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悪鬼異行 異界復讐譚  作者: ジベタリアン
プロローグ 現世
2/56

十六人殺す

復讐とは

1日目、松永を始末。

2日目には車座を始末。

3日目、今日が澤島と加納の命日になるだろう。




澤島は八十重やそえ会の鉄砲玉であり、頭である。喧嘩に強く、喧嘩っ早い、それだけの人間、生粋の武闘派だ。

そして、それは八十重会の面々にほぼ共通する要素だ。なぜなら、八十重会に求められているのはその役割だけだからである。

すなわち、八十重会とは八百組の私兵だった。


澤島がその頭を張っている理由は単純な話だ。

彼が一番喧嘩に強かった。


彼は頭がなかったが野生の勘と日本人離れした恵まれた体格があった。

彼は今までそれだけを頼りに生きてきた人間だが、それでも世界は彼の思い通りに動いた。彼が一番強かったからだ。


しかし、加納敬志に会った時、澤島は自らが強者であるということが、ただの幻想でしかなかったことを思い知らされる。


澤島の拳、蹴りは全てかわされ、防がれ、流されたのに加納の拳はただの一撃で澤島の脳内に火花を散らせ、二撃で昏倒させた。


澤島はこんなに強い人間がいることに感動した。彼は腕力でしか世界を動かしてこなかったから、その価値観は強さだけが基準だった。だから、彼にとって勝った者に忠誠を誓うのは当然のことだった。


彼はそれから忠実に加納に従い続けてきた。今では、押しも押されもせぬ八十重会のナンバーワンであり、八百組のナンバーツーである。


「茶ァ!」


「うっす」


澤島は事務所の最奥のデスクに座っていた。

一応作業用にということで加納に買って貰った高級なものだが、澤島は正直このデスクをもて余していた。彼はそのデスクを足置き代わりにしか使えない低脳だったからなのだが、加納が作業用に、と買ったものだから何かしら作業に使いたがっていた。


そこで、澤島はドラマで観た会社の部長のように部下にお茶を頼むことで作業をしている気になっていた。

無論、お茶を部下に頼むことがどう作業に繋がるのかは誰にも、本人にもわからない話である。


すると、パンッ、パンッ、という乾いた炸裂音が入り口の方から聞こえてきた。それは澤島のよく知る銃声の音に聞こえた。


そして、続いてドカドカと暴れるような音。ことここに至っては澤島には間違えようがない慣れ親しんだ「喧嘩」の音だった。彼にとっての祭り雑司である。


(どーゆーことや。なんでうちの事務所で喧嘩やっとるんや)


澤島が思案に耽る。しかし、阿呆の考え休むに似たりというやつだ。澤島はいつしか、高級なデスクに足を載せるのはもしかして加納に失礼なんじゃないかと思いを馳せていた。


「澤島さん!カチコミです!!」


扉を開けて入ってきた下っ端の道上どうじょうが澤島を阿呆の考えから引き戻した。


「ああ!!?なんやと!?八十重会にカチコミたぁ、舐めとんのか!面白いやないけぇ!!」


うちにカチコミなんて初めてや!八十重会をカチコミで潰せる思うとる奴がまだここらにおんのか!


興奮のあまり降り下ろした拳がデスクの天板を叩き割る。


「デスクまで壊しやがってぇ!!生きて返すんやないぞ!お前ら、チャカはよ出してこんかい!」


興奮した澤島は体の動かし方、相手の動き方以外の全てがよくわからなくなる。今もデスクを壊したのが自分なのかまだ見ぬ襲撃者なのかごちゃごちゃになっていた。


「戦争じゃああ!!」


澤島が叫ぶ。こうなったらもう組長にしか澤島を止められない。それこそ加納がぶん殴って止めるまで澤島は相手を追いかけて殴るのをやめない。


「行ってきます!」


命令通り道上が、隣の物置に保管してあるアサルトライフルを取りに行こうと部屋を出た瞬間、頭の側面から血を撒き散らして棒のように横に倒れ、更に数発が道上をビクビクと床の上を跳ねさせる。


生臭い血の臭いが漂ってきた。


唖然。


「……ああ!?ちょ、待てや!」


表におった四人はどうなってん!?


くそ、思ったよりずっと早い。

きっとすぐに何者かが部屋に入ってくる。

カチコミして狙うなら俺のタマ以外にねぇ。


部屋に残っていた二人に命令する。もう俺を含めて事務所には三人しかいないのか。


「銃向けとけ。んで、見えたらぶっぱなせ」


ズルズル。

何かを引きずる音がする。


何や、不安を掻き立てるこの音は……。


引きずる音が扉の近くまでくる。


(もうすぐや)


そして、何かが顔を出した。


「やれぇ!」


すぐさま三人で乱射した。無数の火花が手元で弾け硝煙の臭いが鼻をつく。


銃口から漂う微かな煙が部屋を覆う。


その煙の向こうにこちらに銃口を向ける大柄な男が見え、ばた、とその隣で倒れる人影があった。


(っ!あれはうちの構成員か!くそ、野郎俺の仲間の死体を盾にしよったんか!!くそ外道が!)


澤島たちが普段持っている拳銃は隠しやすい小口径のものである。人体を貫く程の威力はないが、生身の人間を殺すには十分だった。


故に男が放った四発の弾丸はそれぞれ澤島の両脇の構成員を十分に殺してみせた。


これで澤島は一人になった。


一対一。俺は弾切れ。


相手はこちらを見遣り拳銃を構えている。俺のと同じタイプだとすれば、あと一発入っている可能性がある。


だが、男はその拳銃をあっさりと横に捨てた。

もう弾が入っていないようだ。


ならば、


(よし、望むところじゃ!!)


素手喧嘩ステゴロで俺が負けるか!


「おらぁ!!」


天板の割れたデスクを持ち上げて放り投げる。


男はそれを天井すれすれまで高く跳んでかわし、その勢いのまま跳び蹴りをかましてきた。


澤島はその足を掴み力技で壁にぶん投げるが、壁を凹ませたものの男は上手く受け身をとって立ち上がる。


追撃に全力の右ストレートを放つ。が、捉えられず、壁を粉砕し、男はお返しの蹴りで澤島の膝を激しく打ち離れた。


強い。


澤島が男をしかと見つめる。


真夏なのに黒いコートを着た男だ。


澤島より少し小さいが日本人男性の平均を軽く越えるだろう長身に、全体的に均整が取れた適度な鍛えられ方をしている。

なにより、動きが何かの武道を基礎にしているようだ。


澤島はあまり武道経験者と喧嘩した経験がなかった。体格の小さい武道経験者は巨体の澤島とまともに喧嘩しようとしなかったし、体格のいい奴らはそもそも無意味な喧嘩をしたがらなかった。


厄介な相手だ。

自分の喧嘩殺法では拳をクリーンヒットで当てられる気がしない。


そこで、澤島が両手を下げ巨大な肉体を小さくする。全身の筋肉をたわめ、全速の突撃を敢行、タックルである。


それに対し男は澤島の顔面に膝を合わせるが、生来の強靭なタフネスと体重で澤島は止まらず男を掴み、持ち上げた。


鼻が折れたらしき澤島の顔に血みどろの笑顔が浮かぶ。

そして、勢いのまま頭上に持ち上げた男を飾り棚に叩き込み、全ての棚板を男の体でぶち抜いた。


澤島は息を吸おうとしたが折れた鼻が塞がっていた。


(息ができねェ)


鼻の中に小指を突っ込み、折れて息ができなくなった鼻筋を無理矢理に通す。そして、鼻から息を思いっきり吐き出すと大量の血液が澤島のスーツと床を赤く染め代わりに空気が澤島の肺に行き渡った。


そして、再度動かない男を掴み、頭上高くに持ち上げて地面に叩き付けようと、


「っ!」


腕に焼けるような痛みを感じ、腕を見るとナイフが突き立てられていた。

力が緩む。


その瞬間器用に男が空中で澤島の顔面を蹴り飛ばし、直した鼻を更にひん曲げた。


(この野郎、タフじゃねぇか!)


澤島の意識が一瞬混濁した隙に男は澤島にタックルを返した。


男の表情には澤島と同種の獰猛な笑みと燃え上がるような猛然とした怒りが表れていた。


意識が戻った時にはすでに澤島は向かい側の飾り棚を目の前にし顔面でその天板をぶち抜くところで、


(ああ、楽し……っ)


澤島の容量少ない脳に湧き出たのは歓喜だった。自分とまともに戦える人間はそう多くない。新たな好敵手の存在に澤島は喜んだ。


そこで澤島は生まれて二度目の気絶を経験し、二度と目覚めなかった。


なぜなら、男が気絶した澤島の首を渾身の力で270°折り曲げたからである。




背中が痛い。

少し痛めてしまったかもしれない。


実は拳銃にはまだ弾丸が一発残っていた。


だが、この男についてはどうしても自分の手で引導を渡したかった。

妻と娘をその手で殺した男。何度殺しても足りないくらいだ。


しかし、所詮この男は加納の傀儡でしかない。こいつがいなかったところで加納は別の人間を使うだけだろう。


それにしても、今回はなかなかの無茶をしてしまった。澤島は事務所からあまり出てこない人間で、出てきたとしてもお目付け役の柴崎たちが常に近くにいて一人になることがない。


だからと言って、外で襲撃してしまえば逃げられて対策されてしまう可能性が高かった。


逃さずに一度の襲撃で澤島を始末するには真正面から逃げ場のない事務所を襲うしか思いつかなかった。


事務所には澤島をいれて8人いたが、不意討ちだったので想定より簡単に最初の四人は排除できた。


幸い八十重会も拳銃をしょっちゅう撃っているわけではなく、躊躇ちゅうちょがないぶんマシなだけで、素人に毛が生えた程度の拳銃の精度だった。


とはいえ、一応、気休め程度の防弾防刃コートを着てはいるがまともに当たっていれば怪我じゃすまなかっただろう。


最後のターゲットはどうなることか……。





男は給湯室に寄って淹れてあったお茶を飲んだ後、澤島らが裏と呼んでいた物置に入り、アサルトライフルや幾つかの兵器を持ち去った。


次に彼が向かった先はゴーストタウンの廃棄された工事現場である。


ゴーストタウンはこの地方都市の開発がバブル後期に急激に発展した為に広く作られたものだが、そもそもの住民人口と釣り合わないことと、バブルが弾けたことによって中途半端に開発が進められた状態で停止されたことから、登記簿上無人の街として扱われている所である。


しかし、実際には多くの人間が住み、居を構えていた。

例えば、密入国者、犯罪者、指名手配犯、そして暴力団員など裏社会の者、非社会的実在とされる者たちである。


ゴーストタウンは今や、裏社会の者にとっては故郷ともいえる街となっていた。


警察も今やゴーストタウンにはほとんど立ち入らず、通報がない限りは静観するのが暗黙の了解となっていた。


そして、男が向かった工事現場はこのゴーストタウンの中でも海岸沿いの特に入り組んだところにある。


工事現場に着いた男は夜の闇に紛れて建物の陰から工事現場の入り口を覗き込む。


……誰もいない。おかしい。

普段の取引だと二人ほど見張りがいた。

今回は加納敬志の復帰に合わせた海外マフィアとの重要な取引だから勝手が違うのだろうか。


男がゆっくりと近付いていくと、工事現場の奥から何者かが話し合う声が聞こえた。


誰かがいる。そして、こんな土地だ。順当に考えると八百組の奴らしかいないだろう。




「……誰かさんよ!もうとっくにバレてんぜ。出てこいよ」


……っ!!加納敬志の声だ。


バレている、その言葉が聞こえた瞬間男は弾かれたように振り向いて、先ほど自分がいた建物の陰からこちらを覗く人影を見つけた。


つけられていた。


八十重会の事務所に戻った構成員が加納に連絡したのだろう。それで襲撃がバレてしまったのか。


先ほど、八十重会への襲撃が上手くいったのは、それが不意打ちであったことが最大の要因だった。襲撃がバレて精神的なアドバンテージすらなくなったら、確実に死ぬだろう。


しかし、死の予測がついたのに男は先ほどと何も変わらなかった。少しの緊張。指の震えはない。


復讐に駆られた男は止まらず、男の目に灯る狂気の光は爛々と煌々と赫々と輝き始めていた。




復讐は、




――――愛だ。




愛を止められるか?


森の中で妻と娘が嗤っているのが聞こえる。


大音量で仇を討てと嗤っている!!


(アイツを、あの男を殺して!!)


男が小さく自分にしか聞こえない声で呟いた。




「いいよ、愛してる」





「早くでてこいよ。それともヤル気満々かコラ」


加納がリラックスした声で呼び掛ける。


男は八十重会から持ち出したアサルトライフルを二丁両手に構え、コートをしっかりと着込みフードを被る。


弾倉とロックの確認をして大きく息を吸い込み、吐く。


もう一度吸い込んで、ゆっくりと入り口から姿を見せながら敵の数を確認して、


「お前ら、」


加納敬志の顔色が変わり、命令を下そうと


「うおおおおおおおおおおおおおお」


両手のトリガーを引き絞った。


僅か2.5秒の精神的アドバンテージの間にアサルトライフルは一丁25発、二丁合わせて50発の弾丸を放つ。


しかし、その精度は無茶苦茶である。


加納敬志はとっさに椅子にしていたドラム缶の裏に隠れて難を逃れたが、工事現場にいた8人のうち4人が倒れた。

加納は襲撃者がかなり運が良く、また、跳ね上がる銃身を無理やり押さえつける体重と筋力があることを察した。


自分と同程度の体格を持ち銃の扱いを知っていて、俺に強い怨みがある男。

加納は自らの知る裏社会の情報と照らし合わせたがどうにも覚えがなかった。


殺し屋の連中にしても、尾行に気付いてなかった点を鑑みるとやり方が杜撰だし、戦い方が自分の命を捨てることを前提にしているような薄気味悪さがある。

殺し屋は自分の命までは懸けない。


となれば、素人、それも軍事関係か?


(ってか、アサルトライフル二丁持ってるとかマジかよー。ここ日本だぜ。ま、澤島殺ったって時点で可能性は考えたけどな)


加納はさっぱり分からないので殺してから顔を確認することに決め、ドラム缶の上に戻り襲撃者を見てみる。


男は片方のアサルトライフルを走りながら撃ちきり、もう片方のアサルトライフルのみを持って捨てられた水道管の裏に隠れた。





更に一人やり、残りは三人。


左の二の腕と脇腹を撃たれているが、脇腹のはかすり傷だ。二の腕はギリギリ動かせるくらいか。


男がポケットから二つ手榴弾を取り出す。アサルトライフルと一緒に八十重会から持ってきた物だ。


八十重会は本当に戦争をする予定でもあったのだろうか。


「回り込め!さっさとッちまわねぇと加納さんにどやされるぞ」


片方の手榴弾のピンを抜き、水道管の向こう側に投げつける。


「おい、何かきたぞ!」


「……!?バカ野郎逃げろ!!」


いいところに落ちたようで、少し顔がにやける。


そして、水道管の反対側から顔を出しアサルトライフルを構え、地面に伏せるクソムシ共を射殺する。

アサルトライフルの銃身が赤くなりそうなほどの高温。陽炎で空間が歪んでいる。

弾む銃口を押さえ付け一人殺し、二人殺した。


本日15人目の殺人だ。

戦争なら勲章を貰えるかもしれない。


残りは加納一人。


加納はドラム缶の上、照準をそちらに向け――。


ザザッ。

砂を蹴り飛ばす音が背後から聞こえ、反射的に前に飛び出しながら振り向いた。


「てめェコラざっけんなぁぁぁぁ!!!!」


ナイフを持った頭の悪そうな顔をした男がそこにいた。つけてきた野郎か、いつの間に!バカは行動が早くて困る!


ナイフを突き出して走り寄るバカ面に捕まりそうになった瞬間、視界の端に手榴弾が見え、世界がスローモーションになる。


結構近い!


何かきた、とか言った野郎、手榴弾を蹴飛ばしやがったのか!!


とっさに顔を背けると同時に爆発。




手榴弾の破片が吹き荒れて、男が倒れ、ヤクザが全身を破片に切り裂かれる。


立ち上がったのはコートの男が先だった。衝撃で倒れたものの、破片のほとんどはコートを破らなかったのだ。


その点、まともに破片に当たったヤクザは虫の息だった。


男はヤクザの落としたナイフをすぐさま拾い、肉を裂く感触と共にヤクザの首筋に返した。




これで16人殺した。


残りは加納だけだ。

次回、最低限の外連味な男の名前がやっと分かります

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