加納敬志、ゼラスに立つ
闇に溶ける間際、闇に包まれた
「うおおおおおお!!!月が二つある!!!見たことねぇ樹ばっか!!!!」
加納敬志はマリスと名乗った闇に連れられて異世界に降り立っていた。
加納敬志は子供の頃施設で読んだ『世界の植物図鑑』などを形から効能、成分まであらかた覚えている。それに照らして、見たことない、とは新種だらけの秘境か地球ではないかのどちらかである。
「内臓もこぼれてねぇ!!さすがに死んだかと思ったぜ!!」
手榴弾に服を裂かれたせいで剥き出しの自分の腹をドンドンと叩く。太鼓のような音が草木を揺らした。
強度を確かめているようだ。
「ギャハハハ、痛くねえええええ!!ああ、マジ死んだかと思った。最っ高だなぁぁぁぁぁ!!!!」
ひとしきり一人ではしゃぎ回ったあと、やっと加納が静かになる。
そして、右手を構え、見た限り一番太そうな樹の前に立つ。
「ああ、よいしょ!!」
大砲のような轟音がして幹周りが一抱えほどもある樹が半ばまで吹き飛ぶ。
自重に耐えられずミシミシと音をたてて倒れようとする残り半分の幹を今度は突風のような蹴りが強引に千切り飛ばす。
後ろを向く加納敬志の向こうで大木が土を跳ね上げて倒れた。
「うっし、いい感じだ」
加納が鼻をくんくんとひくつかせる。
「んー腹減った。あっちから動物の臭いがしやがる」
ここに用はないとばかりに歩き始める。
その進行方向から闇夜に紛れ奇怪で巨大な二足歩行の豚と、醜悪で矮小な小人が姿を見せる。
加納が見回すとどうやら、加納はすでにこの生物共に囲まれているらしい。
「へへへ、異世界の醍醐味だよなァ。オークとゴブリン。8と32、全部できっちり40体か」
夜の闇も森の藪も加納には関係なく、一体一体まで数える。
「行くぞ、オラ!!しっかり受け止めろよ、俺様の愛の鞭ィィィィ!!!!!」
F1なみのスタートダッシュを決めて加納が当然のようにオークの太った腹をぶち抜き、更に一瞬にして4体のゴブリンの頭を風船のように弾けさせた。
本来、上位種の命令がなければ決して逃げない魔物たちに恐怖と驚愕の色が浮かび、一歩下がる。
「ハーーーハッハッハァ!!!まだまだ行くぞォォォォ!!」
加納が35体の魔物の群れの中を縦横無尽に駆け抜け、その後に血の花が咲いていく。
40に及ぶオークとゴブリンの混成部隊。本来なら完全装備のセカンダリ冒険者が15人で挑んでも犠牲者が出る危険度。
しかし、オークのこん棒は在らぬところを叩き、ゴブリンは加納の姿さえ捉えられない。一方的な虐殺がそこにあった。
「――――ここは、最っ高だあああああああ!!!!」
加納が歓喜の声をあげる。地球で暴虐の限りを尽くしてもなおセーブしていた加納の自分本位な暴力衝動、破滅願望が完全に開花していく。
そして、ここにはそれを発散する対象が無限にいる。それを加納は知っていた。
忌神はただそれだけを加納に告げ、ここに転移させたのだ。
僅か2分と少し、その間に40の魔物が屠られた。
加納は息一つ乱しておらず、月に照らされたその姿はギリシャ彫刻よりも遥かに美しい。
生きる力に溢れた上半身を濡らす血液には自身の血は一滴たりとも混じっていない。
だが、加納にはまだ足りない。
自分を抱き締める両腕の感触、それが何をやっても消えない。
目を瞑ればすぐに浮かぶ。二の腕の肉を引き千切り、骨を握り潰し、そしたら俺の腹が弾け飛んだ。
ひりつくような恐怖。
死に抗うスリル。
あの一瞬、俺は本気だった。
「……思い出してもイっちまいそうだ」
加納がオークの太腿の皮を素手で剥き、その赤い肉にかじりついた。
「お、結構美味い」
加納が動き出す。
その歩みはとうの昔に人の道を外れていた。
将来の夢は植物学者!