店にやって来た下手な日本語の男(後編)
相手もさすがに困った顔をして黙った。強気に出ている弥生の耳元で滋が、
「弥生さん、これで本当に本物のイーニアスさんだったら、弥生さん、怒られない? 相手は一応イギリスの幹部なんでしょ?」
そう心配を口にする。だが、ここは日本だと切って捨てる。彼女の勘では間違いなくあれは偽者だと決め込んでいる。
「オウ、私、イーニアス・ローウェルの弟子。先生ノ遣イデ、ヤッテ来マシタ」
苦し紛れにしても、そんな言い訳もない。笑っていいのか、哀れんでいいのか、怒っていいのか、弥生の口からは大きな溜息が一つ漏れた。滋も苦笑する。
「それも嘘ね」
ズバリと聞く。彼女にもう遠慮はない。偽者の男は顔を顰めて舌打ちをした。と思えば一変して陽気な顔になる。
「オウ、ヤハリ、バレマシタカ。白人ナラ、ナンデモイケル、思ッタデスケドネェ。アナタ方、トテモ勘ガイイ。ナラ仕方ガアリマセン。プランBデス」
ついに白状すると、次には木の上へと向って中国語らしき言葉を早口で使う。何事かの指示である。只ならぬ気配を感じて振り返ると、木の枝の上から二本のロープが重力を無視して勢いよく一直線に飛んでくる。すかさず弥生は避けるが、滋が捕まった。
「うわ~、弥生さん!」
体をぐるぐる巻きにされて木の枝へと吊るし上げられてしまうのであった。
「何、捕まってんのよ、あんた!」
弥生を逃したロープは、海蛇の如き動きで尚も彼女を縛らんと空中を泳いで来る。そのロープの動き、普通の人間の成せる技ではない。相手も能力者である。そうと決めつけると、彼女も手から炎を生んで、襲いかかるロープ目掛けて火球を放った。命中するとみるみる燃えて動きも止まる。枝の上を睨み上げると偽者イーニアスとは別の、焦げ茶色の全身タイツを着た男がロープ片手に立っている。
「アナタガタヲ人質ニシマス。大人シク御縄ヲ頂戴シナサイ」
「嫌に決まっているでしょ!」
「ナラ仕方ガナイデス。今捕マエタ、アノ子ノ写真ヲ撮ッテ桐生ト接近デス。君ニハ、オネンネ、シテモライマス」
そう言って、偽イーニアスが懐から透明なプラスチックの水鉄砲を取り出した。
「そんなもので何をしようというの!?」
「オット、慌テナイ、慌テルノ、ヨクナイ」
次に懐から数枚の写真を取り出す。一枚を選び出して胸の前に翳して弥生に見せる。そこにはリボルバーの拳銃が写っている。その写真で水鉄砲を覆い、念仏を唱えると写真が消滅する。代わりに、水鉄砲だと思っていた物が写真通りの拳銃に形を変えている。
「オ嬢サン、コレ、本物ノ銃ヲ写シテ転写シタカラ、本物ノ銃ネ。コレナラ持チ運ビ、簡単ネ」
偽イーニアスの喋り方が、日本語の下手な欧米人の訛りから、日本語の下手な中国人らしき訛りに変わる。その銃を構えると、警告もなく発射した。弾は誰にも当たらず外れたが、銃声の迫力から本物である。弥生の顔も、縛られて吊るされている滋の顔も青ざめて、身が縮み上がって、言葉を失ってしまう。
でも、何か憎い。殊更弥生は何か憎い。これまでUWの仕事で怪獣の如き「あちら側」の動物と対峙したことはあっても、どんな猛獣よりも、淡々と拳銃を扱い、言葉も威勢もなく発射できる人間のほうが気色悪い。腹が立つ。別にその手の人間に辛い思いをさせられた過去はなくても、生まれて二十歳に達するまでの人間としての営みの中で築かれた正義と哲学が、何か憎いと訴える。
「私を撃とうって言うなら、私もあんたを撃つわよ」
弥生の手に炎が浮かぶ。
続きます