次の行動(前編)
久しく続いた電話による報告もようやく済んだようで、ヴァイスはシペルの家の玄関まで回って弥生と滋の前に立った。通信機によるSSと軍の総督とのやり取りを耳にしていた三人だけに、顔を合わせてまず先に揃って家の中のシペルに目をやった。当人はいまだ項垂れ黙然としている。
「ヴァイスさん… は、これからどうするんですか?」
「ん? それはシペルをどうするかってことかい? 君たちを出し抜いてシペルを拉致しようと、そうなると自分たちと争うことになると、そういう心配かい?」
探るつもりが、逆に的を射られると、滋もたじたじと笑って誤魔化す。この人を相手に隠し事を出来なければ、下手な駆け引きをしても火傷を被りそうである。滋は助けを求めて弥生へと振り返ったが、彼女は露骨に迷惑な顔をして、すぐにツンと知らぬ振りをする。ヴァイスにすればどちらの態度も可笑しく、どちらも愛嬌がある。にこりと笑って、
「でも、いまのところその心配は無用かな。あの総督がどう動くか、この国の首相や議会がどう動くか、それによるよ」と言う。
「あの発砲男のやり取りを聞く限り、総督はシペルさんのクローンを作って、あの力を量産しようとしていたみたいですね。それもなかなか難しみたいですけど。でも、そういうのって、人間を本当にただの兵器としてしか見ていないというか、明らかに人権を無視しているようで、許されることなのかなって、そう思うんですけど」
「まあ、国によって人権の制度も違うんだ、民主国家として、法治国家として成熟していなければ、そういった問題はいくつも出てくる。特に成熟した国の人間からすれば他国の未成熟な点はよく目に付くものだね。あの総督という人自身も、言ってしまえば兵器の一部として若い頃から使われていたわけだ。俺たちには想像できない、大量破壊兵器の一部に貢献していた本人にしかわからない領域の価値観があるのかもしれない。もっとも、だからといって俺自身もそれを見過ごすつもりもないけどね」
「どうするつもりですか?」
裏がない分、意味は違うが、先ほどと同じような台詞を滋は口にする。ヴァイスには、やはり微笑ましい。
「兵器なんてものは、それを完全に無効化できる別の兵器が誕生して量産されれば用なしとなる。その対抗兵器も、さらなる対抗兵器が出てくれば用なしとなってくる。総督の行動が、いずれ用なしとなる兵器としての我が身を認めたくない意地から発するもので、大量破壊兵器として生かされ続けた国や世界に対する恨みであるなら、勇退を勧めるか止めてやりたいものだね」
「なんというか、それって悲運な話ですよね。可哀想というか。確かに兵器として扱われてきた人間にしかわからない心境かもしれないですね。僕らが人権云々といえる話じゃないかも。実際、シペルさんが思い詰めていることに、僕らは何の助言もしてやれませんからね」
「彼らの身分も彼らの心境も特別と言えば特別だね。でも、君らUWも世界の情勢からすると兵器と似たようなものだからね。軍の兵隊も然り。俺もそうかな。総督たちの心境の全てをわからないにしても、彼らを止める権利くらいは俺たちにもまだまだあると思うよ」
「それで、ヴァイスさんはどうすると?」
三度同じようなことを聞くが、もったいぶって具体的なことを言わない自分のせいだと思えば、ヴァイスはまたまた可笑しくなった。
「さらに逆をいえば、そもそも大量破壊兵器なんてものがなければ、シペルのような力は注目されることはなかった。彼を奪い合うこともない。あの雷兵器が今後作られることがなくなれば、新たな対抗兵器も必要なくなる。兵器として扱われる彼らの人権を一度に解決するのにもっとも適した行動といえば…」
「総督を止めればいいってこと、ですね。その人が雷兵器を作らないようになれば、軍の勝手も、シペルさんの争奪戦も起きなくなると。あの兵器で苦しむ人も今後いなくなると」
ご名答。
「ただ、それはあくまで理想論。現実この世界からすでに作られた雷兵器を全て一気に排除することはほぼ不可能だね。兵器を排除して平和になるというのも無理な話」
「でも、総督を止めるんですよね?」
それもまた正解。不安の色もなく、そう聞き返す滋にヴァイスは頼もしさすら覚えた。
「もちろん。あの人が暴走するようなことはあってはいけない。でも、あの人はきっと動く。そしてあの人の力を一番有効に止められる存在が…」
ヴァイスと滋、そして弥生も、また家の中のシペルに目をやる。
「そして、もう一人、重要な人物がいる…」
言いかけたところで不意にSSから連絡が入る。逃げるように見せかけて、まだ軍の施設の中にいることを皆に告げる。そのまま潜伏の続行をイーニアスに指示され、総督の動きを随時報告することになった。加えてキャメロンにそっくりな男が写った古い写真が総督の部屋に飾られていたことも告げられると、滋でも閃くものがある。
続きます




