ユーア国、首相官邸の中で(前編)
ユーア国、首相官邸の前。門扉の警備に取り次いでもらおうとするが、どこの誰とも知れない者に首相と会わす訳にもいかないと門前払いされる。シペルを前に出して、彼はこの国の国民で、さらには軍人で、軍に関わる重要な問題が発生していると言っても、法螺だの狂言などと信じてもらえない。挙句にはスパイかと疑い出す始末である。仕方がなく一旦退く。すぐにSSを呼び出すと、彼の影の中に隠れる能力で館の中へと忍び込んでしまう。イーニアスたちの手助けを終えるとヴァイスから無線で連絡が入り、SSも持ち場に戻った。
「どうやら五人、潜伏していることが確定したか。誠司たちならすぐに捕まえてくれるだろう。それで、首相はどこだ?」
農民上がりの位の低い一兵卒であるシペルもこの官邸に入った経験はない。首相と面会したことすらないので、彼は首を横に振った。
館内一階の通路には全てに明かりが灯されている。この階に限って言えば人の気配がしない。
「もう夜十一時くらいですからね、すでに就寝しているってことはないですか?」と滋が聞く。
「それなら寝室を探せばいいが、首相という立場の人間だ、まだ寝ていないだろう。そんな暇な国でも役職でもあるまい」
「もしかして、今日はどこかに外遊に出かけていて帰って来ないとかっていう可能性はないですよね?」
「佐久間君、恐ろしい可能性を口にしてくれる。私も今更それもあり得ると思ってしまったじゃないか」
シペルは二人のやり取りを訳してもらう。
「首相が駄目なら国王に会いに行きます。それが駄目なら軍の最高司令官でも構いません。誰に話すにしても、私が蓄積するエネルギーとスナイパーの対処を考えてもらい、行動に移してもらえれば私の目的の半分は果たされます」
「まあ、それでも門扉の警備の男が外遊しているとは一言も口にしなかったんだ、首相もきっとこの建物のどこかにいるはずだ。議会もすぐ側にある。案外、まだそこにいるのかもしれない」
アンティーク調の暖炉の置かれた広いリビングに差し掛かる。そこにも人がいない。その場で足を止め、背の高い窓から議会のあるドーム型の建物を見上げながら待った。五分後、背後から声がする。振り返ると、禿げかかった黒髪をギラギラと油で固めてオールバックにした初老の男がやって来る。紺のスラックスに同じ色のベスト、その下には白いYシャツを着、ネクタイは外している。シペルが凛として頭の上で合掌、男に向って深々と一礼した。
「この人が首相か…」
「みたいですね」
相手も驚いているが、誰かを呼ばれる前にシペルは首相にこのユーア国の言葉で話しかけた。何を喋っているのかイーニアスでも理解できない。しばらくの会話の後、「エグル語」で紹介された。
「君たちがすでに動いてこの国に潜伏しているというスナイパーを撃退してくれていることに感謝はするが、このシペル君が抱えるエネルギーについて、国民に広く知らしめることは到底叶わない。下手な恐怖を植え付け、暴動やパニックが起きでもしたら大変だ」
「我々が望んでいることはそんなことではありません。告知も対処の方法の一つに過ぎませんから。いかに彼をこの国で保護し、彼のゴム毬の摘出手術を行うか、それだけです」
「ふむ、こちらとしてもそれはよくわかる。だが、いくら私が首相とはいえ、それを実行するには軍の最高指令とも協議しなければならない。私の独断でことを進めれば、軍部との軋轢を生むだけだ。さらには、協議をしたところで、必ずしも彼の摘出手術を行うとは限らない。このシペル君は場合によっては彼こそが兵器となって敵国に突っ込むよう命令を受けている。それこそ祖国のためと思って、彼も了解していることだ」
シペルも小さく頷いた。
続きます




