イーニアスからの電話(前編)
越後湯沢で一度下車して、上越新幹線に乗り換えたところで登録されていない番号が桐生の携帯電話のディスプレイに映し出される。おそらく先ほど話のあったイギリス人からの電話と思って出てみると、その通りであった。
イーニアス・ローウェルとは「あちら側」の戦闘区域で共に戦ったことがある。それ以来は会っていない。話すのも五年ぶりである。いまでは幹部になったという話だが、イーニアスの人格からして、その地位に昇るのは当然であろうと桐生も思う。さて、つたない英語で話しかけようとすると、
「やあ、誠司、久しぶりだな」
と、日本語で話しかけられる。それも流暢なものであった。天才というものは多方面において技に長けて一つに収まらない。
「珍しいね、あなたが俺に用事なんて。それも急を要するものだとかで、なかなか繋がらなくて申し訳ない」
「いや、謝る必要はない。ただ、急ぎであることは変わりがないからさっそく用件を言わせてもらう。君は千葉に向っていると聞いたが、それはどこからの指令だい?」
「日本の本店からだよ。最近保護した『あちら側』の住人を帰すために手を貸せといったありきたりな任務だよ。俺の知り合いに『穴』を作り出せる人間がいるからね」
「ヴァイス・サイファーか」
「うん。ただ、そこにおたくらイギリスのUWも立ち会うとかっていう話じゃないか。もともとはそちらの国で迷子になっていて移送の途中で飛行機が落ちたとか」
「ああ、確かにその通りだ。日本への移送を指示したのは私だからね。目的はヴァイスと繋がりのある君だ。君に引渡し、その迷子を『あちら側』の彼の故郷へと帰すつもりでいた。秘密裏にね。だが、その計画が外部に漏れたようでね」
「その飛行機が墜落したのも人の手によるものだと?」
「いや、あれはおそらく偶然の事故だろう。ただ、それによってこちら側の計画が知られてしまった」
「いまいち見えてこないんだけど、その迷子を巡ってイギリスのUWと敵対する連中がいるということなのか? だとしたらその迷子というのはいったい何者なんだ? ただ帰すだけじゃ駄目なのかい?」
「いや、私としてはただ帰すつもりでいた。『あちら側』の諸国とも迷子は危害を加えず、一切の実験、研究の対象にしないよう可能な限り速やかに帰すという条約を結んでいるからね。もっとも、そんなものは名目で、『こちら側』も『あちら側』も何かしらの検査は絶対にする。そうして自分たちの利益も考えて、帰したり帰さなかったりをするものだ。特に、それが重要で稀な才能を持った人物なら尚更そうなる」
「その今回の迷子がそのレアな存在だと? それで、どんな人物なんだ? やはり能力が特殊なのか?」
「ああ、雷を吸収する」
「雷を? それがいったいどれくらいレアなんだ?」
イーニアスは即答しない。電話越しだと顔が見えず、相手の感情の半分もわからない。
「君は信頼できる奴だと思って話すが、君は『あちら側』の魔法兵器を覚えているか? それも大量破壊兵器のほうだ」
「大量破壊兵器? いくつかあるのは知らされているけど、どれも実際は見たことがないからな」
「そうか。まあ、私も実際には見たことがない。その中の一つで巨大な雷を作り出して敵軍に大打撃を与える兵器がある。それもただ殺戮するだけにとどまらず、直撃しなくても付近にいた人間や生物に遺伝子レベルで悪影響与える禍々しい雷だ。そんなことから世界的に使用を制限し合っている。いまでは抑止力として有力な国は所持しているといった状況なんだが」
「まるで核兵器だね」
「そうだ」
「つまりその迷子がその兵器の雷まで吸収することが可能だと… なるほどね」
「それも人体に改造を施して、付近には無害で吸収できるそうだ」
「そんな奴がいれば、確かにその兵器の意味はなくなるね。バランスが崩れる。諸国が欲しがるというわけか」
「実際、『あちら側』でも拉致事件が起きかけていたそうだ。逃げた彼は偶然にも『穴』に落ちて『こちら側』に迷いこんだ」
続きます