軍事司令本部の男(前編)
出鱈目発砲男の馬の影に潜み、SSが到達したのはユーア国軍事指令本部であった。夜も深いというのに、まだまだ働いている人は働いているもので、四階建ての、横に広いコンクリート造りの建物の中はまばらに明かりが灯されている。軍服を着た二人の男に案内されて中へと入っていく出鱈目発砲男の影へとSSは移る。そのまま最上階の一室に入って行く。そこにはモスグリーンの軍服を着て勲章をいくつも胸につけた丸坊主の年老いた男がいた。顔の皺、手の皺から齢六十は確実に超えていると思える。アンティーク調のデスクを前に、背中をしゃんと伸ばして黒い革張りのイスに堂々と腰掛け、眼光鋭く出鱈目発砲男を睨んでいる。
「君か… シペルの奪回に失敗したようだな。それも街の中で随分と暴れてくれたようで、議会は今頃これを問題にしているだろう。どう落とし前をつけるつもりだね?」
「総督、今回の件は邪魔が多い。『あちら側』のUWの連中からシペルを奪回するだけでも大変だというのに、その上この国の警察もまったく事情がわかっていない。いっそこの国全部で動けばUWの連中なども一掃できただろうに、そうしないのだからそちらにも今回の作戦の失敗の非があるというものだ」
「国の意思など易々と統一できるものではない。だからこそ君のような暗躍できる人間に頼んでいる。例の医者の件でも、君の拷問のせいでほとんど瀕死の重傷だったそうじゃないか。シペルを奪回できても、あの医者が生み出すゴム毬を解明できなければ量産体制には入れない。君は事の重大さをわかっているのかね?」
「吐かせるだけ吐かせようとしたぞ。だが、あの男も強情な奴だった。何一つとして吐かない。だから打ちのめしてやった。代わりに奴の家屋から設計資料を発見できた、それがあればまだ望みもあるだろう」
「それで、その資料はどこにある?」
「いまは持っていない。あるところに隠したからな。まだ渡すわけにはいかないな」
「君も腹の黒い男だな。いや、君の国と言うべきか。自国の有利にするためには手を組んだ相手も簡単に出し抜こうとする。ところで知っているか? シペルの爆発が解消される可能性があるらしい。どういう原理でそう仮定できるのかはまだ不明だ。話が歪曲して実はシペルがすでに絶命しているとも限らない。医者も重症、シペルも死亡、このケースはもっとも悪い。偏に君の雑な作戦進行による失敗ではないのかね?」
「ふん、他国のスナイパーも何人も潜伏していたという話だ。そちらこそそのことは知っていたのか? いや、知らないだろうな。先ほど知ったはずだ。この国の入国管理の不備にも問題があるだろうに、何でもこちらに責任を押し付けてもらいたくないものだな。それと、たとえシペルが死んでしまっていたとしても、死体を回収して細胞を摂取すれば、まだまだクローン製造ができる。そちらも、我々の技術を必要としている以上は、文句ばかりを並べていられないだろう」
総督と呼ばれるイスの上の男は両目を閉じて少し黙想する。その時間は十秒と経たない。
「それで、君の次の作戦は? どうするつもりなのだ? ここまでわざわざやってきて、私に何を頼もうとしている?」
「ふふ、さすがに耄碌はいしていない。問題なのはUWの連中だ。あいつらがいるとどうしてもシペルの奪回は不可能だ。そこで総督には軍を動かしてもらいたい。人を出して一掃。諸々の問題も、首相も議会も、力でねじ伏せ納得させる。それで全てのカタが一度につく。これからも雷兵器の水晶を増産でき、シペルのクローン量産にも着手できる。それでこの国の将来は安泰だ。やりようによっては世界の中心国家にもなれる」
発泡男は得意気に言う。総督は長い溜息をついた。
「君、そういうのをクーデターというんだよ。私も国の繁栄のため、また国防のため、生ぬるいことは悉く排除して、この国の軍事力も高めてきた。ときに必要なら、この軍がこの国の決定権を担い、暴走と呼ばれようとこの国をこの軍で守るつもりでもあった。だが、それはあくまで有事の際の話。そして帝国時代に突入したときの話。理性もなく、無味やたらと武力を振り回すつもりはない」
すると出鱈目発砲男は途端に激昂する。
「何をぬるいことを! それこそが生ぬるいというものだ! 総督、あなたにはがっかりだ! このときを逃してしまえば、防御兵器の計画はすべてが台無しになってしまう! このビジネスチャンスを、国家飛躍のチャンスを、どうしてモノにしようとしない!」
続きます




