シペルとUWとNUW(前編)
「お前の任務はシペルの奪還だろう? それを阻止しに私も動いていることはお前たちの一派にももうすでに知られている事実。いくらでもいい訳が聞くと思うがね」
と、イーニアスもSSを取り込むことに反対はない。そう言われるとSSもヘルメットの内側で黙想する。桐生もここが追い込みと、
「お宅も世界のためを思っているんだ、この人を帰してゴム毬を取り除いて、それでまた『あちら側』の軍事的な均衡を保てるなら、戦術的にお宅の任務に外れたとしても戦略的には同じだと思うぜ。お宅の上がどこまで考えてシペルの拉致を命令しているのか俺は知らないけど、少なくともお宅自身の理念ではそれは誤った選択とも言わないだろ」
と言えば、ますます沈思黙考のSS。易々と決断できないのもわかる。そうかといってもたもたもしていられない。
「協力する、しないはどちらでもいいが、せめて邪魔だけはしないでもらおうかな。邪魔をしなければ本国に帰れないというのであれば、この場で叩きのめして、君の上の連中に、退いてしまったよりもわかりやすい言い訳を作ってあげるよ。それだけでもどちらからすぐに選んでくれると助かるかな」
このヴァイスの弁は脅しである。ようやくSSも目を開け、顔を上げた。
「いや、そのつもりはもうない。俺としてもこの数を相手にして目標を奪い去れると思えるほど自惚れてもいなければ、それでも任務のみに囚われて無謀をするほど間抜けでもない。いま考えていたのは、協力するにもどうスナイパーを捕獲するかということだ。顔も名前もわからなければ、どこの国から派遣されているのかもわからない、人数もわからなければ、どこに潜んでいるのかもわからないんだろ?」
どうやら協力する気はあるようだ。そうなると彼の言うとおり作戦を練らなければ、これだけの能力者を集めて「あちら側」に出向いても空回りで終わる。この場の誰もが十分に承知している故、皆もSSに並んでそれぞれに思案し、それぞれ同じ難点に気がつく。少なくとも一人、シペルを護衛しなければならない人物が必要となる。この面子でその適任は誰かと考えると、ズバリとツボに嵌る者がいない。そうしてこれもまた全員、この場にはいないが打ってつけの人物に心当たりがある。
「お前たちのところに結界を張れる能力者がいるだろう?」
「そうよ。滋君。彼が絶対必要よ」
「でも、あいつ、いまNUWに捕まっているんだよな。あいつが合流することになると、NUWとも顔を合わせることになりかねない。それって、何かと面倒だよな?」
いくらイギリスUWの幹部であるイーニアスでもNUWはまるで治外法権とばかりに彼の支配力が及ばない。いまではどの国のUWもその国がスポンサーとなり、国家機関の一つのようになっているが、世界一の経済大国アメリカが背後にあるNUWは世界のUWの中でもトップの資金と施設を誇っている。組織としても強固、各国が集まる定例会議でもときにオブザーバーのように振舞ったと思えば、重要な議題に対して逆にリーダーシップを発揮し、他国が反対すれば単独で措置を取ることも少なくない。大国の政治は表でも裏でも似たようなものである。幹部として、政治的にNUWとも付き合いのあるイーニアスはその体質をよく理解している。面倒だと口にせずとも、顰める顔から厄介の程がよく伝わってくる。
「NUWが事を説明して我々の手助けをしてくれるとは考え辛い。その結界の能力者が彼らに捕まっているなら、先にその救出を行えばいいだろう」
SSの言うことももっともだが、イーニアスはあまりいい顔をしない。いろいろと問題が起きればこの面子では後に始末書を書いて、上層部に謝って、相手側とも調整を図ってと、諸々の後始末をしなければならないのは誰でもない幹部職である彼である。そんな愚痴を溢す真似をするほど器量も小さい男でないが、気に掛ける桐生たちでもない。
「とりあえずあいつに電話を掛けてみよう。あいつの力ならNUWの連中でもどうにもできないはずだから、繋がらないことはないはず」
続きます




