるが、手足をもがれた状態ならば、栄養液を節約できるだろうから、二日ほどならばあのままで大丈夫かもしれない。


「……貴様、ここで何をするつもりなんだ?」

「……ハルセンさん、死にたくなければこの工場のことを説明していただけますか」


男はこちらの話を欠片も聞く気がないようだ。


「それは……」


機密であるが、機密よりも自分の命の方が大事だった。それに工場内には警備部隊がいるはずだ。彼らが事態に気付けば、私が生き残る芽はある。


男は無言で歩き始める。それに続いて重く低い振動音が規則的に工場内を震わせていた。


ハルセンは説明を始めた。


一度話し始めると弁舌は流暢に回った。そもそもハルセンは喋るのが嫌いではない。今の地位もそのようにして喋り続けて来たからこそたどり着いたのだ。男も少なくとも聞き下手ではなかった。丁度いいところで頷き、続きを促す。ハルセンの説明にも熱か入り始めた。


二人は人気のない停車場を突っ切って第一工程への扉を開く。


第一工程では安定した動力である蒸気機関が規則的にレーンを回し、それを作業員が細かく調整しながら義体を作る。義体を打ち出す工作機械には試験的にセレブロマータと同じ霊脳を組み込んであり、驚くべきことに人間並みに精密な作業も可能となっている。こここそが時代の最先端、未来の工場なのだ。


第二工程では捕らえた人間を侵蝕霊脳により最適化してから、脳殻に加工する。この侵蝕霊脳も想像を絶するほどに恐ろしい最新技術であった。


フォルセリオン帝国の秘中の秘とされている魔獣を調教する技術を発展させた侵蝕霊脳は、対象の魔力に影響し、強制的な同化を図る。侵蝕霊脳と同化した対象の脳、特に霊脳を使用している脳は自らの脳内にある感応魔鋼により不可逆的な「癖」を刻まれることになる。

これは霊脳技術についてのブレイクスルーとなる技術だった。不可能とされた霊脳核への、言わば人間という存在の本質への、冒涜的な挑戦の糸口が見つかったのだ。


そして第三工程に入る。ここでは主に脳殻と義体を接続して出荷の準備をする。脳殻を満たす琥珀色の液体を生体維持奬液、あるいはソーマと呼ぶが、これは通常ならば24時間程で機能を失ってしまう。そこで、義体にソーマの透析浄化装置を組み込むことで飛躍的に長時間の運用を可能としていた。


「セレブロマータを量産するにあたり次に問題となったのが、ソーマの量産だった。ソーマの原材料がな……ん、どうした?」

「悲鳴が聞こえる」

「ん?」


確かに何か聞こえるような気がする。

男が走り出した。


第二工程の方向だ。だとすれば、加工前の素体が起きたのかもしれない。


男はいつの間にか右手に反りのある片刃の剣を握っていた。扉に走り寄り腰を低くし力を溜めて、前蹴りを放つ。扉は軽々と吹き飛んだ。


「うわ、えっ、課長」


第二工程の担当社員が扉の奥から顔を覗かせた。


「ふんっ」


驚いた顔をした社員に向けて、男は手に持った剣を一振りした。男の剣は社員の肩口から入り、力任せに切り抜けた。荒い切り口からどす黒い血液が弾け、社員の肉体が分断される。


「ああ、死んじまった……」


そこそこ優秀な社員だったのに。


「ひいい」


社員の側には腰を抜かした全裸の素体がいて、這いずりながら目の前の惨劇に再びの悲鳴をあげている。

だが、そもそもどうしてレーンの外に素体がいる?当然のことながらセキュリティのために素体は気絶させた上で磔にしてある。工場から出てこれるとすれば脳殻になってからだ。


だが、丁度いい。今の悲鳴を聞き付けてじきに警備部隊がこちらに来るはずだ。幸い、男は素体に気を取られている。

ハルセンはゆっくりとその場を離れた。

南区地下迷宮は主に二つの場所に別れている。センターメトロとそれ以外である。


センターメトロは繁華街の真下に3層に渡って広がる南区二つ目の都市というべき代物であり、大陸横断鉄道を中心に、日の目を見るには恐れ多いアングラでサブカルな文化が根付いている。治安は南区と同様に比較的平和だが、風俗街と超高レートカジノはマフィアが仕切っており「ケジメ」を付ける羽目にならないよう、気を付ける必要がある。


それ以外の部分は放射状に脈絡なく広がり、所々に工場や事務所が建設されている。複雑な道程を経た場所に工場を設置する場合、それ自体が一種のパスワードとなり、加えて労働者の脱走を防ぐ柵にもなる。また、ギルドによって確認されたわけではないが、地下道の南側にはダンジョンに続く抜け穴があるとの噂がある。


ダンジョン周辺の土壌には奇妙な性質があり、魔力を込めることにより素手ですら容易に掘ることができるほどに脆くなる。逆に魔力を込めない分には岩のように硬い。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ