きな臭い想像(後編)
イーニアスは首相の横面を静かに睨み、首相は首相でちらちらと彼のことを見る。その仕草が、イーニアスの目には少しわざとらしい。手前勝手に捉えるなら、首相もあえて気付かせる為にそのように言って、隠しているかのように振舞っていると思えてくる。彼は、単刀直入に有害な雷を落とす兵器の名を口にする。それは「ドスカ」という名である。すると首相も否定はしない。政治家らしい受け答えである。イーニアスとしても確信を得るにはそれだけで十分であった。時同じくして、SSから通信が入る。
「あの発砲男、馬で西方の森を抜けたぞ。どうやらその先にある軍の指令基地に向うようだ。あいつは実際、何者なんだか」
「了解した。引き続きそいつの後を追ってくれ」
イーニアスもその通信を機に、いま思い出したように発砲男と軍の繋がりを首相に伝えた。
「軍の一部が彼をすでに釈放してしまったようです。そして基地に向っているとか。そのことはご存知ですか?」
「いや、そんな話は聞かされていない。その街中で暴れた男が軍と繋がって、この国の法に反してそいつを逃がしたとなれば、これは重大な問題だ。市民の中には怪我人も出ているそうじゃないか。軍の勝手も甚だしい。さすがの私も我慢しきれないものがある」
「どうします?」
「一度確認を入れる。本当に君たちの言うとおり逃がしているなら、この問題をすぐに議会に持ちかける」
ダイヤル式の電話を使って連行された署に話を聞く。やはり間違いはない。首相もいよいよ色をなし、受話器を叩き付けた。
「君、シペル君はまだ生きているんだよな。彼の爆発阻止や毒の浄化が可能だという話が本当なら、軍の人間は必ずまた彼を利用するように動くだろう。軍の人間のこれ以上の勝手をさせないためにも、シペル君は我々の手中におさめたい。そこで保護している君たちに頼みがある、彼を議会場に連れ来てもらいたい。もちろん軍の人間には渡さないようにしてもらいたい」
「我々としても軍に渡す気はありません。ここに連れてくることにも依存はありません。ただ、シペル本人の意思もある以上、必ず議会に連れて来ると約束は出来ません。今後の彼の活動はあくまで彼の意思に任せていますが、その返答次第では我々は独自に動くでしょう。また、あなた方この国のシペルをめぐる今後の方針次第でも彼の行動を制限するかもしれません」
「ふむ、なるほど、仮に私が君たちの立場でもそのように考えるだろう。だが、信頼してほしい。我々は彼を使って今すぐにでもどこかに侵略をするなどという考えはない」
「今すぐ、という点には引っかかりますが、いいでしょう。少なくともその軍の一部の人間よりも、首相はおそらく私たちと考えが近い」
「君もなかなかしっかりとしているな。返答次第では奥に潜ませている部下たちを使って君を取り押さえるつもりでいたが、その必要もなさそうだ。いや、むしろ君にはまだ少し私の側にいてもらいたい。シペルを保護している人間として一緒に議会場に行き、色々と証言をしてもらいたい」
「彼を平和利用するためであれば、協力しましょう」
この首相とのやり取りをイーニアスは全て通信機に乗せて桐生たちと共有している。SS、キャメロンはもちろん、ヴァイスの耳にも届いている。滋や弥生も桐生の通訳でそのやり取りを理解したが、シペルの家のすぐ側で電話を続けるヴァイスの背中を見つめて、「こちら側」の別の国とも繋がりのある彼が果たしてどのように動くのか、滋は少し不安になった。間違いが起きれば、自分だけではなく、一緒にいる弥生もヴァイスと戦うことになる。この二人が戦うことになれば恋の行方は云々と、得意の無粋な妄想が彼の胸をモヤモヤとさせるのであった。いや、この時分にもそんなことを心配してしまうこの男はやはり根が平和である。
続きます




