下手糞な交渉(前編)
苦し紛れの桐生の問いも、リックたちは勿論と切り捨てる。そう自信を持てる根拠が桐生にはわからない。信憑性よりその強気の態度に彼は苦笑してしまう。
「しかし、お前たちは我々と違ってシペルを実際に保護していない。詳しく調べもせずにどうしてそんなことが言えるのか。その辺りがどうしても理解できないな」
イーニアスは冷静にそう訊ねた。これが相手からすれば嫌なところを突いたようで、
「我々にも我々で色々と情報を集めている。自分たちだけが知り得ていると思えばそれは間違いだな」と答えながらリックは眉間に皺を寄せた。
「でもやはり納得がいかない。仮に我々からデータを盗んでいるとしても、我々も調べていないようなことをどうしてそう口にできるのか。じきにあのゴム毬が限界を迎えるという仮説だけじゃない。電撃を引きつけるというが、実験もせずにそう言えるのは、はったりか? 希望的観測か? ただの憶測で物を言っているのであれば、我々にそんな脅しは通用しないな。それとも実際にどこかで我々より先にシペルと接触し、すでに実験を済ませているのか?」
これこそ憶測だが、リックたちはさらに顔を強張らせる。
「さすがにイーニアス・ローウェル。だが、電撃がシペルのゴム毬に引きずられることはお前たちの小型ジェットが落ちたことで証明されている」
「いや、違うな。私の勘がそれは違うといっている。お前たちはあのシペルについて何かを隠している。その動揺は何だ? お前たちの説というのが正しく、その男の能力で電撃を吸収させて爆発が起きるなら、この街にいるお前たちの命も危険にさらされる。それだけの覚悟を持ってお前たちが任務に当たっているとも思えなければ、目的が保護である以上、そんなことは実際には行えまい。取引のカードが使えなくなって焦っているだけなのか、それとも、やはりお前たちがシペルについて、いや、シペルではない。あのゴム毬について、本当はすでに何かしらの関与があって、だから説だとか言えるのではないのか?」
「イーニアス・ローウェル、変な誤解はやめてもらおう。我々が知り得た情報は世界の各国から集めた情報だ。情報に対してそんな甘い認識でいると、世界のUWではない国に後々痛い目にあうことになるぞ。もはや『あちら側』との交易はイギリスのUWが管轄して行っている時代ではない」
「そんなことは我々も承知している。お前たちの言い分を聞いていると、仮にお前たちNUWではないにしても『こちら側』のどこかの国があのゴム毬製造に何かしら関与していたと言っているようにも聞こえる」
「それに関してはお前たちの勝手な想像に任せよう」
「どちらにせよ、そのデータを手に入れたお前たちの言っていることが信頼のある話だとすれば、やはりお前たちがその電撃の能力者を交渉のカードにすることはできまい」
「渡す気はないということか… イギリスUWの研究機関が彼を保護したところで、世界の均衡を保つには国力が足りないというのに… お前たちはあのシペルをいったいどうするつもりなのか?」
リックはいちいちイギリスUWを侮辱する。老舗や伝統のあるものに対して敬意というものがアメリカ人には欠落している。イーニアスも険しくリックを睨む。冷静な彼だけに激昂はしないが、不愉快に思っていることは確かである。同じイギリスUWのSSはどう思っているのか、その癪の具合を桐生は気にする。今どこに隠れているか、周りの木々やベンチの影、ビルの影、車の影、人の影、それら様々な影に目をくれ、彼の居場所を探した。そのうちバンの側で立つキャメロンに目が止まる。何か様子がおかしい。目の前で翳していた掌が、腕ごと腰の後ろに回っている。彼の意思ではない。見えない誰かが背後に立ち、その腕を絞り上げているようである。
「う、動けない…」
続きます




