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ユーア国の首都を見下ろして

 桐生の櫓とヴァイスの推進力の連携でみるみる岸を離れ、海を渡って一時間もしない内にユーア国が見えた。夜の闇に紛れて静かに岸に上がり、方位を確認してこの国の首相官邸へと足を向ける。シペルの頭に手ぬぐいを巻き、マスクを掛けさせて滋の結界でガードさせながら、走るのではなく早足で進んで林を抜ける。山を一つ登った頃には滋とキャメロンは息が上がってついていくのもやっと。特にキャメロンはボストンバッグにごちゃごちゃと物を詰め込んで持ち運んでいる為、運動神経の疎い滋よりも遅れた。中に何が入っているのか訊ねれば、通信機、ノートパソコン等々、電撃の能力以外の彼の得意分野での仕事道具だという。こう息の上がった二人でも、山の上から大きな街並が広がり、街灯の賑やかなのを目にすると、感嘆して気力も少し上向く。ユーア国の家屋は阿国の家屋と似ている。屋根も瓦だが色使いがこちらのほうが全体明るい。街は碁盤の目となり、奥にひときわ大きくドーム型の屋根をした石造りの建物が見える。そこがこの国の政府機関の建物であり、国会議事堂でもある。側に三階建ての家屋もある。そちらが首相の官邸となる。


「あまり人数が多すぎても却って目立つ。私と佐久間君とシペルの三人で先に首相に会いにいって話をつけてこよう。君たちは可能な限りスナイパーの情報を集め、見つけ次第すぐに捕まえていってくれ」


 イーニアスが指示を出す。この面子でリーダーをやるとすれば役職からも彼が適任であるから誰も文句はない。キャメロンはバッグからイヤホンとリストバンド型の通信機を取り出しシペル以外の全員に配る。UWではよく使われている代物である。桐生はニヤニヤしながらヴァイスに、


「お前もまるでUWの一員のようだな」と言う。


「そうかい? 悪い気はしないけど、入隊する気もないかな。で? お前はどこから向かう?」


「そうだな。狙われやすいといえば、シペルを改造した医者の家の付近かな。お前は情報を集めてくれるんだろ?」


「もちろんそのつもりだ。すでに阿国にも協力を要請している。スナイパーの潜伏場所、宿泊場所、数等々、わかり次第すぐに知らせるよ」


 キャメロンは情報を扱う仕事が得意だけにヴァイスと共に行動することを直訴するが、動きの速さの問題でやんわりと拒否される。キャメロンは街の中央で通信機の中継役もしなければならない。ついでにアナログ電波の傍受も任される。医者の家が西の外れの方にあるらしく、SSはその反対の東の辺りで待機するという。必然的に官邸とは逆の南の方に弥生は待機することになる。


「お前一人で大丈夫か?」


「何よそれ、どういう意味よ?」


「いやぁ、お前も『こちら側』ってほとんど経験がないんだろ? 言葉も喋れないし。SSは影の中に隠れていればいいけど。う~ん、お前はねぇ」


「だから何よ」


「いや、誰かと一緒に行動したほうがいいんじゃないかと思ってね」


「誰とよ。人は余っていないわよ」


 邪険な目で桐生を睨めたと思うと、次にはキャンキャンと犬か猫か相変わらずの二人の不毛なやり取りが始まる。何もイギリスのUWやキャメロンが見ている前でそんな子供じみた不恰好を晒さなくてもいいだろうに。滋はわたわたとし、ヴァイスは面白がって止めない。イーニアスもSSもこれ珍妙と眺める。キャメロンだけが、


「お二人とも、ケンカしなくても…」


 と、宥めてくれるが、すぐにやめないから恥晒しである。


「誰かと行動するにしても、あんたとだけはいや」


「じゃあ、誰と行きたいんだよ? お前が選んでもいいぜ」


 と、聞かれると、弥生も何とも言えない。よほど歯痒いのか唇を震わせながら笑ったような顔をする。それも一瞬で、すぐに深く項垂れた。


「だから、一人で平気よ…」


 呆れたか萎れたか、妙な態度である。ヴァイスが気を働かせてこう言う。


「平気でしょ、彼女なら。それに何も四方で待機するそれぞれがそれぞれだけでその方位のスナイパーを捕まえるわけじゃないんだ。どこに潜伏しているかわかり次第、近い人間が必ず二人は動くようにしておけばいい。俺は俺で街の中を駆け回っているし、危険だと連絡があればすぐに駆けつけられると思うしね」


 繁華街だけでも縦断しようとすると十㎞はある。それでも連絡を密にして連携をとれば問題ないという考えである。桐生も理解はする。理解はするが、


「そうなんだけどねぇ」と、まだ馬鹿にし足りない。


「ふん、もっと自分の部下を信じなさいよ」


 むっつりしながらそんな桐生を放って置いて弥生は一人、街に向って山を下りた。それを機に他の者も作戦を開始、走り出した桐生やヴァイス、SSはすぐに弥生を追い抜いていく。「あっ」と気付いて口惜しさに駆られて彼女も駆け出すが、桐生やヴァイスの足には到底敵わない。



続きます

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