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個の限界

 それ以上の問答は必要とせず、もちろんリンチなどという残酷なこともせず、桐生は瞬時に総督との間合いを詰めると、電撃を放つ前に左腕に拳をくれ、続けて首には手刀をくれて、あっさりと気絶させてしまった。


「はい、完了」


「なんだ、心を折るといっていたからもっと拷問に近いことをするかと思えば、随分と優しい仕打ちじゃないか」


 イーニアスは肩透かしを食らったような顔で言う。


「そりゃ当然。もともと捕まる気でいるって話なんだから、こんなものだよ。逃げる気配を見せていたら、まだ少しは違ったやっつけ方をしていたかもしれないけど」


「気配ねぇ、そんなものを見せる前に打ちのめした気もしないでもないがな」


「イーニアス、それは言わないでほしい。個の決断、個の能力、個の力、この総督が示そうとしたものを、それをも凌駕する別の個の力で終止符を打ってやるには、たとえ不意打ちでも、これくらいの速さでやらないと効果がないだろう」


 桐生は意識のない総督の脇に腕を差し入れ、弥生に頼んで足を持ってもらって出口へと運び始める。何故に私がと、弥生が頬を膨らませるので、キャメロンや、結界を張れといわれながら張る前にやっつけられてしまって手持ち無沙汰の滋も手を貸した。途中で滋があまり役に立っていないとわかるとシペルが交代した。


「我々が首相側についていたからというわけでもないが、確かに総督の独断は利己主義に近いものがあった。たとえ国のためと保守を装っていても…」


 イーニアスは手伝うわけでもないが、話しながら桐生たちと並んで歩く。国が違えば所属も違うが、滋の目にはやはりUWでは彼が上司に見えてくる。


「そういうこと。個人の力には限界がある。たった一人の才能で国を変えようというのは自惚れだからね。たとえ大量破壊兵器がこの人にしか作れなかったとしてもだ。国はこの人の物じゃない。この人も本当はそれをわかっていながら、あれこれと動いて、一人で動き過ぎたが為に行き詰って、クーデターまがいのこともやり出して、最後には製造工場の破壊に到ってしまったってところでしょ。頭の中で自分のやっていることはどこかで間違いだと思っていながら、それでも己の信念との葛藤で次の行動、次の行動と進んでしまう。本人、素直に捕まる気だと言っていたけど、確かにその気持ちは間違いないと思うけど、ここできちんと捕まえないと、きっと別の行動を起こしていたと思うぜ。投降しても従順な軍の部下を使ってクーデター再開とか、逃げて他国と連携だとか。そんな奴をわからせるには、こうするのが一番だろう」


 桐生がちらりとシペルに目を移すと、イーニアスも彼を見る。次には二人、シペルにわかるように「エグル語」で喋りだす。


「シペルを改造した医者が言っていた、シペルの対抗兵器としての力の使い道を自分で決めろ、自国がそれを扱うに値しないなら他国に移れ、その考え方はこの総督とあまり変わらない。個人の力をあまり過信すると、次にはこの総督のように行き詰ることになる」


「そう。そんなもので、シペルさんにはこうなってほしくないんだよね。自分の力をどう使うのか、選ぶのは自分の勝手だけど、国を乗っ取り、国を自分の力のみで動かそうとするのだけはやめておいたほうがいい。局地的に個を活かすのはいいけど、国があって個が初めて活きるものなんで。どこに仕えるにしてもしっかりと国は持ったほうがいいと思うよ」


 シペルは総督を運びながら思いつめた顔をするだけで、二人の言うことにこれといった返事もしない。地下から気絶した総督を引き上げ、そのまま施設の外まで運びだす。消防部隊が動き回って慌しい中、首相や議員たちの前へと差し出すと、起こしていいのか、触れていいのか、彼らはその扱いに戸惑った。ひとまず手錠をかけるが、目を覚ますとそんな拘束も簡単に打ち破られるのではと心配でならない。


 上手く意見を受け入れながら、総督と議会、そして首相でバランスよくこの国を運営できていたのは事実である。総督の勝手な他国との提携も、もし誰も知らずにいれば、このような事件も起きずに、今後も均衡の取れた国家運営を出来ていただろうと嘆く声もする。中には、ここまでくればいっそ死んでくれたほうが救いであると心無いことを口にする議員もいる。


「せいぜい話し合いで総督の処分を決めてもらいたいものだな」


 言葉がわからないと思って、日本語でイーニアスはぼやいた。



続きます

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