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千葉の病院での面会(後編)

 病室の扉の前で黒スーツにノーネクタイの体格のいい男が一人立っている。中に入ると十畳ほどの病室のその隅にも同じような男が一人立って、保護された能力者を護衛している。それらに軽く会釈していよいよ対象と対面。来ることを知らされていたのか、上体を起こして待っていた。


「彼がそうだ」


 短い髪は茶色と黒のストライプ、浅黒い皮膚をして、顔はホリが深い。頬骨が浮いて目元がやや窪んでいる。瞳は茶色である。歳は三十、いや四十はいっていると見間違えてしまうが、情報によれば桐生より五歳上である。白い無地のTシャツを着せられている。筋肉質だが肩幅はなく、全体太くもない。もともと故郷で農夫をしていたという話である。真面目に働く姿が容易に想像できる。


「初めまして」


 桐生はつたないが「あちら側」のエグル語で話しかけ、浅く頭を下げた。雷を食らう能力者シペルは胸の前で合掌をして目を閉じ、こちらも小さく頭を下げた。


「この方が、私を故郷に帰してくれる方ですか?」


「正確には彼ではないが、彼の知り合いが帰してくれる。ただし、その知り合いというのが必ずしも捉まるとは限らない。捉まるまではこちらで保護し、捉まらなければ別の案で行く。どこかに『穴』が自然発生するまで我々が保護するか、それともイギリスに渡すかになる」


 その別案は桐生も初耳である。妥当なところなら文句もない。シペルを見詰めて、


「あなたは故郷に帰してくれと言っているそうですが、故郷に帰ってからはどうするんです? その力をどこのためにどのように使うつもりなんですか?」と訊ねた。


 シペルは畏まって伸びた背筋をまた静かに伸ばし直す。真っ直ぐ桐生を目で捉えてこう答えた。


「私の力が私たちの世界の力のバランスを崩す可能性があることは私もよく知っています。それが為に、私を巡って争いも起きています。私の国にもこの力を実際の戦場にいつ投入するかと考えている派閥もあるくらいです。私としては、いい加減、この力を巡る争いを止めなければならないと、そう考えています。故郷に帰りたいというのもそのためです」


「それは、どうやってです?」


「この体の毬を取り除くことです」


「無理に取り除けばあなたが命を落とすことにもなるのでは?」


「ええ、ですから命を落とすことなく、この改造を施した人物に手術してもらって取り除きたいのです」


「その人物があなたの故郷にいるというわけですね?」


「そうです」


 沢村が小さく挙手をする。


「その手術の成功率は? 必ず成功するのか?」


「いえ、私が断言できることではありません」


「それはほかの、例えばこの国の医者が君のゴム毬を取り除くことはできないのか?」


「それもわかりません。ただ、私としてはこの毬を埋め込んだ本人に取り除いてもらいたいという気持ちがあります。責任を取ってもらいたいと。とはいえ、この国で、その人物より成功率も高く取り除くことができるのであれば、それを頼むことも私としても厭わない」


「私たちとしても、ことの原因となっている君のそのゴム毬を無事に取り除けないかという考えも出ている。検査の途中であるからまだ断言はできないが、技術的には可能なのではないかということらしい。我々としても『あちら側』との条約やイギリスとの兼ね合いもあって、独断で勝手に行動には移し辛かったが、君がそれを望むのであればいくらでも協力するつもりだ」


「この国のあなた方の組織では、私の力を国益とみなして、外交のカードとして利用しようという考えはないのですか?」


「君が『こちら側』の人間で、『こちら側』の大量破壊兵器の何かに関わるようであれば、すぐに国に情報を上げ、外交に使うだろう。だが、君はあくまで『あちら側』の住人。その力も『あちら側』の兵器に使われるものだ。この国の直接的な利益や損害に繋がるものではないのであれば、我々日本のUWとしては『あちら側』のバランスを優先させて行動を選ぶ」


 シペルは二、三頷いた。


「あなた方もまた、信用できる人たちなのかもしれませんね」



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