東京駅で待ち合わせ(前編)
特急、新幹線と乗り継いで弥生と滋は当初千葉県を目指していたが、桐生からの二度の連絡で集合場所が神奈川県になったり東京都に変わったりする。定まらない指示に弥生の機嫌も下降して、駅弁を食べると少しの間は笑顔になるが、その効き目も一時間と持たず、すぐにむっつり膨れていた。何がそこまで気に食わないのか、一緒にいる滋にはわからない。彼は大袈裟なことはしないまでも、あれこれ細かいところで気を使った。おかげでただの移動だというのに東京に着いたときには一訓練済ました後のように疲れている。ほどよく日も傾き、風も涼しくなったが、次には東京駅での人の数に圧倒される。そのどれもがそれぞれに意思を持って、それぞれ勝手に動いているものだから、地方育ちで静穏に暮らしていた滋にはそれら人の動きを見ているだけで目が回りそうになった。
「弥生さん、何だか気持ち悪くなってきた」
「あんた、東京来たことないの?」
「あるけど、数えるくらいしか…」
「気を引き締めなさいよ。私たち、あの発砲男を逃がしているんだから、まだどこかに潜んでいて、また攻撃してこないとも限らないわよ。人が多いからって、私を見失ったり、道に迷ったりしないでよ」
弥生のほうは東京に着いてから目に見えて気合が乗っている。
「誠司は、東京のどこで待ってろって言ってました?」
「駅よ。ここの改札口よ。はっきり言って、こんなところで待ち合わせなんてふざけているわ。動き辛いし、戦闘になったら目立つだけよ。だいたい、あいつはいまどんな任務で動いているってのよ? 詳しく教えてくれないし」
「いや、僕に言われてもまったくわからないから…」
待ち合わせの時間すら指定せずにメールのみの指示で東京駅に待たされる二人。その場所に桐生の姿はなく、携帯電話にかけても繋がらない。弥生の憂さも溜まって、気晴らしに一人売店に菓子を買いに行く。滋は改札の前で人の流れの中から桐生の顔を探していたが、まだまだ慣れない人の波に溜息を漏らす。そこで数メートル先の弥生の背中に目を移すと、はて、彼女の背後にダークカラーのスーツを着た背の高い白人の男の姿が二つある。何事か彼女の耳元で話しかけたと思うと、弥生の動きが急に固まって、掴んでいた菓子も棚に戻し、その男二人に押されるように滋とは逆の方へと歩いて行った。チラリとも振り返らない。これは只事ではないと、滋は待ち合わせ場所も放棄して、人を掻き分け慌てて追いかけた。
「動くな。そして喋るな」
急に背の高い屈強なスーツ姿の白人の男が彼の前に立ち塞がる。同時に腹に当てられる物がある。視線を落とすと、男の手から小さな拳銃が見える。目を見開いて両手を挙げようとすると、
「何事もないように振舞え」
と、それも許さない。驚く顔もやめろと脅して男は滋の背後に回った。
「そのまま歩け」
弥生が歩いていった方へと滋も歩かされ、歩いている最中も背中には銃口が押し当てられた。滋の頭には、きっと同じ業界の人間であると閃いた。目的はわからない。地元で逃がした発砲男たちの仲間とも思えない。日本語も流暢なら自分たちを取り押さえる手際もよい…。そう分析して彼は自分の胸の鼓動が速くなるのを感じ取った
「どこに行くんですか?」と、それでも聞く。
「喋るな。すぐそこだ」
この人ごみの中で能力を使ってこの危機から脱しようとするなら、弾丸すら通さない滋の結界なら不可能なこともない。ないが、ひどく目立つため、ひとまず我慢する。白人の男たちもおそらく容易に発砲は無理であろう。
道沿いに黒のバンが一台止められている。その前で並んだ弥生と滋はそこへ乗れと促される。周りには人も少ない。乗るより先に、
「あなたたちの目的は?」と、弥生は聞く。
「とにかく乗れ」
「断ったら撃つ気?」
「面倒を起こすな」
「面倒なことをしているのはあなたたちでしょ。私たちみたいなただの学生にいったい何の用があるって言うのよ」
続きます




