イギリスのイーニアス・ローウェル(後編)
駆け足で出て行く村田のいつにない俊敏な姿に、滋も電話の相手がよほどの人物で急務だということを悟る。そのあたりの事情を詳しく聞きたいとチラリと弥生に目をやる。弥生は、イギリスからの電話を桐生に伝えて気持ちの半分は満足しつつも、待たされた不満はしかと残って、その鬱憤を晴らすためにぶつぶつ念仏を唱えるように恨みを口にしながら何やら携帯電話でメールを打ち込んでいる。どんな文面なのか滋は確認できない。おそらく怨念にも似たその文句の山の送信先は、間違いなく桐生であろう。送信が完了して、
「ああ、すっきりした」
と、機嫌も途端によくなっている。そんな弥生に、イギリスのエースと呼ばれるその人物がどのようなものか訊ねると、
「私だって会ったことがないから噂でしか知らないけど、要するに凄い人よ。UWって、いまじゃ名目だけだけど、一応、イギリスが本部となっているじゃない。創始者がイギリス人だし、歴史があるから情報量も凄いし、施設も組織の規模もトップレベル。日本と違って完全に国営だって話だし。王室の直属部隊っていうのもあるらしいのよ。その直属部隊で若い頃から能力者として隊を率いて活躍して、二十歳を過ぎた頃にイギリスのUWの幹部に昇進したっていう人なのよ。いうなればこの業界の超エリートね」
意外にも弥生が熱弁する。案外彼女もミーハーであると見受ける。滋には姉が三人もいるが、どれもいまの弥生のように優秀な異性を噂するときは少々昂ぶったように語っている。女の人とは大概そんなものかもしれない。
「誠司みたいな人なんだね」
「あんな隊長に似合わない責任感のない男と比べるなんて相手に失礼よ。あいつがいくら前線で活躍できても幹部になんてなれる器じゃないわよ」
「弥生さん、誠司にはほんと厳しいね」
「うん、甘やかすと付け上がるから。滋君、会社なんかで出世する人って二種類いるの。その人がその人の努力と才能で上に上がれる人と、部下の活躍によって上に上がれる人。誠司は間違いなく、後者よ! それも私たちの力のせいじゃない。あいつの管理能力が駄目だから私たちを上手く使い切れてないの!」
歯軋りするくらい力強く断言されても、滋は苦笑するしかない。
「それで、そのイーニアスさんって僕たちと同じ能力者なんですよね。どんな能力なんですか?」
ところが、弥生もそれには首を傾げる。彼女も、実際に会ったこともなければ、写真で顔を見たことすらない。噂で聞いた話だと前置きをして、
「なんかね、光を固める、とか、そんな能力だったはず」と歯切れ悪く言う。
「光を固める? アートスティックな能力ですか? 装飾品を作ったりとか」
「だから、詳しく知らないわよ。でもよく考えてみると、そんな感じがしないでもないわよね。光を固めて飾っておけたら綺麗だけど、とても戦闘に向いている能力のようにも思えないわよね」
そう言って、二人並んで小首を捻る。
「なんだか馬鹿馬鹿しい。何か指令があるかもしれないけど、暇だからお店を手伝いに行ってこようかな? 滋君はどうするの?」
「僕はもうしばらくここにいます。色々と練習してみたいことがあるから」
「あんた、真面目ね。う~ん、私もちょっと練習していこうかな。滋君はどんな練習するの?」
「僕ですか? いまだにできない結界の大放出です。壁状の結界を相手に放出して相手にぶつける技です」
「それって、以前に私を病院送りにしたアレね。な~んか、対抗意識が燃えだしてきた。いいわよ、私が相手になってあげる。いや、相手にしてやり返さないと、私のトラウマは払拭できない!」
頼みもしないのに弥生は一人でやる気を燃やして、勝手に合同練習にしてしまう。彼女は桐生のことを勝手だとか呆れ罵るが、滋の目には桐生も弥生も同じような性格に見える。
必要以上にやる気を出している弥生に付き合わされて、攻められてばかりで三十分もしないうちに滋の息は上がった。試そうとしたこともほとんどできず、荒行のように力だけを使っていると、ドタバタとまた村田が訓練所に現れた。
「おい、平塚君! イーニアス・ローウェルが来たぞ!」
「え? どこに?」
「ここに」
「えっ?」
続きます