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悪鬼異行 異界復讐譚  作者: ジベタリアン
ダンジョン都市ドミニオン
26/56

セレブロ

人の意識は脳髄に在らず 全身の細胞にこそ在れ

「ケントくん。君、少し臭うぞ」


匂いたつような妖しい声でマックスが言った。端整な顔が歪み、鼻を摘まんでいる。


「……すまない」


比較的損傷の少ないオートマタを背負って地下水路から地上を目指した。地下迷宮は体感時間を失わせるが、多分六時間程も掛かっただろう。臭いも染み付くというものだ。


「そのオートマタ見せてくれる?」

「どうぞ」


アクアリウムから漏れる青い光と淡い暖色の間接照明がマックスのたおやかに伸ばされた手を照らす。その手にオートマタを渡した。彼女は乱暴に自分の長い髪を纏めて、オートマタを調べ始めた。マックスは普段部屋で酒を飲むか、外で酒を飲むかしている他は何をしていのか全く不明だ。しかし、とにかくこういうことに詳しい。

繁華街である南区の高層マンション、それも17階に住んでいるということは相応に金は持っているのだろう。

俯きながらぼそりと彼女が言った。


「調べておくからシャワーを浴びてくるといい」

「どうも」


シャワールームは脱衣場との仕切りが磨りガラスでできていた。

真鍮製の洒落たハンドルを回すとすぐに熱いお湯が出た。教会よりもよほど設備が整っているようだ。

シャワーを浴びているといきなり脱衣場の扉が開かれた。恥ずかしくはないが、少し驚いた。それから脱衣場にマックスの声が反響した。


「服を渡すのを忘れていた。ここに置いておくよ。君の服は洗っておく」


磨りガラスの向こうでマックスが動いているのがうっすらと見える。薄いガラスの向こうに全裸の男がいるというのに、素晴らしい落ち着き振りだ。


「……ありがとう」


一通り汗と泥を流して脱衣場に戻ると、男性用の衣服が畳んで置かれていた。

男性用……恋人のものだろうか?私が着ていいものなのか?などという疑問を放っておいて、パパっとそれに着替えた。


部屋に戻ると、間接照明が消されていて、広く取られた窓から月の光が観葉植物を照らしていた。その隣でマックスは後ろに束ねていた髪をほどいて、無造作に少し波打つプラチナブロンドの髪を垂らしていた。

オートマタの鑑定はすでに終わったらしく、美しい死体のようにも見えるそれはすでに床に置かれている。


マックスは静かにベッドに座り、少しはだけたブラウスの間から生白い肌を覗かせて言った。


「私もさっきシャワーを浴びたところなんだよ」


マックスが艶やかに薄く微笑み、髪を揺らすと薔薇の花のような濃厚な雌の香りがした。


私は「ほう」、と相づちを打って、「だから今日は白衣を着ていないんだな」と言った。

彼女は「白衣を着ている方が好きかい?」と答えた。私は少し考えてどちらでも気にしたことがない、と伝えた。

それから少し沈黙して彼女はため息をついた。そして、口をへの字に曲げて「私の体はどうだ?」と言った。


「とても綺麗だと思うよ。腰が細いのに胸が出ている」

「欲情はしないのかい?」

「……すまないな」


マックスが不機嫌そうな顔をする。


「君には性欲がないのかい?」

「もう当分感じていない」


ゼラスに来てから美人にも慣れてしまったしな……。


「へえ、まだ若いのにもったいない。私は体も性欲も持て余しているよ」

「ほう、この服は恋人の物じゃないのか?」


やっとマックスが表情を和らげた。


「はは、恋人なんぞいるものか。それは被験者のために常備してあるものだ」

「そうだったのか。それで、オートマタはどうだった?」


私の質問にマックスは諦めたように眉を緩めて答えてくれた。


「……仕方ないね、説明しよう。まず、このボディはオートマタと構造的には同じだね。モーター内蔵の骨格、魔鋼筋肉、記憶装置と計算機。全体的に頑丈なのは戦闘を想定しているんだろう」


マックスがオートマタを持ち上げて肘の関節を動かしてみせた。


「だから、これは定義としては自動人形オートマタで間違いない。けど、見てみなさい」


マックスがオートマタのうなじを見せた。

陶器のように白い肌がいやになまめかしい。

マックスはそこに指を差し込んでぐっと引っ張った。すると、うなじが頚骨に沿ってパカリと開き内部構造が明らかになる。


「これは普通のオートマタにはない構造。頭部の展開と取り外しのためのものだ。ここ、型番が書いてある」


オートマタのうなじを覗き込むとマックスの髪が鼻のすぐ近くにきた。女の匂いの中にシャンプーの匂いがした。さっき風呂上がりと言っていたな。


オートマタのうなじには、『(Stel)搭載(Cerebral )(Stand-)(Alone )供給(Supplying )(System )少女(Maiden )(Frame)』と書いてあった。


「昔の研究にこれと同じことをしようとしたものがあった。その時は『脳人形計画セレブロマータ・プロジェクト』といってね。オートマタの無人操作を可能にすることを目的として、内蔵動力機関と自律的判断能力を持つ物体、つまり脳をオートマタに組み込もうとしたものだ。脳を移植することには成功したんだけど、結局全身異形化と変わらないから無意味だったんだがね」


マックスが更にうなじを押し込むとオートマタの後頭部が開き金属の球体があらわになった。


「脳殻だ。本当は専用の鍵が必要なんだろうけど――」


マックスがポケットから何かの触媒を取り出して脳殻に手を翳すと、脳殻が口を開くようにして割れた。


「――ほら、開いた」


琥珀色の液体が零れ落ちる。脳が球体の中に浮かんでいた。


「脳人形計画は失敗したけれど、これはそれより進歩しているみたいね。脳人形計画には、二つ問題があった。脳人形を作るのに一人人間が犠牲になるという問題と、脳人形に意思が生じて命令を聞かないという問題があった。これはそのどちらもクリアしている」


マックスが躊躇いなくオートマタの脳を鷲掴みにして引っ張り出した。

少し引いた。ナターシャもそうだが、何でこの人たち簡単に内臓とか掴んじゃうんだろう。


「まず第一の問題は拐って来た人を利用することで解決しているようだね」


それ、解決できてないよね。


「二つ目の問題は、見てみなさい。茶色い部分はただの脳挫傷だが、ここ。霊脳が前頭前野を侵蝕をしてる」


脳に纏わりつく銀色の繊維がナターシャが指差した部分だけ有刺鉄線のようにささくれだっている。


「これはなんだ?」

「強力な霊脳ハックで不可逆的に意識を変容させられているんだろう」

「……霊脳ハック?」


お手玉のように脳をもてあそぶマックス。

それから彼女は続けた。


「あまり知られてないけれど、人の霊脳核に自分の霊脳核を合わせると少しだけ相手の霊脳に干渉する事ができるんだ。摂取インジェストと一緒さ」

「ほう」


……人の霊脳を覗き見ることが出来ればいちいち拷問する必要がなくなりそうだ。


「ふむ、なにか考えているようだけど、人の霊脳を覗き見ると自我が崩壊するぞ」

「ほう?」

「当然だろう?人の意識には通常ロックが掛かっている。そのロックを潜るんだから同一化しないといけない」

「……ほう?」

「つまりだね、ケントくん。正気でいたいなら人の霊脳には手を出さないことだ。機会があればどうなるか見せてあげるよ」

「なるほど」


最終手段ってことだな。


「……絶対にやってはダメだ。不可逆的に人格が崩壊してしまう。それだけではすまないかもしれない。最終手段としてでも、ダメだよ?」


……。


「……任せてくれ。それで、このオートマタ?いや、セレブロマータか。これがどこで作られたか分からないか?」


マックスが一瞬斜め上を見て悩む仕草を見せる。


「はぁ、そこなんだよね」


困り顔でマックスが続けた。


「このセレブロマータは製造者が分からないよう注意深く作られているんだ。色んな会社の部品が使われている……けれど、こんな悪趣味な物を作る会社には幾つか心当たりがあるよ」


マックスが立ち上がり私の体を反転させ背中を押した。


「ここから先はもう少し時間がかかりそうだから君はもう帰るといい」

「え」

「うるさい。私とするつもりがないなら早く出ていきたまえ」

「ほう、了解した」

「む、了解するな!」


扉から蹴り出された。




「うーむ」


アイナが事務所の机で頬杖をついている。ブラインドの間から射す朝の光が彼女を淡く照らし、アンニュイな雰囲気を作っていた。


「……何だか今日はえらく落ち着きがないね」

「うーーーむ」

「別に普段の君に落ち着きがあるっていうわけじゃないけどね」

「うーむ」

「……どうしたんだい?話して楽になることもあるんだよ?」


ラカン所長が髭もじゃの顔でそう言うと、やっとアイナは唸るのをやめた。


「そうですね、そろそろ言わなければ間に合いませんし……実はですね、結構いいネタが見つかったんですけど、今日の昼前までは公表するなって言われてまして」

「ははあ、それで言いたくてそわそわしてるわけかい。言うなって言われると何か言いたくなるよね。カリギュラ効果って言うんだっけ?我慢なんて体に悪いよ?元々君は堪え性のない人間なんだから」

「堪え性がないって、日和見じじいに言われたくないです」

「それでどんな話なんだい?」


少し姿勢をただし、アイナはまず結論から述べた。


「昨晩、ミズガルズがマフィアに襲撃をかけました」

「……ええ!?ほんとかい?まーた抗争やるのかい?」

「はい、電撃作戦です。抗争まっしぐらです」

「はあ、困りましたねぇ。北区と西区には当分近付けませんね……とりあえず、号外でも発行しましょうか」

「けど、まだ公表するなって言われちゃいましたし……」


ラカン所長が大きな赤ら顔に大きな笑みを浮かべた。


「アイナちゃん、他社に先を越されたら元も子もないよ。原稿はできてるの?」

「あ、はい。これです」


原稿は昨日完徹してタイプライターで打っておいた。


「よっし、仕事に取りかかろう。どうせ売れないしざっと400部くらいでいいかな。号外なんて久しぶりだよ!」


ラカン所長が剛毛の生えた腕で原稿をアイナの手から引ったくって事務所の地下にある印刷機に向かう。後ろ姿はちょっとした熊のようだった。


「動くかなぁ。面倒くさいから長い間使ってないんだよねぇ」


原稿はおおよそ6000文字。この6000文字の一字ずつ拾い、それを並べて原稿と同じ文章の活版を作るのは(魔法で補助するとしても)大変な作業だ。活版を作った後はコンベアーに載せて印刷すればいいだけなので楽なのだが、その際もコンベアーの蒸気が新聞を濡らさないように監視をする必要がある。

そこで、事務所に置いてある印刷機は普段は使っておらず業者に発注している。しかし、今日は急ぎなので業者には頼みづらい。


アイナもラカン所長を手伝うために地下へ向かおうとしたところで、外から騒がしい音が聞こえてきた。


「頼もう!」


怒号染みた男の声と激しいノックが事務所の扉から響いた。

え、なに!?


すかさず、ラカン所長が戻ってきて、「アイナちゃん、地下に行って」と囁いて扉に向かった。

アイナは小さく頷いて地下に向かう。それを見届けてラカン所長が扉を開き、強面の顔を扉の隙間から突き出して訊いた。


「はいはい、どちら様ですか?おや、ライシンくん」

「……ああ、ミズガルズ三番隊所属のライシンだ。こちらにアイナという女はいるか?」

「はあ、何用ですかな?」

「その女には我々ミズガルズの情報をロン・シンレンに漏らした疑いが掛けられている。故、連行に参った」


はあ?私そんなことしてないんだけど!と言いたいが、怖くて言えない。

地下の階段から少し顔を出すと机の足の間からライシンの顔が少し見えた。一昨日案内してくれた人だった。


この場合の連行は問答無用、実力行使のそれでしょ。捕まったら何されるか分からないわね。


確か地下室には逃げ道が用意してあったはず。

冷気のある地下室の壁一面には棚が並んでいる。棚には大量の判子が大陸共通語のアルファベット順に置かれていて如何にも重そうだ。

実はこれ、スライドが付いていてロックを外せば簡単に動かせる。


「連行?いやあ、させませんよ?」


棚の裏にぽっかりと開いた穴を潜ろうとしたら、ラカン所長のそんな声が聞こえた。

意外と力強い言葉で驚いた。けど、大丈夫かな。ライシンって人、すごく強そうだった。


「ふん、貴殿の許しなんぞ求めておらぬ。中に入らせてもらうぐううう」


ライシンの声が途中で呻き声に変わり、それと同時に重い衝撃音が響いた。


「きみぃ、ここは僕の事務所なんだがね。うちの事務所が何を書いても潰されない理由、体に教えて上げようか?」


えぇ……所長のやたらと強気な発言が聞こえてきた。

何だか大丈夫そうなので、私は穴に入り、棚を裏から元通りに動かして逃げ出すことにしました。




ギルドは通貨製造を独占しているため、政治から独立した地位にありつつ、政治の中枢に鎮座する地位にある。よって、各国家や様々な犯罪集団がギルドへのスパイ活動に躍起になっているのが現状である。

そんなわけでセキュリティのためにギルド施設の大半は地下に設置されてあり、ジョシュアが呼ばれた応接室も地下にあった。


「よく来てくれました」


ギルド長官ダンケルがジョシュアに感謝の意を述べる。ヴァイオリンを引っ掻いた様な軋んだ音色だった。黒い肌に銀の髪。ダークエルフの特徴を持つ彼だが、その皺は深く美形なはずの顔面は巌のようですらあった。彼は出自が一切謎でありながらギルドのトップ、言わば大陸の頂点に立っていた。

出自が謎であるからこそ、誰も彼の弱味を探ることも握ることもできずに数十年が経っていた。


「強制任務にされたら来るしかねぇだろ」


対するジョシュアはいつものように不遜な態度を崩さなかった。


「で、何の用だ?あんたが出てくるんじゃあろくなもんじゃなさそうだが」

「我が職員の頭部を取り返す、できない場合破壊していただきたいのです」


ダンケルは一語一語区切ってそう話した。


「はあ?頭部だあ?誰の?」

「先日殺された我がギルドの幹部、ゾルエフの物です」

「……まあいいや、葬儀屋の仕事じゃねぇがお得意様の頼みじゃあ仕方ねぇ。その頭部ってのはどこにあるんだ?」

「場所までは分かっていません。ですが、実行犯は調べがついています。実行犯は八百組の、頭領ヒルコ。盗賊です」

「他に関係は?」

「シンレンマフィアと協力関係にあります」

「了解……他に何か情報は?」

「そうですね……ゾルエフは忠実な部下でしたから、口を割らずに死んだでしょう。なので、猶予は一週間程でしょうか」


「頭部」「口を割らずに死んだ」「猶予」。

ゾルエフはギルドが隠している重要な事実を知っていた。その情報を狙われてゾルエフはヒルコに襲われたが、言わずに死亡。ヒルコはゾルエフの頭部に残った霊脳からその情報をサルベージ(浚う)するために持っていかれた、と。

確か浚うのに普通は1ヶ月程かかるって聞いたけどな。腐るし精神が死体と同化してやられちまうし、ほぼ実用不可な技術だったはず……。


「ミズガルズは使わねぇのか?」


ミズガルズはギルドと持ちつ持たれつの関係にある。実質上、ギルドの実行部隊といっていいだろう。


「動いてもらっていますよ。ですが、大きくは動かせない事情があるのです」


話は終わったとばかりにダンケルが立ち上がる。


つられて立ち上がると大きな茶封筒を渡された。


「中に今回の資料が入っています。では、よろしくお願いします。報酬は――」

「いい、帰ってから聞くよ」

「そうですか、話に聞いた通りですね。ではまた」

「おう」


応接室から出る。魔光により明るい廊下だ。そこでジョシュアは茶封筒を開き、ゾルエフの写真を取り出した。


「ひでぇことしやがる……」


写真は二枚入っていた。ゾルエフの生前の写真と死後の写真。後者には頭のない傷だらけの体が写っていた。




悪の檻(ジェイル)、参謀執務室にノックが響く。


「入れ」

「入室します」


若い隊員が入室すると敬礼して報告を始めた。


「報告します。北区40%の占領が完了しました」

「被害報告」

「死者23名、負傷者63名。負傷者はアスクラピアで治療を受けています」

「順調だな」


火蓋を切ったジャグラス邸に対する強襲で死んだ14名、それから北区占領で死んだ9名。悲しい犠牲だが、予想よりも少数だ。順調……順調すぎる。

逃げているのか、あるいは、誘い込まれているのか?


「そう言えば、生き残った……イグレシアス隊員は何か覚えていたか?」

「イグレシアスですか?いえ、意識が朦朧もうろうとしていたらしく……」

「そうか。他には何かあるか?」

「特に申し上げることは。そう言えば、北区でマフィアを襲っている者がいるそうです。確かシアンと名乗ったとか」

「シアン?ふむ、知らない名前だな」


マフィアを襲っている、か。放っておいてもまあ大丈夫か。


「北区で死んだ9名について詳しい報告書をあげてくれ。下がっていい」


マフィアの縄張りである北区に攻め入っているのに明らかに抵抗が少ない。単純にやつらの頭数が少ないのか、それとも、兵力を温存しているのか。

ジャグラスは狡猾な男。俺と同じタイプの人間だ。


「ずいぶん悩んでるようね」


突然の声にビクッとする。


「っ、レイファン、いつ部屋に入った?」


視線を上げると涼やかな目をした女が革張りのソファーに座ってコーヒーを飲んでいた。


「あなたって欠点だらけだけど、集中すると周りのこと見えなくなるのは本当にどうにかした方がいいわよ」

「ふん、身の回りの世話は部下が何とかしてくれる」


そんな欠点なんてとうに承知の上だったが言い返す言葉もなく、回転椅子に深く座り込んだ。欠点を直すよりも長所を伸ばした方が組織の役に立つのだ。


「セシル、引きこもりもやめた方がいいわね」

「黙れ。何の用事だ?」

「別に何も。暇なのよ、外に出れないし」

「そうだな」

「……」

「……」


沈黙。かちゃりとレイファンがコーヒーカップを皿に置く。コーヒーが彼女の喉を下る音すらも聞こえそうだ。

そもそも喋るのはあまり得意ではない。だが、彼女との沈黙は辛くはなく、むしろ心地よいとすら感じる。


一人でいるのは嫌いじゃない。

多人数でいるのは苦痛だ。

隊員といるときですら疎外感を覚える。

輪の外にいる子供。

俺は彼らの輪の中にいない。

俺は彼らが持っている物を持っていない。

そんな気がするのだ。


だが、だからこそ冷徹に見誤らずに部下を死地に送れる。


「どうしたの?じっと私を見て」

「見惚れていた」


そう言うと、すっとレイファンが顔を背けた。


「……仏頂面でそんなこと言われても嬉しくないわ」

「ふん、それは残念だな」

「もう。あら……誰か来たみたいね」


コンコン。

ノックだ。


「入れ」


一秒、不自然な間の後、扉がのろのろと開く。


「にゅーしつしま」


変に抑揚のない声。頭の中で警戒音が鳴り響く。

最初に見えたのは、柄。次に手首。それから全身。

剣を肩に担いで駆け込んでくる壮年の男。その先には――――


「――――レイファン!!」


即座に持っていた万年筆に捻りを加えて投げる。それは今やとレイファンに振りかぶる男の右腕に刺さり、剣の軌道をずらした。

その隙に机を乗り越え、男目掛けて飛び込む。

そして、ミズガルズ標準装備の鎧、プリトウェンMk.3の手甲で剣を払い、男の顔面をぶん殴る。


「大丈夫か?」


背後に立ったレイファンに声をかける。


「問題ないわ。……その人」


見覚えがある顔だった。


「ああ、三番隊の隊員だ」

「そうよね。まだ来るみたいよ」


剣を拾ってレイファンに渡す。


「どうするの?」

「話が聞きたい。殺さないように」

「わかったわ」


扉から更に三人の男女が入ってくる。いずれもミズガルズのガーディアン、三番隊の者だ。だが、何か様子がおかしい。落ち着きがない感じ……というより、目の焦点が合っていない。


「お前たち、用件はなんだ?」


とりあえず、話し掛けてみる。


「セシルさんぼー、レイファンふくちょー」

「あたまをもらう」


……話が不明瞭だ。偽物?報告書にあったオートマタか?


「頭を貰うとは?」

「おもちかえりしま!」


突然斬りかかってきたが、剣の腹を叩いて男の剣をかわしながら相手の顎を砕く。感触は人間そのものだった。オートマタじゃない、洗脳か。


「危ない!」


レイファンの剣がセシルの背後に迫る剣戟を弾く。それに畳み掛けるようにしてセシルが近付きまたも顎を砕く。


「助かった」

「一人に集中しないで」

「わかっている」


最後の一人になった女性隊員も危なげなく、その顎を砕いて意識を奪う。


「容赦ないのね」

「仕方がないだろ。縛るぞ」

「そうね」


参謀執務室には泊まりに備えて私物も多く置いてある。確かベルトがあったはずだ。


「……俺たちの頭を貰う、と言っていたな。それが気になる」

「殺すってことじゃないの?」

「いや、コイツらにされた洗脳は理性まで奪っているようだった。頭を貰うってのは本当に頭を持って帰ろうとしたんじゃないか?」

「……ゾルエフと同じ?」

「ああ」

「何故なの?」

「分からない。だが、狙われるなら俺たちだけじゃないはずだ。総長室に急ぐぞ!」


俺だけを狙うのは無意味だ。ミズガルズの実質は、真実のところ父上だけだ。次に狙うとすれば――。


総長、コーネリアス・グランドマスター。ミズガルズの創始者にしてトップ。単独にしてドミニオンの抑止力。「遥か彼方(ファロベラル)」を除けば最強と言われる男。そして、私の父。


部屋の前に着いた時には総長室は何事もないかのように静かだった。ただ、赤い液体が扉の下から流れ出していた。


「父上!」


勢いよく部屋に飛び込むと、次の瞬間、全ての感情を恐怖で押し流す津波のような凄まじい殺気と共に喉に刀の切っ先が向けられていた。唾をのみ込む。


「セシルか。危ないだろ、うっかり殺すところだったぞ。入室するときはノックだ」

「は、はい、父上」


大樹のような重圧を醸す鍛え上げられた巨体。白髪混じりの灰色の毛。瞳孔が猫のように縦に裂けているのは先祖のどこかに獣人の血が入っているらしい。父上は殺気を納めいつもと変わりない笑顔を浮かべて、刀から血糊を拭き取って鞘に戻した。


恐怖が喉元を過ぎると鼻に強烈な血の臭いが雪崩れ込んできた。

部屋を見渡す。

それは惨劇だった。7人の死体が全て一刀の下に両断され、壁に床に臓物を撒き散らしていた。


「そ、総長……?」

「レイファンもか」

「殺しましたのね、みんな」

「ああ。悪即斬だ」


一切の躊躇いなく切り捨てたのだろう。父上はそんな人だ。

だが、洗脳ならば解けたのでは……。


「父上、彼らは洗脳を」

「悪の手に堕ちたのだ」

「……」

「セシル、甘いお前のことだ。捕らえたのだろう?」

「はい」

「ならば、尋問したのち、殺せ。なにも聞き出せないとは思うがな」

「……はい」


父上が背を向ける。


「……セシル、行きましょう」

「……ああ。父上、ではまた」

「……」


総長室を後にする。

それから警備部に報告を求めたところ、狙われたのは俺と父上だけだった。


何がどうなっている。

ゾルエフを殺したのは、ロン・シンレン、と聞いている。

目的は密売ルートの確保。

ゾルエフは地上地下に渡りドミニオン内部への物資の搬入ルートを管理していた。


無論、ドミニオンは建前上自治領であり、その意味は「自らを統治せよ」、あるいは、「統治者なし」である。

だが、ギルドはドミニオンの至るところに監視網を敷き、その無色の糸を使って住人の知らないところで縛り上げている。


ゾルエフはそれの管理者だった。

だから、そのルートを狙ってロン・シンレンが手を回した。


だが、それだけか?


施設……。

父上が一度だけ口にしたそれは、この世に災厄をもたらしたらしい。

ドミニオンのどこかにあるという、その在処ありかを父上は知っている。


ゾルエフは知っていたのだろうか。

プリトウェンMk.3はダスク・ウェポンズによる防具の中でも高い総合力を持ち、欠点らしい欠点のない秀作防具でありながら大量生産が可能で整備も容易い傑作である。ミズガルズガーディアンの標準装備として指定されている。

真っ白に塗られた装甲は鮮血の赤が映え、ミズガルズが掲げる信念を象徴している。


ダスク・ウェポンズ特有の表面に塗布された魔鋼が瞬間的な硬度を高めると同時に、内部に編み込まれた魔鋼が柔軟に衝撃を分散する構造になっている。

また、籠手は粘膜を剥がしたサハギンの背を利用し吸い付くようなグリップを実現しつつ原価を抑え、他を魔鋼のみで構成することで運動性を妨げない作りになっている。

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