胸奥騒がしく冷静に対峙(前編)
一人病室の外で桐生は再度ヴァイスに電話を掛けてみるが繋がらない。いくらやっても駄目なものは駄目。何かあったのだろうかと彼の身の心配をするのは杞憂というもので、桐生の勘ではおそらくわざと電話に出ないようにしている。言い換えれば、おそらくヴァイスもこの件について、独自の考えか、それともどこかに雇われてか、すでに動いている可能性が高い。
「今回は敵かな」
その口から独り言も漏れる。ヴァイスがシペルを拉致しに来たとしたら、この幻惑領域の迷路も難なく突破されるはず。敵がヴァイスとなった場合、シペルの護衛をできるのはこの日本でおそらく自分のみであると桐生は考える。そしてヴァイス相手であれば完璧にその任務を遂行する自信はない。どうしたものかと頭を悩ませていると着信がある。弥生からで、エレベーターの方へと歩きながら出てみる。
「やっと出た! あんた、いまどこよ! なんでずっと話中だったのよ! 私たち襲われたのよ!」
受話器越しだというのに耳を劈く大声に、急務と一大事はわかるが、桐生は面倒くさそうな顔をする。
「知っているよ。さっき聞かされた。俺も色々と連絡するところがあったんだよ。出れないときぐらいある。いま繋がったんだし、問題ないだろう」
「まあ! 開きなおちゃって! 敵の一人があんたを探していたわよ。ほんと、出鱈目な奴だったけど、多分、その能力であんたになりすまそうとしていたわ。あんた、いま千葉で何をしているのよ?」
「おう、その件に関してはお前たちもよくやってくれたな。俺はいま千葉で重要人物の護衛の仕事があるんだよ。もし、俺になりすまそうとしている奴がいたというなら、そいつの目的も今回の件に間違いない。それでお前らにも仕事だけど、滋と一緒にお前たちもこっちまで来てくれないか? 正直、一人ではきついような気がするから」
「何よ、珍しく弱気じゃない。ようやく私たちの有り難味がわかってきた?」
「いや、正確には滋の結界があればことが済むんだけどな。お前、面倒だったら、お前だけはそっちで待機していても別にいいぞ」
「うわっ! あんたも本当にムカつくことを言うよね! 頭きた。私も絶対にそっちに行くから!」
「なんでもいいけど、遊び半分で来るなよ。場合によっては面倒な相手が出てくるんだから」
「今回の相手っていうのは誰なのよ?」
「それはお前…」
通話しながらエレベーターの前まで差し掛かる。丁度そこで扉が勝手に開く。するとエレベーターの中に人がいる。黒い髪、黒のワンウォッシュのジーンズに黒のポロシャツ、全身黒尽くめのその男と目と目が合う。
「おや?」
「おっと、ヴァイス…」
弥生との電話も、切るとも告げずに一方的に切ってしまう。ヴァイスを見詰めながら無言で素早く肩にかけたいつものバットケースに手を掛け、蓋を開け、いつでも得物を抜き出せるようにする。ヴァイスのほうも腰に手を回して、魔法力で隠した得物に手を添え、こちらもいつでも抜刀可能とする。エレベーターの中と外で互いに普段どおりの平静な顔で対峙するが、桐生の胸中では穏便とは程遠い。何故にここにお前が、と口にしようとして、それは愚問とすぐに引っ込める。幻惑領域を突破してこの場にこの男がいるということは、目的はもちろんあの雷を食らう能力者、そして依頼主は自分たち日本のUWではない。
「電話に出ない上にここにいるってことは、つまりはそういうことだよな?」
睨むでもなく笑うでもなく、わかっていながら敢えてそう聞く。この二人の友情は呑気なものである。
「うん、そういうこと。君がいまここにいるとは思っていなかったけどね。さて、どうしたものか」
「仕事は、やっぱり彼の拉致かい?」
「さてね、それは実際に会ってみないと判断できないかな」
「それはまた… どういう了見か教えてもらいたいものだね。依頼主は誰なんだ?」
「いつものところだよ」
「『こちら側』ではないということか」
続きます




