表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪鬼異行 異界復讐譚  作者: ジベタリアン
プロローグ 現世
1/56

復讐の契機

怨み晴らさでおくべきか

見通せない程に黒い暗闇の中で娘が泣いていた、妻が叫んでいる。


私が浅はかだったのか、間違っていたのか、考えても今となっては取り返しようもない。

強かった彼女のことだ、きっと娘を守ろうとして死んだのだろう。

ああ、けどそれじゃあ残された娘が可哀想だ。

寂しがりなあの子は、その後一人で死んでしまったのか。


暗闇が晴れた。私は森のなかにいる。

霧が出ていて、立っているだけで体が濡れ体温が失われていく。


足元には穴がある。腐葉土、ミミズ、ムカデ。

それらに覆われて白くなまめかしい奇妙なほど綺麗な顔が二つこちらを見上げている。


妻と娘はXX県山中でバラバラになって発見された。


音もなくじっと見ていると、妻と娘の頭部が口をゆっくりと開いた。


声を聞ける。それが少し嬉しい。例え夢の中であっても。


聞けなかった声が聞こえた。

聞きたかった声が聞こえる。


あいつを殺して、と。

私たちの復讐を、と。


そして、私は止まれなくなった。




「君のことを覚えているよ。被疑者を連れてきてそのまま眠りこけていたからとても印象的だった。だから、とても残念に思っているんだ」


小雨で少し湿った路地に男の声が反響する。かつかつと靴の音が制服姿の警察官を追い越していった。


「急いだってどこにも行けやしないよ、松永巡査、その先は行き止まりだ」


松永と呼ばれた男を、コートを着た大柄な男がゆっくりと追っていく。

男は、人を追い詰めるには緊張を見せないことが肝要であると、経験から知っていた。

逸る心を抑え、必要以上に余裕を見せて歩く。

が、いつもより声が高く、口調が早くなっているのが自覚できた。


「松永君、ああ、松永巡査、話をしよう、聞きたいことがあるんだ」


巡査は行き場のなくなった路地を拳で叩いた。右を見て左を見る。他に逃げ場がないことを確認してから、恐る恐るようやく振り向いた。


その目は隙を伺うように一度男をチラリと見て、それからはせわしなく目を動かしてこちらを見ない。

その目をえぐってやりたいが、今は我慢だ。


「……話とはなんでしょうか」


意外と落ち着いた声だが、不安感は隠せていない。

白々しい。貴様のような者が警察官とは世も末だ。

男が内心で毒づく。


「君にはある疑いがかかっている、すなわち、覚醒剤の横領だが。君の所轄から消えたんだ。君が責任者だったわけでもないが」


「……」


沈黙。

巡査の顔色は変わらない。


「実はこの話はまだ誰にも言ってない、私しか知らない情報だ。人に言うからには、確証が欲しくてね。その為の情報が欲しいのだよ。何か、知っているかい、松永巡査?」


誰にも言ってない、と言った一瞬、ちらりとこちらを見た。


「……いえ、私はなにも。横領なんてとても私は、なにも知りません」


「ほんとかい?それはおかしい。だって、君がしっかりと写ってる」


松永は、何をわけのわからないことを言ってるんだ、とでも言いたげな顔をしている。


「押収品の保管庫、あそこに押収した覚醒剤を置いていたんだが、もしや誰かが盗みにくるんじゃないかと胸騒ぎがしてね。カメラを置いていたんだ」


ふふ、気付いていたかな、なんてうそぶく。


松永巡査は顔を白くし、なおも余裕を見せる男を睨む。男はふところから小型のビデオカメラを取り出して起動させた。


「うん、やっぱり、少し暗いけどバッチリ君の精悍な横顔が写っているよ。もう1台あるんだ。こっちは保管庫から出てくるところが正面に来てる」


少し間を置いて、


「逃げられないよ、松永巡査。君はもう行き止まりだ」


「……っ」


「だが、安心してくれ。君と私の仲じゃあないか。君が一つ教えてくれればこのことは不問にしよう。そしたら、このカメラに入っているデータだってすぐに消してみせるよ」


松永の顔が目まぐるしく変わる、絶望から希望、そして疑問に。

その顔色の変化を見てから問いを口にした。


「……いいか。妻と娘を殺したのは、八十重やそえ会の澤島だな?」


「……っ!!知らない!」


動揺したらしく強い否定の言葉が返ってきた。

男は松永巡査の答えに無言で少し微笑んだ。

……今まで何人も拷問してきた。まともな捜査では本当に欲しい情報なんて得られなかった。その経験から男は人が恐怖に直面した時の表情をある程度読むことができた。


「そうかい。……ああ、誰かがなあ、手引きをしたようなんだよ」


我が家の玄関は壊れていなかった。妻が自ら玄関を開けたからだろう。妻は自覚のある女性だったが、さすがに制服相手ならばきっと開けてしまう。


やはりこいつだ。


これ以上こいつには何も聞けないか、と口の中で呟く。

その裏にはもう何も聞く必要がないことも含意されている。


「……いいよ、行きたまえ。これも持っていくといい」


男がビデオカメラを二つ投げ渡す。

そして、あわてて松永巡査がビデオカメラを掴んだ瞬間、


「ぁぐっ」


隠し持っていたナイフを松永巡査の鎖骨の上から突き入れて首筋に沿って顎下までを裂いて口を封じ、すぐさま引き抜いて巡査の眼球に刺し込んだ。そして、目玉を抉る。


「……ゴホッ」


松永巡査は意識の薄れた片目でこちらを見て、そのまま倒れ二度と動かなくなった。


「……横領については許すけれど、私の家族については別だ」


男の呟きが路地に反響し、小雨がそれを消していった。


そして、倒れ伏した巡査のホルスターから拳銃を取り出して、男は足早にその場を後にした。




加納敬志かのうけいじ、26歳、日本最大の暴力団XX組系の2次組織、八百やお組を率いる若き旗頭。貸し金の取り立てや地上げから覚醒剤、銃器の密輸、果ては誘拐、人身売買、殺しの請け負いまで何でもこなし、その悪名はこの地方都市にまで轟いている。


身寄りは一切なく、育った孤児院も潰れ職員の行方も知れない。加納敬志の過去の記録で残っているのは戸籍の他には、13歳頃、数回補導された記録くらいのものだ。そして、それも正式なものではなく、覚え書きのようなもの。いわく、当時から13とは思えないような身長と体格をしていて、付近の非行未成年を束ねていたらしい。


筋金入りの悪、といったところか。なのに、今まで一度たりとも尻尾を見せなかった。流石、若くしてXX組の幹部にまで上り詰めた新星である。


だが、どうやら今回はやり過ぎたようだ。


現在、加納敬志は私の目の前、検察官調室に座っている。


「加納敬志、26歳、都内に生まれる。親はいない、と。合っていますか?」


加納敬志は私を見てにやりと笑った。


「ああ、そいつは俺だよ、検事さん」


片目をつむり余裕な顔をしている。


「で、検事さん、俺はどうなっちゃうんだい?死刑かねぇ?」


「……加納敬志、君の罪状は覚醒剤取締法違反だ。残念ながら、死刑はないだろうね。で、加納敬志さん、あなたには黙秘権と弁護士を呼ぶ権利があります」


「死刑はねぇのか、それはラッキーだぜ。弁護士はいらねぇよ、後で呼ぶ」


「そうですか、では、罪状、覚醒剤を使用していたことを認めますか」


「……罪状ねぇ。検事さん、松本のおっさんはいねぇのか?呼んできてくれよ」


私は眉をしかめた。


「松本さんですか?いませんよ。それにあなたとは関係がない」


松本は検事正だ。私より上の階級であるが、別に上司というわけではない。


……まさか、繋がりが?後で調べてみないと。


「それで、罪状を認めますか?」


「ふーん、まあいいや。それより、検事さん。やめた方がいいぜ?これは親切心なんだがよ」


更に眉間にシワが入る。


「脅すつもり、ですか?」


我が意を得たりとばかりに大きく顔を歪め、またもにやり。


「違うさぁ、な、俺とアンタの仲じゃねぇか。俺のお願い聞いてくれたら、いいことあるぜ」


要するに、賄賂の誘いなのだろう。起訴するな、ということだ。そんなこと、私の権限でどうにかなるものでもないし、検察の威信にかけてできるわけがない。


「何の話か全くわからないし、分かろうとも思わない。あなたが認めようが認めまいが、裁判をすることには違いがありませんよ」


加納敬志は大きく舌打ちして私の目をみる。はっきりと加納敬志の目を見たのはこれが初めてだった。妙に俗的な口調と違い、その目はどこまでも暗い明かりを灯し、どこも見ていないようにも全てを見透しているようにもみえた。


「これだから新米検事は嫌なんだよ、後悔するぜ、検事さん」


あの目を見た瞬間、ひどく悪い予感がしたことを覚えている。どうしてあの時……いや、益体もない話だ。


その後、裁判は順調に進み、覚醒剤使用の事実はあっさりと認められた。そして、三回目の公判期日で加納敬志に7年の懲役刑が言い渡された。


その晩妻と娘の行方が分からなくなり、三日後に死体となって発見された。




車座弁護士事務所の明かりが消えた。ガラス戸を押して、車座その人が事務所から出てくる。


ガラス戸を通して見えるちらりと見えた事務所は木目調の品のある内装にごてごてと成金趣味な置物が飾られてあり、内装そのものの品をぶち壊しにしていた。


車座はいわゆる「辞め検」である。検事時代に培った暴力団とのコネクションをフルに使って合法非合法と手段を問わず荒稼ぎをしている。そして、加納敬志の弁護をした男でもあった。


先程も車座に先んじて数人の暴力と闇社会の雰囲気を醸す男たちが出てきたところだ。


「……車座弁護士、ですね」


「っ!誰だ。相談なら明日にしてくれないかね。営業時間はもう終わっているよ」


背筋に冷水を浴びせられたかのような悪寒が走った。


いつの間にかコートを着た男が車座の背後に立っていた。男の背は車座より頭一つ高い。


背後に立つ大柄な男、それだけで恐怖がわくが、それとは異質な具体的な危険が迫っていることを、車座は感じていた。未来が黒に染まっていくような不安感。コートの男は車座にとってその不安そのものであった。


どうにか逃げなければ。車座は思う。この男は私を殺しにきたんじゃないか。普段の車座なら馬鹿な、と一笑に付す考えだったが、伊達に無数の恨みを買っていない。


(くそ、あの阿呆共はどこに行った!?こんな時におらんとは役立たずそのものだ!どうにか、逃げねば)


「すまんね!」


車座はとっさに閉めかけたガラス戸に悪徳により肥えた体を滑り込ませ、事務所の中に戻り、


「忘れ物をしたようだ!」


そのまま鍵を閉める。


男は車座のとっさの行動に少し驚いているように見えた。そして、少し待って声を出した。


「……車座先生は昔検事をしていたそうですね」


車座は男の声に聞き覚えがあることに気付いた。


「き、君は誰だね!?」


「あなたには、何も望んでいません」


男はおもむろにコートの下からハンマー取り出してそれを振りかざした。


「はっ!?貴様何を!!」


ガシャンと耳障りな音を立ててガラス戸に無数のヒビが入る。

冗談じゃない、こいつ頭がおかしいぞ!一切周囲を気にすることがないかのような男の振る舞いに車座は混乱していた。逃げるつもりがない……要するにこいつは俺を殺したい一心なのだ!

脂ぎった顔に粘りつくような汗が吹き出る。


ガシャン。

二度目にはガラス戸は砕け、男は手を差し込んでガラス戸の鍵を開けてしまった。


目の前の明らかな危機に車座の脳裏から不安感は吹き飛び、代わりに圧倒的な危機感が占領を始めていた。余りの危機感に吹っ切れた車座は息を吹き返したかのように動き始める。


確か、こんな場合のために八百組から拳銃を購入していたはずだ。


バリバリバリ。

細かいガラスが砕ける音と共に遂にガラス戸が開かれた。コートの男が室内に入ってくる。


(あった!)


車座は自分の執務机の中から拳銃を取り出し、構えた。


「動くな!今警察を……うぐっ」


男の手を離れたハンマーが車座の頭部に当たる。

視界が揺れて何が起こっているのかわからない。熱く痛む頭に触ってみると手にぬるっとした感触がありどうやら出血しているようだ。


見上げると、男の影が網膜に映った。拳銃を握る右手が震えて動かない。


何ももう考えられない。考える必要もすぐになくなった。


ぐしゃり。

頭蓋骨が内側にめり込む音を聞いて車座の知覚は永遠に途切れた。




妻と娘の死から7年が経とうとしていた。

今日は奴が出所する日だ。加納敬志。今年で33歳になるか。

この7年、私は検察官としての職務の傍ら家族の死に関わった者をありとあらゆる手で調べ続けてきた。


残るターゲットは4人。

妻を騙した松永良治。

計画を伝えた車座重光。

実行犯、澤島雅人。

そして、首謀者、加納敬志。


街路樹の影からXX刑務所の出口を遠巻きに眺める。

視線を横にずらすと、チェック柄のシャツを着た男が私から自然に目を逸らすのが見えた。恐らく公安の人間だろう。加納敬志に対する監視と、私に対する監視だろう。私は今や犯罪者だ。この7年間に限っては犯罪者が犯罪者の罪を咎めるいびつな状態が生じていた。だが、それももう終わりだ。私はもう検察官には戻らない。それに、今までの犯行は何とか隠してきたが、こうも監視されていればそれももう無理だろう。


真夏日のうだるような暑さの中、待っていると続々と顔つきから暴力性が滲み出ているような男たちが集まってきた。


そろそろ、時間だ。


突然、サッと音が引いていく。


加納敬志が刑務所の玄関から顔を出した。

側には加納敬志を挟むように二人の刑務官がいる。刑務官は玄関を出たところで立ち止まり、加納敬志ただ一人が真っ直ぐ門扉に向かう。


音が引いた中聞こえるのは、加納敬志のカツッ、カツッ、という足音と、早鐘のように打つ自分の鼓動だけだ。


加納敬志が右手を上に上げる。


「よう、てめぇら!ずいぶん待たせちまったな!くそきたねぇ泥くせぇカスみてぇなシャバの空気、爽快だぜ!くそきたねぇお前らの顔も見れて最高の気分だ!」


「お勤め、ご苦労様でした!」


加納がいない間八百組をまとめていた筆頭、柴崎が加納に花束を渡し、八百組の連中が歓声をあげて加納を迎え入れた。


「また、楽しくやっていこうぜ!てめぇら!」


奴の顔は7年前とこれっぽっちも変わっていない。

ニヤニヤと不愉快に歪んだ笑みを口元に浮かべている。


今すぐにでも殺してやりたい、と思う。妻と娘の早く殺して!という声が聞こえる。


だけど、今は無理だ。周りに雑魚が多すぎる。


それに、タイミングはすでに決めてあった。


三日後に八百組とメキシコマフィアの覚醒剤取引が行われる。


メキシコ側は最小限の人数、3人で来る。対等な関係で行われる取引ならば、加納敬志もそう何人も連れてこれないだろう。


それまでに加納以外の三人を始末しなければならない。


期限は三日、警察から逃げ切れるのもそれくらいのものだろう。時間はない。


騒ぐ八百組を尻目に刑務所を離れた。


そのにやけたツラを血に染めてやる。

処女作

誤字、アドバイス、お願いします

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ