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逢瀬のように

 負けず嫌いが働いて、スナイパーを捕まえてから合流すると言ったはいいが、弥生の能力からして捕縛、捕獲は向いていない。おかげで自信もなければ余裕もない。だけど責任感、使命感は誰よりも強いから、一度口にした手前、これを覆し、諦める真似はしない。補足すれば、あの出鱈目発砲男のもとへただ駆けつけるのが癪である。スナイパーを捕まえて、その上で駆けつけて、それでもあの出鱈目発砲男が生きていて、いまだ抵抗を続けているなら、そのときは昼間の恨みも併せて存分に殴ってやろうとの思いがある。


 情報によれば、弥生が向かう南方で一番近いスナイパーは、街から林を抜けたところにある農村に潜んでいる。キャメロン曰く、その農村まで通信機の電波が届くかどうかもわからないとのこと。桐生には弥生一人で向うことは避けたほうがいいとも言われた。やはり癪である。さらには、イーニアスの計らいでユーア国の軍の特殊部隊も三名、その農村区域へとすぐに派遣される。彼らは馬を使い、走っていた彼女を追い抜いてしまう。


 彼女が本気で走ったところで馬には敵わない。こんなことなら言うとおりに合流して、あの腹立たしい出鱈目発砲男を懲らしめるほうに回ればよかったとも思う。萎れかけたそのとき、彼女の目の前に、どこからか突然ヴァイスが降ってくる。


「弥生ちゃん、農村に向かっているんだっけ?」


「…うん」


 弥生はジッと上目でヴァイスを見つめた。


「なら俺も一緒に行こう。走っていくには弥生ちゃんの足だと時間が掛かる。丁度、向こうに馬一頭を見つけたんだけど、乗って行く?」


「え? 二人で、ですか?」


「いや、俺は自分で走った方が速いから、いらないけど。もしかして、一人じゃ乗れない?」


 弥生は俯いた。


「の、乗れない…」


 結局、二人で乗って農村に到着する。先行した特殊部隊は林に隠れて、まだ突入前であった。彼らは迷彩服に黒頭巾を被り、肩にはライフル銃を背負っている。「こちら側」でもポピュラーな、魔法力によって射程範囲を上昇させられる銃器である。銃の性能の悪さを魔法力によって補おうとするのは、「こちら側」ではよく見られる。またそれは別に銃器に限った話でもない。魔法力に頼りすぎて、そのために科学の発達が、桐生たちの住む世界より遅れているという学説もある。それら銃器を持つあたり、この部隊に特殊な能力者はいないとヴァイスは見抜く。生まれながらにして魔法力を使える人間が多い「こちら側」であっても、個性的な「能力」に目覚める者は随分少なくなっている。それを退化と見るか進化と見るか、今のところ誰にもわからない。


「弥生ちゃん、俺たちは俺たちで突入しよう」


 ヴァイスは部隊と合流しようとしない。少し離れて馬を降り、弥生の手を握ると、二人まるで土地の恋人同士のように村へと入って行く。夜も更けて辺りに明かりらしい明かりもほとんどない。若い男女がこの暗がりで何をすると思わせれば誘導になるというのがヴァイスの作戦である。そして実際に捕まえに行くのは特殊部隊に任せるつもりである。歩きながらこの作戦を教えられた弥生は、さて嫌な顔をするかと思えば、頬を赤くしてどこかふわふわとしている。浮ついて、仕事のことを忘れているかのようである。本人としても、これはデートか仕事か、夢か幻か、そう考えて目も眩む。手を引かれながら弥生の頭は次第と稲穂のように垂れた。


「こう、ただっ広いところだからね、周りは畑と水田ばかり、いくら夜でも走って動けばスナイパーに気付かれる。どこかの恋人同士が散歩しているように見せかければ、相手もなかなか見極め辛い。指さないけど、ほら、ここから三時の方向にある家屋、あそこの屋根裏に国外から住み込みで畑仕事を手伝いに来ているっていう若者がいるらしいんだ。それがターゲットだよ。あそこからだと、この辺り一面簡単に見渡せるんだよね」


 弥生は何も言わずついていく。敵が潜んでいると思われる家屋の側を通り過ぎてもヴァイスは足を止めない、手も離さない。弥生は、


「通り過ぎた…」


 と、声を絞って話しかけるけど、


「うん、わかってる。相手の出方を探ってる。見張っているね、いまも。ちょっと、走ってみようか」


「…あ」


 ヴァイスは弥生の手をギュッと強く握ると小走りを始めた。俯きながら引かれてついていく弥生は、後ろのほうで特殊部隊が駆け出す足音や声や物音が聞こえても、しばらく振り返らなかった。



続きます

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