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嫌な可能性(後編)

「そうだろうな。だが、我々はそう簡単に取り押さえられるものでもない。そのときはしっかりと抵抗する。だが、私は別に首相を暗殺しに行くわけでもない。恒久的に爆発と毒の拡散を止め、それでいてあのシペルの命を可能な限り救うことが目的だ。そのための話し合いが必要だというだけだよ」


 そう言ってイーニアスも早足で官邸へと向った。


 滋は馬車の小窓からイーニアスのその背中を確かめて、護衛の一人が馬で追い掛けてくることも確かめた。


「嫌な考え方だけど、もし、その医者が死んでしまったら、僕らの作戦はどうなるんだろう? スナイパーは一応いまのところは捕まえられそうだけど。彼の存在が公開されず、摘出もされないでいたら、狙われることも、爆発してしまう危険も、これからずっと続くわけだよね。僕がずっとガードし続けるわけにもいかないだろうし」


「日本語がわからないと思って、本人を目の前に本当に嫌な可能性を口にするな、お前は。だけど、それも十分にありうるからな。医者を痛めつけたあの出鱈目発砲男がつくづく憎たらしく思えるよ」


 俯くシペルの横顔は辛辣である。彼とて滋と桐生が口にしている可能性を考えないわけもない。彼がこのまま自分の絶命を自ら望むのではないかと滋も不安になる。それはこの世界において安全で最善の選択なのかもしれないが、自分たちのやってきたことも信念も正義も、それではまったく通用しなかったことになろう。いい気のするものではない。


「他人の傷をすぐに完全回復させられるようなヒーリングの能力者がいれば…」


 そんなことを滋はボソリと呟く。何をいきなりと桐生は不思議そうに彼を眺めるが、俄かに彼の言わんとするところを感じ取った。


「確かに。『こちら側』の世界、そんな奴が一人や二人いてもおかしくないと思うんだけどな」


「ヴァイスさん、そういう人の情報を知らないのかな?」


「さあな。後で聞いてみるけど、俺が思うに、そういう能力者はレアだと思う。多少の傷を治すことはできても、完全回復となると難しいだろう」


「完全でなくてもいいと思う。医者の体力と傷を回復させて、シペルさんのゴム毬をごっそり摘出してもシペルさんを死なせずに済むくらいなら」


 二人は揃ってシペルに目を向ける。いまだ俯いて物憂さに呑まれる彼に適当な慰めの言葉など見つからない。それでも桐生は試しにヒーリング能力者を知っているか聞いてみる。


「いや、知りませんね。少なくとも私の周りにはそういった能力者はいません。話にも聞いたことはありません。そういう能力者がいると世界中の医者が商売できなくなりますからね」


「逆に医者の中に、名医と呼ばれる人の中に、そういった能力者がいる可能性はないのかな?」


「それもどうか… 私は医者ではありませんし、そういうことはやはりその道の人に聞いてみるのが一番だと思います」


「医者のことは医者に聞けと…」


 なれば、まずますシペルを改造した医者を死なせる訳にはいかない。そう強く胸に抱くや、通信機を使って、何が何でも延命させろだの、お前の能力でその人の傷を回復できないのかだの、文句のようにヴァイスに注文をつけ始める。ヴァイスたちとて応急処置くらいは行っている。


「ヴァイスさんの知り合いで、傷の回復の能力者っていませんか?」


 滋は通信機越しに訊ねた。


「いないことはないけど、この国とは別の国の人間だからね。それも要職についている。協力してもらえるかどうかはわからないよ」


「政治の問題ということですね…」



続きます

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