侵入、影の能力者(後編)
「さらに耐えてくださいよ!」
桐生は容易くそう言ってくれて、その上に容赦もなく、操られる護衛の背後に回ると腰から腹に両腕を回して綺麗なブリッジを描いて後方に投げつけてしまう。肩口から床に叩きつけられた護衛は気絶するが、ヘルメット男は影から姿を現さない。衝撃が足りないかと眉をしかめると、
「いや、すでにあそこ」
と、ヴァイスが指差して教えてくれる。その指の先には今まさに沢村の影へと潜り込むヘルメット男の姿がある。乗り移りが完了すると、たちまち操られる沢村の体は護衛の男と違って筋力が足りず、抗いも通じない。
「UWの事務員も、少しは普段から鍛えたほうがいいのでは?」
ヴァイスの苦言もさておき、操られた沢村は近くのシペルに手を伸ばすと思いきや、自分の首に手を伸ばして硬直する。そして彼の影からヘルメット男が顔を出す。
「大人しくそこの男を渡してもらおう。さもなければこの男をこの四階の窓から突き落とす」
ヘルメット男は影から腕も伸ばしてシペルの足を掴む。そのままシペルも影の中へと引きずり込むつもりである。しかし、その取引も相手が悪い。特にヴァイスには沢村を守る義理もない。彼は瞬く間に飛び出して、シペルの足を掴む腕を踏みつけてしまう。
「こうなるとどうなるのかな?」
踏みつける足に骨が軋むほど力を込めながら、顔はのほほんと呑気に英語で聞く。
「なら、お前を引きずり込む!」
ヘルメット男はあいた腕で踏みつける足を抱えると宣言どおりヴァイスを沢村の影へと引きずり始める。ずるずると引きずられながら、ヴァイスは顔色も変えず、取り乱すこともせず、
「沢村さん、今のうちに動いて。シペルから距離をとって」と言う。
ヴァイスに注力している為、それまで操られていた沢村の体も自由に動く。すぐに反対側の壁まで走ってシペルから離れると、影の中のヘルメット男も、影に飲まれつつあるヴァイスも一緒に移動している。徐々に引きずり込まれていたヴァイスだが、ここで急に目を光らせ、足を掴むヘルメット男の腕を逆に掴んで、男を影から勢いよく引きずり出してみせる。さらにはそのまま壁に放り投げて叩きつけてしまう。相手もその程度でやられはしないが、
「貴様はどこに雇われている!」と、大分面喰った様である。苦悶と歯痒さが、フルフェイス越しでもよくわかる。ヴァイスもつい失笑する。
「君はイギリスのUWだろ? 国外に逃がそうとしたり拉致を試みたり、あの国のUWが二つに割れているという話は本当のようだね」
「だから貴様はどこに雇われている?! イーニアスか?!」
「いや、彼でもなければ、日本でもないよ。もちろん君らのように軍事目的であの青年を利用しようとしているどの連中とも違うけどね」
「邪魔をするなら、お前を殺す!」
ヘルメット男は立ち上がると穿いていたブーツの中からナイフを取り出し、自分の影を大きく直立させて威嚇する。
「物騒なことだが、やるならやるよ」
ヴァイスも得物を抜いて刃の先をヘルメット男に向ける。両者は、いつ共に飛び出すとも知れない一触即発の状態で睨みあう。ただ、この舞台の登場人物は彼ら二人のみではない。二人の対峙の間で沢村がこう叫ぶ。
「桐生! いまのうちにシペルを窓から逃がせ!」
その声にヴァイスもヘルメット男も窓際にいた桐生へと振り返る。
「すでにそのつもりだったりして」
と、もうシペルを背負って、開けた窓ぶちに足をかけている。
「逃がさん!」
ヘルメット男が叫んだときには窓から外へと飛び降りている。
続きます




