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弥生とヴァイス、電車の中(後編)

「あなたも誠司も『あちら側』で戦争を経験しているみたいだけど、その、人を死なせるっていうことを、あなたたちはどう思っているんですか?」


 これはヴァイスにしても想定外である。彼は首を斜めにして、


「桐生誠司はどう考えているかわからないけれど、俺は、どうかな。それが国際法上の戦争でその戦闘中なら、人を殺めるときに人の生死について深く考えていることはないかな。戦闘が終わって、後になってその重みが手や肩、足に圧し掛かってくるよ。そのときになって『彼らは土に還った』、そう思うことが多いかな」と答えた。


「それって、どういう意味?」


「そのままだよ。俺は人の命も含めて、全ての命の営みはその世界の流れのほんの一粒の小さな出来事でしかないと思っているから。もちろん俺の命も然り。死んでいった人たちの命が、その世界の流れの中で淘汰されていったのではなくて、その命が肥しとなって、世界の流れを作っていっているものだと、そういうふうに考えている。だから『土に還る』」


「誠司も、ちょっと違うけど、似たようなことを言ってた。兵士は国のために戦って、国のために死んでいくんだって。仮に国が滅亡されても兵士の死がその国の歴史を作ったって。その積み重ねで、今の世の中があるものなんだって」


「へぇ、それは初耳。気が合うとは思っていたけど… なかなか」


「最初に聞いたとき、こいつ馬鹿なんじゃないかって思ったけど、でも、この組織に入って、長いこといると、それもわからないでもない気がしてきた」


「弥生ちゃん、もう五年経つんだっけ?」


 年数ばかり長くなってキャリアを積んでいる自信は弥生にはない。彼女は頷きながら唇を噛み締めた。戦争に出たこともなければ、人を殺めたこともない。さらに言うと、『あちら側』で過ごした経験もない。UWは軍隊ではないので桐生誠司などが特別なだけで、彼女は彼女の職務をちゃんと全うしている。そう自分で言い聞かせても、どこか満足はない。そして、これが自分と自分を悟れるほど老けてもいない。


「もう五年か。いまだに君がUWに入ってきた頃のことを憶えているんだけどね、俺は」


「多分、それは私が何も変わっていないからだと思う」


 顔を近づけ、ヴァイスは弥生をまじまじと見る。


「顔のほうは、大人っぽくなったと思うけどね」


 悪い気はしないけれど、


「中身のほう…」


 と、斜めに俯き視線から逃げる。


「それは失礼」


 ヴァイスの覚えている限り、UWに入隊直後の弥生は火球を生み出すことはできても、まだまだ遠くへ放つことはできなかった。性格はどちらかというと、いまのヴァイスを前にしたときのように誰にでも自己主張もなく、怒りに任せて人を殴るような短気な一面も見せていなかった。


「『あちら側』で狙っているっていう、スナイパーだけど、それを全部捕まえることはできないんですか?」


「うん? 捕まえてどうするの?」


「捕まえて、シペルっていう人を帰す。帰して手術を成功させる。できる、できないは別として、これが一番理想的だと思うから」


 ヴァイスは途端に相好を崩した。


「スナイパーたちを殺すんじゃなくて捕まえるっていう言い方が俺好みだね。捕まえるか… できないことはないよ。誰が実行するかにも掛かってくるとは思うけど。まあ、桐生誠司は決定かな。いっそ、弥生ちゃんも行ってみる?」


「…どこに?」


「だから、『あちら側』に」



続きます

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