二度目の保護(前編)
俄かに雨も風も強くなると、機体が右に左に揺れた。グレイのトレンチコートに身を包み、同じくグレイの中折の帽子を目深に被って窓から外の様子を窺いながら、男は外の嵐に身震いをする。この小型のジェット機に乗せられると聞いたとき、田舎育ちのこの男は、こんな鉄の塊が飛べるのかと疑った。いまは、この機体に乗ってしまったことを後悔している。同乗している紺色のスーツを着た白人の男は大丈夫だと宥めるが、そう言いながらどこか慌しい。ネクタイを絞めたり緩めたりする。席を立っては操縦席のパイロットとこそこそと話したりする。そこから戻るたびに眉間に寄せる皺が深くなる。
機体の揺れは何度も続く。暗い空に雷が走って竜のうめき声の如き轟音が響く。
「まさか、君が引き寄せているのか?」
白人の男はトレンチの男に向かって、呟くほどの小声で英語で聞いた。トレンチの男は英語を話せない。何と言っているのか理解できないが、その男の自分を睨む目の力に何を訴えているのかわかった気がする。そうして慌てて首を横に振る。彼に雷を呼び込んだ自覚はない。もとより自分が意図して雷を操ることなど出来ない。彼に出来ること、それは雷を受け止めること、ただそれだけである。
白人の男は英語でもトレンチの彼の故郷の母国語でもない、「あちら側」にて第二言語としてよく使われる言語を使い、
「君たちの世界で実験をさせられていたといっていたが、君自身が避雷針のような役割を果たしているということはないのか?」と聞いた。
「いえ、私はただ雷を食らうだけ。実験では雷の多い渓谷で避雷針の鉄の棒に括りつけられていたので、嵐を私が引き寄せるということは試してはいない」
「なら、これは偶然だというのか? この嵐はただの偶然だと… そうじゃないとしたら情報が誤っているのか?」
機体がまた激しく揺れる。きちんと座っていなかった白人の男は、その場で転んで床をなめた。腹でも打ったか苦悶を顔に浮かべて、トレンチの男を睨んだ。訳のわからないこの天候と機体の揺れに命の危険を感じるのはトレンチの男も同じである。どうしていいのか、誰の指示を仰げばいいのか、保護してくれたはずの目の前の男もその組織も本当に信頼していいのか悪いのか、彼はわからなくなった。そこに、ついに雷がこの小型ジェット機の翼に直撃する。エンジンが爆発して片翼を失い、機体は錐揉みしながら機首より落下した。先は海。途中、もう一度雷が機体に直撃して爆発すると、両翼をなくした胴体はそのまま海原に突き刺さった。
続きます