イギリスのイーニアス・ローウェル(前編)
基地内地下の訓練所に滋と弥生が朝早くから桐生に呼ばれて待機している。だが、所用が済まないと、一時間は待たされている。滋は己の能力の訓練をして時間を潰し、弥生は呼び出しておいて待たせることにずっと剥れ顔であった。
「誠司はいるかい?」
桐生を探しに駆け足で顔を出した村田にも弥生は険しく睨む。整った顔が誰の目にも台無しである。
「あいつ、私たちを呼び出しといて全然現れないんだけど!」
「まだ警察の人たちと会議中か。時間が掛かるかも知れないと言っていたが、まいったな。電源を切っているのか、携帯にも繋がらなくてね」
「警察って、あの高校の件の後始末ですか?」
滋がいつもの穏やかな調子で聞くが、村田の用事は急ぎのものか、その話については深く触れず、一つ頷くだけで済ました。滋も滋で場違いと察すると余計な質問を重ねずに相槌を打つだけでいる。さて弥生が、
「それで、あいつにどんな急ぎの用事なの? 私たちでもできること?」と聞く。
「いや、電話があってね。直接、誠司と話したいっていうものだから」
「誰からよ? そんなの携帯の番号を教えてやれば済む話じゃないの?」
「うん、確かにそうなんだが… 電話越しとはいえ、俺もその人と話すのは初めてのことだったからな。それに急務と言われて、ちょっと焦ってしまってね」
「だから、その電話は誰からなのよ?」
「イギリスからだよ。イギリスのイーニアス・ローウェル。君も、名前くらいなら聞いたことがあるだろう」
「イーニアス・ローウェル? それって、イギリスのUWのエースって言われている人のこと? 二十歳半ばで幹部だとか。へぇ、それはまたVIPな方から掛かってきたもので…」
丁度ここで彼女の携帯電話が鳴りだした。画面を見れば「桐生誠司」の文字が表示されている。待たされた怒り半分、偉い人から電話がかかっていると伝えて反応を確かめたい好奇心半分の不気味な笑みを作りながら出た。
「よう、ちょっとまた所用ができてな、いま電車で千葉に向っている最中なんだよ。呼び出して悪いけど、そっちに向えそうにないや。適当に解散しておいてくれる」と簡単に言う。
「ちょっと、何よそれ。人を待たせておいて適当にって。ああ、そんなことはもうどうでもいい、あんた、何で携帯電話の電源を落としていたのよ。イギリスから急ぎの電話があって、村田さんがあんたのこと探してるわよ。いま隣にいるけど」
「イギリス? 俺もイギリス絡みで千葉に向っているんだけど、イギリスの誰からだ?」
「イーニアス・ローウェルって人よ。あんたも名前くらい聞いたことがあるでしょ」
「聞いたことがあるっていうか、むかしに会ったことがある」
「あ、そう」
「それで、その人が何だって?」
「いや、あんたに急ぎの連絡あるみたいよ。直接話したいとかで」
「ふ~ん、それはまた。おっと、いけない、またトンネルだ。俺の携帯の番号を教えるか向こうの連絡先を聞き出してメールで教えてくれないか。こっちで済ま…」
と、話も途中でプッツリ切れた。
「と、いうわけみたいよ、村田さん」
「うん、了解した」
続きます