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きな臭い想像(前編)

 一人官邸に着いたイーニアスだが、首相は先程の発砲事件及びスナイパー対策で隣の議会場にいる。そこの門の守衛に無理も承知で取り次ぐよう言えば、予想に反してすんなりと通された。待合室で待たされること五分弱、これまた随分と早く会ってくれる。


「先ほど軍の者から報告があったのだが、シペル君について君たちは新たな事実を知らされたとか? ただ、君らにつけていた護衛の話ではその内容を詳しく確認できなかったという。いったい君たちは何を知らされた? 間違いなく、あの胸のゴム毬についてだろう? ついに取り除くことができたのか?」


 桐生たちが聴きだした情報が伝わっていないことは、首相や議会だけではなく、おそらく軍でも同じようである。説得や交渉事で情報量に勝ることほど有利なものはない。その上、シペル本人を自分たちが保護している。イーニアスはここで知り得た事実の全てを話すよりも小出しにしていくほうが得策だと考えた。


「いえ、取り除いてはいません。いませんが、例の爆発や毒の拡散を食い止められる可能性が見つかりました。それも毬を摘出せずにです」


「それは、どういうことだ? あのゴム毬の機能が消滅したとでも言うのか? そんなことができるとすればあの医者だけだろうが、 彼を改造したその医者もいまは重症だと聞いたぞ」


「首相、その質問に答える前に聞きたいことがあります。その医者が言うには、シペルについて軍には知られたくない事実があるとか。あの医者は軍の一部を信用していません。どうやら我々の住む世界の一部の軍事国家と繋がって、きな臭いことを企んでいるとか…」


 耳が痛いのか首相は渋い面をする。俯いてイーニアスの視線をかわすと、細かい舌打ちを何度も繰り返した。外国、それも「あちら側」の人間にこの国の内情を話していいものか悩んでいるようである。これを見てイーニアスはさらに続けた。


「首相、我々から見て、あなた自身は信用できる人ですか? やはりその軍の一部と等しく、『あちら側』と繋がり、戦争でも始めようとしているということはありますか? 『こちら側』の国際情勢です、我々UWは気安く干渉することはできません。しかし、我々の世界とも繋がった上で戦争が起きるとなれば、我々も見過ごすわけにはいかない」


「ちょっと待て、その医者はこの国がいまにも戦争を始めようと企てていると、そう言っているのか?」


「いえ、それはあくまで私の推論です。暗躍しているのが軍の一部となれば、軍が行うことは戦争か、もしくはクーデターくらいしか思いつきませんので。ユーア国は立憲君主制、民主主義もきちんと成り立っています。独裁政権があるわけでもないようですし、いまさらクーデターというのも少し考えにくい。あるとすれば海外覇権、軍事侵略です」


「はっきりと言ってくれるが、君は『こちら側』の世界情勢にどこまで通じているんだ?」


「ある程度は。しかし定期的に仕入れている情報にしか過ぎません。目まぐるしく変わる情勢にこちらの情報がついてきていないことは事実。あくまで推測の域が大きい。細かなこともわかりません。ですが…」


「だが、読めないこともない、か。確かに君の言うとおり、軍の一部は君たちの世界と通じている。その情報が私のところまで上がってこないこともしばしばだ。首相でありながら恥ずかしい話だが、暴力装置である彼らがその力ゆえに暴走しつつあることは私としても否定できない。私としても軍と上手く付き合い、諸外国とのバランスもギリギリのところで保っているつもりだ。私は戦争屋ではないからな、無駄で筋の通らない軍事行為をしたいとも思わない」


「そこまで思っているなら、軍の人事から危険因子を取り除くような配置をあなた自身が考えてはいかがですか? それができるのも首相の力なのでは?」


「確かにその通りだが、政治というものは、そう一方の都合ばかりで簡単に片がつくものでもない。軍、特に最高司令官にはこの国としてもなかなか頭が上がらない。彼らが開発するある兵器の一部が、諸外国に売れてこの国に莫大な利益を生んでいる」


「ある兵器とは、いったい何なんです?」


「それを君に教えるようなことは、さすがにできない」


 その隠し様は、よほど重大で強力な兵器であると吐露しているようなものである。これもあくまで推測の域だが、イーニアスの頭のうちにも大量破壊兵器が浮かぶ。さらに因果の不思議でモノを連想すれば、それは有害な巨大雷を落とす兵器に行き着く。仮にそうだとすれば皮肉な話である。雷を生み出す兵器の一部を製造しながら、それを無効化するシペルの改造もこの国で成功している。そして争奪戦となった。きな臭い動きとは、別に軍事侵略に限った話でもない。武器の売買、その黒い商売のためにシペルが争奪されたと考えても間違いではないのかもしれない。



続きます

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