安藤士郎の場合 25
第十一節
「…もしもし?」
『あ!ケンジ!あたしよあたし!』
鈴が鳴る様な可愛らしい声がスマホから聞こえてくる。
身体をピッタリ密着はさせないが、耳に入って来てしまう橋場。
「…それって、武林さんの携帯のはずですが…」
『だからあたしよ!ブリン・アキラよ!』
顔を見合わせる橋場と斎賀。
第十二節
走っている橋場と斎賀。
「つまりどういうことだよ?」
「簡単に言うとまた負けて捕まったみたいですね」
二人ともメタモル・ファイターなので驚異的な運動性能を誇る。その気になればかなりの長距離を移動することも可能であるはずだ。とはいえ、信号だらけの都会の繁華街を人ごみを縫いながら吹っ飛ばす気にもならない。
指定された方向に休み休み駆ける。
「少ししか聞いてねえが…野郎、また女言葉になってたな」
「恐らく女言葉に精神コントロールされてるんでしょう」
すぐに廃屋が見えてきた。かなり大きい。
「…ここか」
「その様ですね」
使われていない工場跡地というところか、その偉容は怪物のようでもある。
「渋谷のど真ん中近くにこんなもんがあるとは」
「渋谷なんて繁華街は駅周辺くらいですよ。せいぜいNHKまでです。あとはのどかなもんですって」
「あいつだってメタモルファイターなら自分で決着をつけやがれってんだ」
「今回の相手は要注意かもしれません」
「何故そう思う?」
ここまでは走ってきたが、ゆっくり工場跡に近づきながら話す二人。
「橋場さんのおっしゃる通り、単に戦いたいなら今の武林さんくらいにコントロールしている時点で勝ちです。要するに『仲間を呼ばせた』ってことです」
「何だそりゃ?バトルマニアか」
「メタモルファイターはバトルマニアなら常に対戦相手に飢えてますからね。一人に楽勝したんなら次々に戦いたいと思うかも」
「気がしれんね。自分から挑むなんざ」
「ボクは対戦格闘ゲームファンなので分かりますよ。強い相手を求めて遠征する気持ち」
「人畜無害ならな。性転換の趣味はない」
「ただ、勝利至上主義者だったりすると厄介です」
「どういうことだよ」
「ボクは正々堂々と戦って勝ちたい方ですが、中には勝てればいいと考えるファイターもいるかもしれません」
「…そりゃいるだろ」
「仮に今回の相手がそうだったとして、こうして呼びつけるということは…」
「…ことは…?」
「よほど自信があるんでしょう。もしくは地の利がある」
「飛田みてーな奴かも」
廃工場の入り口にたどり着いた。
(続く)