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悪鬼異行 異界復讐譚  作者: ジベタリアン
ダンジョン都市ドミニオン
32/56

造られた天使

天使に捧ぐ悪鬼のララバイ

カルラは魔光灯の淡く青い薄闇の中、反響する猛烈な破壊音を耳にして戦慄を覚えた。

それは、雷鳴のようにも聞こえた。戦艦から放たれた大砲の一撃にも聞こえたし、名状しがたい怪物の咆哮にも聞こえた。


急いで地下に向かおうとしたら、階段に降りた隔壁が道を塞いでいた。

カルラは迷わずにその隔壁へ二本の翼腕を突き立てて、分厚いが何ら魔鋼を含まないそれを右手の爪で易々と引き裂いた。


「……」


隔壁の奥から聞こえたのは沈黙ではない。真っ暗な階段の下からはざわめきが聞こえるはずだった。しかし、その代わりに何重にも重なった悲鳴が響き渡り、カルラは翼を広げ狭い通路の中を飛んで降り、「それ」を視界に収めた。


散らばった隔壁の破片の真ん中だ。

隔壁に空いた穴から、3m程の灰色の巨人が左腕を差し込んで引き抜いた。人間の体を掴んでいる。巨大な指の間から男性の物らしき腕が突き出していて、灰色の巨人はもう片方の手で患者の下半身を掴むと思い切り握り締め、上下に引きちぎった。


患者は握り締められた時に「グエッ」とげっぷのような音を立てて絶命し、それから腹部の皮と筋肉を剥かれたような有り様になって最後に脊椎がぶつりと切れた。


カルラはその凄惨な光景を見て、何と貧弱な生命体なのだろう、と思った。

人間は儚い。小突いたくらいで死んでしまう繊細な金細工のような生き物だ。たった10mの高さでも打ち所が悪ければ死んでしまう。硬い殻もなければ、鋭い爪もない。尻尾もなければ、翼もない。


カルラからすれば、人間など日常に少々の彩りを添える程度の存在。指一本で殺せてしまう。そして、死んだとしても残念に思う程度で悲しむほどのことではない。


だけど、――――彩りのない人生なんて真っ平ゴメン。


カルラは狭い通路の中、羽ばたいて突風を巻き起こし、自らも一陣の風と化し、巨人に突っ込んだ。


巨人の肩に翼腕が当たる。しかし、その硬いゴムのような肉には突き刺さらず、弾き飛ばした。


「なーんだ」


カルラは面白くなさそうに呟いた。

一瞬の接触でカルラは灰色の巨人が彼女にとっての脅威とはなり得ないことを知った。


「グアアアアアア……!」


灰色の巨人が大きく腕を振り、カルラ目掛けて拳を突き出す。カルラはそれを半歩ほどのステップで回避し、尻尾を相手の足に絡めて引っ張った。そして、翼腕を地面に突き立てて体を浮かし、体勢を崩した灰色の巨人の顔面目掛けて膝蹴りを叩き込み、流れるように頭を掴みながら巨人の背後に回り、全身の力を振り絞り


「うりゃああああああ」


首を捻り切った。脊椎の上部、第三頸椎の辺りから千切れて両側から太い血管がホースのように血液を垂れ流して揺れていた。そして、カルラは首を地面に捨てて、パンパンと手を叩き息を切らしながらも「楽勝」と呟いた。


セキュリティルームに籠っていた者たちが壁に開いた穴から顔を出し、いとも容易く灰色の巨人を屠ったカルラに歓声をあげる。


灰色の巨人は真正面から近付いたカルラにほとんど反応できていなかった。この巨人は力が滅法強く頑丈だな、反応は鈍い。その程度の者にカルラが遅れをとるはずもなかった。


しかし、――――ガン、と、灰色の巨人が来た方向からまた一度隔壁が破壊される重低音が響く。


カルラがそちらを見ると、そこには完全に壊された隔壁と4体の灰色の巨人が立っていた。


「うわあ……また来たぞ」

「まだいたのか……もうだめだあああ」

「ッ!黙って部屋に戻ってて!」


カルラの勝利を讃える歓声は一瞬にして悲鳴に変わった。五月蝿いのでカルラは彼らを一喝して奥に追いやる。


それから、カルラは呼吸を整えながら、体の調子を見た。灰色の巨人の首を捻り切るのには思ったより腕力が必要だった。それにより腕に筋肉の断裂が生じていたが、ガソリン一杯位で治る程度だった。行動に支障はない。

残りの巨人は4体。絶望的というほどではない。ちょっと大変だけど。


先手必勝、カルラが飛び出そうと腰を落とす。

――――と、今まさに首を捻り切られた灰色の巨人がカルラの足首を掴んでいた。


「うぎゃ!」


足首を支点に慣性は回転運動に代わり顔面を地面に強打した。

とても痛かった。顔よりも無様にこけたことに心痛を覚えた。

足首に痛みを感じて、巨人の手を蹴り付けるが巨人の手は外れない。


首を捻り切ったはずの巨人を見てカルラは「うわあ……」と呆けた声を漏らした。


巨人の脊椎から蛇のようなものが伸びて自らの首に潜り込んでいる。どうやら元通りに繋げようとしているらしい。何と不快な生物だろう。というか、首を引きちぎって殺せないならどうやって殺せばいいのだろう。確かバンパイアは心臓に杭を打ち込めば死ぬのだったか。


「くそ、離せっ」


巨人はカルラの足首を掴んだまま立ち上がる。宙吊りになったカルラを揺らして、次の瞬間地面に叩き付けた。


「うわっ」


瞬時に翼で全身を包み衝撃を緩和する。有り余る運動エネルギーがコンクリートを粉砕して、カルラの体が反作用によりバウンドする。からだがバラバラになりそうだ。


「ッッ!」


声も出ない。浮いた体をまた地面にぶつけられる。カルラは歯を食い縛り耐える。カルラの小さな骨格が軋みをあげた。だが意識は飛ばない。竜の体は頑丈で頑強だ。

同時に、カルラの尾が巨人の足に絡み付いた。反作用により体が浮いた瞬間に翼腕で巨人の肩を掴み尾を思いっきり引っ張ると、巨人は足を掬われて巨体が後ろに倒れる。


「舐っめんな!」


形勢は逆転した。カルラは繋がりかけの首を蹴り飛ばして横たわる灰色の巨人の胸の上に着地。翼腕と尻尾を掴んだままにして体を固定。そして、大きく息を吸い込んで灰色の巨人の心臓目掛けて渾身の手刀を降り下ろした。

弾力はあるものの、一定以上からは尋常じゃなく硬い手応えになる。ふざけろ。竜の膂力で破壊できないものなど。両手で灰色の皮膚を掴み、カルラは吼える。背筋が高く隆起する。そして、皮膚を縦に引き裂いた。


「うりゃああああああああああ」


案外、巨人に出血はほとんどなかった。表皮を破いただけで動脈を裂いたわけじゃないから当然だ。引き裂いた皮膚を離し露出した体内に再度手刀を突き立てる。茶色く濁った脂肪を掻き分け、胸郭を砕いて心臓を掴む。そして、そのまま握り潰した。

これで死ななければ本当にお手上げだ。


とりあえず動かなくなった巨人の腋の下に手を差し込み、ゆらゆらと体を揺らしながらゆっくりと歩み寄る四体に向けて砲弾のように放り投げる。四体の先頭にいた巨人が拳を振り下ろしてそれを叩き落した。すると、間もなく心臓を潰し首を千切ったはずの巨人が蠢き始めた。

どうやらまだ死ぬ様子はないようだ。


「嘘でしょお」


カルラは八つ当たり気味に落ちていた生首を踏み潰してみた。巨人はびくんと跳ねると、脊椎から出た蛇を風船のように膨ませた。おそらく、首を生やそうとでもいうのだろう。


「……」


でたらめな不死性だった。


放り投げた巨人は約10秒程度で再生を終えて立ち上がった。これで巨人は四体じゃなく、五体になった。その上、ほとんど不死身らしい。カルラは急速にやる気がしぼんでいくのを感じた。一瞬、逃げようかとも考えたが、セキュリティルームの人たちはきっと逃げられないだろうと思うとそうもできなかった。


仕方がない。


どこまでできるか分からないが、殺しきるまで殺す決意を胸にカルラは一歩踏み出した。


その右足の下で突如床が盛り上がる。


「ウガアアアアアアアアアアアアアアア」


奇声を上げ、コンクリートを破片に変えて、カルラを吹っ飛ばしながら六体目の巨人が地面から現れる。いや、現れるというのは正しくない。それは、仰向けの姿勢のまま胴体を貫通する大段平によって突き上げられてきたのだ。

その下から大段平の持ち主がカルラに声を掛けた。


「お?カルラじゃねぇか。何してんだ、こんなジメジメしたところで……よっと!」


ジョシュアがコンクリートから這い出してポイっと巨人を側に捨てる。それから大段平を通して巨人に魔力を注ぎ込むと、ピクピクと痙攣していた巨人が動かなくなる。


「カルラ、耳を塞げ」


カルラは咄嗟に言われた通り耳を塞いだ。

次の瞬間、巨人が収縮し、蜃気楼のように姿が揺らいだ。そして、強烈に発光し爆風と共に破裂した。


「……はあ。変な所から出てくんな。その上臭いし」


ジョシュアは全身を濡らし糞尿の臭いを醸していた。

その臭いにカルラは心底嫌そうな顔をして鼻を摘まんだ。


「何この臭い。絶対に、絶対に近寄らないでね。触ったりしたら一生許さないから」

「んだとぉ?……そいつは勘弁だな」


ジョシュアはカルラに嫌われては立ち直れない。


「さっきの奴、死んだの」

「ああ、もう動かんだろ。こいつに下水道に引きずり込まれてよ。ったく、下水道だぞ?このコートもう使えねぇじゃねぇか。で?なんだここは?」

「ふーん。私、やり方わからないからあいつらの相手はジョシュアがやってよ」

「あいつら?」


ジョシュアがカルラが指差した方向を見る。


「ノスフェラトゥ。まだいたのかよ」


そのうち一体は首が復元過程にあり、更に胸に大穴が空いていた。それを見て取り、ジョシュアはカルラの努力を理解した。


「なるほどなぁ。殺しきれなかったか」

「違う。まだ息吹ブレス使ってないし!」

「ブレスか。こんなところで使うなよ」

「わかってる!」


ジョシュアは、段平を軽々と揺らしながら自然な足取りで巨人に近付いた。そして予備動作もなく、目前に迫っていた巨人の頭蓋に向けて横様に大段平を叩き付けた。余りの勢いに巨人の霊脳核は砕け散り、更に振るわれた二太刀目で巨人は首を切り落とされる。

頭部を失いぐらりと揺れて膝を着く巨人に対し、ジョシュアは丁度目線の高さにきた巨人の心臓に大段平を突き立ててまたも魔力を注ぎ込んだ。

豪快かつ鮮やかな手並みで、手順も分かりやすかった。


ジョシュアは巨人に足をかけて大段平を引き抜き、他の巨人に背を向けてカルラを振り返った。


「見たか、カルラ。面倒な説明をはしょるとだな、まずは霊脳核だ」


背後からジョシュアに向けて巨人の掌が迫る。ジョシュアそれを見もせずに体を傾けてかわし、振り返りながら大段平をノスフェラトゥの額にめり込ませた。


「次に首を切断して心臓と霊脳を分断する。コイツら霊脳核まで再生しちまうからな」


大段平を両手に構え背後から首を両断。ジョシュアとノスフェラトゥの身長差はおよそ50cm程度だが、難なく切り落とした。


「ノスフェラトゥの肉体は変異で異常に強靭になっているから気を付けろ。もし上手く切断できないなら魔力を込めてやれば幾分か柔らかくなる。んで、最後に心臓らへんに魔力を充填して終了だ」


ずぶりと大段平がノスフェラトゥの心臓に埋まる。数秒後にノスフェラトゥの体が爆散した。


「さあ、カルラ。残りの奴らを始末するぞ」


カルラが黄金色の眼を細めて頷く。




竜娘に追われて上階に逃げたところ、たった一人の白犬に崩壊寸前に追いやられていたギャングを発見した。

俺はとっさにそのギャングを指揮して応戦、皆殺しにされる前に白犬を撃退。追走を開始したところ仲間の声が聞こえ、それに従うと――――道に迷った。

その仲間の声は、最後に甲高い女の声で笑うと消えた。


狐に化かされた気分だったが、騙されたことに気付いてすぐさま反転して最上階に向かった。


「んだよ、この扉!!魔法かかってんのか!」


全力ドロップキックしたのにびくともしない。むしろ、反動が全て足に帰ってきたようで足首が砕けそうになった。


「ヤバくねっすか!?このドアヤバくねっすか!?」

「うほおおおおお全然壊れねぇなあこの扉!うはっうは」


アホが全力全開で扉に手斧を叩き付けているのを尻目に立ち上がり、どうするか考える。先ほど近くの奴に散弾銃を撃たせてみたところ、見事に弾が反射して発砲者が穴だらけになった。


「ゲイルさん、すっげえこれ壊れねぇよ!壊れねぇよおおお!?」

「……確かにこの扉は壊れねぇな。よし、扉はやめだ」


アホから手斧をひったくり扉の側の壁にそれを叩き付ける。コンクリートが少し欠けるのを見て手斧を返して言葉を続けた。


「壁を壊せ。10分もありゃいけるだろ」

「うおっしゃあああああああ」

「ぶっ壊せえええええええ」


アホ共がこぞってそれぞれの手に持った武器を振り上げて壁に叩き付ける。バラバラな場所に。


「だあああ、てめぇらクソバカかよ!んなとこ壊してどうするんだよ!ここを壊せっつってんだ!」


鉄製の扉の右側を蹴りつける。ここから壁を抉り、扉を枠ごと引きずり出せば、この扉を開く必要すらなくなる。


アホ共が壁を壊している間に腕時計の確認をした。

アスクラピアに侵攻してからおよそ1時間が経過していた。とすれば、脳人形を使った「陽動作戦」はほぼ終わって、反転者による「掘り返し作戦」に移行しているはずだ。

そして「掘り返し作戦」が終わると「地獄を引っくり返したような」状態になるらしいのですぐさま逃げなくてはならない。


あと時間の余裕はどの程度あるだろうか。


悩んでいると、地面が揺れるのを感じた。冒険者自治領ドミニオンには地震がよく起こるが、それとは違う揺れだった。

これは大地ではなく、アスクラピアが揺れているのだと気付いた時、ギギギと錆びた歯車を無理に動かす音を上げ、天井から落ちてきた鉄の壁が扉を塞いだ。


「うぎゃあああああああいてぇぇぇぇぇぇ……足が挟まれちまった!」

「あちゃー、お前、これ完全に潰れてるべ?ほら、断面が結構きれい」

「うるせぇ!」


続いて通路にも隔壁が降りてきて前にも後ろにも進めなくなり通路に閉じ込められる。


「くそ、話が違うぜ。ナースステーションを壊せば隔壁は降りないんじゃなかったのかよ……」


ジャグラスのクソ旦那が言うには、アスクラピアの全システムはナースステーションで管理されているから、そこを占領すれば組織だった行動はなくなる、とのことだったのだがこの有り様だ。

シンレンマフィアは本当に信用ならない。最近はやたらと金払いがいいから従っているが、一度でも金を渋りやがったらさっさとおさらばしてやるぜ。


警戒して姿勢を低くしていると、通路の反対側にダストシュートを発見した。ギリギリ人が通れるくらいの大きさで、俺の肩幅だったら何とかなりそうだ。


「ゲイルさん、何か変な音が聞こえません?どうするんすか?」


そいつに言われて耳を澄ます。

確かに通路の奥からキリキリと鉄線を擦る様な音がする。そこを見ると天井の板が外れて機関銃が姿を現した。照準が自身に向いていることを認知した瞬間、咄嗟に喋りかけてきたアホ1号を目の前に引き寄せる。


「やっべぇ……!」


撃針が振り下ろされる寸前に床に伏せると、頭上でアホ1号が腹部の何もかもを散乱させながら体をくの字に曲げた。

その血煙を隠れ蓑にゴキブリを彷彿させる体勢でダストシュートに頭から飛び込んだ。

ダストシュートの奥の壁にぶつけて頭に熱さを感じたが、それを無視して何とか重力に従って下に落ちようとした。しかし、足首がダストシュートの入り口に引っ掛かって一瞬宙ぶらりんになる。


何とか足首を引き抜こうとしながら、ダストシュートの中の臭いを嗅いだ。酷い臭いだった。生ゴミのような、野生動物のような、糞尿のような、凄まじい悪臭。


「くせぇ……何だこの臭い?」


何故か知っている臭いのように感じ疑問を覚えた瞬間、左足首に融けた金属をぶちまけられたような脳髄を焼く熱さを感じ、意識を飛ばしながらダストシュートの中を落下していく。


朦朧とする意識。浮遊感。

一瞬何故か子宮にいるような気がして臭いの正体を悟った。


これは、体内の臭いだ。




「んがああああああああああ」


気付いた瞬間壁に手を付き両足を思いっきり突っ張って無理矢理に落下の勢いを殺す。


「あああああいでええええええええ」


左足首が、神経をそのまま引っ張り出してやすりで研いだような痛みを発したが、今度は意識が飛ぶのを我慢した。


「っおう!?」


そして、何とか無事にゴンと後頭部を地面に打ち付けるだけの損害でダストシュートの一番下に着いた。


何とか這い出して左足首を見てみると、見事に足首から先が無くなっていた。


「ちきしょう……ああ痛い、痛いぞ……」


とりあえず、ベルトを外し、それで足首を締めて出血を防ぐ。


それから、現在地を確認するべく周りを見渡した。どうやらここはそこそこ大きな部屋のようだ。天井が高く、小さな魔光灯が薄気味悪く明かりを投げ掛けているがほとんど真っ暗だった。部屋の中心に何かオブジェのような物があることに気付いた。

生臭い臭いを我慢しながら目が慣れるのを待っていると、段々と輪郭がはっきりしてきた。


「……っ……ふっ……っ……すー……っ……」

「んん?」


呼吸音?どこかは分からないが生き物の気配がした。


最初ははりつけにされた天使の様に見えた。


「うっ……!何だよこりゃ。俺じゃなきゃ吐いてるぜ……」


それはとても天使とは似ても似つかぬものだった。まず目に入ったのは巨大な脳だった。天井から垂れる無数のケーブルが髪の毛のようになって脳と繋がっていた。脳の下には普通の人間と同程度の大きさだが、脳と比べればアンバランスな程に小さい二つの眼球があった。瞼は勿論、頭蓋骨も無く、まさしく「裸眼」と言った風情で、幾多の管と視神経によってぶら下がっていた。


その下には体と思しき生体構造があった。元々は人型だったらしく、小柄な肋骨がへばりついている。肋骨の上の方から伸びる両腕は広く伸ばされており、二の腕辺りはまだ束ねられていたが、肘から先は病的なまでに解体されていて、神経、筋肉、血管に至るまで限界までバラバラにされていた。バラバラにされた膨大な繊維の一本一本が管に繋がって天井に向かっており、あたかも赤色の翼かのように見えた。


肋骨に収められるべき内臓はおもちゃ箱を引っくり返したように無作為に引きずり出され、ケーブルで宙に固定されていた。ケーブルからはローションのような粘性のある透明な液体が伝い落ちており、鈍い照り返しで覆ってドクドクと脈打つ組織を乾燥から保護している。


「……ふっ……っ……すー……」


呼吸音。本来ならば肋骨で保護されているはずの肺が1m程も下にずれた所でゆっくりと伸縮を繰り返している。


「……生きてやがる。魔物か、こいつは?」

「そうだ、この姿になっても彼女は生きている。芸術的だとは思わんかね?」


いつの間にかオブジェの足元に白衣白髪の男が立っていた。


「ふん、攻め入る城の城主さえ知らんのか。私は院長だよ、この城のな。それで貴様は……そうか、隔壁を動かしたせいでダストシュートの底が崩れたのか」


年齢は50代半ば程度だろうか。吊り上がった鋭い目付きは何もかもを見下しているかのように、冷たい。


「それで貴様はどうする?城の主が目の前にいるのだ。討ち取ろうとは思わんのか」

「はあ?何だてめぇ、殺されてぇのか?」


足が死ぬほど痛いし、意識も朦朧としていた。そんな頭で咄嗟に考えると、殺した方がいい気がした。確か、俺たちのような雑魚に伝えられた作戦の目的はアスクラピアの医師を殺して、白犬に回復させないようにすることだ。だとすれば、院長を殺せば最高じゃないか。


散弾銃を構えた。


「ほう、その陳腐な飛び道具で私を殺そうというか。やってみ」


ズドン。院長が台詞を終える前に引き金を引いた。まとまった散弾が院長の腹を通過し、真ん中の8割ほどを貫いて大きな穴を作った。

院長は一歩よろめいたがすぐに態勢を立て直した。


「思い切りがいいのは分かるが、話の途中で撃つ奴があるか。ほら、ミコトが見ているぞ」


ミコト、オブジェの剥き出しの目がこちらを見ていた。瞬きはもちろん表情もないので、そこからは目の神経構造くらいしか分からなかったが文脈から怒っているような気がした。


「彼女は、目だけは自分で動かせるんだ。耳も鼻も肌も無くなってしまったからもはや目しかないんだね。特に痛覚は最初に切った。今でも思い出す。私の手で切ったのだから」


院長の腹部は一瞬膨れ上がって繊維状の赤い肉片を吐き出して再生した。流れる血もすぐに皮膚から吸収されて、負傷の跡は破れた白衣だけになった。


「……っ」


自分の歯がガチガチと鳴っていることを感じた。いつの間にか暗く恐ろしいダンジョンの最奥に見捨てられたような気持ちになっていた。ここは何だ?目の前にいるのは何だ?


「まあ、私は貴様などという矮小な存在に興味はない。医師として積極的な殺傷は避けるべきところではあるが、貴様が彼女に近付こうというのならば始末する他ない。ナターシャと違って私は殺すのが嫌いではない。それで、貴様はどうする?」

「そ、それなら俺は逃げさせてもらうぜ」

「よろしい。出口はあちらだよ」


院長は後方を指差した。どうやら俺の命を奪うつもりはないようだ。いや、命を奪うつもりはないのだと祈った。あえて、何も考えずに足を引きずりながら院長の側を通りすぎる。背中を向けることに多大な恐怖を覚えたが、敵対すれば一瞬で殺されるような根源的な重圧がそれを無視させた。


「間に合うかは知らんがね」


意味不明なその言葉を聞きながら出口と言われた鉄板を押し開ける。


「――――ああ、やはり間に合わなかったな」


瞬間、扉の隙間から伸びてきた腕に左肩を吹き飛ばされた。

足首を失った時点で痛みの感覚が薄れてしまっていたのだろう、自分の鎖骨肋骨から様々な軟骨を振り切って上腕骨が離れていき、三角筋、三頭筋や鋸筋が千切れていくのをごく客観的に、かつ、鮮明に感じた。


「ありゃ、ごめんもしかして殴っちまった?うわー、ごめんな、肩無くなってるじゃん。いきなり扉が開いたもんだからさ、うっかり殴っちまった。あ?そのくっそきたねぇ顔、もしかしてお前ファミリーの人?」


俺の肩を吹き飛ばした男は楽しそうに笑いながら死にかけの俺に話し掛けてきた。


「あー見たことあるような気はするんだけどわかんねぇな。まあいいか、ここは俺に免じて許してくれ。な、俺とお前の仲じゃねぇか」


男は倒れた俺の手を勝手に握手して、無垢に笑った。


暗くなる視界の端で院長が手を広げ「ミコト」が壁一面130の砲門を男に向けるのが見えた。

ゲイルの休日

ドミニオン西区魔鋼技師サラの店


ゲイル「やってるか?」

サラ「やってるわよ。……なんだあんたか」

ゲイル「なんだとはなんだよ」

サラ「なんだとはなんだとはなんだよ」

ゲイル「ああうるせぇ!弾ぶっ飛ばすぞオラ!」

サラ「はあ?玉蹴っ飛ばしてケツに銃身ぶっ刺さすわよ?」

ゲイル「んだとてめぇ、ぶちおか」

サラ「その先言ったら殺す」

ゲイル「……すまん」

サラ「で、何よ?また銃?」

ゲイル「おう」

サラ「見せて。ショットガンね。隙間ガタガタネジゆるゆる。あなたのケツとおそろいね。どうしたい?ドラゴンぶっ殺せるようにしようか?撃ったら腕破裂するけど」

ゲイル「要らねぇよそんな銃撃てねぇよ!……弾込めの時少し引っ掛かる時があるからどうにかしてくれ。後、頑丈に」

サラ「はいはい、やっとくからまた明日来て」

ゲイル「はいよー」


後日、ドラゴン殺せるようにしといてもらっても良かったなー、と思うゲイルであった。

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