桐生VSフルフェイスの男(前編)
自らの影を切り取って作りだした影の弾をフルフェイスの男はサイコキネシスのように操って見せる。よく見ると彼の影が彼の動きとは別に動いて、「影の弾」の影を掴んで振りまわすのに併せて「影の弾」も動いている。それによって本体との二重攻撃を仕掛けて来るのである。それでもまだまだ格闘では桐生に分がある。得物を抜かなくとも避けに避けて、回避しながら刀の通じないこの影の塊をどうしてくれようかと思案する。本体を叩けばおそらく済む。ただ、相手も手練れの刺客なら、こちらを懐へと入らせるような隙は容易に作らない。なかなかやる。仕方なく卑怯も覚悟で浜の砂を本体の顔目掛けて蹴り上げる。フルフェイスのヘルメットには目潰しにはならなくとも、一瞬の目くらましになる。その瞬きほどの間に背後に回って、手刀を相手の手首にたたき込みナイフを打ち落とした。その腕を捻り上げて、別の腕で首を絞める。そのまま膝の裏を蹴り、両膝をつかせて締め落としに掛かる。影の弾を使って抵抗しようとすると、今度はすかさず後方へ投げ飛ばしてしまう。
「簡単にはやられないか」
桐生としては体術だけでねじ伏せたい。そう思うが、相手もすぐに起き上がって、さらに大きな影の弾を作る。二つ同時に放つと一つは避けれても一つは桐生のボディ目掛けて飛んでくる。避けきれず両腕でガードする。それがまた結構にパワーもある。こちらの攻撃を受け付けないのに向うの攻撃は当てられるのだから、まるでいつぞやの幽霊のようである。あのときの対幽霊用の刀のコーティングでもあれば、この影の弾を両断出来たかもしれない。
「その身体能力からして、間違いなくお前が桐生誠司だな。日本のUWの地方隊長は何故その男を守ろうとする?」
フルフェイスの男は英語で話しかけてくる。どうやら日本語は話せないらしい。
「何故も何も、仕事だからね。勝手にやってきて拉致をしようとしているあんたがそう聞くのも変な話だよ。それとももう降参するかい?」
「フンッ、馬鹿をいうなよ。俺にも任務がある。途中でやめることはない」
「さすがにしつこいね。いい加減諦めてくれても構わないのに。俺も引く気がないから、結局は最後までやり合わなくっちゃならない。互いにか、どちらかは確実に痛い目にあうぜ。まさか、それが嫌だとか?」
「それも馬鹿な話だ」
「もしや、あんた自身、自分の任務に疑問があるとか?」
「馬鹿も休み休み言いな。聞いているのはこっちのほうだ。貴様こそ、自分の任務に疑問を抱いたことはないのか?」
「それはまた、どういう意味だい?」
「そのままだ。お前たち日本のUWがイーニアスと手を組もうとしているのは知っている。条約を金科玉条にして目の前の国益を捨てようとしているあいつと、お前たちが組んでお前たちに何の得がある?」
「それは日本の幹部たちに聞いてみたらいいんじゃない? 俺は所詮末端だからね、上が決めたことを粛々とこなすだけだよ。あ、ごめん、ときどき無視するや。でも、今回の件に関しては異論はないね。あの人をあの人の故郷に帰す。俺のところは民間とはいえほとんどが国の出資だ、確かに国益のために動くものだろうけど、国益っていうのも、考え方によって違うだろ。他国に信頼されて、初めて次の国益に繋がるってこともある。イーニアスもそういう考え方なんだろ。考え方がたまたま一致したから、たまたま手を組んでいる、そういうことだろ」
「所詮は上に使われるだけの犬か」
それには桐生もムッと眉根を寄せた。
「お宅も嫌な性格しているね。確かに上の指示には従うけど、上がふざけたことを言えば無視するよ。いまも言ったろ? 意見が合っているだけ。イギリスと日本もそうだし、上と俺もそういうこと」
「あの男が故郷に帰れば、『あちら側』ではまた魔法兵器による争いが起きる。それも奴一人を抱えた国による一方的な攻撃だ」
「それは極論だろ」
「だが、可能性のない話ではない。兵器は皆が持って抑止力になるというのに、あの存在はそのバランスを崩す。一人や一つでは駄目なものだ。より研究をし、あの男のような力をいくつも増産させられるようになって初めて意味がある。世界のためにそれができてこそ世界から信頼を得られるものだろう。ついでに売買ができれば、利益も生む。それこそ国益に繋がるというものだ。そう思わないか?」
続きます




