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悪鬼異行 異界復讐譚  作者: ジベタリアン
ダンジョン都市ドミニオン
23/56

ミズガルズ

見敵必殺!

ネキア肉に冒され変容した脳は第六感を開花させていた。その第六感により異常を感知して目が開く。

壁に蜘蛛の巣のような影が浮き上がっている。その反対側に目を向けるとひび割れた窓ガラスの向こうから差す朝日が眩しい。だがこれは毎朝見る光景だ。

違う、窓ではない、壁でも。異常は扉の向こうから来る。

バン。扉が開いた。


「おっはよー!」


朝日そのもののような柔らかで溌剌とした声。朝早くにノックもなく、勢いよく扉を開けてアイナが部屋に飛び込んできた。朝の静謐な空気なんぞなんのそのだ。一瞬で眠気もなにもかも吹っ飛んでしまった。


「……どうして君がここにいる?」


ベッドから身を起こし、ケントが訝しげにアイナに尋ねた。


「ミズガルズに行くんでしょ?私もなんです」

「なんで知ってる。そもそも君に家の場所を教えた覚えがないんだが」

「うふ、ケントさんってナターシャとは仲良いんですね」


彼女から聞いたのか……この世界にはプライバシーって概念がないのかね。ため息が口から漏れた。


「……はあ、彼女はお喋りだな」


ナターシャはアスクラピアで医師をしている女性で、コールマン葬儀社と死体についてちょっとした提携を結んでいる。少し頭はイカれているがやたらと腕がよく、私もよく怪我人を連れ込んで世話になっている。もっとも、私の体はネキア肉により勝手に修復されるので私自身が彼女の手にかかったことはない。


昨晩、教会で食事を終えた後に、誘拐被害者の三名の今後をどうするか話し合い、少女二人は教会で預かってくれることになった。そして、薬漬けにされていた女性はアスクラピアに送り届けることになり、そのとおり昨晩のうちに送り届けた。

間の悪いことに昨晩のアスクラピアの当直はナターシャだった。二人が知り合いだったのは、思わぬ、不幸な誤算だった。


「ちょっと着替えるから部屋から出てくれ」

「あら、私は気にしないですよ。それより廃墟みたいで面白味がないですね、あなたの部屋」


アイナは部屋の隅にあったソファーに座ると、手をひらひらと振って気にしないことをアピールした。図々しい人だ。


「人の部屋を廃墟と呼ぶな」

「物が全然ないじゃないですか。生活感ゼロ。廃墟みたい」


確かに部屋にはほとんど物が置いてなかった。ベッド、クローゼット、書き物用の机、後は一応の応接セットとしてソファーとローテーブルがあるくらいだ。


「……ほら、本とかあるぞ?」


机の上に積まれた本の横から寝る前に用意した今日の服を手に取る。


「本しかないって言うんですよ、それ」

「ないよりマシでしょ」

「減らず口。こんななにもない部屋じゃシアンちゃんがかわいそうです。どこにいるんですか?」

「シアンの部屋は隣だよ」


ドミニオン南区の繁華街で買ったパジャマを脱いで下着姿になった。パジャマは寝汗で少し湿っていた。天井の送風扇も稼働させていたが、まだ残暑はきつい。


「……すごい体、傷だらけだし。冒険者ってみんなこうなんですか?」

「知らないよ」


いつも通りの黒い服を着て、防具を装備し、パジャマをパパっと畳む。家事も家族がいなくなった歳月の間に随分と上手くなってしまった。


「準備できました?」

「ああ」

「じゃあ、行きましょう!」




守護者ガーディアンミズガルズの居城、悪の檻(ジェイル)は職人街である西区にある。

彼らの居城が悪の檻と呼ばれている理由は、その灰色で石組みの外見のみならず、彼らの厳格な規律と活動方針にある。

見敵必殺。悪即斬。悪は敵、敵は斬れ、斬って殺せ、必ず殺せ、即ち殺せ。

ミズガルズは二の句を継がず、一度に斬って殺す。故に悪の檻に収監者はなく、血となって流れた悪だけが檻に残る。


どう考えても危ない連中だが、悪人には躊躇しない一方、悪人でない者には無害である。もっとも、この街で悪人でない人間は相当限られるが。

また、彼らはギルド本部やアスクラピアに常駐して警備にあたり、その見返りに報酬を貰うなどの業務も行っている。

これに対して住民は「白犬」などと揶揄することもあるが、資金に余裕があり、真っ当な事業を経営している者の多くは店の警備をミズガルズに頼っている。この街で不用意に他者を信頼して損をする者は少なくない。その点、ミズガルズは無条件に信頼できる業者であった。


それに、私としては彼らとは共感する部分が多く個人的に仲のいい友人もこの一年でできた。

ジェイルに着き真っ白い鎧を着た門番に挨拶をして砦のような建物、ジェイルの中に入る。

そう何度も来たことがあるわけではないので、見回していると女性ガーディアンに声をかけられた。


「いらっしゃいませ、セキュリティサービスの受付はあちらになりますが……」

「あ、いえその今日は……あ!」


忙しそうに行き来するガーディアン達の中にタイミングよく、私はその友達を見つけて走りよった。


「ライシン!」

「おおう!ケント!」


ライシンがバネ仕掛けでも入っていそうな勢いで振り向いた。


「会いに来てくれたのか!新しい刀の使い心地はどうだ?」


濃い精悍な顔に満面の笑みを浮かべてライシンが歩いてきた。


「ああ、滑らかに斬れてとても具合が良かったよ」


ライシンは時々お手製の刀をくれる。切れ味は市販の物にも劣るが、何故だか屑鉄で作っても頑丈になるので使い勝手は悪くなかったりする。曰く、刀をもっと普及させたいらしいが同志が全然使ってくれなくて悲しいそうだ。


「そうかそうか!ゲンドーの親父も喜ぶだろう」

「ゲンドーさんにも後で礼を言いに行くよ」

「それがいい。それで今日はどうしたんだ?そちらのお嬢さんはなんだ?」

「ああ、こちらはえっと、友人のアイナさんだ」


借りてきたネコのように大人しく着いてきていたアイナがスッと前に出て自己紹介をした。


「初めまして。週刊Anotherで記者をしています、アイナ・バーンシュタインです」


アイナが手を前に出す。それを見てライシンが珍しく難しい顔をした。


「……週刊Anotherか。いや、よろしく。ライシンと申します」


そう言ってライシンは握手に応じた。

アイナは握手を終えるとすぐにまたケントの後ろに下がった。ミズガルズにおいて週刊Anotherの評判がすこぶる悪いことを察してケントの後ろに隠れることにしたようだ。


アイナは思い出した。そう言えば、以前ミズガルズについてギルドとの癒着関係があるとか、あることないこと書きまくった気がする……。アイナには人に嫌われる心当たりが山ほどあった。


「それで今、シンレンマフィアと抗争してるだろ」

「うむ、結成初期から続いていると聞いている」

「それで、ミズガルズが八百って名の売人を捕まえたと聞いてね。少し話が聞きたくて今日は足を運んだんだ」


ライシンが一瞬悩む素振りを見せた。


「ふむ、八百か……聞いたことがある」

「ほう」

「捕まえた、となると我が三番巡回隊だな。副隊長に聞きに行こう。こっちだ」

「助かる」


ついてこい、とジェスチャーをするライシン。

三人は切り出した岩が剥き出しで魔石灯の明かりしかない暗い通路を歩き三番隊の執務室に向かった。


「ここが我らの執務室だ」


着いたか。じゃあ、シアン。また後で。


(うむ、すぐ戻る)


足元から溶け出した闇が誰の目にも留まらず通路の奥に消えていった。


継ぎ目のない木製の扉を開いて部屋を見回してみる。いくつか事務机があった。その奥、少し離れたところにもう1つ机があり、その向こうに座っているなかなかの美男子、そして、その膝の上に座る美少女が見えた。

エリオットとエルザの変態兄妹だ。

能動的な変態妹を喜んで受け入れる受動的な変態兄という構図である。


「……何なのあれ?」


背後で嘆息めいたアイナの声が聞こえ、それにケントがぼそりと答えた。


「ミズガルズの変態兄妹。気にしたら負けと思った方がいい」

「聞いたことあるわ……あれが副隊長なんてミズガルズも大変なのね」


初対面の印象は悪くなかったのになぁ……。


「そうだ、副隊長って?」


ライシンに尋ねる。エリオットは確か分隊長だったはずだ。


「ああ、エリオット副隊長だ。先日、昇進なされた」

「ほう」


それならば、と部屋に入りながらエリオットに声を掛けた。


「エリオット、昇進おめでとう」


エリオットが机から顔を上げて答えた。


「やあケントさん!ありがとう、久し振りだね!」

「さすがお兄様ですわ!」


エルザがギュウっとエリオットに抱き着く。「さすが」の意味がよくわからない。

「エルザ、離れなさい」とエリオットは言うが、その口元が緩んでるあたり満更でもないようだ。シスコンにブラコンが抱きついている構図だ。


「どうしたんだ?やっとミズガルズに入る気になったのかい?」

「いえ、今日は違う用件で伺いました」

「というと?」

「八百、という名をご存知ですか?」

「八百……薬の売人だね。それが?」

「恐らく私の敵だ。妻と娘の仇だ。殺したい」


え……?

アイナは突然発された言葉の意味を理解しかね、ケントの顔を覗き見た。

その一瞬、ケントの顔はいつも通りだった。

敵意でもない、殺気でもない、爆発寸前の緊張感が部屋を包み込み、すぐに消えた。


「……貸しだよ、ケントくん?エルザ」

「はい、お兄様」


エルザが目を瞑る。恐らく霊脳に蓄積されたデータから八百に関するデータを検索しているのだろう。

人と喋っている時くらい膝から降りたらいいのに、とケントは思った。


「八百は2ヶ月ほど前からドミニオンに現れた新興勢力です。母体になったのはドミニオン外で指名手配されていた中規模の盗賊団。一年ほど前から活動がなかったので討伐された、もしくは解散したと周辺国では報告されていました。この時はまだ八百とは名乗っていませんわね。彼らがどこで薬物を作っているかは不明ですが、ここから北方のどこかであることは間違いないと思われます。また、薬物については強い依存性がある、としか今のところは」

「ありがとう、エルザ。さあ」


エリオットが薄く微笑む。


「これが今僕たちが持っている情報の全てだよ。他に用事は?」

「……詳しいですね。ミズガルズが八百を捕まえた、という話を聞いたのですが」

「……」


エルザは少しこちらを見て、それからエリオットに向き直した。

……無視された!?

エリオットはエルザと目を合わせずに私の背後、アイナを射すくめるように見た。


「ところで、後ろにいる女の子は誰だい?」


ふと気付いたようにエリオットが言った。


「紹介してなかったですね。こちらはアイナ。週刊Anotherの記者です」

「週刊Anotherだって?……どうしてそんな奴が君に着いているんだ?」


エリオットが珍しく目を丸くする。

ほんと、なんでだ?ってか、なんでそんなに評判が悪いんだ?

ケントがアイナの方を見る。

見られたアイナも何て言おうか迷い咄嗟に出たのは、


「か、彼に興味があるからです!」


という言葉で、アイナは何だか「我ながら意味深な発言をしてしまった」と思い赤面した。


「な、なんと」

「ははーん」

「あら、そういうことなの」


ライシンは驚き、エリオットとエルザは互いに納得したような表情で頷いた。

恐らく彼らの想像は間違っているが、訂正も野暮なのでやめておいた。

それで気持ち和やかになった雰囲気の中でエリオットが続けた。どうやらアイナは悪人ではないと判断されたようだ。


「八百の話だったね。確かに、私たちは八百の一員を捕らえた。スラムで囮捜査をしてね」

「では――」

「――もう死んだよ。もちろん、生かすつもりはなかったが」


殺すのがもちろんのこと、なのだ。ミズガルズにとっては。


「自殺されたんですか?」

「そうです。盗賊如きにあるまじき忠誠心で話を聞く間もありませんでした。そのせいで情報も集まらず、最近ではもう姿自体見なくなっています」

「……」


じゃあ、ミズガルズの組織力をもってしても八百の居場所は知れていないのか……。


「こんなところですね」


エリオットが話を続ける。


「――今はマフィアの革新派が薬の売買を引き継いでいます。その革新派のトップならば八百のことをよく知っているはず」

「……おお、ならば――」


ライシンが声をあげた。続けようとするライシンをエリオットが睨み付ける。

なにを言おうとした……?


「……それで?」


何か続きがあるのかと先を促してみる。


「……いえ、何もありませんよ」


エリオットは表情を変えず微笑むだけだ。もう何も聞けなさそうだった。


「ほう。……今日は皆さん出払ってるんですか?」

「まあ、私たち巡回隊は忙しいですからね」

「そうですか。今日はありがとうございました。何か用事のときはまた呼んでください」


エリオットが軽く頷く。


「ふふ、その時はよろしくお願いします。ライシンは任務に戻れ。そろそろ出番だろう?エルザ、ケントさんとアイナさんを玄関まで送って差し上げて」

「了解しました、副隊長!」

「はい、お兄様」


それから、ケントはエルザののろけ染みた愚痴を聞きながら通路を歩くことになった。エルザの愚痴は次第にエリオットの礼賛やエルザとエリオットの仲を異常視する者たちに対する辛辣な罵倒に変わりながらも続けられケントとアイナの精神を苛み、ケントの中に戻ったシアンもあまりの煩さにすぐさま飽きて二度寝に入った。





ジェイルから出て南区に向かう。教会に鳥かごを買っていく約束をしていた。


「やっぱりミズガルズなんて行くもんじゃないわね~。週刊Anotherって言ったら目の色変わるんだもの。で、何か分かったの?」

「ああ、もちろ……なぜ君に言わなければならない」

「なによー、いいじゃない。減るもんじゃないし」

「情報は拡散すると価値が減るんだよ」


眉を片方だけ上げてアイナが答えた。


「知ってるわよ。私、ジャーナリストですもの。そして、私の仕事は情報を探すことよ」


アイナの目がキラリと光る。


「何か隠してたわね、ミズガルズの連中!私からは誤魔化せないわよ!」

「あれくらい誰でも分かるだろう……それに隠していることももう分かっている」

「え?すごい、何が分かったの?」

「ふふふ」


シアンが砦の内部を闇状態で動き回り、話を盗み聞きしてくれた。


「秘密だぞ」

「もちろん、誰が言ったかは秘密にするわ!」

「違う、明後日までは誰にも言わず記事にもしないって約束するんだ」

「えー……分かったわよー」

「よし。……明日、マフィアの本部に奇襲を仕掛けるらしい」

「……ほんとに?」


ミズガルズ対シンレン・マフィア。常に敵対してきた両者だが全面闘争に至った回数は多くはない。だが、そのいずれでも互いに大きな損害を出し、表裏両面の統制がなくなりドミニオンが地獄と化した。


「ああ。……忙しくなるな」


ケントがにやりと口角を上げた。

アイナ「ケントさん、あなたってパジャマ着てるんですね」

ケント「おかしいかい?」

アイナ「ちょっと意外でした。もっとこう、裸とか仕事着のままとか……まさか、派手な豹柄でフード付きのパジャマとは」ウフフ

ケント「虎がモデルなんだ。可愛いだろう」ドヤ

アイナ「えー?……ええ、まあ。少しイメージは変わったかもしれませんね」ヒキ

ケント「そりゃよかった」

アイナ「いい方向とは限りませんよ」クスクス

ケント「……」

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