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胸奥騒がしく冷静に対峙(後編)

 自動でエレベーターのドアが閉まりかけると、閉まりきる寸前でヴァイスはスッと静かに抜けだす。その数歩の踏み込みの分、桐生も後ろに跳んで二人の距離を変わらず保つ。どれだけ緊張のない顔を作りながらも、互いに得物に当てる手はそのままである。


「あの男に会って、何を確かめる? 俺たちはあの男を故郷に帰すつもりでいるんだけど。それにはお前の協力が必要で電話を掛けていたところなんだが…」


「うん、大方そういうことだろうと思っていたよ。だがね、ただ『あちら側』に帰しても彼の争奪戦はまだまだ続く。舞台が『こちら側』から『あちら側』にまた戻るだけでしかないよ。それでは根本的な解決にはならないし、『あちら側』の情勢のバランスも崩しかねない。そういった理由から、最悪、君らが保護したその彼を排除しなければならなくてね」


「暗殺もありか。でも知っているか? あの雷の食らう男の体のゴム毬、取り外すことができるかもしれないそうだぜ。除去手術は簡単ではないみたいだけど」


「うん、それも知っている。彼の故郷で彼に改造手術を施したっていう医者と会ってきたからね。摘出も不可能ではないと教えてもらったよ。ただ、問題なことも教えてもらった。その手術は実に危険だ。もし失敗すると―」


「あの男が死んでしまうんだろ?」


「いや、それだけじゃない。君らはその男から聞いていないのか? あのゴム毬に閉じ込められたエネルギーと毒のことを」


「何だそれ? どういうことだ?」


「あのゴム毬、もしも下手に傷をつけようものなら、溜め込んだエネルギーの分、爆発が起きる可能性があるんだよ。それによって蓄えていた毒も拡散される…」


「それはまた…」


 ヴァイスの知り得た情報では、すでにシペルは祖国にて数度の魔法兵器の実験を行っている。有害で巨大な雷を周りに被害もなく吸収することにも全て成功している。つまり大量破壊可能な魔法兵器数回分のエネルギーと毒をその胸に蓄積していることになる。


「爆発した場合の、予想される被害の規模はどれくらいなんだ?」


「爆発の規模は然程じゃない。問題は毒だ。東京の一、二区には簡単に広がって、おかしな病気を発症させる人間が多数出て来るんじゃないかな? 風の具合によってはもっと広がる」


「この事実は、あの男本人も知っているのか?」


「知っているはずだよ。彼が『あちら側』の他国に拉致された場合、そこが世界侵略に出ようとしている危険な国であったなら、彼は彼自身が自爆兵器となって、その国に毒を巻き散らし、戦争を未然に防ぐよう指示されているからね」


「そうか、それで故郷に帰してくれと言っているのか。責任を取らせると… なるほど。で、お前はあの男の暗殺も考えていたみたいだけど、そんなことをして爆発は起きないのか?」


「ゴム毬を傷つけずに絶命させれば爆発は起きないという話だ。彼の体のおかげでゴム毬は維持することができているわけだから、維持する母体が死ねば、毬も機能を失って、そのうち腐るらしい。蓄えられたエネルギーも自然と空気中に拡散、消滅するだろうと言っていた。それでも毒の拡散は起きるので、その毬だけはもう一度何かで封じ込める必要があるらしい。もっとも、あくまで机上の話で、実証はないけどね」


「手術が成功して、彼を死なさずともゴム毬を取り出せた場合も、やはり同じようにエネルギーは自然と消滅するんだよな?」


「おそらく。ただ、彼を生かして無事除去となると成功率が低い上に、毒の封印の問題は結局残る」


「その確率の低さも、封印の問題もあの男は知っているんだよな」


 ヴァイスは頷く。


「もしかして、あの男は死ぬ気でいるのか? 自分の命で母国に大損害を与える気でいるのか?」


 二人は共に廊下の奥の病室の扉に目を向ける。シペルという男の心の深部にどれほどの覚悟があるのか、それともまだまだ生き延びたいと思っているのか量り切れない。


 と、ここで桐生は扉の側に立っていたはずの黒スーツの護衛の男の姿が消えていることに気が付く。ヴァイスも、その直感が異変を感じる。


「桐生誠司、君たち日本のUWは、意思の統一がきちんとできているのかい?」


 病室を睨みながら、ヴァイスはこの日初めて桐生に厳しく問うた。



続きます

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